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千二百五十カラットの愛慕

マッド(狂ってる)だとかクレイジー(可笑しい)だとかクラック(ぶっ壊れ)だとか言われておりますが、曲がりなりにも私は道を極めし優秀な先輩ってやつなので、一応は可愛い後輩の面倒も見ちゃったりなんかしちゃったりするのである。えらすぎ~!誰か褒めて。

後輩その1 七海建人くん
彼は私に警戒心ビシビシで接してくる、そりゃもう懐かない猫ちゃんみたいだ。おお、よちよち……ってしても無視される、いやん。レグランド石のような美しく煌めく髪色を私は気に入っているのだけれど、頭など触ったことは一度も無い。
ちなみにレグランド石とは、鉱床と言われる資源エネルギーが採取できる場所の一種、亜鉛鉱床の酸化帯に生成される二次鉱物である。稀石であり、ヒ酸塩鉱物の一種であるレグランド石は透明感のあるレモンイエローが美しい鉱物だ。
絶対いつか触りたい頭の一つである。

後輩その2 灰原雄くん
こちらは七海くんとは打って変わって大変懐っこい子であり、私が泣こうが妙な思考に走ろうが笑顔一つで嫌味無く接してくれる、そりゃもうハイパーキュートでラブリー後輩である。
眩しい笑顔と元気溌剌な性格、よく笑いよく食べる。
灰原くん可愛い、可愛すぎる、ぶっちゃけ欲しい。
あの黒髪黒目な正に磁鉄鉱…前漢時代中国では、鉱物の特性上見られる天然のマグネットのような磁力を慈愛に置き換え磁石を慈石とも呼んだそうな。この鉱石鉱物はかの諸葛孔明もロードストーンとして愛用したとされている。つまりは超人気者、私も大好き、だから似てる灰原くんも大好きだ。


そんな可愛い一学年下の後輩ちゃんズに本日は、私のポップでキュートでエレガントな鉱物生命体を使って戦い方を教えていた。

「目で見て反応しては駄目だよ、気配に反応しなさい」

動体視力よりも気配を追う方が当てになる、視覚情報とは、脳が自分にとって都合良く見せてくれる情報に過ぎない、その点気配は嘘を言わない。鍛えるべきは気配察知能力だ。

「常に先手を取れると思わないように、腰を落として大振りにならないことを意識して」

呪術師は力が強い、呪力で肉体を強化出来るからだ。
当たれば即死のような攻撃力は簡単に身に付けど、当たらなければ意味が無い。
戦闘時に必要なのは、可能な限り情を省くこと。「情に触れれば弱くなる」自分の情、他人への情、戦場では冷静さを見失ってはならない。
戦闘は身体を動かすことばかりだ、血流が良くなり身体中へ酸素が行き渡ることで気分は高揚する。だがその気分に流されては駄目だ、自己のコントロールこそが戦闘の要である。

長時間の訓練により動きの鈍くなった灰原くんをコロンとひっくり返したところで攻撃の手を止め、訓練を終了する。
訓練結果をメモに走り書きしながら、鉱物生命体をただの一欠片の石粒へと変えてしまえば校庭には息を切らした後輩が二人残るだけだ。

「お疲れさま」
「ありがとうございました!」

灰原くんの元気なお礼が今日も眩しい。う~~ん、なんて爽やかな子なんだ…カルピスのコマーシャルとか出てても可笑しくない、本日も絶好調に可愛いな。

二人と訓練の反省をした後に、挨拶を交わして別れる。
よし、本日の業務終了!残りの時間は何に使おうか、お兄ちゃんは今不在だから裸石の研磨でもしていようか。
とか思って寮の自室に戻っていそいそと作業台の前で石をつついていたら、コンコンッとノック音が聞こえてきたので誰だろうかと席を立ち扉へ向かった。

「おや、灰原くんじゃないか」
「お疲れ様です!」
「どうしたの」
「お菓子、差し入れに!」

良ければどうぞ!と差し出されたスナック菓子を はあどうも…と受けとる。いきなりどうした、しかもスナック菓子、ここ最近では全く食べることが無くなってしまった食べ物のパッケージをしげしげと見つめる。
へ~~~、ピザポテト。私ピザは好きだよ。

「で、どうしたの?」
「……えっと」
「部屋入る?」
「お邪魔します!」

本題言うのを躊躇うわりにそこは躊躇わないんだね、迷い無く私の部屋にズカズカ入り、中を見渡す灰原くんは口をポカンと開けていた。

「なんか……凄い…」

本と鉱物や元素の標本、ファイルに纏められた論文や科学雑誌の切り抜き、実験用具等が所狭しと雑多に置かれた私の部屋は混迷としている。
これでもお兄ちゃんが来てからは片付けた方なんだよ?前はトーテムポールとかハンティング・トロフィー(鹿の頭部の剥製)とかあったからね。
適当な場所へ座るようにと言えばベッドの上に座った灰原くんは、私を見上げて首を傾げた。

「先輩、今日元気ありませんでしたけど、何かあったんですか?」
「うーーん…あるような、無いような……」

心当たりはバッチリある、昨日お兄ちゃんの子供を見に行って撃沈してしまったのを引き摺っているのだ、いやぁ…しんどいしんどい、私には未来永劫手に入らない物をお兄ちゃんの死別したお嫁さんはお兄ちゃんから愛情と共に貰ったわけだ、羨ましくて歯軋りしちゃう。
しかし、後輩が心配して様子を見に来ちゃうくらいには参ってるのか……やだな、ちょっぴり恥ずかしい。

悔しいけれど、でも、私はお兄ちゃんの唯一にはなれないが、生きる動機にはなれる。欲張りだから今以上のことを求めてしまうけれど、今はきっと最高得点を叩き出してしまった状態だ。
だからこそ迷ってしまう、揺らいでしまう、今以上が叶わないのなら、このまま…最高得点を維持した状態で終わってしまうこともありかもしれないと。

幸せになるためには幸せになる努力をしなければならない、でも努力なら沢山したよ、そして確かに幸せなんだよ、でも私の努力全てが報われたわけでは無かった。
私はもっと報われたい、それが叶わないのならば逃げてしまいたい。
呪われたままはね、結構苦しいんだ。

「つまり先輩は…」
「うん、私……」
「愛情に飢えてるってことですか」
「へ?」

キリッと真面目な顔した灰原くんの導き出した答えを聞いて変な声が出てしまった。
あ、愛?愛情?ラブ?アフェクション!?

「違う違う違う、違うよ!」
「任せて下さい、先輩のお嫁さん候補の一人として僕が頑張ります!」

ガバッと立った灰原くんが両腕を広げた、ハグの構えである。
頑張るって何を頑張るつもりなの~?あれ~?私は「お兄ちゃんにもっと沢山構って貰いたい!大切にされたい!それが無理なら逃げてもいいかな!?」って内容を溢しただけなのに、なにこれ。
男の子の腕だなあと感じるような両腕にむぎゅっと抱き締められ、よしよしと頭を撫でられている。うわ、灰原くん体温高い、しかもちょっと良い匂いする…どうして……。

「シャワー浴びて来たので!」
「そっか~」

これってツッコんだら負けってやつ?普通女の子の部屋に来る前にシャワー浴びて来ました、とか元気に言っちゃう?
しかも先輩相手に遠慮無くハグしてくるし、あと嫁候補って…灰原くん私のとこに嫁入りするつもりなの?
ん…?いや、あれか……死体になったら「オペレーションブライド実験」の実験台にしてあげるって話か、うわー確かに言ってたな、言ったけどこういうことでは無いんだよね。しかし……う~~ん…可愛いから許しちゃう。ムギュムギュハグハグ、おーよしよし。

「灰原くんは可愛いね、うんうん、ちゃんと遺書には「先輩に身体全部あげちゃう!」って書いておくんだよ」
「ちゃんとお嫁さんにしてくれますか?」
「するする、めっちゃする」

そしてめっちゃいっぱい実験する~!やりたい実験いっぱいあるんだ、「死」の技術転用、生物にはmRNAと呼ばれる細胞がある。遺伝子発現やタンパク質の合成にかかわる重要なものであり、死後に活性化する細胞でもある。
死んだとしても、すぐに全ての細胞や臓器が停止するわけでは無い、なので死後四日間に渡り活性化し続ける細胞を私の術式と掛け合わせ、転用し、人体の蘇生や情報の再構築に役立てられないかという実験を……したい!しかし!そのためには、新鮮な死体が必要なのだ…分かってくれるかね?灰原くんよ……。

「先輩、僕長生きしたいです!」
「私に任せたまえ」
「あと未亡人になるのは嫌です!」
「みぼ……あ、うん…」

灰原くんは無邪気に私を抱き締めたまま、そんなことを言った。
長生きしたくて未亡人になりたくない灰原くんと、兄が死んだら共に死にたい私では人生設計があまりに違いすぎる。
だけど可愛い後輩の頼みを無下にすることも心苦しい、よって回答を保留としよう。

私の人生は兄に囚われている。
兄無しの人生など考えられない、だから兄が死んだ後には生きる動機など存在しないのだ。
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