ナマコ一匹分の癲狂
夢の国から帰って来て、灰原にお礼を言って帰して、コンビニでご飯をちょっと買うことにした。
非術師に対する思いに変わりは無い、正直関わる度に不快さを感じてしまうが、生きるために必要なことを疎かにも出来ないため渋々彼女の後を着いてコンビニまで来た。
「好きなお菓子一個選んでいいよ」
彼女はいつも通り、普段と何も変わらない様子で子供達と菓子類が並ぶコーナーへと向かって行った。
私はその背に、何の違和感もとくには感じなかったのだ。
今にして思えば、既にこの時には彼女は自分の中で全てを決めていて、壊れ始めていたのかもしれない。
何せ、図太いようで結構脆いのだ。壊れる理由はそれこそ沢山有りすぎる程に。
仲良くなれたのが遅い私でもこう思えるのだから、最初に仲良くなっていた悟はそれはもう彼女のことをよく理解しているだろう。
この場に居たのが私では無く悟だったならば、あるいは違う未来があったのかもしれないが、どうだろう。
いや、誰が何を言おうと結局彼女は自分で選んだ道しか歩まないのだし、止めても止まらない奴だから、やっぱり仕方無いことなのかもしれない。
これは、私が彼女に殺されそうになる前のささやかな日常の一幕であった。
___
その日少女と夏油は日用品の買い出しに出ていた。
夏油としては非術師が右往左往している場所なんぞに行きたくは無かったが、少女が「荷物持ち大臣」として夏油を任命してしまったので、致し方無く着いて来た。
夏油の大きな一歩を二歩半程使って隣を歩く、最早謎の生物と区分する他無い生命体となった少女に対して夏油は問いかける。
「ちなみになんだけど」
「なんだね?質問を許可しよう、夏油くん」
「うん、あのさ、いつまで私の所に居座る気なんだい?」
「えっっっ」
えっっっっ!??!?
言い直すように繰り返された疑問を表す単音に、夏油はニコニコと人好きするような笑みを浮かべながら首を傾げた。
「居るなら居るで構わないんだ、でもそれならちゃんとしたいと言うかね…」
「ちゃんとってなに」
「分からない?男と女が子供と一緒に一つ屋根の下に居るんだよ?」
「……あ、分かったよ!」
少女は立ち止まり、自分より遥か高くに存在する夏油の目をジッ…と見つめて言った。
いや、目を見つめようとしたが、あまりに身長差がありすぎて鼻の穴を見ていた。
往来に少女の声が響き渡る…
「セッッ!!!!!モガガッ」
「こら、外で何を言おうとしてるの」
…のを華麗に阻止した夏油は、少女の口を己の手で塞いで溜め息を噛み殺した。
この女…いや、本当に女なのだろうか?女と分類して大丈夫なのか…まあ、コイツ。コイツは本当にもう少し他人への理解と恥じらいという概念を深めた方が良い。
今絶対「セックス」って言おうとしたよね、この往来のど真ん中で。
やっぱり私にはこの子を制御するのは荷が重すぎる…出来れば早く出て行くか私に完全降伏するかして欲しい。それが無理ならシルバニアサイズとかになってくれたらまだ可愛がれる気がする。
シルバニアファミリー イカれたナマコ軍団。
夏油は困ったような顔をしながら「そうじゃなくて」と会話を続ける。
「本当に分からない?私が言いたいこと…」
「天才ナメてる?」
「分かってるんだね」
分かってるならそう言え、という気持ちを視線に乗せて突き付ければ、肩を竦めた少女は躊躇い無く言い捨てる。
「夏油くんはむり!」
「どうして?君、私のことそこそこ好きだろう?」
前にそんな感じのこと言ってたよね、との夏油の言葉に「曲解だ!」と声を挙げた少女は、視線を鋭くさせて「あのねぇ…」とやや嫌そうに言った。
「私は自分でも認めるくらいハチャメチャな奴だから、夏油くんみたいな人は私の側にずっと居たら発狂して死にます」
「でも灰原は許してるじゃないか」
「灰原くんは可愛いからいいの」
「私だって可愛いよ」
「は?」
「ん?」
かわ……い…い……?だと?
しかも、灰原くんを比較対象にして…?
夏油を見上げながら神妙な面持ちをした少女は、その比類無き天才的な頭脳(では無く、イニシャライズ化した情報体の分析部分)を回転させて考える。
仮に夏油くんが「可愛い」だったとしたら、では親友である五条くんも「可愛い」になってしまうのではないだろうか。
彼等はニコイチ、片方が可愛いならもう片方も可愛くなければいけないだろう。
は?だったらうちのお兄ちゃんも可愛いけど??
少女の情報分析機関は暴走していく。
五条悟が可愛いなら、うちの甚爾お兄ちゃんなんて「メチャメチャ可愛い」になっちゃうじゃん。愛くるしいじゃん。可憐じゃん。
黒髪巨乳で闇を抱えたお兄ちゃん、めんこいよな??
あれ……じゃあ待てよ…私の従兄弟の直哉くん……彼も「可愛い」にカテゴライズされちゃうぞ?いや……禪院家でギャルゲ出来るようになってしまうのではないか!?
黒髪巨乳未亡人お兄ちゃん、生意気ヤンチャ従兄弟、生理が重そうな叔父さま、逞しくて豪快な当主さま……そして極め付けに、私のことを何だかんだで世話焼いてくれるもう一人の巨乳お兄ちゃん(隠しルート)!!おい!これギャルゲじゃないか!!!
そ、そしてそんな並み居る「可愛い」の頂点に君臨せし「妻」を名乗る、弾ける笑顔と後輩力がMAXな正ヒロインアンケート第一位……灰原雄………。
私は…分かってしまった。
ここまでの思考時間、およそ現実時間では1.5秒。
少女はキリリッとした表情で答えを出した。
「夏油くんはギャルゲだったら攻略対象外キャラだからむり!!」
「???」
夏油は思う、マジでコイツ何を言ってるんだ?と。
どういうことなのかな?私がモブ?
まずもってギャルゲは何処から出て来た?
だがしかし、疑問深まる夏油を置いて少女は加速していく。
もう止まらない、止まれない、誰も彼女の思考に追い付けない。
まるでスポーツカーのような速度で思考回路という名の道をトップスピードで駆け抜けて行く。
もうお分かりかと思うが、こうした場面で「待った」を掛けたり、間髪入れず方向修正をしたり、気を別の方向に無理矢理向けさせる技術を持つ人間でなければ彼女の相手は全く務まらない。
例えば灰原による「待って先輩!」であったり、五条による「それよりさ」だったり……兄、甚爾による強制方向修正スキル「それより俺のこと構え」だったりと…そういう強引さが夏油には足りていなかった。
………
……
…
「………であるからして、私としては双子萌えが今一番アツいジャンルだから……」
「うん………」
「だから三國無双の大喬小喬の見た目が区別出来るようになった時に凄くショックだったんだよねぇ」
「そっか………」
結局、止める術を持たなかった夏油は買い物が終わるまで少女によるヒロイン談義に付き合うハメになった。
やっぱり早くコイツ追い出した方がいいな、灰原に頼んで強制送還して貰えないだろうか。お前の旦那だろ、早くなんとかしてくれ。
両手に荷物を抱え、隣には暴走状態の女を添えて歩く帰り道、それは突然視線に飛び込んで来た。
車の走る音が一気に遠ざかる。
視界からソレ以外の情報が消える。
高い背
白い髪
真っ黒いサングラス。
怒りを携えたドス黒いオーラに、自然と夏油の足は止まっていた。
「……やあ、悟」
「お前ら、なんで」
夏油は少女の言った言葉を思い出す。
「ちゃんと話合わない五条くんと夏油くんも悪いよ、バカ共が」
目前には怒れる五条、後方には五条の絶対的味方である暴走状態の少女。
夏油傑に、最早逃げ場は存在しなかった。
非術師に対する思いに変わりは無い、正直関わる度に不快さを感じてしまうが、生きるために必要なことを疎かにも出来ないため渋々彼女の後を着いてコンビニまで来た。
「好きなお菓子一個選んでいいよ」
彼女はいつも通り、普段と何も変わらない様子で子供達と菓子類が並ぶコーナーへと向かって行った。
私はその背に、何の違和感もとくには感じなかったのだ。
今にして思えば、既にこの時には彼女は自分の中で全てを決めていて、壊れ始めていたのかもしれない。
何せ、図太いようで結構脆いのだ。壊れる理由はそれこそ沢山有りすぎる程に。
仲良くなれたのが遅い私でもこう思えるのだから、最初に仲良くなっていた悟はそれはもう彼女のことをよく理解しているだろう。
この場に居たのが私では無く悟だったならば、あるいは違う未来があったのかもしれないが、どうだろう。
いや、誰が何を言おうと結局彼女は自分で選んだ道しか歩まないのだし、止めても止まらない奴だから、やっぱり仕方無いことなのかもしれない。
これは、私が彼女に殺されそうになる前のささやかな日常の一幕であった。
___
その日少女と夏油は日用品の買い出しに出ていた。
夏油としては非術師が右往左往している場所なんぞに行きたくは無かったが、少女が「荷物持ち大臣」として夏油を任命してしまったので、致し方無く着いて来た。
夏油の大きな一歩を二歩半程使って隣を歩く、最早謎の生物と区分する他無い生命体となった少女に対して夏油は問いかける。
「ちなみになんだけど」
「なんだね?質問を許可しよう、夏油くん」
「うん、あのさ、いつまで私の所に居座る気なんだい?」
「えっっっ」
えっっっっ!??!?
言い直すように繰り返された疑問を表す単音に、夏油はニコニコと人好きするような笑みを浮かべながら首を傾げた。
「居るなら居るで構わないんだ、でもそれならちゃんとしたいと言うかね…」
「ちゃんとってなに」
「分からない?男と女が子供と一緒に一つ屋根の下に居るんだよ?」
「……あ、分かったよ!」
少女は立ち止まり、自分より遥か高くに存在する夏油の目をジッ…と見つめて言った。
いや、目を見つめようとしたが、あまりに身長差がありすぎて鼻の穴を見ていた。
往来に少女の声が響き渡る…
「セッッ!!!!!モガガッ」
「こら、外で何を言おうとしてるの」
…のを華麗に阻止した夏油は、少女の口を己の手で塞いで溜め息を噛み殺した。
この女…いや、本当に女なのだろうか?女と分類して大丈夫なのか…まあ、コイツ。コイツは本当にもう少し他人への理解と恥じらいという概念を深めた方が良い。
今絶対「セックス」って言おうとしたよね、この往来のど真ん中で。
やっぱり私にはこの子を制御するのは荷が重すぎる…出来れば早く出て行くか私に完全降伏するかして欲しい。それが無理ならシルバニアサイズとかになってくれたらまだ可愛がれる気がする。
シルバニアファミリー イカれたナマコ軍団。
夏油は困ったような顔をしながら「そうじゃなくて」と会話を続ける。
「本当に分からない?私が言いたいこと…」
「天才ナメてる?」
「分かってるんだね」
分かってるならそう言え、という気持ちを視線に乗せて突き付ければ、肩を竦めた少女は躊躇い無く言い捨てる。
「夏油くんはむり!」
「どうして?君、私のことそこそこ好きだろう?」
前にそんな感じのこと言ってたよね、との夏油の言葉に「曲解だ!」と声を挙げた少女は、視線を鋭くさせて「あのねぇ…」とやや嫌そうに言った。
「私は自分でも認めるくらいハチャメチャな奴だから、夏油くんみたいな人は私の側にずっと居たら発狂して死にます」
「でも灰原は許してるじゃないか」
「灰原くんは可愛いからいいの」
「私だって可愛いよ」
「は?」
「ん?」
かわ……い…い……?だと?
しかも、灰原くんを比較対象にして…?
夏油を見上げながら神妙な面持ちをした少女は、その比類無き天才的な頭脳(では無く、イニシャライズ化した情報体の分析部分)を回転させて考える。
仮に夏油くんが「可愛い」だったとしたら、では親友である五条くんも「可愛い」になってしまうのではないだろうか。
彼等はニコイチ、片方が可愛いならもう片方も可愛くなければいけないだろう。
は?だったらうちのお兄ちゃんも可愛いけど??
少女の情報分析機関は暴走していく。
五条悟が可愛いなら、うちの甚爾お兄ちゃんなんて「メチャメチャ可愛い」になっちゃうじゃん。愛くるしいじゃん。可憐じゃん。
黒髪巨乳で闇を抱えたお兄ちゃん、めんこいよな??
あれ……じゃあ待てよ…私の従兄弟の直哉くん……彼も「可愛い」にカテゴライズされちゃうぞ?いや……禪院家でギャルゲ出来るようになってしまうのではないか!?
黒髪巨乳未亡人お兄ちゃん、生意気ヤンチャ従兄弟、生理が重そうな叔父さま、逞しくて豪快な当主さま……そして極め付けに、私のことを何だかんだで世話焼いてくれるもう一人の巨乳お兄ちゃん(隠しルート)!!おい!これギャルゲじゃないか!!!
そ、そしてそんな並み居る「可愛い」の頂点に君臨せし「妻」を名乗る、弾ける笑顔と後輩力がMAXな正ヒロインアンケート第一位……灰原雄………。
私は…分かってしまった。
ここまでの思考時間、およそ現実時間では1.5秒。
少女はキリリッとした表情で答えを出した。
「夏油くんはギャルゲだったら攻略対象外キャラだからむり!!」
「???」
夏油は思う、マジでコイツ何を言ってるんだ?と。
どういうことなのかな?私がモブ?
まずもってギャルゲは何処から出て来た?
だがしかし、疑問深まる夏油を置いて少女は加速していく。
もう止まらない、止まれない、誰も彼女の思考に追い付けない。
まるでスポーツカーのような速度で思考回路という名の道をトップスピードで駆け抜けて行く。
もうお分かりかと思うが、こうした場面で「待った」を掛けたり、間髪入れず方向修正をしたり、気を別の方向に無理矢理向けさせる技術を持つ人間でなければ彼女の相手は全く務まらない。
例えば灰原による「待って先輩!」であったり、五条による「それよりさ」だったり……兄、甚爾による強制方向修正スキル「それより俺のこと構え」だったりと…そういう強引さが夏油には足りていなかった。
………
……
…
「………であるからして、私としては双子萌えが今一番アツいジャンルだから……」
「うん………」
「だから三國無双の大喬小喬の見た目が区別出来るようになった時に凄くショックだったんだよねぇ」
「そっか………」
結局、止める術を持たなかった夏油は買い物が終わるまで少女によるヒロイン談義に付き合うハメになった。
やっぱり早くコイツ追い出した方がいいな、灰原に頼んで強制送還して貰えないだろうか。お前の旦那だろ、早くなんとかしてくれ。
両手に荷物を抱え、隣には暴走状態の女を添えて歩く帰り道、それは突然視線に飛び込んで来た。
車の走る音が一気に遠ざかる。
視界からソレ以外の情報が消える。
高い背
白い髪
真っ黒いサングラス。
怒りを携えたドス黒いオーラに、自然と夏油の足は止まっていた。
「……やあ、悟」
「お前ら、なんで」
夏油は少女の言った言葉を思い出す。
「ちゃんと話合わない五条くんと夏油くんも悪いよ、バカ共が」
目前には怒れる五条、後方には五条の絶対的味方である暴走状態の少女。
夏油傑に、最早逃げ場は存在しなかった。