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ナマコ一匹分の癲狂

単相……という、生体の発現システムが存在する。

人間は父親と母親の両者から半分ずつ貰った46の染色体を持っている。
通常の場合、一つの細胞は46の染色体を持つが、生殖細胞である精子や卵子は半分の染色体しか持たない。
その理由は、二つが合わさり受精してはじめて一つの細胞となるからである。
人間は生命の起源となる受精を成功させ、母親の体内で成長していき、産まれることが出来るのだ。

さて、ここまでは良いだろうか。

次の話に進もう。
実は生命は、卵子や精子単体でも生体へと成長が可能である。
これを、処女生殖と呼ぶ。
何かしらのショックを与えた卵子や精子は、受精に成功せずとも勝手に細胞分裂をし、母親や父親のコピーを生み出そうとする。
しかしこの場合、染色体は通常の半分しか持つことが出来ない。

この現象を「単相」と呼ぶのだ。

さて、実際現実においても動物実験の段階では単相は確認されている。よく科学分野でニュースとなるクローン実験とは、この単相の発展結果である。

だがしかし、人間は他の生物と比べてかなり複雑なDNA情報をしており、単相分裂を開始したとしても、遺伝子障害が発生し成長は不可能と言われている。


「だがしかし、不可能を可能にするのが天才が天才たる由縁なのだよ」


こちらを見上げて固まる子供の前で、新しい身体の動作チェックをしながら語る。
指の動き良し、眼球問題無し、間接も不良なーし!


「私」という存在が人間の身を捨てる前に凍結保存しておいた卵子と、生体情報の全てをイニシャライズ化しておいた小指型メモリ、そして…これらが成長途中で破壊されぬようにと用意した、兄の呪力を持たない遺伝子を使用して「呪力の無い胎盤」となるように改造したラボ33号を使って産まれ直した私こそが………新・有機生命体「Alice」である。

「はい、拍手!」
「すごーい!」
「わかんないけどすごい!」

パチパチパチパチッ
小さなお手々を一生懸命叩いて私を称えてくれる女児二人にヘラヘラと笑いながら「いやぁ……へへ…」とダラしなく照れてしまった。
純粋な称賛、誠にありがたいね。


ってことで、一週間とちょっとぶりに戻って参りました。
可愛くなって新登場、私でございます。

現在の状況を説明しよう。

全裸でネチョネチョの私、その私の産出を終えて萎んでいくナマコ、白眼向いてぶっ倒れてる夏油くん、可愛い女児二人、以上だ。


……いやあ、本来十ヶ月程かけて母親の体内で成長し産まれてくる所を一週間ちょっとでナマコから出てくる…人間3分クッキングだね。
といっても、前と同じく内臓が大体無いぞう~!な身である。外から見えるボディパーツ部分のみを超特急で仕上げ、並行してバックアップしていた情報を新たな肉体に移し替える作業のみを重点的に行った。
携帯の移行作業と大体同じだ、電話帳に保存されている情報を新しい機種に移し替えるあれである。

新しい肉体と前の砕けて終わった肉体との相違点は、主に頑丈さである。耐久力を底上げしたのだ、なので単純に力が強くなっている。多分今ならお兄ちゃん(両方)を抱っこ出来るはず……実験が失敗していなければ、だが。


私は子供達に声を掛けてから、一先ずシャワーを浴びることとした。夏油くんは放置の方向です。

萎んだ33号を結晶体へと戻し、ついでに飾られていたジャバウォックも回収してネチョネチョドロドロした身をシャワーで綺麗にした。
おお…胸も尻も全く変わりが無いな……本当はもう少し実験開始までの時間があれば髪色をお兄ちゃんカラーにしたかったんだが…それも間に合わず……全く外見に変わりの無い結果となってしまった。面白みが無いね。


…本当は、五条くんにラボ33号を託したかったのだが、まずそこから私は失敗した。
五条くんならば私を産出し直す母体となる33号を守り抜けるだろ~!って思いプレゼントしようとしたら「は?生ゴミ押し付けんなよ」と言われてしまったのだ。生ゴミちゃうわ、可愛いやろがい。
仕方無しに何故かその場に居た夏油くんに託したが……結果だけ言えば、夏油くんに押し付けて良かった。
彼は想像以上に33号を大切に、責任感を持って世話してくれていたようだ。

夏油くん達を逃がす寸前に託した小指型結晶体もしっかり持っていてくれたようだし、彼は本当に良い奴だなあ……と頭からシャワーを浴びながらほくそ笑む。


さて、シャワーを浴びて身体がサッパリしたところで、私は風呂場を後にすると未だに意識が曖昧な夏油くんを放って彼のクローゼットを勝手に開き、衣服を拝借した。
うわ服デッカ!五条くんが「傑何人分だよ」とか言ってたけど、本当に私何人分だ…?って大きさしてるよ。あと悉く黒い。爽やかじゃないね…。
適当なパーカーとズボンを借りる。
そうして、延びてる夏油くんの元で大人しくナマコと戯れていた女児の元へと向かった。

「やあ、改めて…久しぶりだね二人とも」

声を掛けてから一言「失礼」と断りを入れて、二人の脈拍、眼球の動きなどを診た。
続いて、部屋にあったカレー用に使うようなスプーンを持って来て先端の周りに術式を使って固めのゴムを纏わせ打腱器擬きを作り、脚気のチェックをすることとした。
脚気とは、ビタミンB1が不足することで末梢神経の調子が悪くなり、下肢がしびれる病気だ。およそ現代においては、栄養価の高い食事が多く存在するため基本的に患うことは無いが、この子達は悪辣な状況下に居たためやや心配であったので診察させて貰う。

「おねえさん…」
「なんだい?」

白い方が口を開く。

「チョコ…おいしかったの…」
「……それは何より、今度はもっと美味しくて甘い物を用意しよう」
「ほんと…?」
「本当だとも、約束するよ」

警戒と緊張を抱えつつも、あの日のことを口にする子供に精一杯優しくする。
子供の相手は苦手だ、どうしたら良いかイマイチ分からない。けれどこの子達に希望を与えてしまったのは私だ、救済には責任が伴う。
灰原くんしかり、子供達しかり、手を差し伸べておいて何もしないことは許されない。
私は既に、無責任に与えられた愛と手の温もりがどれだけ残酷なことであるかを知っている。
知っているからこそ、私は同じことを他者にはしない。

「女の子に必要なのは、お砂糖とスパイス、そして素敵な物なのさ」

指をパチッと鳴らして手のひらからコロコロカラリッと美しい結晶を一つ、二つと産み出す。
それを一度ギュッと握り締め、手を開けばあら不思議、インペリアルトパーズで作られた小さな指輪の完成だ。

「お生憎様、砂糖とスパイスは持ち合わせが無いけどね、素敵な物なら幾らでも」

睫毛をシパシパと震わせ、星の弾ける輝きを灯したように瞳を瞬かせる子供達の指に小さな指輪を嵌めてみせた。

「お気に召してくれたかね?」
「…キラキラしてる……」
「おひめさまのだ…」
「うむ、そうとも」

窓から差し込む太陽光に透かしながら、角度を変えて宝石の煌めく様を見つめ続ける二人を眺める。


そして、そんな我々を意識が戻ったにも関わらず声を掛けずに夏油くんは見守っていたのだった。
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