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ナマコ一匹分の癲狂

突然だが私は過去最高に困っている。

混乱とパニックの渦が心の中で暴れ狂う様を落ち着かせることも出来ずに、目の前の状況をただただ眺める他無かった。

「ぷにぷにだよ」
「ぷにぷにだ…」

あの子に託された女児二人は愉しげに、ぷりっとした黒く艶のある人間一人分以上の大きさの生物をつついて遊んでいた。

そう、黒々とした…この生物は……

「何故巨大化したんだ……」

ナマコである。







遡ること数日前、気持ちよく朝起きて、目にした光景に一瞬見間違えたかと思った。
ラボ33号こと、最初に貰った方のナマコが妙に大きくなっている。
昨日までは通常サイズであったそれは、小型犬程の大きさへと変わっており、慌てて抱き上げ異常が無いかと確認した。
だが、残念なことに私は専門家では無い。
ミミ子とナナ子も一日中不安そうにナマコの側で寄り添っていた。
私は二人にきっと大丈夫だ、この子の専門家に聞いてみるよ と安心させるように言った。しかし相変わらずナマコの親であるあの子に連絡は全く取れなかった。


…そうして翌日、一夜明けたナマコはさらに肥大化し、大型犬サイズとなっていた。


そこからはもう、日が経つにつれ巨大化していくナマコに部屋の面積を大分取られる生活である。
プヨップヨッと巨体を揺らして動くナマコに思わず遠い目をしてしまう。
何故こうなった、一体私が何をしたと言うのか…頼むから教えて欲しい。
私はかつて無い程、あのマッドサイエンティストの存在を所望した。

だが、願いは虚しく消えることとなる。


突如、のたうつように巨体をくねらせ始めたナマコは「キュウキュゥ」と苦しげな声を挙げながら、部屋の中でジタバタと暴れ始めたのだ。

「33号!?どうしたんだ、苦しいのか!?」
「プキュキュッ」

ミミ子とナナ子を避難させ、ナマコに駆け寄り身体に触れる。
……熱い。
この子、発熱しているのか!?

私は急いで氷や水を大量に用意し、何とか冷してやろうとするも、努力虚しくナマコの体温はグングンと上昇していく。
普段はひんやりもっちりした癒しの身は、今や人肌以上の熱を持つ。
とうとうグッタリし始めたナマコは私の手のひらに身をふにふにと擦り付け、力無く身を震わせていた。

「33号…どうしたんだ……」
「夏油さま、33号しんじゃうの?」
「33号、しなないで!」

短い期間ながらも共に過ごした家族の突然の事態に、二人も寄り添おうと駆け寄ってくる。
私達は33号を擦ってやり、頑張れ頑張れ、きっと大丈夫、よくなる、だから頑張れ…と応援することしか出来なかった。

「しなないで!がんばれ!」
「だいじょうぶだよ、33号!」
「ああ、きっと大丈夫だ、頑張れ」

私は熱い巨体をギュッと抱き締め、額を押し付け瞳を閉じて祈りを込める。

すると、私達の応援が通じたのか、はたまた断末魔の叫びか、33号は一際甲高い声を挙げると、身を捩るように震え出したのだ。
私達は訳もわからずひたすらに頑張れ!頑張れ!と応援する。
33号はそれに答えるように、キュウキュゥと鳴きながら力んだ。


そうして、事態は一転する。


私はきっと、この日のことを生涯忘れることは無いだろう……。


まず最初に、グチュッと音がした。

次いで、グニュニュニュッ……と何かが押し出される音がした。

そうして最後に、バチョッっと何かが吐き出された。


ナマコの口から。


私達三人はそれを見やる。
肌色をした吐き出されたそれは、およそ人間の女の形をしており、大きさは150cm程であった。

「…………」
「…………」
「…………」

絶句。

ナマコの口から人間が吐き出されるという、おぞましく異常異端、グロテスクな光景を目撃してしまった私達は精神分析を振らされた。

私はさらに、見知った人間とソレが似通っていたためさらに精神ダメージが蓄積した。
クリティカルヒット、眩暈が…する…。

「なんなんだ……君…」

この言葉を最後に、意識はブラックアウト。

非術師をどうにかする前に、コイツをどうにかしなければ……と思いながら意識を彼方へと飛ばしてしまったのだった。
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