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千二百五十カラットの愛慕

鉱物と鉱石、この二つはどちらも石には変わりが無いのだが、鉱石は意味合いとして「人類にとって有用で、経済的価値のある鉱物」という分類である。
私は現在呪術界に結構な貢献をしているので、私を人間と見なさない場合は鉱石に分類されるであろう。
レアメタルも産出することが可能な術式は、経済的にもかなりの期待が持てる。希土類元素、レアアースであるセリウムや、日本では国家備蓄の対象となるモリブデン、硬さがあり密度も高く、ドリルから戦車にまで使われるタングステンなど……産出率は低いが産み出せる元素鉱物はわりと多い。
そのため、私はこれらの希少価値の高い鉱物を譲る変わりに高専敷地内の一室を実験室として貸して貰っている。

現在その実験室の台の上には一人の人間が横たわっていた。


灰原雄、私の後輩で七海くんの同期。

彼の死体に他ならない肉体が寝かされていた。


「こういうのを、フラグ回収っていうのかな?」

頬の傷跡を撫でて問い掛けるが勿論返答は無い。
任務に行った七海くんと灰原くん、二人のうち、灰原くんが死体になって帰って来た。
出先で知らせを受けた私はすぐさま帰還し、遺書を手渡されて七海くんに頭を下げられ実験室へと引っ込んだ。
彼が息を引き取ってから4時間、私は今から彼で実験を開始する。

背後で撮影機器の設置を手伝わせていた七海くんや灰原くんよりさらに下の学年の子、一年生の伊地知くんへと私は声を掛ける。

「誤解のないように言っておくけれど」

突然声を掛けられた伊地知くんは大袈裟なくらい肩を跳ねさせ顔をバッとあげた。眼鏡ずり下がっちゃってるけど大丈夫?

「そこいらの変質者と同じにはしないでね、人を切り刻んで愉しむタイプの」
「は、はい」
「うむ、良い返事だ」

ではご苦労、退室してくれ。私の言葉に素直に従い一礼をしてから部屋を後にした後輩の気配が去ったことを確認して、私はゴム手袋を嵌めて灰原くんの肉体に触れて確認し始める。
傷跡は確かに存在するが、四肢の損傷は見られない、致命傷となった場所、血液量、水分量、眼球の濁り、死後硬直の進行具合をカルテに記してから培養液に浸された真っ赤な臓器を手にした。


「女王のハート」
ハートの女王ならぬ、女王のハート。ジャバウォックが私の産み出した最高傑作の子だとするならば、こちらは私が育んだ至高の芸術品。
私の体内を実験施設変わりにして作り出した偽物の心臓。
どちらも同じ赤い石を核にして作ったが、こちらはルビーでは無くスピネルだ。正確に表すならば、鉄分を多量に含んだプレネオースと呼ばれる部類の物、宝石名としてはルビースピネルという名で市場に出回る物を核に作られた「全置換型人工心臓」を今回は使用させて貰う。


その他、主要臓器周りの骨格を炭素フレームに変え、私の術式が伝達しやすくさせる。
また、脳の機能が停止している状態であるため、再生を促すためにドパミン神経や神経栄養因子を産出させる細胞の移植も施さねばならない。
勿論完全に細胞で回復するわけでも無いので、事前に蓄積しておいた灰原くんの生態情報をIDイニシャライズ化したIDチップを埋め込ませて頂く。
次いで、そのために用意していた物へと手を伸ばして身を撫でた。

「よしよし、きちんと命令通りに基本構成要素を採取出来ているね」

皆にあげたナマコこと、ラボシリーズ。
この子達は言うなれば記憶メモリである。内包させているIDチップに対象の情報を保存していくことこそが、この子達の役目、私の研究全般においては主にデータ管理などに使われている。
実は立派な役回りのある存在なのだ、形がナマコなだけで。
灰原くんが飼っていたナマコは口元からIDチップをプッと吐き出した、主の生態情報をギッシリ詰め込んだそれを私は受け取り、もう一度ナマコを撫でてから一度結晶へと戻して寝かせる。

君がきちんと可愛がってくれていたお陰で私は君で思う存分やりたいことが出来るよ。

五条くんにつまらないと言われてしまったのでやめた、人間の身に戻る実験の産物である「偽物の心臓」に傷が無いかを確認する。

私のお嫁さんにして欲しいと言った灰原くん、可愛い可愛い思わず欲しくなっちゃう後輩の灰原くん。
可哀想に、死んでからも私の玩具にされてしまうなんて、でも君が遺書に書いたらしいから、ああ…そういえば渡された遺書、読んどけって言われたけどまだ読んでいなかったな、実験の前に一度軽く読んでおくか。

偽物の心臓が入ったガラスケースを置いて、ペラリと無造作に置いておいた紙を手に取れば、筆圧の強い文字で書かれた情報に目を通す。
七海くんへの謝罪と礼、呪術師になってよかったこと、妹のこと、家族への思い、それから……


『もし実験が成功したら、先輩が悩む永遠の孤独に寄り添わせて下さい。先輩がこの世界から逃げたくなった時、僕が生きろと叱咤します。僕を長生きさせるために生きて下さい。』


「…………君を理由に生きろってか、なんて奴だ」



なんて酷いラブレターだ。
苦しいことなんてもう嫌なのに、君まで私に苦しめ(生きろ)と言うのか?

可愛くない。
可愛くないよ灰原くん、君は私を尊敬して慕って懐いていればそれでいいのに、可愛い後輩という立ち位置があるんだから、その枠の中で自由に立ち振る舞ってりゃいいのにさあ、何考えてんだか。
私は君の願いを叶えられるよ、でもそうしたら今後一生私は苦しくなったら「お前のせいだ」って灰原くんを恨むことになるんだよ。
満たされなくて泣く度に君は私を励まし慰めなければならないんだ。
面倒臭いでしょ、私だって嫌だよそんな馬鹿な真似するの。

もう誰かを恨むことも憎むことも疲れたのに、まだ私に生きろと言うのか。
君は何て残酷な奴なのだろう。

どれだけ君が私に寄り添ったところで、私は兄の価値を人生の全てに置き換えてしまうことに変わりは無い。
だから私は君を……きみを…永遠に満たしてあげられない。
私と同じ存在になりたいの?一緒に一生苦しんでもいいの?…馬鹿だなあ、簡単に滅多なことを言うもんじゃないよ。
私は手紙を台の上に戻して、カメラのスイッチを押し、録画を開始した。

「答えは保留にしておいてあげよう、私は優しい先輩だからね」

マスクをし、メスを手に取る。

灰原くん、君って案外難儀な人だね。
自分の人生だけじゃなく、他人の人生まで背負って生きたいだなんて、尊敬と同時に呆れてしまうよ。

目を覚ましたら言ってやろう、私の執着心は物凄いんだぞと。
何せ、凡そ10年に渡り自分の身を捨ててまで兄を求め続けたのだから。愛を呪いに変えて自分の首を締め付けて、息苦しさに安堵を覚える変態なのだ。悩むふりしてどうにか手柄を立てて相手の気を引けないかと思案しているような人間だ、いや、もう人間では無いが。

お前は化物に嫁入りするのだぞ、未来永劫その身に宿るは偽物の赤なのだ。
兄のために生み出した怪物に宿る本物の赤では無い、偽の赤。

もしも、目覚めてまだ同じことを宣うのなら、私は君をもう二度と可愛い後輩だとは思わない。
私に生きろと言うからには同じ苦痛を味わえばいい。

それでも良いと言うならば、私の痛みを、生の苦しみを、君くらいには教えてあげてもいいだろう。
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