千二百五十カラットの愛慕
禪院家出身、現高専所属、甚壱の実の妹にして狂乱怒濤のファナティック・サイコ・ガールが「任務のついでに」と実家に帰って来た知らせを受けた甚壱は、見付かる前に出掛けるかと腰を浮かせた所で何者かに背後を取られた。背後を取られたと書いて背中にへばり着かれてかれていると読む。
「お・に・い・ちゃ・ん」
言わずもがな例の妹である。
こうして捕まってしまえば最後、あとは野となれ山となれ、妹が満足するまで付き合う他に無いのだ。
何故なら、拒絶すれば大変面倒臭いことになると既に散々学んでいたので。機嫌を損ねて禪院家の大黒柱を歯で齧りはじめたり、毒砂とも呼ばれるヒ素鉱物、硫砒鉄鉱を産み出したり…牛の鞭(イチモツのこと)を調理して食わせて来たり。甚壱が拒絶を示すことで制御不能なやりたい放題状態となってしまう妹は、当主直々の命令により、甚壱は絶対に構わなくてはならないのだった。
自分の妹が本格的にどうかしだした切欠はよく理解している。弟である甚爾が出ていったことが切欠であり、妹の行動全ての理由に直結する。
今もそうだ、こうしていきなり連絡無しに帰って来て背中にへばり着きながら甘えてくる理由はそこにある。
恐らく、甚爾との間に何かあったのだろう。
「お兄ちゃん聞いて?」
「ああ」
「私、今モテ期かもしれない、後輩からお嫁さんにして下さいって言われちゃった」
物好きな奴も居るものだ、と甚壱は思う。
「凄く可愛い子なんだよ?でもねぇ…一緒に長生きは出来ないかなぁって」
背中に額を押し付けながら、モゴモゴと籠ったような発音で一方的に言いたいことを吐き出す妹は、どうやら珍しく悩んでいるらしい。
お前でも悩むことがあるのか、迷い無く我が道を突き進むことばかりの妹に芽生えた人間らしさは、何だか今更過ぎて違和感しか感じられ無かった。
だがしかし、兄であり、甚爾が居なくなった後はその向け所の無い憎しみと憧れをない交ぜにした愛情をぶつけられ、一人で受け止め続けていたのは他でもない自分であり、こと妹の制御、管理においては専門家、クレイジーシスター飼育担当者甚壱は背中に感じる重みを拒むこと無く聞き役に徹した。
「兄さんのことを愛して今までやってきたけど、やり方を間違えたのかも」
「今更だろう」
「どうしたらいいと思う?」
善行を詰むことも、家のために生きることも出来ない妹は、幼き日に与えられた優しさだけを宝物として大切にし、気紛れな愛情だけに縋って生きて来た。
兄から齎(ほどこ)された呪縛が解けることは無い、そんなことは本人が一番良く理解しているだろう。
問題はきっと他にある。自分にとっての妹とは手のかかる存在で、禪院家全体から見れば厄介な子供だ。話に聞く友人達との関係はより明確に区分出来るだろう、友達、先輩、生徒……どれも明白で分かりやすい立ち位置に立ち、相手が許すままに名付けられた関係の中で自由に振る舞う。
だがしかし、甚爾とコイツは兄と妹であり、互いの存在無しには世界に期待を持つことの出来ない繋がりがある。改めて与えられた狭苦しい「関係」という名の檻の中で自由が効かなくなり、求める道から逸れるために暴れているのだろう。
果たしてあの男は、そんなに悩んでまで大切にする価値があるものなのか、自分には解せぬ問題だ。
「少しは甚爾以外のことを考えて生きろ」
「甚壱お兄ちゃんのことも考えてるよ?お兄ちゃんとお出掛けしたいなーとか、荷物持ちさせたいなーとか」
「直哉を誘え」
やだあ!お兄ちゃんがいい!お兄ちゃんじゃなきゃやだ!!とポカスカ殴ってくる妹を張り付けたまま、甚壱は立ち上がり部屋を出る。
妹の八つ当たりだけに時間を費やすことは出来ない。
「お兄ちゃんがいいのー!アリパイ見に行こうよ、ファイナルファンタジーに出て来そうな店員ばっかのお店行こうよ」
「断る」
「ケチケチケチケチ!!ふん、いいもん、このまま背中にくっついて一日過ごしてやる」
「好きにしろ」
首に両手を回し、腹の前で足を組んでしがみつく妹をそのままに過ごした。
どうせ何を悩もうと今更な話だ、誰が介入しようが関係は平行線上を辿るだろう。
永遠に満たされないと知って悩み、だがしかし手を離すことは出来ないのだ。何故なら、呪いを祓わないと決めたのは他でもない本人なのだから。救いようが無い馬鹿だ。
それでもきっと、そのうち勝手に解決するだろう。何せ解決しなければならない問題を提示させたら解かずにはいられない性分だ、問題で遊ぶ癖のある奴だからこうして寄り道をしているだけで、実際はもう答えが見えているはずだ。
好きにすればいい、どうせお前を縛れる存在などこの世に居やしないのだから。
しかし好きにすればいいとは言うが、いい加減背中から降りろ、普通に歩け、何処まで着いてくるつもりなのか。
これでは風呂にも入れない。
「お・に・い・ちゃ・ん」
言わずもがな例の妹である。
こうして捕まってしまえば最後、あとは野となれ山となれ、妹が満足するまで付き合う他に無いのだ。
何故なら、拒絶すれば大変面倒臭いことになると既に散々学んでいたので。機嫌を損ねて禪院家の大黒柱を歯で齧りはじめたり、毒砂とも呼ばれるヒ素鉱物、硫砒鉄鉱を産み出したり…牛の鞭(イチモツのこと)を調理して食わせて来たり。甚壱が拒絶を示すことで制御不能なやりたい放題状態となってしまう妹は、当主直々の命令により、甚壱は絶対に構わなくてはならないのだった。
自分の妹が本格的にどうかしだした切欠はよく理解している。弟である甚爾が出ていったことが切欠であり、妹の行動全ての理由に直結する。
今もそうだ、こうしていきなり連絡無しに帰って来て背中にへばり着きながら甘えてくる理由はそこにある。
恐らく、甚爾との間に何かあったのだろう。
「お兄ちゃん聞いて?」
「ああ」
「私、今モテ期かもしれない、後輩からお嫁さんにして下さいって言われちゃった」
物好きな奴も居るものだ、と甚壱は思う。
「凄く可愛い子なんだよ?でもねぇ…一緒に長生きは出来ないかなぁって」
背中に額を押し付けながら、モゴモゴと籠ったような発音で一方的に言いたいことを吐き出す妹は、どうやら珍しく悩んでいるらしい。
お前でも悩むことがあるのか、迷い無く我が道を突き進むことばかりの妹に芽生えた人間らしさは、何だか今更過ぎて違和感しか感じられ無かった。
だがしかし、兄であり、甚爾が居なくなった後はその向け所の無い憎しみと憧れをない交ぜにした愛情をぶつけられ、一人で受け止め続けていたのは他でもない自分であり、こと妹の制御、管理においては専門家、クレイジーシスター飼育担当者甚壱は背中に感じる重みを拒むこと無く聞き役に徹した。
「兄さんのことを愛して今までやってきたけど、やり方を間違えたのかも」
「今更だろう」
「どうしたらいいと思う?」
善行を詰むことも、家のために生きることも出来ない妹は、幼き日に与えられた優しさだけを宝物として大切にし、気紛れな愛情だけに縋って生きて来た。
兄から齎(ほどこ)された呪縛が解けることは無い、そんなことは本人が一番良く理解しているだろう。
問題はきっと他にある。自分にとっての妹とは手のかかる存在で、禪院家全体から見れば厄介な子供だ。話に聞く友人達との関係はより明確に区分出来るだろう、友達、先輩、生徒……どれも明白で分かりやすい立ち位置に立ち、相手が許すままに名付けられた関係の中で自由に振る舞う。
だがしかし、甚爾とコイツは兄と妹であり、互いの存在無しには世界に期待を持つことの出来ない繋がりがある。改めて与えられた狭苦しい「関係」という名の檻の中で自由が効かなくなり、求める道から逸れるために暴れているのだろう。
果たしてあの男は、そんなに悩んでまで大切にする価値があるものなのか、自分には解せぬ問題だ。
「少しは甚爾以外のことを考えて生きろ」
「甚壱お兄ちゃんのことも考えてるよ?お兄ちゃんとお出掛けしたいなーとか、荷物持ちさせたいなーとか」
「直哉を誘え」
やだあ!お兄ちゃんがいい!お兄ちゃんじゃなきゃやだ!!とポカスカ殴ってくる妹を張り付けたまま、甚壱は立ち上がり部屋を出る。
妹の八つ当たりだけに時間を費やすことは出来ない。
「お兄ちゃんがいいのー!アリパイ見に行こうよ、ファイナルファンタジーに出て来そうな店員ばっかのお店行こうよ」
「断る」
「ケチケチケチケチ!!ふん、いいもん、このまま背中にくっついて一日過ごしてやる」
「好きにしろ」
首に両手を回し、腹の前で足を組んでしがみつく妹をそのままに過ごした。
どうせ何を悩もうと今更な話だ、誰が介入しようが関係は平行線上を辿るだろう。
永遠に満たされないと知って悩み、だがしかし手を離すことは出来ないのだ。何故なら、呪いを祓わないと決めたのは他でもない本人なのだから。救いようが無い馬鹿だ。
それでもきっと、そのうち勝手に解決するだろう。何せ解決しなければならない問題を提示させたら解かずにはいられない性分だ、問題で遊ぶ癖のある奴だからこうして寄り道をしているだけで、実際はもう答えが見えているはずだ。
好きにすればいい、どうせお前を縛れる存在などこの世に居やしないのだから。
しかし好きにすればいいとは言うが、いい加減背中から降りろ、普通に歩け、何処まで着いてくるつもりなのか。
これでは風呂にも入れない。