ナマコ一匹分の癲狂
高専を襲ったナマコの襲撃事件から一夜明け、様々なエネルギーを奪われ疲れ果てた七海はふと、一つ気付いたことがあった。
視線を上げ、友の背を見やる。
上半身と下半身が裂かれる程の致命傷をくらい、死した唯一の同級生は、今日も変わらず煩いくらい元気に動き回っている。
現在彼は自ら率先してナマコの世話をしていた。
ケージの中に入れられたナマコの様子を見てメモにペンを走らせる後ろ姿に、目立った不具合は感じられない。
何故?
灰原が動けるのには理由がある。
死したはずの彼が以前と変わり無く活動している奇跡を起こしたのは、他でもない、例のクレイジーかつマッドでファナティックな先輩であった。
彼女が体内実験にて生成することに成功した「全置換型人工心臓、女王のハート」の効果を持ってして、灰原は生きている。
停止した心臓の変わりに真っ赤なスピネルを核とした偽物の心臓を動かしている。
だが、その偽物の心臓を動かすのには呪力が必要だ。
灰原本人の物では無く、灰原に心臓を与えた少女の呪力が。
そしてその件の少女は自害してしまった。
呪物などには死後も作成者の呪いが込もっているケースもあるが…あの鉱物は物に呪いが込もった物では無く、あれそのものが呪いによって産出された物なはず。
製作者がこの世から去ったのならば、製作者と同じように砕けても可笑しくは無いはずなのに…灰原もナマコも未だに元気に活動中である。
一体、何故?
七海は灰原に「…その、身体は大丈夫なのですか」と心配な気持ちになって声を掛けた。
「大丈夫だよ、なんで?」
「あの人が自害したでしょう、君の心臓に影響は」
「してないよ?」
「は?」
灰原は不思議そうな顔をする七海に平然と、いつもと変わりの無い笑みを浮かべながら「先輩死んでないから、僕は何とも無いよ」と言った。
「今、なんと?」
「先輩死んでないから、僕もナマコも元気!」
元気もりもり!朝ご飯の白米二回おかわりした!!
とくに意味も価値も感じられない灰原の健やか元気アピールを流し聞きながら、七海の思考はとっ散らかった。
自害したと聞かされた先輩が死んでいない。だから灰原もナマコも元気。どういうことだ?
報告と情報が食い違っている。
そもそも、砕け散った身を自分もこの目で確かに見たのだ。灰原も共に。
では、灰原の頭がおかしくなった?
チラリ、ナマコの数を数える作業に戻った友人を見やる。
何処も変わりは無い。
気を違えた様子も無い。
ならば、灰原が言っていることが本当だとするなら……彼女は今どこに?何故灰原だけが事実を知っている?
「灰原、何を知っているんですか」
「先輩のこと?」
「そうです」
灰原は七海の質問にムムッと悩む。
目を瞑り、難しそうな顔をして考えた後に口を開いた。
「説明したいんだけど……」
「はい」
「……先輩に言われたことが難しすぎて説明出来ない…ごめんね…」
「…はい」
明らかに人選ミスだろ。
七海は目尻をピクピクさせた。
どう考えても説明する相手を間違えているとしか思えない。いや、確かにあの人は灰原をとても可愛がっているから仕方無いのかもしれないが……。
ああいや、そもそもあの人は誰かに理解を求める気の無い人であった。別に灰原に聞かせたのは、彼が回りへ報告義務を果たしてくれることを期待しての人選では無い。ただ本当に、言ってみたかったから言っただけ…だったりするのだろうな。
何せ凡人には理解不可能な人なのだ、人というか謎生命体だけれども。
七海はそこまで考えドッと疲れた気持ちになった。
振り回されている、自分を含めて彼女に関わる人間全てが。
「灰原、君はよくあの人に寄り添おうと思えましたね…」
思わず口をついて出た言葉を耳にした灰原は、頬を緩めて嬉しそうに笑う。
「だって、この先ずっと先輩独りなんて寂しいかなって。でも僕が居れば寂しさも退屈も紛れると思うんだ……一人より二人の方が幸せだよ」
「…そうですね」
「でしょ?」
その通りではあるのだが、本当にそれでいいのかと問いたくなるも、やめた。
何だかんだ、あの人はあの人なりに灰原を大切にしているし、必要としている。
灰原を救って以降、少しずつ、だが確実に以前よりも灰原に絆されていた。
先輩を孤高の頂点に押し上げたい五条さんからすれば堪ったもんじゃ無いことだろうが、私は友人である灰原を応援したい。
というか、現状あの人の動きを一瞬でも止められるのは灰原しか居ないので、そのまま手綱を握ってしまって欲しい。
もういきなりとんでも無いことをされるのは懲り懲りだ。
あの人の背中を追うのは気が狂いそうな心地になる。
ケースに入れられた大量のナマコを意味も無く眺めながら、早く平穏が来ることを願った。
視線を上げ、友の背を見やる。
上半身と下半身が裂かれる程の致命傷をくらい、死した唯一の同級生は、今日も変わらず煩いくらい元気に動き回っている。
現在彼は自ら率先してナマコの世話をしていた。
ケージの中に入れられたナマコの様子を見てメモにペンを走らせる後ろ姿に、目立った不具合は感じられない。
何故?
灰原が動けるのには理由がある。
死したはずの彼が以前と変わり無く活動している奇跡を起こしたのは、他でもない、例のクレイジーかつマッドでファナティックな先輩であった。
彼女が体内実験にて生成することに成功した「全置換型人工心臓、女王のハート」の効果を持ってして、灰原は生きている。
停止した心臓の変わりに真っ赤なスピネルを核とした偽物の心臓を動かしている。
だが、その偽物の心臓を動かすのには呪力が必要だ。
灰原本人の物では無く、灰原に心臓を与えた少女の呪力が。
そしてその件の少女は自害してしまった。
呪物などには死後も作成者の呪いが込もっているケースもあるが…あの鉱物は物に呪いが込もった物では無く、あれそのものが呪いによって産出された物なはず。
製作者がこの世から去ったのならば、製作者と同じように砕けても可笑しくは無いはずなのに…灰原もナマコも未だに元気に活動中である。
一体、何故?
七海は灰原に「…その、身体は大丈夫なのですか」と心配な気持ちになって声を掛けた。
「大丈夫だよ、なんで?」
「あの人が自害したでしょう、君の心臓に影響は」
「してないよ?」
「は?」
灰原は不思議そうな顔をする七海に平然と、いつもと変わりの無い笑みを浮かべながら「先輩死んでないから、僕は何とも無いよ」と言った。
「今、なんと?」
「先輩死んでないから、僕もナマコも元気!」
元気もりもり!朝ご飯の白米二回おかわりした!!
とくに意味も価値も感じられない灰原の健やか元気アピールを流し聞きながら、七海の思考はとっ散らかった。
自害したと聞かされた先輩が死んでいない。だから灰原もナマコも元気。どういうことだ?
報告と情報が食い違っている。
そもそも、砕け散った身を自分もこの目で確かに見たのだ。灰原も共に。
では、灰原の頭がおかしくなった?
チラリ、ナマコの数を数える作業に戻った友人を見やる。
何処も変わりは無い。
気を違えた様子も無い。
ならば、灰原が言っていることが本当だとするなら……彼女は今どこに?何故灰原だけが事実を知っている?
「灰原、何を知っているんですか」
「先輩のこと?」
「そうです」
灰原は七海の質問にムムッと悩む。
目を瞑り、難しそうな顔をして考えた後に口を開いた。
「説明したいんだけど……」
「はい」
「……先輩に言われたことが難しすぎて説明出来ない…ごめんね…」
「…はい」
明らかに人選ミスだろ。
七海は目尻をピクピクさせた。
どう考えても説明する相手を間違えているとしか思えない。いや、確かにあの人は灰原をとても可愛がっているから仕方無いのかもしれないが……。
ああいや、そもそもあの人は誰かに理解を求める気の無い人であった。別に灰原に聞かせたのは、彼が回りへ報告義務を果たしてくれることを期待しての人選では無い。ただ本当に、言ってみたかったから言っただけ…だったりするのだろうな。
何せ凡人には理解不可能な人なのだ、人というか謎生命体だけれども。
七海はそこまで考えドッと疲れた気持ちになった。
振り回されている、自分を含めて彼女に関わる人間全てが。
「灰原、君はよくあの人に寄り添おうと思えましたね…」
思わず口をついて出た言葉を耳にした灰原は、頬を緩めて嬉しそうに笑う。
「だって、この先ずっと先輩独りなんて寂しいかなって。でも僕が居れば寂しさも退屈も紛れると思うんだ……一人より二人の方が幸せだよ」
「…そうですね」
「でしょ?」
その通りではあるのだが、本当にそれでいいのかと問いたくなるも、やめた。
何だかんだ、あの人はあの人なりに灰原を大切にしているし、必要としている。
灰原を救って以降、少しずつ、だが確実に以前よりも灰原に絆されていた。
先輩を孤高の頂点に押し上げたい五条さんからすれば堪ったもんじゃ無いことだろうが、私は友人である灰原を応援したい。
というか、現状あの人の動きを一瞬でも止められるのは灰原しか居ないので、そのまま手綱を握ってしまって欲しい。
もういきなりとんでも無いことをされるのは懲り懲りだ。
あの人の背中を追うのは気が狂いそうな心地になる。
ケースに入れられた大量のナマコを意味も無く眺めながら、早く平穏が来ることを願った。