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ナマコ一匹分の癲狂

「それで、何か私に言うことはあるかい?」
「パンツ買って来てくれてありがとう」
「…本当良い根性してるな……」


腕を組み仁王立ちする夏油くんの前で正座をする私は、おもねったポーズをして可愛く「ごめんちゃい♡」した。
だがしかし、どうやら許されなかったらしく、夏油くんは顔から笑みを消して私を見下ろしながら「は?」と重たくて低い威圧感たっぷりな声を発した。

こわ……何で怒ってるんだ…身に覚えがありすぎてどの件で怒ってるのか分からない……たしゅけてお兄ちゃん(面倒を見てくれる方)

「どの件だと思う?」
「えっとねぇ……夏油くんのことについて聞いてきた女の子が面倒臭くて…「アイツ自分が食った処女他人に回すからやめといた方がいいよ」って適当なこと言ったこと、かな……」

あれ本当面倒臭かったな…「お前、傑の何なわけ?」「傑…最近連絡くれなくて……」「傑ってどんな子がタイプか教えてよ」などなど、それ何の価値があるの?って内容の質問責めにあった。
しかしマーベラススウィートな優しくて天才的である私は勿論質問に答えてあげた、だが段々ダルくなってきて最後は夏油くんを恨みながら適当なことを言っていたことを記憶している。

「告解をしろとは言ってないし、私を何だと思ってるんだ」
「付き合った女を面倒臭くさせるタイプの男」
「偏見が過ぎる……」

心なしかシュン…とした夏油くんを見上げて、私は自信満々な態度を取った。

「だがしかし、今回の件について怒られる謂われは全く無いよ!」
「本気で言ってる?」

そりゃあ本気も本気よ、マジだよ。
一から百まで私は悪くないよ、悪いのは学生に仕事バンバカ回してろくな休みをくれない大人と私のことを大切にしないお兄ちゃんが悪い。
あと精神不安定な夏油くんに気を使わず変なこと質問した特級呪術師だか何だかも悪い。
さらに言えば……

「……ちゃんと話合わない五条くんと夏油くんも悪いよ、バカ共が」
「…………」
「誤解してもらっちゃ申し訳ないので言っておくけど、私は五条くんの味方だからね。五条くんのことが大事だから君を助けるんだよ」
「…………」
「でも今回は……流石に五条くんもダメだと思ってる、けど…」

大事な友人を否定したくは無いけれど、言わずにはいられなくて心苦しくなりながら否定すれば、夏油くんは溜め息を吐き出して「……私だって分かってる」と言った。

「だが、もう…私は……」
「呪術師が大切にされないことが気に食わない、頑張りに唾を吐かれることに怒りを感じる」
「……のかも、しれない」

だから、非術師が憎い。
命を張ってやる価値が彼等には無い、呪いを産み出すしかしない奴等を尊ぶことが出来ない。
同じ人類種だと思いたくない。
非術師が呪いを産むのならば、非術師をこの世から全て消してしませば……呪いは消え、呪術師は蔑まれることが無くなる……かも。

私には理解が出来ない規模の悩みを一人で抱えて苦しむ彼に、何と声を掛けるべきか悩んだ。
いや、答えは出せる。何せ天才ですので。
でも果たしてそれでいいのだろうか、彼が真に望んでいる物はきっと……私の完璧な答えでは無く、親友の言葉のはず。
だから私は答えを飲み込み、わざと興味の無い振りをした。

「ほら、私ったら世界中に呪い爆弾仕掛けてるからさ、ぶっちゃけ世界ぶっ壊したかったら掛け声一つで出来るんだよね」
「…待ってくれ、それはただのテロリストじゃないか?」
「でも世界壊したらディ●ニーランドも無くなっちゃうから、一回行っときたいなって」
「話を聞け」

行きたくない?夢と魔法の王国。
私は行ってみたいよ、皆の理性を入り口のアナウンス一つで吹き飛ばし、帰り際に別れが辛くて泣く子まで出てきちゃうらしい夢の国。
めちゃめちゃ気になる、行きたい、行くしかない。

「ミミちゃんとナナちゃんも行きたいよねー?」
「子供達を巻き込むな」
「じゃあ一人で行って来るね」

よいしょっと立ち上がり33号の結晶体とジャバウォック2号の結晶体をポケットに突っ込んで部屋を後にしようとすれば、腕を掴まれ物理的に退去手段を封じられた。

「待ちなさい、何処へ行くつもりだ」
「夢の国行くための準備しに、銀行とか色々」
「……はぁ~」

あれまあ、夏油くん頭抱えちゃった。

「君は……何がしたいんだ………」
「何がってなに?随分漠然とした質問だね」

私はわざと、夏油くんが何を聞きたいのか分かっていながらそんな風に言って見せた。
首を傾げて、口元に余裕を構えるための笑みを浮かべ、瞳を細める。
彼が何かを言う前に、言葉を奪うように答えを発した。

「全てだよ、私が欲しい物は、私が持たざる物全てさ」

真新しい、白い腕を天井へ向けて伸ばして見せる。
そのままクルリとその場で回転して、ハハッと笑い声を漏らした。

「全部欲しい……でも順序はあるよ、一番はお兄ちゃん、次は頂点、そしてその次は………」
「今まで得られなかった物、全て」
「そう、よく分かってるね」

私、お兄ちゃんが一番好き。
お兄ちゃんが一番欲しい。
そしてその次に絶対孤高の頂点を得たい。
さらに欲を言えば……今まで得られなかった、本来であれば得ていて当然である物が欲しい。

喉から手が出る程に。

親の愛とか、楽しい思い出とか、友達と作った宝物とかさ……そういう、人らしい物が欲しい。
これから先、一人で長い時間を生きていくことになった時に、きっとそういう形の無い価値ある物が必要になるはずだから、作りたいのだ。

「ま、でも別にその行為に夏油くんが付き合う必要は無いよ、それに非術師が沢山居るとこなんて行きたくないんじゃない?」
「……寂しいことを言うね」
「そう?だって私達、本当に楽しみたい相手は互いじゃないでしょう?」

私の言葉に夏油くんは困ったように笑うだけであった。

分かるよ、分かる。
私も君も、同じ男の子を特別な友達として見てるからね。
まあ、君達は一方通行では無い、名実共に互いに認め合う無二の親友ってやつで、私と彼は……私が一方的に大好きだと公言してるだけなんだけどさ。

いいよね、羨ましいよ。
私も欲しかったな、親友。
成れるものなら成りたかったよ、親友とかいう友達の上位互換みたいなやつ。

「本当……私は君が羨ましいよ」

ずっと、ずっとね。
君のことが羨ましかったんだよ。

素直な思いを打ち明ければ、困ったような顔から一転、本当に驚いたんだなあってのが伝わってくる表情で「は」と言った夏油くんに、私は可笑しくなって思わず笑い声を挙げた。

「羨ましい……?私が?」
「だって私の欲しい物大体持ってるじゃん、だから理解したくなかったんだよね」

理解したら惨めな気持ちを味わうだろうと知っていたから、踏み込まずにいたのにね。
一体なんで仲良くなっちゃったんだろね。

強い身体、普通の両親、大好きな友達から許される特別なポジション。
正義感とか、人への希望だとか、そういう全てが羨ましくて、見てて嫌だった。

「それは、その…今も?」
「えー……」

今?今はね、そうだなあ……。
彼から目線を外し、こちらを心配そうに伺う子供達にヘラリと笑い掛ける。
それから、笑顔のまま平坦な声でこう言った。

「教えなーい」

教えてやんない。

絶対絶対、教えないもーん。

君が居なくなってしまえば、五条くんの親友になれたかもって考えたことも。
でもきっと、私じゃなれないことも。
こんなことばっかり考える惨めで馬鹿で寂しい話、言わないでおく。だって知ったら君は無駄に傷付くだろうから。

私が壊れても夏油くんを優先させる五条くんに、「それでいいよ」と言ったのは他でも無い私自身だ。

間違いの無いよう、何度だって言っておくけれど……


「私は五条くんの味方であって、君とは別に…何でも無いんだからね」


本当、別に……こんな気持ち、何でも無いんだよ。
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