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二十五万カラットの憎悪

人よりも発達が遅い子供だったのか、私は2歳を過ぎる年齢になっても接続詞はおろか、単語を口にすることすら無かった。
見るからに落ちこぼれ、しかも女と来れば男尊女卑の激しい家の人達は誰も私に見向きもしなくなった。
言葉が分からないから、人が何を言っているのかも分からず、だから大人達は嫌な顔で私に何かを言っていたけれど、何一つ理解出来なかった。

それでも、数人居るうちの歳が一番近い兄だけは同族意識でもあったのか、唯一まともな交流はあったけれど。それだって、結局あの人は泣いて追い縋る私を置いてきぼりにした。
無責任に構って、愛情にも満たない温度だけを覚えさせて、一人自由になった兄を私は許さない。




そんな中、転機になったのは6歳の時だ。



私は家の裏手にある山の中に置き去りにされ、迷子になって泣いた。
今になって思えば、ただの被害妄想だと思えるけれど、当時の私は「ああ、自分はここで死ぬんだ」と深く絶望した記憶がある。
お腹が減ってクタクタで、日も落ちて来た山の中でひたすらに泣いた。
思い通りにならない身体も、兄弟も、大人も、世の中の全てが嫌いで嫌いで堪らなくて、寂しくて怖くて辛くて苦しい。
芽生えたばかりの自我を覆い尽くす憎悪と恐怖。

呪力は、負のエネルギーから成り立っている。

絶望は強い負の感情だ。
憎しみが怒りを追い越し、怨みは悲しみより深く、苦しみは麻痺した。

それが切欠だったのか、私は6歳の時に術式を開花させるに至った。


気付いた時には、辺り一面キラキラと輝く青い結晶の大地となっており、爆発的に膨れ上がった呪力を察知した家の人が何事かと迎えに来てくれた。

私を置きいて行こうとする兄も、捨てようとした人も、親も…何もかも許さないけれど、幼い私は一人では生きていけない。

だが、これが切欠になったことは確かだった。
変わりたいと強く思った、一人で絶望に暮れる恐怖は何よりも私を怯えさせた。


そして、私が文字の読み書きが出来るようになった頃。やっと当時唯一貰った本である、不思議な童話のイモムシの件くらいまでを読めるようになった頃の話だ。
周りの大人の言っていることが理解出来るようになった時、私は自分が凄く劣っている人間だと知った。

努力が必ずしも実るわけでは無い。
才能8割のこの業界で、才能があれど肉体や脳が人よりも劣る私はひたすらに、走って、走って、走り続けるしか絶望から逃げる手段が無かった。
在り来たりな解答をしていたら、埋もれて潰される。
不要な物を切り捨てることを学んだ、女である事実から目を反らした、血が滲んでも我慢して、人より先に行くためにただただ朝も晩も関係無く自らを追い詰め続けた。


だから、高専に行く許可が降りた時に心の底から安心した。
私は呪術師になって良いのだと、戦場で死んで良い許可は何よりも私の存在を深めてくれた。
制服と言う名の死装束を抱き締めて、やっとスタートラインに立てたことに嬉しくて涙を流す。


私はこうして始まり、そして……。






…半年後

「えーっヤダぁ!五条くんってばまだヴィレヴァン行ったこと無いの?ハリボーグミバケツで買ってハリボーパーティーしようよ、顎死ぬから」

家から離れて……否、半強制的に追い出され早数ヶ月、私は元気に五条家の坊っちゃんと仲良く意気投合していた。
上の人達って最悪だよねえ!うん、最悪!キャッキャッ、仲良しハイタッチ。
上層部はクソ、御三家もクソって書いて中指立てながら美白効果マシマシのプリクラも撮った。五条くんは白くなりすぎてデカイ綿毛みたいになってた。綿埃みたいで可愛いね。

東京楽しい、めっちゃ楽しい。
何でもある、若者が東京に憧れる気持ちがよく分かった。二度と京都に帰りたくない。
もうおばんさい料理なんて二度と食うものか、京野菜何それ?私はOGビーフと生きていくよ。クリスピー・クリーム・ドーナツを週1で食べちゃうもんね。

半年前の私は何だったのか、制服抱き締めて安心して「ああ、私これを着て死ねるのね…」なんて思っちゃって。家を出て行って無い方の兄達から無言で何だコイツ…みたいな目で見られて……。でも当時の私はその瞳を都合良く哀れみの瞳だと感じていたっけな。
今なら分かる、あれは「いきなり謎のシチュエーションで泣き始めた妹を無視したら良いのか、どうしたら良いのか分からないからとりあえず見ている」兄の目だった。ごめんねお兄ちゃん、あの頃の私は多分病気だったのよ。

家に居た頃はひたすらメソメソよよよ。。。てな涙ぐましい様子で、自分が女で悲しい…たしゅけて……でも誰もたしゅけてくれないからアタイ頑張る、負けないもん!ふぇぇん!!てな愚物具合だったけれど、家から離れて一人になって心に余裕が出来ると、実家クソだな(半笑)って冷ややかな一笑しか浮かばなかった。
直哉くんがあんな亀さんを虐めて喜ぶ日本昔話の悪ガキみたいになっちゃったのも実家のせいだ、ちょっと当主様、お酒呑んで無いで貴方の息子さんの情緒教育何とかしてくださりませんか?女というだけで私のこと踏んだりしてくるから、私も負けじと悲しみをバネにして散々なことをしてしまったでは無いか。

「散々なことって具体的には?」
「アサシンダガーでブッ刺したり…」
「アサシンダガーって何」
「千枚通し、犬のう●こ付き」

五条くん膝を叩いて大爆笑。
この話、硝子ちゃんにした時もウケたし夏油くんもクスッとしていたので、私にとってはドッカンドッカンの定番ネタになりつつある。直哉くんごめんちゃい。

「何かをやり遂げた時って、凄く気持ちが良いもんだよ」

でも本当に、直哉くんには悪いことしたなって深く反省しております。
普通に人を殺せる凶器で刺してしまった、家中大騒ぎだったもんね、病院運ばれてたし。
あれ……?よく考えると私も相当な問題児で悪ガキだったのでは…?あれ、あれれ?自分では可哀想で一生懸命な いじらしい可愛い子供だと思っていたけれど、もしかして私が周りから距離取られていたり、兄から「コイツどう扱えばいいんだ…」って目で見られていたのは、単純に私がアカン人間だったからなんじゃ…。あ、気付いちゃったな……。
でもでも、誰も私に触れずに遠巻きにして居てくれたお陰で努力することに集中出来たし。
今ちゃんと評価されてるし、結果良ければ全て良し!

私は元気にやってるよ~!今ね、駆け足で一級になったよ~!と実家に報告を送れば、戻って来いだなんて言われたけれど、うるせ~~~~!!絶対戻らんぞ!あんまりうるさいとあれだ、あの…国分寺とかに居るヒッピー族擬きの奴らを「京都に第二のクリスティアニア(※)があるよ」って焚き付けて、本家をヒッピー族の溜まり場にしてやるんだから!
(※デンマークの中に存在する無政府国家、最大のヒッピーコミューン。)
毎日夜中までツイストダンスされる苦しみを味わうが良いわ!!

だから、何が何でも帰りたく無いので適当な言い訳を考えることにした。
五条くんもたまたま居たので一緒に考えてくれている、優しい友人だ…涙は出ないのでポケットから出した飴をあげておいた。噛むとサクサクする飴だ、私はこれを舐めたことが無い。口に入れた瞬間すぐに噛んでしまう。

「この時代だからこそ、自然回帰主義者になりました……っと、これで良いかな?」
「めちゃくちゃ笑えるけど、駄目じゃね?」
「やっぱり?うーん…でも何も思い付かないな……あ、禪院では朝からピザが食べられないから帰りません、これにしよう」
「朝からピザは俺にも無理だわ」

最強が無理なら禪院には成し遂げられないだろう、決まりだ。

『拝啓、梅雨明けの待たれる今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。
こちらは元気にやっております、禪院で朝ピザが実装されたら帰りたいと思います。
あとお兄ちゃんへ、私の部屋にある秘密の日記を燃やしておいて下さい。読むと呪われる仕組みになってるので読まないようにね!(最悪死にます)
遠く離れた日本の中心地から、皆様のご健勝とご活躍をお祈り申しあげます 敬具』

よし、これでバッチリ!
私、立派なシティーガールになって帰るからね、待ってて禪院ガールズの皆、いつか必ず男の時代を終わらせてやるから!
あと絶対日記燃やしてね、絶対だよ、見られたら絶命します。お前が。
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