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会長と副会長の幼馴染はご令嬢

0.6 お砂糖でできている






僕の悪い癖なんだけど。
日暮れが近づくにつれ、退屈がふつふつと音を立てて込み上げてくる。今、生徒会室にはボールペンが紙上を走る音と、書類がめくれる音だけが満ちていた。


手を動かすフリもせず隣を盗み見れば、敬人は姿勢と眉間の皺まで崩さずに、ひたすら紙と机に向かっているし。
そのまた隣ではアナログかつ質素な手帳を開いた彼女がプロデューサーとしての仕事に打ち込んでいる。
その表情は穏やかそのもので、
敬人にもどうか見習ってほしい。
…と言いつつ、今日の敬人はかなり穏やかな方なのだけど。彼女が隣にいるんだからそれも当たり前かな。
真面目に働く彼らをみていると、こんなにも退屈なのは、世界中で僕だけなんじゃないかとますます憂鬱になってきた。
僕を孤独にするだなんて。
僕はわざとらしくため息をついた後、
机に手をついて立ち上がった。



「よおし敬人、ティータイムにしよう」
「………見てわからんのか、そんな時間はない。今はこの書類の山を一枚でも多く片付けろ」
「こんな事務的な作業、根を詰めて早まる事でもないだろう?」
「お前が茶を煎れて早まる作業でもない」
「せっかく菫が忙しい合間を縫って、生徒会室まで遊びにきてくれてるのにまだ何のおもてなしもできていないんだよ?」
「こいつは遊びに来た訳ではなく、俺達が下校できるまでここでこうして待っているんだが?」
「それなら尚更お茶にしないと。三人並んで笑顔で帰りたいじゃないか。ごめんね菫、退屈な時間を味合わせてしまって」
「いいえ、私のことはお構いなく」
「菫はどう?美味しい紅茶はいかがかな?僕はというと喉が乾いて死んでしまいそうなんだけど敬人が駄目だって」
「お茶にしましょう、敬人さん?」
「……、一杯だけだぞ」



やった。予想通り敬人が折れた。
僕はにんまりと微笑み、足取りも軽く席を立って戸棚からティーセットを取り出す。
紅茶部ほど品揃えは良くないにしろ、これらも僕の勝手知ったるコレクションの一つ。
常設されたポットで茶器を温めながら、
今日はどんなフレーバーにしようと心が躍る。
途中、なにかお手伝いしましょうか?と
菫が声をかけてくれたけど、
僕が返事をするよりも先に
「こいつがやりたいだけだ。放っておけ」
と、敬人に先に返されてしまった。
さすがの敬人だね。
ようく、わかっていらっしゃる。


そう、僕はこの時間が好きでたまらない。
彼女が生徒会室を訪れる日には、決まって僕選りすぐりのあまいあまい甘い紅茶を存分に振る舞う。
これは習慣というより、義務と言った方が正しい。
茶葉にジャム、ミルクや砂糖に至るまで。
どこまでも甘やかに。蜜よりも甘く。
この僕が本当にもてなしたいと思った相手にだけ煎れるそれはもぅ特別な一杯。

諸用があって今日ここに真央や弓弦、桃李の姿がないのが惜しまれる。
彼らにもぜひ振る舞いたかったのだけれど、昔馴染みのこの三人だけで、生徒会室を使う事は非常に稀で。
今はこの時間をひたすらに愉しみたいと思った。

琥珀色の液体を波波と、茶器に注げば、香しい茶葉の香りと、爽やかなフルーツの香りが密室を満たしていくのがわかった。
砂糖とミルクの加減は10年も一緒にいればオプション化されている。さぁどうぞ召し上がれ、と敬人と彼女専用に選んだカップを僕はそっと差し出した。

書類から目を離すことなく紅茶に手を伸ばした敬人は、ティーカップに口を付けた瞬間、ギロリと僕を睨んできた。
もちろん、彼女に気付かれない範囲で。
わぁ怖い、そんな目で見ないでほしい。
僕は常日頃、こんなにも恐ろしい顔で睨まれてるんだよ?と彼女にさめざめ泣きついてやろうか。
想像したら愉快だったので、おもわず瞳が細まる。
敬人はあくまで彼女に気付かれないよう、
極めて小声で訴えてきた。

 

「英智、お前な……」
「お口に合いすぎたかな?」
「なんだこれは。甘い、甘すぎる」
「カフェインはともかく糖分は制限されていないんだから、このくらい良いじゃない」
「お前も普段ならまともな紅茶を煎れるだろうに…あまり菫を猫可愛がわりしすぎるなよ。本人が気付いた時、どう弁解するつもりだ?」
「気づいて欲しくてやってる、って言ったら?」
「度し難い。いくら甘いものが好きだからと言って、やる事が分かりにくい上に姑息すぎんか?」
「僕は好きな子はとことん甘やかしてあげたい主義なんだ。知らなかった?」
「物理的に甘やかすな。特別扱いもここまでくると度が過ぎている」
「実際特別なんだから、仕方ないだろう?」
「お前のせいでこいつが太ったらどうする」
「まるまるしたって可愛いよきっと」
「太らせて食うならもっと別の物にしろ」
「食らうなんて、いけないね。さすが敬人は煩悩の塊だ」
「なっ…言葉の綾で揚げ足をとるな」



ぐぬぬと眉間にシワを寄せた敬人にジト目で睨まれたって、痛くも痒くも無い。
僕もよくよく睨まれ慣れたものだ。
敬人の眼圧もそしらぬ顔で彼女に目線をうつせば、いただきますと小さな挨拶が聞こえる。
彼女の、両の手でカップを持つ仕草を見るのが好きで。
口付けるときに瞳を伏せる仕草が好きで。
僕の入れた特別な一杯をそれはもぅ大事そうに飲んでくれる事が心の底から嬉しかった。
僕は愛も変わらず微笑む。
彼女はカップからそっと唇を離すと、
とても柔らかに微笑んでくれた。 
嗚呼、お口にあったようで何より。



「今日の紅茶も、美味しいですね」
「そう?それはよかった。今日はいちじくのジャムと蜂蜜が手に入ったから合わせて入れてみたんだ」
「とっても甘くて美味しいですよ」
「とっても、甘いそうだが?英智」
「美味しいってさ、敬人」
「??」



彼女はクエスチョンマークを浮かべながら、
にこにこと僕と敬人を見比べる。
美味しいですよね、と隣の敬人を覗きこむ彼女の笑顔に負けたのか、敬人はおざなりな返事をしながらなんだかんだ言いつつ紅茶を味わってくれていた。
悪意のまるでない押しの強さが、昔から何も変わっていなくて見ていてとても心地よい。
そうそう、僕たちはこうでなくちゃ。



「こんなに美味しい紅茶が煎れられるなら、英智さんは将来喫茶店が開けますね」
「うん、それはいいね。僕のコレクションも役に立ちそうだ」 
「私、毎日通いますね」
「本当に?欠かさず来てね。寂しさに病んで閉店してしまうから」
「はい。敬人さんも一緒に行きましょうね」
「まぁ、潰れん程度には寄るだろうな」
「お忙しい敬人には、飲み慣れた栄養ドリンクの方が口に合うかな?」
「せめて茶を出せ。喫茶店の名が泣くぞ」
「ああ、そうだ。同じ毎日会うでも、僕の煎れた紅茶をお客に運ぶ側なら営業時間中もずっと一緒にいられるんじゃないかな」
「ウエイトレスさん…ですか?責任重大ですね。きちんとお勤めできるでしょうか」
「こいつを看板娘にでもするつもりならやめておけ。変なところで不器用だからな、使い物になるか怪しいぞ」
「敬人さん。私頑張りますよ?」
「いや、頑張らなくていい。怪我をされてはたまらんからな」
「心配しなくても、難しいことをさせる気はないから大丈夫だよ。ティースプーンより重いものは絶対に持たせないから」
「でしたら、お客様にポットやケーキを運ぶことができませんよ」
「君は僕のいるカウンター前の特等席で、僕の煎れた紅茶を美味しく飲んでさえくれれば、それだけでいいんだよ。今みたいにね」
「それはただの常連客だが…」
「居てくれるだけで僕の仕事が捗るんだから、給仕させなくたっていいかなって」
「嘘をつけ。現にいまお前の手は止まっているだろう」
「制服も作っちゃおうかな。もちろん菫専用をオートクチュールで作らせるよ」
「いらん経費をかける暇があるなら、喫茶店運営に力を入れろ」
「ふふふ」



ふと彼女は口元も抑えず、声を出して笑う。
こういう笑い方は、僕ら以外に見せないことを僕らはようく知っている。
それが僕ら二人だけの優越ですらある。
『ごめんなさいね、なんだかおもしろくて』
と破顔する彼女を尻目に僕と敬人は、目だけでひっそり会話する。
ほら。紅茶をいれてよかっただろう?
敬人もそこに関しては概ね同意してくれたようだ。
顔を見れば概ねわかる。
さっきのお話なんですが…と。未だふにゃふにゃ笑いながら彼女は言葉を続ける。
僕らはアイコンタクトをやめ、まったく同じタイミングで彼女の言葉に耳を傾けた。



「敬人さんが経理について下されば喫茶店経営は安泰だと思いますよ」
「おぃ、どこまで俺を書類地獄に巻き込むつもりだ。俺を客として迎える気はないのか」
「三人一緒ならきっともっと楽しいです」
「まぁ…英智や菫に勘定を任せると店はたちまち潰れるだろうからな」
「ね。夢があっていいですよね、英智さん」
「そうだね。でも夢で終わらせる僕じゃないよ。だから二人とも楽しみにしておいて」
「はい、楽しみにしていますね」
「………夢を語らうのもいいが、そろそろ現実を見てくれ。ティーカップを持っている限り書類は減らんぞ」
「本当だ、全然減ってないね。敬人の手が遅いんじゃない?そろそろあの下品な香りの栄養ドリンクが必要な頃かな」
「よし、菫。前言撤回だ。ティーセット一式全部割ってもいい。俺が許可する」
「なんてこと言うんだ敬人。経理なら備品にも気を使ってもらわないと困るよ」
「どれもお前が趣味で買い揃えたものばかりだろう?経費外だから好きにしてくれて構わん」
「私、そんなにたくさん割れるでしょうか?」
「頑張り屋な君が僕は好きだけど、そこは頑張らなくていいからね」
「ふふ、おかしい」

 

___ __ _



気がつけば辺りは、
茜色を通り過ぎて群青色へ。
夕闇と共に押し寄せてきた退屈は、すっかり息を潜め室内には空になったカップと、山積みの書類だけが変わらずそこにあった。
ここでいう山積みの書類は『処理済』にあたる。
何故ならプロデュース用の手帳を置いた彼女が
書類整理に就いてくれたおかげで、1時間足らずで済の書類の山へと変貌を遂げたから。
頭の中で渉のAmazing…!が響き渡る。
生真面目な敬人は、生徒会役員でもない彼女に手伝わせてしまったことを随分悔いていたけれど、彼女は変わらずにこやかで、
「紅茶、ごちそうさまでした」だなんて。
こんなの参ってしまう。いつだって与えるばかりを許してくれないんだ、彼女は。


帰り支度をする最中もティーポットからは
未だ紅茶の甘い香りが漂っていて、僕ら三人とも同じ香りを纏っているような気がして随分と気分がよかった。
一体何をそんなに話し込んでいたかな。
こんな、たわいもない会話。
未だ無限にできてしまうんだね、僕ら。
なんてやさしい時間だろう。
このまま帰るのが惜しいくらい。

ふと思い立ち、僕が校門前で待つ運転手に二人を送り届けてから家路に着くよう伝えれば、二つ返事で短いドライブが始まる。
甘い香りも積み込んで後部座席に三人並んで帰れるなんて。
ああ、今日も楽しかったな。









おしまい
*敏腕マネージャーは
 皇帝の与えるお砂糖でできている(物理)
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