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三万グラムの憧景

「実家に帰らせて頂きます!!!」


席を立ちドアから勢い良く飛び出して行った灰原くんを追って私も廊下に飛び出したが、彼は走って廊下の彼方へと駆けて行ってしまったので、仕方無いから部屋に戻り優雅にお茶の続きをした。

う~ん、ピュアアッサムを濃いめに淹れてミルクを足したこの一杯…格別ですな……。
紅茶をじっくり味わっていれば、ドタバタ足音がし、ガラッと扉が開く。

「なんで追い掛けて来ないんですか!」
「だって走ったら疲れるし」
「疲れてくれてもいいじゃないですかー!」
「やだよ、これから実験するんだもん」

灰原くん足早いじゃん、私追い付ける自信無いよ。
鉱物生命体使えば余裕だけど、そこまでするのも何だかなあって思っちゃってさあ…。


最近とっても忙しい、五条くんも夏油くんも出ずっぱりで、硝子ちゃんはいつ見ても目の下を黒くしている。黒ギャルメイクみたいになってる。
だが忙しいのは私も例外では無く、中々休める暇も無く研究と任務に明け暮れる日々。
ついでに上層部とは灰原くんの件でちょっとした争いになっている。曰く、私の存在は人類への悪影響に成りかね無いから危険だと、処分か封印を実家の方に求められたとか何とか……だからか知らないが、最近実力に合わない気がする危ない任務を宛がわれることが多い。

ということを、研究室でビーカーに淹れた紅茶を啜りながら灰原くんに愚痴れば、彼は私の変わりに怒ってくれた。
何て優しい後輩なんだ……と感動すれば、「妻なので!」と笑顔で言っていたが、それについてはスルーさせて貰おう。
うんうん、そうだね、妻だね~今日も可愛いね~。

だがしかし、怒り心頭の灰原くんにポロっと「ま、死んだら死んだで仕方無いよね」等と言ってしまったせいで、彼の情緒をクチャクチャにしてしまったらしい。
ごめんて、実家には帰っても全然良いけど、そんな辛そうな顔しないで…ちょっと興奮するから……。
可愛い子の情緒をクチャクチャにしてしまった事実に喜んでごめんなさい、でも正直辛そうな顔めちゃくちゃ可愛いよ。
反省も後悔もせず喜んでごめんなさい。

プリプリ怒りながら「死ぬのは駄目ですからね!」と腰に手を当てメッ!する灰原くんに「頑張りまーす」と返事をしてビーカーを置き実験に戻る。


夏油くんから再度引き取ったナマコ型鉱物生命体「ラボ33号」を飼育ケースから取り出す。
のっぺりしていて、むにょむにょしている。う~ん、いつ見ても最高に可愛い生命体だね、ナマコちゃん。神様が地球創造の締め切りに追われて適当に作り出したとしか思えないこのデザイン、意味の分からない生態、その癖結構種類が豊富。何せ1500種くらい居るらしいから、バリエーション豊かなんですよ、デザインの使い回しかな?ナマコ好きだから助かる。

さて、この子は諸事情により現在アップデート中である。
理由はさて置き、この子の記録許容量をアップさせることが今回の実験の目的だ。
メモリ不足になったら困るのでね。ああ、別に夏油くんの生態情報がメモリ容量ギリギリまで欲しいわけでは無く、この子には別の役目があるのだ。
その件についてはまたいつか、使う時が来たら説明しよう。


最も希少な元素の一つであり、詩情を感じる美しい名前を持つ元素、テルルが含まれるカラベラス鉱を手に取る。
地球を意味するラテン語、「テルス」が語源のテルルであるが、洒落た名前に相応しい、同じくらい洒落た結晶構造をしている。
だがしかし、これに普通の人間が出会うと洒落にならないことになるのだ。
微量でも体内に入ったが最後、数週間は腐ったニンニクのような臭いが身体から抜けなくなる。

「灰原くんあっち行ってなね、臭くなるよ」
「はい!じゃあ、紅茶片付けておきますね」

灰原くんをカラベラス鉱と離し、結晶を削る。

テルルは希少な元素であるにも関わらず、重要な用途が存在する。
DVDや書き換え型ブルーレイディスクの記録層にはテルル化合物が使われているのだ。
メモリーチップや太陽電池なんかもそう。

つまりは、このテルルをラボ33号と合体させ、より記録媒体として優秀な個体にするのだ。

プニプニとしたラボ33号が私の左手にのそりと登ってくる。
なんだい、危ないよ、離れていなさい。右手の指で突っついて離れるように促せば、言葉は通じずとも私が望むように行動してくれる。

流石私の可愛い我が子、もう意図を察しているのかな?そうだよ、君は特別な子なんだ。
だからエンジェルナンバーである「33」を持つ君を使うことに決めたのだ。

「よしよし、可愛いねぇ」

ウリウリと指先で弄れば、心無しか楽しそうな仕草をする。
可愛い可愛い私の子、実験が終わったらちゃんと夏油くんの元に帰してあげるから大丈夫だよ。

私は自分の子には優しいのだ。
人間にはあんまり興味無いけどね。
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