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三万グラムの憧景

いつか見た、青く輝く結晶の大地が私の目の前に悠然と広がる。

美しいラズライトを目にしながら、極めて冷静に携帯を取り出し連絡を入れた。

夏油傑の両親や親戚の保護と、私の身柄の確保を願う一文を書き、夜蛾先生に送信する。
次いで、五条くんに「夏油くんは大丈夫だよ」と打った文章を送る。
最後に、灰原くんへ「一部予定が変わったが、問題無く実験を進める」と電話口で告げた。

「先輩…大丈夫ですか?」
「駄目ぽよ~~~」
「そんなバナナ……しっかりして下さい!」
「応援してくれたら頑張れるかも……」

つい、甘えたくなって適当なことを言えば、灰原くんは「任せて下さい!」と言ってZARDの負けないでを歌いはじめた。
一番を歌い上げた灰原くんに拍手を送り、一言二言会話を交わして通話を切る。

そして、携帯を仕舞い、結晶で固められた村人共を冷ややかに見やる。
一応まだ生きてはいる、だがしかし、私が非術師へ牙を向けたことは揺るぎ無い事実である。

「はーあ、お兄ちゃん怒るかなあ」

こんな時でも頭に浮かぶのは兄のこと。
だって仕方無い、私は兄のことが好きなのだ。
好きな人を困らせたい気持ちはあるけど、それより今は、幸せを願う気持ちの方が強くある。
兄に幸せになって欲しい、私なんか捨てて。

「だってねぇ……私じゃねぇ……」

妹だしね。
妹は嫁にはなれないんだよ、妹は何処まで行っても妹なんだ、知ってる、知ってた、知らないはずが無い。
従兄だったら良かったんだけどね、そしたら無理矢理襲って既成事実でも何でも作れたんだけど。
まあ、無理だよね。私、妹だから。

妹だから嫁にはなれない。
妹だから唯一無二には届かない。
妹だから、この気持ちに名前をつけてはいけない。

愛してる。

ひらがなに直せば五文字の単純な言葉を、私は一生口にすることは無いだろう。

「あーやだやだ、五条くんの言う通りにすれば良かったかも」

ゴロンと地面に寝っ転がり、空を仰ぎ見る。
五条くんがすすめてくれた通り、夏油くんを好きになってれば話は簡単だったのにな。
馬鹿馬鹿しい、アホみたい、何これ?天才の悩みとしてはあまりに無様でチンケ過ぎないか?

でも、別にいいけど。最初っから分かってたことだもん。
私はお兄ちゃんの物だけど、お兄ちゃんは私の物では無い。
あの人は自由であるべきだ、それが例え幸せなことで無くとも、苦しみが備わっていたとしても、自由に生きて幸福の在り方を自ら見付けるべきだ。
私なんかに縛られて生きてちゃ駄目なんだよ、だって私と生きていたって行き止まりの人生だ。何処へも行けないし、一生嫌いな家の名によって苦しませることになる。

お兄ちゃんが私の元に居るから、それに目を付けた実家の馬鹿共は、兄を種馬にでもしようとしているらしい。
取り戻すとか何とか言ってる奴等も居る。
はい、馬鹿~~!そんなこと私が許すとでも思うか?
そんなことさせるくらいなら、死んででも兄に何処かへ行かせるわ、当たり前だろ。

「妹の愛をナメるなよ!」

わざと大きな声を出してみる。
うん、少しだけスッキリしたかも。

私ね、お兄ちゃんのことが一番好きだけど、お兄ちゃんと一緒に幸せになりたいわけじゃないんだよ。
お兄ちゃんが幸せになるなら、その相手が私じゃなくても別にいいよ。
悔しいし悲しいし、絶対泣くけど、最後は笑える自信ある。

だって私は「好き」しか言えないからね、それ以上の五文字を言えないから、言う資格が無いから。

だから、誰かに愛されて幸せになればいい。

お兄ちゃんが幸せなら、私も多分、幸せだと思えるはずだ。
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