千二百五十カラットの愛慕
よせば良いのに、興味に駆られて見に行ったコイツも悪いが、誘った俺も悪いだろう。そんなことは百も承知だ、けれど仕方無い、コイツはいい加減に新しい生き方を見付けなければならない。
そのためには、現実を分からせなければならなかった。
「ぁ……」
か細く、風にかき消されそうな声を出した友人は、遠目に見付けた子供を目にした瞬間に行動の全てを停止した。
見開かれた瞳に映る困惑が全てを表していた。
戸惑い、面食らい、終いには狼狽するように視線をキョロキョロと動かして、落ち着きを無くした彼女は「もういいや、もう十分」と、ほんの数十秒眺めただけでこの場を離れると言い出した。
「大好きな兄貴の子供だぜ、よく見ろよ」
「いい、もういい」
「なんで?」
「………いじわる言わないでよ…」
心がかき乱される思いなのか、冷静さを失った足取りで踵を返しその場を離れる彼女の後を追う。
項垂れ、唇を引き結び、険しい顔色をした表情にはありありと物悲しさと悔しさが滲んでいた。
分かっただろうか、分かったのだろうな、コイツは頭の出来が良いから。きっと一瞬で理解出来た。
お前が幼い頃からずっと兄貴を追い求めている間に、兄貴の方はお前のことなんて小指の爪の先程も考えてはいなかったんだよ。
だから嫁が居て子供が出来た、愛し合って幸せを知った。
今も昔も、お前は変わらず兄貴を至上の存在として崇め恨み愛しているけれど、兄貴の方はお前程には執着していない。だから簡単に捨てられた、簡単に元に戻った。
お前達の間には未来永劫結果は産まれて来ない。
お前じゃ嫁の変わりにはなれない、唯一の尊い存在には成り得ない。
「わかってるよ」
「分かって無いだろ」
最愛の存在に再び会えたけれど、今までの思いや努力が全て報われたのでは無く、むしろ、気持ちはほぼ報いられなかったに等しい彼女は、俺が認めてやった才能と結果に泥を塗る真似をしてくれた。
「なんだよ人工臓器って、人に戻るつもりかよ」
「ちがっ」
「つまんねぇ、俺をガッカリさせんなよ」
硝子からの話によれば人工臓器学会やらと連絡を取るようになったコイツは、定期的に硝子に頼んでカラードップラーを録って貰っているらしい。
俺はお前が、俺よりもイカれた奴で、止まることを知らずに己の道をひたすらに突き進み、遂にはコイツにしか到達出来ないであろう高みへと上り詰めたからこそ友達だと認めたのに。なのに、コイツは……あの大してお前を大事にしているわけでも無い兄という人間だけを大切に思い、人間に戻ってやろうとまで企んでいる。
俺の方が大切にしているのに、俺の方が理解しているのに、俺の方が一緒に居て楽しいはずなのに。
俺が一番最初の友達なのに。
周りの人間の気持ちや考えなんて全て聞かずに走り抜ける姿が好きなのに、振り返って今更人間らしさを求めようとする素振りは俺の目には滑稽に見えて仕方無い。
何を今更そんな真似を、馬鹿馬鹿しい、人間みたいに悩んで人間に戻ろうと企んで、不合理にも程がある。
俺の冷たい言葉に傷付き、泣きそうな顔をしながら、「私、我が儘なのかな…」と彼女は口にした。
自分の爪先を見下ろし、背中を丸めながら小さな声で惨めな思いを話す。
「兄さんに会えただけで嬉しいのに、まだまだ物足りないって思っちゃうの」
一度言葉を区切り、一呼吸した後に「今よりもっと大事にされたいの」と消え入りそうな声を震わせながら溢した彼女は随分人間らしい様子で悩んでいた。
まるで兄貴の恋人にでもなったかのような悩みに、俺は遠慮無く「オッゲェ」と吐くような仕草をしてみせる。
「お前相当ヤベェぞ、趣味悪すぎ」
「でも、興味の行き着く先ってこういうことじゃない?」
「かもしれないけど、それにしたって……」
望みが無さすぎる。
あまりにも見通しの暗い道だ、歩んだ先に待っているものだってきっと、酷い現実だろう。
でも、俺にはどうにも出来ない。知へのあくなき探究心と憧れや愛しさが全てごちゃ混ぜとなってしまい、整理の仕様が無くなったとしても、研究の道から外れることをしないコイツに「これがお前にとっての真に正しい幸福の在り方」だと説くことなど不可能だ。
俺は友人であり観客だ、お前が誰とも違う道をひた走る姿が見たくて一緒に居るのだ。
だから、お前が自ら険しい道を選ぶと言うのならばこれ以上口は出せない。
本当はめちゃくちゃ怒ってるけど、全く気に入らないけれど、でも仕方無いだろう、コイツは俺の友達である前にアイツの妹なのだ。
妹として生きて狂って人間をやめた愚か者なんだ。
「傑辺りにでもしときゃいいのに」
「夏油くんは優し過ぎるからなあ…」
「じゃあもう一生独り身で居ろよ、俺も独りで居てやるから」
「…いいよ、そうしよっか」
共に並んで帰路に着く。俺がさっさと歩いて行くのに着いて来るため、セカセカと足を動かすコイツは一度だけ後ろを振り返っていた。
一生独り、誰とも交わらずに高い高い頂きに一人で立って生き続ける。
それもまた、人生の形なのだろう。
結婚するだけが人生では無い、幸せになることが全てでは無い。
「五条くん大好き、ありがとね」
「知ってる、一々言わなくていいっての」
「大好き大好き大好きビーム!!」
「はい、バリア~~~!!」
「バリア貫通~!」
「はいダメー、このバリア無敵だから、無下限だから」
俺の術式を「ズルじゃん!」と言いながら殴りかかってくる友人を受け止め適当にポイッと捨てれば、次いで一目も気にせず飛び掛かってくるので簡単に避ける。端から見たら何してるんだってようなじゃれあいをひたすら続けながら俺達は高専まで帰った。
やっぱこれが正解だわ、傑でも兄貴でもダメ、一生俺と仲良くしてるのがコイツには一番合ってる。だってコイツのことを一番理解してるの俺だし、俺以上に分かってやれる奴なんてこの世の何処にも居ないだろうし。
絶対結婚なんてさせてやらねえ、ずっと俺の友達で居ろ。
そうしていつか、兄貴のことなんてどうでも良くなっちまえ。
そのためには、現実を分からせなければならなかった。
「ぁ……」
か細く、風にかき消されそうな声を出した友人は、遠目に見付けた子供を目にした瞬間に行動の全てを停止した。
見開かれた瞳に映る困惑が全てを表していた。
戸惑い、面食らい、終いには狼狽するように視線をキョロキョロと動かして、落ち着きを無くした彼女は「もういいや、もう十分」と、ほんの数十秒眺めただけでこの場を離れると言い出した。
「大好きな兄貴の子供だぜ、よく見ろよ」
「いい、もういい」
「なんで?」
「………いじわる言わないでよ…」
心がかき乱される思いなのか、冷静さを失った足取りで踵を返しその場を離れる彼女の後を追う。
項垂れ、唇を引き結び、険しい顔色をした表情にはありありと物悲しさと悔しさが滲んでいた。
分かっただろうか、分かったのだろうな、コイツは頭の出来が良いから。きっと一瞬で理解出来た。
お前が幼い頃からずっと兄貴を追い求めている間に、兄貴の方はお前のことなんて小指の爪の先程も考えてはいなかったんだよ。
だから嫁が居て子供が出来た、愛し合って幸せを知った。
今も昔も、お前は変わらず兄貴を至上の存在として崇め恨み愛しているけれど、兄貴の方はお前程には執着していない。だから簡単に捨てられた、簡単に元に戻った。
お前達の間には未来永劫結果は産まれて来ない。
お前じゃ嫁の変わりにはなれない、唯一の尊い存在には成り得ない。
「わかってるよ」
「分かって無いだろ」
最愛の存在に再び会えたけれど、今までの思いや努力が全て報われたのでは無く、むしろ、気持ちはほぼ報いられなかったに等しい彼女は、俺が認めてやった才能と結果に泥を塗る真似をしてくれた。
「なんだよ人工臓器って、人に戻るつもりかよ」
「ちがっ」
「つまんねぇ、俺をガッカリさせんなよ」
硝子からの話によれば人工臓器学会やらと連絡を取るようになったコイツは、定期的に硝子に頼んでカラードップラーを録って貰っているらしい。
俺はお前が、俺よりもイカれた奴で、止まることを知らずに己の道をひたすらに突き進み、遂にはコイツにしか到達出来ないであろう高みへと上り詰めたからこそ友達だと認めたのに。なのに、コイツは……あの大してお前を大事にしているわけでも無い兄という人間だけを大切に思い、人間に戻ってやろうとまで企んでいる。
俺の方が大切にしているのに、俺の方が理解しているのに、俺の方が一緒に居て楽しいはずなのに。
俺が一番最初の友達なのに。
周りの人間の気持ちや考えなんて全て聞かずに走り抜ける姿が好きなのに、振り返って今更人間らしさを求めようとする素振りは俺の目には滑稽に見えて仕方無い。
何を今更そんな真似を、馬鹿馬鹿しい、人間みたいに悩んで人間に戻ろうと企んで、不合理にも程がある。
俺の冷たい言葉に傷付き、泣きそうな顔をしながら、「私、我が儘なのかな…」と彼女は口にした。
自分の爪先を見下ろし、背中を丸めながら小さな声で惨めな思いを話す。
「兄さんに会えただけで嬉しいのに、まだまだ物足りないって思っちゃうの」
一度言葉を区切り、一呼吸した後に「今よりもっと大事にされたいの」と消え入りそうな声を震わせながら溢した彼女は随分人間らしい様子で悩んでいた。
まるで兄貴の恋人にでもなったかのような悩みに、俺は遠慮無く「オッゲェ」と吐くような仕草をしてみせる。
「お前相当ヤベェぞ、趣味悪すぎ」
「でも、興味の行き着く先ってこういうことじゃない?」
「かもしれないけど、それにしたって……」
望みが無さすぎる。
あまりにも見通しの暗い道だ、歩んだ先に待っているものだってきっと、酷い現実だろう。
でも、俺にはどうにも出来ない。知へのあくなき探究心と憧れや愛しさが全てごちゃ混ぜとなってしまい、整理の仕様が無くなったとしても、研究の道から外れることをしないコイツに「これがお前にとっての真に正しい幸福の在り方」だと説くことなど不可能だ。
俺は友人であり観客だ、お前が誰とも違う道をひた走る姿が見たくて一緒に居るのだ。
だから、お前が自ら険しい道を選ぶと言うのならばこれ以上口は出せない。
本当はめちゃくちゃ怒ってるけど、全く気に入らないけれど、でも仕方無いだろう、コイツは俺の友達である前にアイツの妹なのだ。
妹として生きて狂って人間をやめた愚か者なんだ。
「傑辺りにでもしときゃいいのに」
「夏油くんは優し過ぎるからなあ…」
「じゃあもう一生独り身で居ろよ、俺も独りで居てやるから」
「…いいよ、そうしよっか」
共に並んで帰路に着く。俺がさっさと歩いて行くのに着いて来るため、セカセカと足を動かすコイツは一度だけ後ろを振り返っていた。
一生独り、誰とも交わらずに高い高い頂きに一人で立って生き続ける。
それもまた、人生の形なのだろう。
結婚するだけが人生では無い、幸せになることが全てでは無い。
「五条くん大好き、ありがとね」
「知ってる、一々言わなくていいっての」
「大好き大好き大好きビーム!!」
「はい、バリア~~~!!」
「バリア貫通~!」
「はいダメー、このバリア無敵だから、無下限だから」
俺の術式を「ズルじゃん!」と言いながら殴りかかってくる友人を受け止め適当にポイッと捨てれば、次いで一目も気にせず飛び掛かってくるので簡単に避ける。端から見たら何してるんだってようなじゃれあいをひたすら続けながら俺達は高専まで帰った。
やっぱこれが正解だわ、傑でも兄貴でもダメ、一生俺と仲良くしてるのがコイツには一番合ってる。だってコイツのことを一番理解してるの俺だし、俺以上に分かってやれる奴なんてこの世の何処にも居ないだろうし。
絶対結婚なんてさせてやらねえ、ずっと俺の友達で居ろ。
そうしていつか、兄貴のことなんてどうでも良くなっちまえ。