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二十五万カラットの憎悪

甚壱の年の離れた妹は、産まれてから数年あまりは白痴のような有り様で、まともに喋ることは愚か意思の疎通すら成り立たない有り様であった。
誰もに蔑まれ、散々な言葉を吐かれていたが、本人は言葉の意味を理解出来ずにポヤポヤと甚壱の弟、同じ落ちこぼれの甚爾に付きまとっていた。

それが変わったのはいつだったかの話だ、何の役にも立たない子供を守る者など存在しない地獄で、会話の成り立たない白痴の子供に腹を立てた家の者が山の中に子供を置き去りにした。
そこから全てが狂い始めたのだ。
子供は禪院相伝の一つである術式を開花させ、瞬く間に期待の人へと躍り出た。その目覚ましい程の、狂気すら感じる成長スピードに、女で無ければ確実に当主候補の一人となっていたであろうと…今まで散々な扱いをしていた者達は好き勝手に評価した。

今にして思えば、子供は最初から可笑しかった。
言葉を理解せず、理解しても周りを見ない。真っ直ぐに登り詰めるべき己が目指す頂きだけを見つめ、他のことは何もかも捨て置き、見ているだけで可笑しくなりそうな生活をしていた。
泣きもせず、笑いもせず、無駄に喋ることも無く、時間は全て緻密に計算して使われ、朝も晩も構わず取り付かれたように修行や研究に明け暮れていた。
恐ろしい程の執念を感じた、その修行風景を見るだけで身が震える程だ。女以前に人間として、正しい在り方では無い……と誰もが思っていた。
丁寧に端整に、狂気だけを積み重ねていく。


『百鬼母岩術』

呪いの籠った鉱物を産み出すことが出来る術式。
この術式の恐ろしいところは、産み出した鉱物と他生命を掛け合わせ、鉱石生命体を成せること、美しい合成生命体を産み出し、少女は「我が子」と愛を込めて華美な笑顔で愛しそうに呼んでいた。
美しい合成生命体達は、小粒の宝石へと変化させられ少女に大切そうに持ち歩かれている。
まさに鉱物を産出するための母岩、美しく強い相伝を操る少女が狂気を孕んでいなければ、また話は違ったかもしれない。


術式の解釈を広げることで、術者は新たな可能性を見つけることが出来る。

少女は、呪力を美しく煌めく鉱物に変え、それを己の口に含んでは血を吐き出す。
自らの腹を裂き、中に何かを詰めて閉じ、数ヶ月何も食わずに生活を送る。
目を抉り出し、己が生み出した鉱物で作った眼球を嵌め込む。
心臓へ目掛けて、輝く宝石を突き立てる。
切り落とした小指に黒い石で出来た指を……。
全てが勝手に本人が実行したことであった。
誰も止められなかった、止められるわけが無かった。
近寄ることすら憚かられ、終いには狂気にあてられ気を違える者も現れるくらいだ。

それを抜きにしたって大概問題児で、当主の息子を破傷風にさせかけたり。
DNAパンなる怪しいパンを考案して、それを無許可で配り、食わせた人間の性格や思考を一時的に支配してみたり。
ノイローゼ気味になったのか知らないが顎を鍛える訓練と称して、禪院家屋敷の立派な柱に噛みつきゴリゴリと削るせいであわや一部倒壊の危機を招いたり。

話せば切りの無いことばかりしていたため、幼少期とは違った意味で周りから距離を取られていた。
関わったら絶対ヤバい人間だと満場一致で誰もが思っていた。

そんな人間でも、結果が出れば必要とされるもの。
数々の奇行のせいで京都校から入学拒否に近い対応をされ、仕方無く東京に飛ばされた禪院家のマッド・ガールは何と、東京に行ってから半年程で一級まで昇格してしまった。流石相伝を持ち、アホみたいに術式解釈が豊かなだけある、数多の人間を精神不調に陥れた怪奇生物は、成果を挙げて禪院を担う人間の一人に……なるはずだった。


当主の代理で手紙を読んだ扇は、手紙をグシャリと握り潰した。
分かっていた、分かっていたとも。アレに言葉がまともに通じないことなど、今更だ。
同じ言語を共有していても、心が通った試しは無い。なんなら一度だって会話が成立したことも無い。
だから、この手紙の内容も予想はしていたが…。していたからと言って腹の立たない問題では無かった、やたら封筒に厚みがあると思えば、『朝ピザキャンペーンプレゼン資料』なる物が同封されていた。ついでにピザ●ラのクーポンも入っていた、やりたい放題極まる。
京の都、呪術の名門『禪院家』と言う名の檻から解き放たれた魑魅は、想像以上に機略縦横さに拍車がかかってしまったらしい。
もう駄目だ、あの巨星の如き一流の頭脳を持つ癖に会話の成り立たない馬鹿には何も任せられない。いや、任せたらこの家は終わる。扇は、実力があるのに頭の中身が望まぬ方向に豊かになってしまった姪の手紙を燃やした。禪院に朝ピザは導入されなかった。
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