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三万グラムの憧景

呪霊の討伐に向かった夏油くんを見送り、地質調査へ赴き、土の採取や植物の観察を終わらせた私は、一人村へと戻って来た。
いやあ、村は雰囲気わる!て感じだけど、土と植物には恵まれてるね!うんうん、呪霊のせいで空気重いけど。
ま、それもそのうち解決するだろう。

都会じゃ味わえない空気を吸い込みながら、鼻歌混じりに村の中を適当にブラブラ歩こうとすれば、突然村人に声を掛けられた。

なんだなんだ?どうした?
言っておくが、私は夏油くんより頼りにはならないぞ?何なら真面目に任務することも稀だぞ?大体実験するから、呪霊で。
ということで、夏油くんに任せては駄目だろうかと思ったが、どうか見てくれ、頼むと頭を下げられれば流石に悩んでしまう。

うーむ…見ず知らずの他人の頼み事なんて全く興味無いし、助けてやる義理なんて無いけど、一応派遣されて来てるわけだからなあ……私は着いて来ただけなんだけどさ。
でもまあ、五条くんにも頼まれてるし…仕方無いか、よし!私に任せろ!

……と、案内された先で見た物を、私は無表情で見つめることとなる。


檻の中で二人の子供が身を寄せあっている。


白いのと黒いの、小さい、みすぼらしい、痛々しい身体だ。


はい、ここで残念なお知らせ。
私には夏油くんのような優しさも、五条くんのような正義感も、人を思いやる優しさだとか、感情移入して悲しくなるだとか…その辺の情緒や思いの一切が備わっていない。
私にあるのは憎しみと劣等感、それから兄への執着心のみ。

だから目の前にある"可哀想"な光景を見ても、ああうん…なるほどねぇ。と、状況を冷静に観察して把握する以外に思考は働かない。

怪我をしているから早く手当てしてあげなければ…とか。
首や血色などを見る限り低体重かつ栄養が足りていないだろうことを察し、医者に見せて食事の管理をしなければ…とか。
あとは、どうやって村人を説得するかとか。

そして、この光景を夏油くんには見せちゃ駄目だよなあ……とか。

私は後方で喧しく私に向かってぺちゃくちゃ言ってる人間に、至極真面目な顔をして「なるほど、事情は理解出来ました」と口にした。

「あとは私にお任せ下さい、この村で事を起こせば呪いが残ってしまう可能性がありますので、この子達は村の外へ連れて行って……」

適当な出任せの嘘をそれっぽく並べる。

ああ、大丈夫です、任せて下さい。
それも大丈夫です、はい任せて下さい。
いえいえ、私に任せて下さい、何せ天才ですので。

面倒臭い。

でも私がやらなきゃいけない。
夏油くんにこの光景は見せられない、見せたく無いと思った。
案外人間を騙すのは楽チンだ、理路整然と一貫した態度で理由を並べて結論を提示する。
例えその内容が8割嘘でも、彼等がそれに気付くことは無い、私を信じる他無いのだから。
夏油くんが居たら話は別だろうけど、彼は今この場に居ないのだから追及も出来まい。

檻の鍵を受け取り、私は迷いなく鍵穴に鍵を差し込み捻る。
ガチャッと音がしてアッサリ檻は開かれた。

村人が周囲に居ないことをしっかり確認してから、小声で子供二人へ話掛ける。

「はじめまして、私は東京呪術高等専門学校所属の呪術師だよ、君達のことは責任を持って保護し、安全な生活を約束する」

二人は怯えたまま困惑を顕にする。
うーん……難しかったかな?もっと噛み砕いて、分かりやすく、尚且つ怯えさせないように。
ああ面倒だ、私は我が子の世話はするが、人間の子供の面倒など見たこと殆んど無いぞ。
何せ、実家でも私に「子供に接近禁止令」が発令されてるくらいだ、苦手なんだよこういうの。
でも仕方無い、そう思ってポケットに手を突っ込みガサゴソ漁れば大量の四角い物を発見した。

私は檻の扉を開け、しゃがみこみポケットから手を引っこ抜く。

「ほら、手を出してごらん、お姉さんが良い物をあげよう」

警戒心を剥き出しにしながらも、私の言葉に従い互いに片手ずつ差し出した子供達の手の平に、バラバラと包み紙に包まれた、カラフルで可愛い四角いお菓子を乗せていく。

「チロルチョコだよ、甘くて美味しいから食べな。私はね、これが好き、コーヒーのヌガー」

歯にくっくつんだけどね。
こっちは中にビスケットが入っててね、これはイチゴの味がして、イチゴ知らない?そっか、じゃあ食べようか。

チョコレートには即効性の栄養素が詰まっている、本当は夏油くんのために持って来ておいたんだけどね。

包み紙を剥き、一つを先に自分の口へ、そのあと子供達の口へと運んでやる。
先に口を開いたのはどちらだったか、小さく唇を割り開いた子供達の口内へとチョコレートを押し込めば、二人は顔を見合わせて目を瞬かせていた。

「さあ、チョコを持って外に行こうか、こんな所に居たら健康に悪いよ」

傷だらけで衰弱した身体で歩かせるつもりは無い、流石にそれくらいの慈悲は私にもある。
肉体が弱いとは言っても、曲がり形にも呪術師だ。そんじょそこらの人間よりかは強いし、呪力を肉体へ回せば問題は無い。
両手に子供を抱き抱え、行儀悪く足で檻と扉を蹴って開ける。

軽いなあ。分かってはいたが、子供二人はあまりにも軽かった。
私はなるべく振動が無いようにと注意しながら部屋を出て、建物を後にする。
夏油くんと合流して、適当に言い訳をして、そんでさっさと高専に帰ろう。
帰ったらまずは硝子ちゃんに診て貰い、胃に優しい物や栄養素の高い物を用意してあげて…それから、衣服や日用品を揃えて……。

なんてことを、私は悠長に考えていた。

だが現実はそう上手くはいかない。

私の視線の先には人だかりがある、中心に立つ人物は、私がよく知る人だ。


夏油くんが村人数名に囲まれ声を荒げ捲し立てられている。
彼は、真っ黒い瞳を重く、冷たくさせて、村人を無感情に見下ろしていた。

私には最早、村人が何を言っているのか分からなかったが、そんな中で、彼の言葉だけが不思議と耳に入って来た。


「猿が」


もし、この世に正解の生き方があるとするならば、私の選んだ方法は限り無く不正解に近いだろう。

それでも、間違っていたとしても、私はその道を選ばずにはいられなかった。

何故ならば、私は五条くんを裏切れない。
彼の頼みを聞くと決めていたから。


だから別に、夏油くんが好きだとか、大切だとか、そんな気持ちでこうなったわけでは決して無いことを予め伝えておきたい。
強いて言えば、私は君に、当たり前のように熟睡出来る幸せを手に入れて欲しいとは思っていたかも知れない。


人の道から反れるのは、私一人で十分だ。


そして私は、感情に身を委ねた。
自分の心の形をした怪物が、目を覚ます。
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