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千二百五十カラットの愛慕

現在ナマコのお医者さんとなっている私は、昨日七海くんのナマコを返却した後に今度は灰原くんのナマコを診察し、数日後に出張から帰還した夏油くんのナマコを診ているのだが……。

「あれ…私、夏油くんにラボシリーズ三匹もあげたっけ?」
「ああ、この子は悟のとこの子で…」

お前、五条くんにあげて脱走した子か!保護して貰えて良かったね、夏油くんなら安心して任せられるね。
いつの間にか三匹のナマコを世話する羽目になっている夏油くんは人が良すぎると思う。硝子ちゃん曰く、五条くんと同レベルでクズだと言われる夏油くんであるが、そもそも私は五条くんをクズだと感じたことが無いため、その辺りの基準がイマイチよく分からない。
私にとっての夏油くんとは、理解出来ない人だ。
今も理由は知らないが、ずっとニコニコしているし……ああでも、疲れ気味なのは本当らしい。肌艶があまり良くない、ビタミン足りてますか?

「夏油くん寝なよ、絶対休んだ方が良いよ」
「うん…分かってはいるんだけどね、今日は君に久々に会えたから」

私に会えたから何だと言うのだ、良いから寝て欲しい。

「私は明日も明後日も…暫くは日本に居るから、今はとりあえず寝ておいでよ」

とは言うものの、夏油くんは苦笑を浮かべるばかりで身体を休めようとしない。
君が健康じゃないと困るんだよ、健康に笑っていてくれないと五条くんが拗ねるんだ、拗ねた五条くんは面倒臭いのだ、何歳児だよお前って態度をするんだよ。

「そうやってすぐ悟ばっかり贔屓する」
「何のこっちゃ」

五条くんが拗ねると面倒臭いって話をしていたら、突然夏油くんまで拗ねはじめた。頬を膨らまし、ぷいっとそっぽを向いてしまった夏油くん……いや、そんな可愛い拗ね方されましても、はたして私は何と言ったらいいんでしょうか。
だがしかし、私は既に面倒臭い女のご機嫌の取り方をマスターしているのだ!いや、夏油くんは女の子じゃないけど、でもあの天下無双の面倒臭さを誇る我が同士直哉くんも魔法の言葉を使えば一発で機嫌を直した実績がある。
ここは一発かましてやりますか、スーパーダーリンムーヴってやつを!

「夏油くん」
「なんだい」
「お休み出来たら、二人で一緒にお出掛けしない?」

口を閉ざし無言となった夏油くんと私の間に静寂が訪れる。
おお……超モテると聞くあの夏油くんが私からの誘いに迷っている、揺らいでいる、チラッチラッと私の顔色を窺っているぞ!
だがしかし、迷いに迷った末に夏油くんが発した言葉は以下の通りであった。

「どうせ…他の奴にも同じことを言ってるんだろう?」

……め、めんどくせー!!なんだコイツ、めんど……いや、かったるい!どういう感情なの?どういう思いで今の言葉を言ったの?全く理解出来ない、これだから夏油くんはよく分からんのだ。
言っているから何?随分複雑に考えて生きてるんだね、もっとシンプルに生きれば?私を見なよ、お兄ちゃんに追いついて殺すことしか考えずに今まで生きてきたよ、今もお兄ちゃんが死んだら私も一緒に土に帰るために生きてるような奴だよ、他には何も求めて無い。ね?シンプルでしょう?夏油くんは色々考えすぎだよ、それとも何?これは私が悪いのか?遊び歩いてる女癖の悪い彼氏みたいな扱いされてますけど、何そのちょっと可愛い拗ね方は、お前は私の彼女か。

「私は知ってるんだからね」
「なにが?」
「君、親戚にも同じこと言ってデートしたんだろう?私は今みたいな言葉じゃ靡かないから」

冗談も大概にしてくれ~~!
言っておくが、直哉くんとは別にデートをしたわけでは無いぞ、人聞きの悪いことを言わんでくれ。何せ直哉くんは自分が行きたいとこにしか行かないし、私の買い物に付き合うとかもしないし、ついでに自分で喋ってばかりで私の話は全然聞かないのに、私が適当な相槌打つとキレるし…あんなもんはデートでは無い、拷問だ。
思えば私とお出掛けした時に、まともにショッピングに付き合ってくれたことのある男の人は…甚壱お兄ちゃんくらいなもの。
甚壱お兄ちゃん、私が買った物何も言わずに全部持ってくれるんだよ、超優しいでしょ。基本何も喋ってくれないし、メールも返してくれないけど、買い物行きたいって時だけは着いて来てくれる。まあ、私が変な物を買わないように見張ってるだけなんですがね……何せ前科がこれでもかとあるので、私の監視はお兄ちゃんが任されてる仕事だから仕方ないね。頑張れお兄ちゃん、私はこれからも隙あらばプラスチック爆薬のパッケージから始まり、スイス紙幣やアルファロメオのジュリエッタ、ありとあらゆる使えそうな物を入手しようとするからね。

ということなので、私とデートしたことがある人間はこの世で正真正銘ただ一人、硝子ちゃんだけである。
あれ…やっぱり浮気してる彼氏の言い訳みたいになってない?

と言うか前々から思ってたんだけど、

「私は常々思うんだけどね」
「ん?」
「人はもっと思うがままに生きるべきだよ、だから夏油くんも多少は我儘になるべきだ」

耐え忍び生きる美学もあるのだろうけれど、それだけが正解な生き方では無いはずだ。
私はお兄ちゃんを追い求める思いのままに生きてきた、きっとこれからも感情に支配された生き方をしていくのだろう。決して楽では無いが、しかし幸福も共にある。

三大幸福論、アラン、ヒルティ、ラッセル、彼等の語る幸福の定義は中々に非凡なものだ。アランは『幸福になろうとしないと幸福にはなれない』と語り、ヒルティは『神への揺るぎない信頼と愛による忍耐』を幸福の定義と語った。
だがしかし、哲学家の答えもキリスト教徒の答えも夏油くんを突き動かす言葉とはならないだろう。
平和活動家、核の廃絶を訴えた三人目の幸福論を語るラッセルは「知へのあくなき情熱」と「自分に囚われないこと」から幸福は成り立つと語る。彼の語るキーワードの中に「外界への興味」と「バランス感覚」がある、私はこの二つに着目した。
夏油くんはもっと色々他のことを考えるべきだ、余裕が無さそうに頭を悩ませている問題は、果たして彼が考えなければならないことなのだろうか、心身のバランスが取れていない状況で悩み、自らに険しい道を歩ませる姿はまるで苦行僧のようにも見える。
煩悩からの解脱を果たし、無上の悟りを開いて菩薩にでもなるのならば話は別だが、涅槃を求めて成仏をする気が無いのならば嫌なことから逃げたっていいではないか。
だって君はまだ学生で、私達に一番必要なのは青春なのでしょう?
なので私は諦めずに誘う、君はもう少し自分のために生きるべきだ。

「若者よ、若いうちに愉しむべし 心にかなう道を、心の赴くまま進め」
「なんの詩?」
「聖書だよ」

聖書にすらこう書いてあるんだ、だから休んで遊ぼうよ。

「私が実験ついでに少し仕事変わってあげる、だからお出掛けしよ」
「……うん…メイド喫茶とか行く?」
「一緒にモエモエしよっか」

お出掛け可決!メイド喫茶決定!!
そうと決まれば私は任務を沢山するぞ!沢山仕事して大丈夫だろうか、私まで夏油くんのようになるんじゃないのか、何て不安はございません。数はこなせど、どうせ戦うのは私では無く、自分が産み出した愛しの我が子達である。あとはたまにお兄ちゃんも働いてくれる。だから私がやることはただ一つ……それは……



「いいでしょ~~!悔しいでしょ~~~!!君の親友とお出掛けしちゃいま~~~す!!!」



五条くんに思いっきり自慢することであった。
遮二無二働き、最終的にお兄ちゃんから「いい加減着いてくの飽きたわ」と言われるまで毎日毎日せっせかせっせか活動し、メイド喫茶行きの当日、オフスタイルの夏油くんとキュートなスマイルでツーショットを撮って任務で不在の五条くんを煽るメールを送り、我々はメイドさんから得られると言う「萌え」なる成分を求めて旅立ったのであった。


夏油くん、あのね、私小さい子じゃないから手を繋がなくていいよ。
あと歩幅合わせてくれてありがとう、そゆとこ好きよ。


ちなみに帰宅後の話であるが、仲間外れにされ拗ねた五条くんは大変面倒臭いことになっていた。
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