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事務所代表の幼馴染みはプロデューサー






皺や無駄な折り目が目立ち不恰好。
それでも色合いだけは美しい手折り鶴を、菫は両の手のひらに乗せ固い顔をして凝視している。
俺はなんて声を掛けるべきか、数秒黙り込んで考えてはみたが、だんだんとその表情が面白く思えてきて思わず吹き出してしまった。
菫は細い眉を顰めて余計に表情を固くする。
笑ってはいけないとわかっていても、それと比例して表情が緩んでしまってなんだかもぅ駄目だった。
菫は俺に笑わないで、とは言わない。
自分の折った鶴が失敗作だと重々わかっているから、笑った俺を咎めはしなかった。
俺は不出来な鶴を笑った訳ではなく、何事もそつなくこなすこいつの不器用な一面が可愛いと思っただけだったんだが、それを本人に伝えることは出来そうにない。
このまま落ち込まれても困る。俺は慣れない咳払いをして折り紙の束を菫に差し出した。菫はおずおずと真新しい正方形に手を伸ばす。



「敬人くんみたいにきれいに折りたい…」
「それは練習で折った1羽目だろう。次はもっと上手く折れる。練習あるのみだ」
「本当に千羽も折れるかなぁ」
「習わしとしては千羽折って初めて意味があるんだろうが、英智はそんな事気にしないやつだから数は足りなくても大丈夫だろう」
「千羽鶴なのに?」
「病室だと場所も取るし、『こんなにたくさん鳥がいても邪魔だよ』って嫌そうな顔をされるに決まっている」
「ふふ、そうかも」
「絶対そうだ」



健康祈願だとか平和の象徴だとかあらゆる風習を一蹴して千羽鶴なんていっそ縁起が悪いとかなんとか、病床で悪態をつく様が優に想像できる。英智は体調が悪い時ほど口が悪くなる所があるから、なるべく負担にならず尚且つあいつが安らげるものを見舞いに持って行ってやりたい。
俺と菫の気持ちは同じだった。
俺の部屋で二人して英智への見舞いの品を考えているうちに案として出た千羽鶴を、菫が一度も折ったことがないと言うから試しに折り方を教えていただけで、千羽鶴を本当に折ろうとは流石に俺も思ってはいない。


「お見舞いの品ってむずかしいね。英智くんは何をもらったら元気がでるんだろう」
「本は…体調が悪いと読めない時があるから、この間持って行った分を読み終えてからの方がいいかもしれない。積読させても気が滅入るだろうし」
「お花も、いつも持って行くんだけど『この花が枯れるまでにまた会いに来てね』って約束した後に体調が悪くなって面会できなくなっちゃった事があって…」
「そうか。俺も萎れた花を見ると英智が皮肉を言い出すからできるだけ長保ちする花にしていたけど……花も今回はやめた方がいいな」
「時間を感じさせるものもあんまり良くないかも。写真とかアルバムを見せたら英智くんしょんぼりしちゃうから」
「多分、自分がそこに居れなかったことが悔しくなるんだろう」
「そっか…英智くんの話をしてたら英智くんにどんどん会いたくなるね」
「そうだな」


一番悔しいのは英智当人だろうが、俺たちだって遊べなくなって悔しいし、悲しい。英智がここに居なくても俺たちの頭の中は入院中の英智の事でいっぱいだった。同じように悔しく思うことをあいつはあいつで知りはしないんだろう。

__菫と俺と英智。久しぶりに三人揃って遊ぶ約束をしていた日の前日に、英智の体調が急変してまた暫くの間入院すると、天祥院家の使用人から電話で知らされた。菫の家にもおなじく連絡が入ったのだろう。俺が受話器を置いてしばらくしたら、菫から電話がかかってきた。
英智の体調はかなり思わしくないらしく、今回の入院中は家族以外との面会が禁止されたらしい。会いたくても、会えない。それならせめてお見舞いの品を届けてもらって、それを見て少しでも元気になってくれれば………安易かもしれないが、それが二人で考えた精一杯の策だった。英智の喜ぶこと、英智の好きなものを必死で考える中で俺はふと一つの正解を見出す。あまりにも当たり前すぎて忘れていたくらいだから、閃きというには弱いかもしれないけど……俺は隣で真剣に悩んでいる菫に声をかけた。


「英智はお前が作った物ならなんでも喜ぶと、思う」
「私の作ったもの?」
「例えばその鶴とか」
「千羽鶴?」
「いや、その鶴一羽だ」
「……こんなにくしゃくしゃで、よれよれでも?」
「くしゃくしゃで、よれよれでもだ」
「えぇえ…」


俺でも聞いたことのない声を出し、菫はしおしおと顔を曇らせた。恥ずかしそうに鶴を伸ばしたり隠したりしている。その度カサカサと更に皺が多くなる音がして俺は少し焦った。

__英智は菫が好きだ。
誰がどう見ても間違いなく好きなのだから俺が恥ずかしがることでもない。菫なら目に入れても痛くないなどと、お爺さんが孫に言うような事を平気で言ってのけたりする。口こそ悪いが英智は好きな人が自分のために手作りした物を小馬鹿にするようなやつではない……と思いたい。目を閉じれば、菫がはじめて折った鶴を大事そうに手のひらに乗せる英智が思い浮かんだからきっと大丈夫だ。未だ納得のいかない顔をしていた菫だったが、何か思いついたような顔をした後、ひそひそ声で話しかけてきた。二人だけしかいない部屋で何を…と思うが俺はそっと耳を傾ける。


「じゃあ…敬人くんも鶴にしてくれる?」
「俺のも?まぁ、一羽だけだと可哀想だからな。いいよ、今から折る」
「まって。敬人くんは折らないで描いて」
「描く?それは……俺が鶴の絵を描けばいいってことか?」
「うん。敬人くんは絵がとっても上手だから」
「いいけど、喜ぶかな英智」
「絶対よろこぶよ」
「なんでそんなに自信満々なんだ…」
「鶴の絵、描けそう?」
「当たり前だ。描いた事はないけど鳥類図鑑に載ってたから見ながら描けば問題ない」
「すごい。じゃあ私ももっと綺麗に折るね」
「いや、待て。菫はその鶴がいるから新しく作らなくていい」
「どうして?」
「どうしてもだ。その方が英智が笑顔になれる」
「じゃあ敬人くんが絵を描いてるところ、見ててもいい?」
「描きづらいけど…まぁ、いいか」
「やったぁ」


見舞いの『鶴たち』が出来上がった頃にはすっかり夕方になっていて、俺たちは菫の家の車に乗って急ぎ英智の入院する病院に向かった。心配と不安とほんの少しの希望みたいなものを胸に、俺たちは車に揺られる。
駆けてきた俺たちを見るや使用人の方は慌てた様子で面会は出来ないと告げてくる。そんな事は重々解った上で来ていたので俺たちも慌ててこれを英智に渡してほしいとお願いする。その人はすぐ様約束してくれ、俺たちを車まで見送ってくれた。
__帰り道、菫は何も言わずに俺の手を握ってきた。先程まで握りしめていた鶴がいなくなり、手持ち無沙汰な訳ではきっとない。俺も曲がらないように抱えてきた画用紙がいなくなったので菫の手を握り返す。英智の手に今、あの鶴たちが手渡されていたらいいなと俺たちはそっと祈った。


『ふふっ なんで鶴?』


見舞いの品を受け取った英智はそう一言呟いて、さも可笑しそうに笑ったそうだ。長年仕えている使用人の方がとても嬉しそうに電話口から教えてくれた。よかった。その顔は見れなかったけれど、俺には簡単に想像がつく。俺と菫は顔を見合わせて笑った。英智はその二週間後には退院して、三人で遊ぶ約束も無事に果たされた。鶴の絵は大人になっても多分、何も見なくても描けると思う。




___ __ _






十九階。
休憩の為立ち寄ったレスティングルームのテーブルには光沢や和柄があしらわれた大小さまざまな紙の手裏剣が広げられていた。こんな折り方もあるのかと幼心がくすぐられる。
恐らくこれらを折ったであろう仙石の姿は今はなく、折り紙の側で何故だか菫が仕事をしていた。休憩を目的に設けられた部屋で未だ仕事に打ち込むのかと説教をしかけるも、その中に一つ。白い折り鶴を見つけて立ちすくむ。
折り目や紙面の美しい、丁寧に折られた折り鶴はいつぞやの記憶とは程遠い姿をしていた。



「これは菫が折ったのか?」
「忍さんですよ。"忍者愛好会の布教品"だそうです。一生懸命折ってらして、先程あんずさんに呼ばれて離席されました」
「大量の手裏剣ではなく、この鶴の事だ」
「あぁ、そちらは私です。忍さんが白の折り紙はあまり使わないと仰ったので一枚だけ拝借しました」
「上手くなったものだな」
「そうでしょう?私もそう思います」
「あれから一人練習していたのか?」
「はい。やっぱり敬人さんみたいに綺麗に折りたかったので」
「実際、綺麗に折れている」
「よかった。海外留学先でいろんな国の方に折って見せたら、皆さんとても喜んでくれたんですよ」


"私、これしか折れないだけなのに"と。
菫はどこか遠い目をして小さく自嘲した。
幼少期に折り方を教えた身としては俺の知らぬ間にここまで手先が器用になっていた事に素直に肝心する。それと同時に遠い異国の地で手折りの鶴を褒められ嬉しそうに微笑む、俺の知らない姿まで想像してしまい少し胸が騒ついた。
こいつが絡むととことん心が狭くなっていけない。


「もっと敬人さんにいろんな折り方を教わっておけばよかったです」
「………俺は、海外で折り紙を披露させる為に鶴の折り方を教えた訳ではなかったんだがな」
「敬人さん…?」
「いや、いい。忘れてくれ」
「へぇ、綺麗な鶴だね。上手だよ菫」
「英智さん」
「英智」
「敬人も眉間に皺を寄せるのが上手だよね。今も真っ直ぐ綺麗にできているよ」
「眼鏡の隙間から触ろうとするな、度し難い」
「度し難いのは君だよ敬人。敬人が菫に皮肉めいたことを言い出すから、咄嗟に僕が仲裁に入ってあげたっていうのにその言い草ときたら」
「どの口が言うか」
「生憎と僕には口が一つしかないのだけれど?」
「そうだな。なら胸に手を当てて聞いてみろ」
「菫、僕の胸の鼓動を確認してくれるかい?」
「はい、勿論」
「どうかな?きちんと人並みに働いている?」
「とくんとくんって聞こえますよ」
「ああ、よかった。問題ないみたいだよ敬人」
「言葉の綾だ。人にさせるやつがあるか」


__珍しい。英智がここに現れる事は稀だ。
ここ最近体調が安定しているらしい英智はいつになく上機嫌で口がよく回る。社内で幼馴染三人が揃う事も珍しいから、それも嬉しいのだろう。
テーブルの上の大半を占める紙の手裏剣は英智の目には一切入っていないようで、菫の折った白い鶴だけを手にとり、くるくると子どものように弄びだした。
懐かしむような、どこか寂しいようなその表情だけで、英智が次に何を言い出すかおおよそ解ってしまうのだから幼馴染とはつくづく厄介だと思い知る。


「綺麗な鶴だけど、僕は歪な鶴の方が好きだな」
「………」
「覚えているんですか?あの時の…」
「勿論。あの鳥は僕の大切な宝物の一つだよ」
「そんな………鶴ならこちらの方がずっと綺麗に折れたと思いますし、もしよかったら交換してしまいませんか?」
「その鶴と、君が初めて折ったあの鶴を?死んでも嫌だって言ったら?」
「そんな事言わないでって言います」
「ふふっ、これこそ言葉の綾だよ。死ぬ程嫌って事さ」
「えぇぇ…」
「ちなみに敬人がくれた絵は額縁に入れて飾ってあるよ。それはもう大切にね」
「やめてくれ。飾る程の絵かあれが」
「どうして?いい絵じゃないか。やはり先生は自分に厳しいね」
「私もあの鶴の絵、とても好きですよ」
「だよね。なんで鶴?とは思ったけど」
「そんな絵を後生大事に飾るな」
「鶴が僕に何かしてくれた事は一度もないし、思い入れもないけれど幼馴染が僕の為に寄越してくれたんだ。一生あの鳥は嫌いになれないだろうね」


"だから、飾るくらいは許してよ"と。
そう言った英智は菫の折った鶴を摘み、手のひらに乗せてさも可笑しそうに笑った。あの日俺が思い描いた通りの表情で笑うものだから、無いはずの既視感に襲われる。返す言葉が浮かばず黙っていると隣にいた菫が英智ではなく俺を見つめて微笑んでいた。既視感が増す。この顔を俺は何度となく見てきた。鶴をやけに大事にする幼馴染と鶴しか折れない幼馴染に囲まれ、不思議と胸が軽くなる。

__ふと視線を移すと、俺たちが折りかけの手裏剣を取り囲んでいる事態に慌てふためいた仙石が、可哀想なくらい汗を飛ばして英智の後ろで立ち尽くしていた。恩返しとはいかないまでも、いくつか折るのを手伝ってやろうと思い、俺は久しぶりに折り紙に手を伸ばした。








*おしまい
不可抗力で三人に愛された鳥
リクエストありがとうございました!
遅筆ですが、いつでもお待ちしています。
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