三万グラムの憧景
記録 2007年 9月
東京都立呪術高等専門学校内、■■室にて。
処刑対象である一級術師、禪院■■の遺体と思わしき結晶を確認。
同時刻、処刑対象の兄、伏黒甚爾が行方不明となる。
遺体と思わしき結晶は全て禪院家が回収。
___
禪院家によって、少女を構築していた微小の破片の一欠片にいたるまで、全ての遺体と思わしき結晶はかき集め、回収された。
東京から京都まで運ばれて来た従姉だった物を手に掬い、見下ろした直哉は唖然としながら手の中の艶々とした黒い石のような物を眺め続ける。
酷く、呆気ない最後であった。などと、誰かが言った気がしたが、言葉は脳内に残らず、微小の結晶が指の隙間から零れ落ちるのと共に何処かへ落ちて消えていく。
「……こんなんになって、どないすんねん」
兄を思い妹は終わり、その兄たる甚爾は何処かへ行方を再び消した。
一辺に失った二つの影、彼等を失うのはこれが二度目であった。
一度目は甚爾が消え、そしてその妹の世界から自分が弾き出された。
甚爾が消えるのは、仕方無いことだと思えた。何故なら、この家に彼の居場所は無く、正しい評価を下せる人間が居なかったからだ。
だけど、妹の方は違う。
彼女は確かに女で、毛色の違う雰囲気で、落ちこぼれではあったが、そこから這い上がって価値を示した人間だ。
狂気に犯され、乱人のような素振りばかりし、周りを見ず、ただひたすら己の追い求める物だけを目指し突き進む。
誰にも理解を求めず、誰にも心を許さず、ただ一人、狂悖暴戻(きょうきぼうれい)の中に生きる。
道理などとうに反した在り方は、見るものすら狂わせ惑乱させる。
そんな人間の視界に、直哉はずっと映らなかった。
興味が無いから。
無用で不要、彼女にとって自分は興味の対象足り得ない。
分かってはいたが、それでも振り向いて欲しくてちょっかいをかける。そうすれば、一瞬だけ面倒臭そうな顔を向ける。
その瞬間に堪らなく優越感を覚える。
甚爾の残した宝石の原石。
それは今、自分だけが価値を分かっている。
一つ年上の従姉、落ちこぼれから脱却し、周囲の期待を無視して己が道を進む女。
小さな頃、直哉はそんな従姉の目に止まりたくて必死でちょっかいをかけていた。
「なあ、何してはるん?また実験?そんなん女の子がしても意味あらへんらしいで?」
「………」
「なんか言えや」
「……………」
何も言わないのならば手を出すしか無い。
髪を掴んで引っ張ってみたり、わざと頭に水を溢してみたり、嫌味を言いながら蹴ってみたり。
そこまでしなければ、無反応なままなのだ、何を語り掛けても自分の言葉に意味や価値は無いのだと、態度で示される。
なんで?なんで?知ってるのに、知っとったのに。
君が術式に目覚める前からやで、触れたら怪我するような、危ない奴やって俺は知っとったのに。
俺だけが知っとったのに。
自分が一番最初に見付けた宝石なのに、甚爾だって価値を知らないはずなのに。
最初は興味が芽生え、次いで感情は嫉妬に変わり、だが最後には諦めとなった。
自分が一番最初に見付けたが、この女は自分の物になることは無い。
本当に認めたくは無いが、悔しいことに、この女もまた五条悟や甚爾と同じ「特別」な人間だからだ。
孤高にして孤独。天世の才を与えられた傑物。彼女には、誰も登ることの許されない高い高い塔の上が似合う。
しかし、ずっと見上げ続けていた存在は、いきなりある日自分を視界に捉え、あまつさえ名前を呼んだ。
「あ、直哉くんだ」
「直哉くん直哉くん」
「お兄ちゃん以外だと直哉くんくらいしか私に声掛けてくれる人居なかったもん、だから嫌いじゃ無いよ」
反応は無くとも、自分の声は確かにこの女に届いていたのだと知った時、驚いて言葉が出てこなかった。
だが、同時に悔しかった。
父や兄達に実力を認められた時よりも、この女から認識され、「嫌いじゃない」と言われた時の方が嬉しく感じた等とは絶対に認めたく無かった。
甚爾はもう二度と戻っては来ない。
けれど、彼女は戻って来るとあの日確かに言っていた。
その通り戻って来た、けれど、こんな姿で戻って来たところで何の意味も無い。
価値が無いのは、他でも無いお前だ。
「何なんやホンマ、イカれ女が…この家で俺くらいやで、君が死んで手合わしたるの、感謝せえよ」
ザラザラと手に取った黒い欠片を元あった場所に戻し、そして周りの目を盗んで一欠片だけ盗んで懐に仕舞い込む。
売れば高くなるかもしれないから取っておく、他意など無い。
売っても価値の無い物ならば、加工してアクセサリーにでもすればいい。
砕けたとしても、美しいことには変わり無いのだから。
こうして禪院直哉の初恋にも憧れにもならなかった幼い気持ちは、感情を抱く相手諸共砕けて散ったのであった。
東京都立呪術高等専門学校内、■■室にて。
処刑対象である一級術師、禪院■■の遺体と思わしき結晶を確認。
同時刻、処刑対象の兄、伏黒甚爾が行方不明となる。
遺体と思わしき結晶は全て禪院家が回収。
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禪院家によって、少女を構築していた微小の破片の一欠片にいたるまで、全ての遺体と思わしき結晶はかき集め、回収された。
東京から京都まで運ばれて来た従姉だった物を手に掬い、見下ろした直哉は唖然としながら手の中の艶々とした黒い石のような物を眺め続ける。
酷く、呆気ない最後であった。などと、誰かが言った気がしたが、言葉は脳内に残らず、微小の結晶が指の隙間から零れ落ちるのと共に何処かへ落ちて消えていく。
「……こんなんになって、どないすんねん」
兄を思い妹は終わり、その兄たる甚爾は何処かへ行方を再び消した。
一辺に失った二つの影、彼等を失うのはこれが二度目であった。
一度目は甚爾が消え、そしてその妹の世界から自分が弾き出された。
甚爾が消えるのは、仕方無いことだと思えた。何故なら、この家に彼の居場所は無く、正しい評価を下せる人間が居なかったからだ。
だけど、妹の方は違う。
彼女は確かに女で、毛色の違う雰囲気で、落ちこぼれではあったが、そこから這い上がって価値を示した人間だ。
狂気に犯され、乱人のような素振りばかりし、周りを見ず、ただひたすら己の追い求める物だけを目指し突き進む。
誰にも理解を求めず、誰にも心を許さず、ただ一人、狂悖暴戻(きょうきぼうれい)の中に生きる。
道理などとうに反した在り方は、見るものすら狂わせ惑乱させる。
そんな人間の視界に、直哉はずっと映らなかった。
興味が無いから。
無用で不要、彼女にとって自分は興味の対象足り得ない。
分かってはいたが、それでも振り向いて欲しくてちょっかいをかける。そうすれば、一瞬だけ面倒臭そうな顔を向ける。
その瞬間に堪らなく優越感を覚える。
甚爾の残した宝石の原石。
それは今、自分だけが価値を分かっている。
一つ年上の従姉、落ちこぼれから脱却し、周囲の期待を無視して己が道を進む女。
小さな頃、直哉はそんな従姉の目に止まりたくて必死でちょっかいをかけていた。
「なあ、何してはるん?また実験?そんなん女の子がしても意味あらへんらしいで?」
「………」
「なんか言えや」
「……………」
何も言わないのならば手を出すしか無い。
髪を掴んで引っ張ってみたり、わざと頭に水を溢してみたり、嫌味を言いながら蹴ってみたり。
そこまでしなければ、無反応なままなのだ、何を語り掛けても自分の言葉に意味や価値は無いのだと、態度で示される。
なんで?なんで?知ってるのに、知っとったのに。
君が術式に目覚める前からやで、触れたら怪我するような、危ない奴やって俺は知っとったのに。
俺だけが知っとったのに。
自分が一番最初に見付けた宝石なのに、甚爾だって価値を知らないはずなのに。
最初は興味が芽生え、次いで感情は嫉妬に変わり、だが最後には諦めとなった。
自分が一番最初に見付けたが、この女は自分の物になることは無い。
本当に認めたくは無いが、悔しいことに、この女もまた五条悟や甚爾と同じ「特別」な人間だからだ。
孤高にして孤独。天世の才を与えられた傑物。彼女には、誰も登ることの許されない高い高い塔の上が似合う。
しかし、ずっと見上げ続けていた存在は、いきなりある日自分を視界に捉え、あまつさえ名前を呼んだ。
「あ、直哉くんだ」
「直哉くん直哉くん」
「お兄ちゃん以外だと直哉くんくらいしか私に声掛けてくれる人居なかったもん、だから嫌いじゃ無いよ」
反応は無くとも、自分の声は確かにこの女に届いていたのだと知った時、驚いて言葉が出てこなかった。
だが、同時に悔しかった。
父や兄達に実力を認められた時よりも、この女から認識され、「嫌いじゃない」と言われた時の方が嬉しく感じた等とは絶対に認めたく無かった。
甚爾はもう二度と戻っては来ない。
けれど、彼女は戻って来るとあの日確かに言っていた。
その通り戻って来た、けれど、こんな姿で戻って来たところで何の意味も無い。
価値が無いのは、他でも無いお前だ。
「何なんやホンマ、イカれ女が…この家で俺くらいやで、君が死んで手合わしたるの、感謝せえよ」
ザラザラと手に取った黒い欠片を元あった場所に戻し、そして周りの目を盗んで一欠片だけ盗んで懐に仕舞い込む。
売れば高くなるかもしれないから取っておく、他意など無い。
売っても価値の無い物ならば、加工してアクセサリーにでもすればいい。
砕けたとしても、美しいことには変わり無いのだから。
こうして禪院直哉の初恋にも憧れにもならなかった幼い気持ちは、感情を抱く相手諸共砕けて散ったのであった。