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三万グラムの憧景

任務が入った、夏油くんに。

山の中の村へ行かなきゃならないという。
私は地図を広げ、書を捲る。
ふむ、なるほど……数年前だが、その付近の地では山肌、山裾から緑柱石…アクアマリンが採掘されているらしい…なるほどなあ……なるほどねえ……。
珪酸塩鉱物は様々な地質から産み出される鉱物だ、もしかしたらアクアマリンそのものは無くとも、良い粘土くらいはあるやもしれない。


「ってことで着いて来ちゃった」
「いや、うん…そっか……」
「何か言いたいことがあるのなら言いたまえ、全て聞き流すけどね!」
「う~ん……うん…アクアマリンだっけ?見付かるといいね」


本当にね!いや、最終的には見付からなくても地質調査を行い、土を採取出来れば良いかな!うん、多くは求めまい、ただ私は鉱物を愛でられたらそれでいいからね。

ガタゴトゆらゆらと乗り物に揺られて山道を進む。
車内では夏油くんが到着まで睡眠を取るとのことで、私は届いたメールに目を通すことにした。

メールは我が友、五条くんからである。
内容は簡潔に、『傑のことよろしく』だけ。件名すら無い、仕方無いことだ、何せ彼もまた多忙を極める身。
現在高専で暇なのはお兄ちゃんくらいである。あ、でもお兄ちゃんは育児をちょっとずつ頑張ってるっぽいので、やっぱり忙しいかもしれない。
今年は皆忙しいのだ、異常な程に。

そして、人間であるからには必ず疲れが蓄積する。
肉体にも、精神にも。

戦場には自由がある。
だがしかし、ストレスが無いわけではない。
生きることは苦難の連続だ、試練は嵐のように大きな波となって私達に襲いかかる。

けれどきっと、五条くんはその全てに耐え抜き勝ち得るだろう。何故ならば、彼は最強だからだ。
そして同じく、私も耐えきれる。
理由は簡単、もっとずっと辛くて悲しくて絶望しか無い地獄を耐え切ったことがあるから。
だから平気、全然楽勝、時間も余裕も無いけど、笑うことくらいは出来る。

でも、夏油くんはどうやら違ったらしい。

私が見て来た中で、彼程優しい人間もそう居ない。
優しくて真面目だ、クズだと言われているが、それは確かにそうなのかもしれないが、でもそれだけじゃ無いことを私は知っている。
そして私以上に、五条くんは知っている。

だから私を強引に同行させた。

全く無茶苦茶な友である、自分が様々な理由によって動けないからと、私に丸投げするなんて……五条くんの頼みじゃなけりゃ暴れて断っていたよ。
私は五条くんの味方だ、友達だ、唯一自分以外で認め、憧れた存在だ。
だから彼の頼みは断れない、断ることは、私の信念にヒビを入れるような物なのだ。

あらゆることを超特急で済ませ、間に合わないことは鉱物生命体達に任せ、それでも足りないので灰原くんに頼んで来た。

「ナマコの飼育方法のメモはこれね、一応私が帰って来なかった場合のプランはここにまとめてあるから」
「分かりました、妻として頑張ります!」
「頼んだよ、マイワイフ」

彼は笑顔で「行ってらっしゃい!待ってますね」と私を送り出してくれた。
本当いい子だ、めちゃくちゃ可愛いし、頼りになる…嫁に来てくれないかな……あ、もう嫁だったか!ハッハッハッ!
…………もう二度と気軽に嫁になってくれだなんて誰にも言わないでおこう…わりと灰原くんだけでお腹いっぱいだ……。彼の笑顔は実にハイカロリー。


眠る夏油くんを起こさぬように、最終チェックを行う。
私の左手の小指、幼き日に切り落とし、鉱物と繋ぎ会わせた一本。
至上にして至高、この世で最も価値の高い鉱物、宝石の王…ダイヤモンド。の、原石……が周りを覆う、指である。そう、ダイヤモンドなのは周りだけ!だって産出が大変だから、あと硬いくらいで他には別に役に立たないし。


「黄金の昼下がり」
私の発明した技の中で最も構築に時間が掛かった物であり、正直未だにちゃんと発動してくれるか分からない物である。
うーん、不安しかない。
どんなもんかと言えば、小型かつハイスペックバージョンのナマコ型鉱物生命体と似たようなものである。
自身のパーソナルデータをリアルタイムで完全にIDイニシャライズし、死んだ瞬間に記憶・経験・人格の全てを保存させる装置。
私の体内に組み込んだ別鉱物との遠隔操作も可能なため、切り離しも出来る。


まあ、何となくだが、これを夏油くんに託すために……私は彼と仲良くなったのではないかと思う。

本当は予定だと、五条くんに渡すはずだったのだけど。
彼はその役目を拒絶し、夏油くんに押し付けてしまったのだから仕方無い。
ま、夏油くんは五条くんよりうんと丁寧な人だから、頑張ってくれるだろう。
無責任だが、健闘を祈りたい。


さて、私も少し寝ようか。
休眠は大切だ、人の身を捨てても習慣は根付いている。

あくびを一つして、私は瞼を閉じた。









夢を見ている。
夢を歩いている。

私の手足は小さくて、頼り無くて、視界はボヤけてほとんど分からない。

言葉が発せない。
身体が重い。
呼吸が苦しい。
辛い、痛い、虚しい、憎い。

崩れ落ちる。
痛い、痛い、痛い。

どこもかしこも痛くて、怖い。
何も見えない、見えないから分からない。
誰かの声がする、でもそれが何を言っているのか理解出来ない。

次第に声が消えて、音が無くなって、私は冷たい畳の上で膝を抱えてじっとする。
だってどうにもならないから、何にも出来ないから。
女だから、子供だから、落ちこぼれだから、失敗作だから。

だから私は何もしない、何も出来ない。
この両手は一体何のためにあるのだろう。
この両足は一体何のためにあるのだろう。

誰かが部屋に来る。
私に声を投げ掛ける。
私は顔をあげる。
そうすれば、何かが、私の頬を摘まんだ。
痛い、けれど、優しい、あたたかい。
嬉しい、これだけで私は嬉しくなる、悲しいことなど何も無くなる。
痛いことも辛いことも、全て忘れてあたたかさだけを求めて縋る。
心が喜びで満ちる。

けれど、ああ……私は知っている。
このあたたかさが、私を置いて消えることを知っている。
この両手は貴方の身へ手を伸ばすためにある。
この両足は貴方を追い掛けるためにある。
けれど、この身は全て、貴方を追うに足らないものであった。

転ぶ、痛い。
痛い、助けて、優しくして、あたたかくさせて。
泣いて、叫んで、願いを口にする。

私のただ一つの願い、産まれてはじめて持った欲。


「おにいちゃん、おいてかないで!!」


けれど駄目だ、私では駄目なのだ。
私では、何もかも…無意味なのだ。


私では、貴方の求める物にはなれない。
だから私、私は…………


……………せめて貴方を、自由にしてあげたいと思ったのだ。
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