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ナマコ一匹分の癲狂

晴れのち、曇り…所によっては……

ボトボトボトッ

「なんだこれは!?」
「虫か!?呪霊か!?」
「いやこれナマコだ!!」

ナマコが降ってくるでしょう。


大変なことになったな…と夜蛾は遠い目をしながらその光景を見ていた。

大事な生徒の一人である、あの禪院家から直々に「どうかこのファナティック・クレイジー・サイエンティストを真人間にして下さい」と頼まれていた少女に"処刑"判決が下り、刑を執行する前に自害した彼女の報告を他の生徒達に伝えている最中、それは起きた。

沈黙の行、お通夜状態。
皆一様に口を閉ざして気を落としていた時であった、いきなりヌルリ…とした粘液が上から垂れてきて頬を伝う。
何事かと思い見上げた天井には……例のナマコがウゾウゾとひしめきあっていたのだった。

そこからはもう分かりやすくパニックである。
生徒を集めた教室だけでは無い、高専中に現れ縦横無尽に這ったりネチョネチョした分泌物を出したり何だりするナマコっぽいやつの捕獲に待機中の人々は駆り出された。
上がる悲鳴、降り注ぐナマコ、こんなの初めて…。

別れを惜しむ暇すら無い、やはりと言うか何と言うか、死して尚、迷惑かつ意味不明なことしか起こさない少女に夜蛾は米神が痛くなってしまった。


「アイツ、ナマコ作り過ぎだろ!頭可笑しいんじゃねえの!?ふざけんなよ!」

五条が吠える。
彼は洗濯カゴを用意し、片っ端からナマコを素手で掴んでは投げ入れ、掴んでは投げ入れを繰り返していた。
その姿はまさに収穫作業のよう…今年はナマコの大豊作。


「は、灰原!大丈夫ですか!?」
「ムゴゴゴゴゴゴッ」
「今助けます!!」

灰原はナマコの大群に埋もれていた。
今の彼はナマコ達とかっこで括れば同類項なため、指示者を失い暴走状態のナマコは寄って集って「お母さんの気配」が体内の心臓部からする灰原の元に詰め寄せたのだ。
ママシュキ。。。ぴとっ。。。ネッチョリ

そんなナマコまみれの灰原を救うべく七海は奮闘していた、迫り来るナマコの群れを掻き分け友を救い出す…彼は大事な友人のために、麗しい金髪をヌッチョリさせていた。
美しい友情風景がそこにはあった……(背景ナマコの山)


「あ、コイツら結晶状態で保存されてたのが、アイツ居なくなったせいで生態状態に戻って暴走してんのか」

家入は一人スパスパ煙草を吸いながら皆が奮闘している状態を高みの見物していた。
だってネチョネチョしたくないし。


そしてこのナマコフィーバータイム突入!状態は上層部や禪院家でも起きていた。


「なんや!クソッ、服ん中入ってこんでええ!!」

直哉は着物の隙間から入って来たナマコと格闘していた、ヌチョヌチョと衣服の下で這うナマコが敏感な所を掠める度に喉を詰まらせる。
と言うか、禪院家全体でこんな感じの被害が出ている。
皆ナマコにあんあんらめぇ!の一歩手前、生殺しのようなそうでも無いような、ただただ不快なだけな気もしないでもない苦痛を味合わされていた。
直毘人も、扇も、扇の妻も、甚壱も…誰が得するか不明な破廉恥スチルの乱舞、でも世の中には色々な需要があるはずなので、彼等の身体を張ったお色気ナマコ攻防戦も誰かの需要を満たすはずである。

ちなみに子供達はまとめて避難させられたため、幼少期のトラウマとなることは無かった。


上層部でも突如沸いた見覚えのあるナマコの群れにより、偉いおじいさんおばあさんは産まれてこの方味わったことの無い屈辱を経験していた。

あのアマぶっ殺す…と思うが、もう死んでることを思い出しやり場の無い怒りを飲み込めずに煮え滾らせる。
頭の良い者達は彼女が死んだせいでこの状況が起きたことを理解し、自分達の判断の甘さを嘆いた。
自業自得、やっぱりアイツは生かして放置が一番被害が少ないベストな判断だったのだ。
上層部はこの日の出来事を、「第一次ナマコの乱」と名付けた。


呪術界はネッチョリ磯臭くなった。



___




一方その頃……

呪術師やめちまえサイクロンアタックをぶちかまされ、子供二人を育てることになった夏油の元にもナマコは来ていた。

「まさか…高専から来てくれたのか……?」

少女に押し付けられた二匹と五条が飼育放棄した一匹は健気にも夏油の元にやって来ていた、夏油はボロボロになったナマコを両手で掬い上げて指先で慈しむように撫でてあげた。

あの後、彼女のことが気掛かりで一度だけ連絡を入れたが、ついぞ返信は無かった。
どうなったのかと心配だったが、鉱物生命体が無事に活動しているのならば彼女が死んだわけでは無いのだろう。
彼ら鉱物生命体は彼女の呪力を元に動く者達だ、術者が死んでどうなるかの詳細は知らないが、無事では済まないはず。
だからきっと、大丈夫だ。
この子達が生きているのなら、彼女も恐らく生きているに違いない。
夏油は希望的観測を信じていた。


ナマコの一匹が夏油の手から離れ、ぷにょぷにょと床を這う。
他の二匹も思い思いに動き出し、夏油はコラコラと苦笑を浮かべながら様子を見ていた。
久しぶりの穏やかなペットとの戯れにほんのり温かな気持ちになっていた時、それは起きた。

あの日、自分を逃がすためにとジャバウォック2号を使用した彼女は、夏油に小指程の大きさの鉱物を握らせた。
何の目的で鉱物を押し付けたかは不明であったが、夏油はそれを結晶体へと戻ったジャバウォック共々、いつでも持って逃げられるようにと目立つ場所へ置いていた。

それが仇となった。

気付けば鉱物の側にナマコの一匹は居たのだ。
夏油はそれに気づかず別の一匹をほのぼのと眺めていた。

鉱物の側に居るナマコ、品番を「ラボ33号」と言う。
彼は鉱物を前に、そうすることが当然であるかのように口を開き…そして……

パックン

食べた。
小指程の大きさの鉱物を、一口で。
モキュモキュと食し、何事も無かったかのようにその場を離れる33号にやっと気付いた夏油は、風景の違和感に目を凝らし、気付く。

「………あれ?」

ぷにょッぷにょッと自由に好き勝手這うナマコと、あったはずの物が無い状況に身体をピシリッと硬直させる。

いや待て、おかしい、これはおかしい……。今さっきまであったはずなのだ、小指程度の大きさをした石が。あの子に託された大切な物が……無い、何処にも無い。

焦りを抑えてキョロキョロと辺りを見回し、床に膝をついて探してみる。
だがしかし、あるのはナマコ一匹のみ。
つまり、まさか。
夏油は一気に顔面蒼白となり、33号を片手で鷲掴む。

「何をしてるんだ!!ペッ!ペッ!しなさい!!」
「プキュッ」
「あああごめんね!!!」

鷲掴んだことで心無しか苦し気な音を出したナマコを今度はふんわり掌に乗せ、隅々までよく観察する。
外見に変化は特に見られ無い、本当に食べちゃったのか?私の勘違いか?

掌の上で変わり無くぷよぷよしているナマコを眺めて肺から重たい溜め息を吐き出す。

離れて尚、妙な事態を引き起こす少女に対して「頼むから連絡をくれ」と願う夏油は知らない。

自分に受難の相が出ていることを。
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