会長と副会長の幼馴染はご令嬢
0.5 生徒会長の憩い
静かだった昼休み。
突如として校舎中にこだました、どこまでも通る大袈裟な笑い声と小気味良い効果音の数々。
読書の手を止め、廊下からちらと中庭を覗き込めば、さすがというか。やはりというか、渉だった。
身振りに手振り、声量がいつにも増してオーバーな彼は、なんだかいやに上機嫌で。
それでいて余裕なんて微塵もない、
必死な姿が僕の好奇心をくすぐった。
窓際に頬杖をついて、ほぅと眺める。
「ああ、どおりで」
よおく見ると渉の奥で、僕と敬人の最高にして最愛の幼馴染みが、噴水の縁に腰掛けている。
彼女が日陰になるよう、渉が午後の日射しの中
太陽を背にして仁王立ちしているせいで表情はここからでは伺えないけれど。
自然なエスコートぶりに僕は内心拍手を送る。
神様にでもなったような気持ちで
俯瞰で眺める中庭の光景は眩しい程に煌めいている。
花々や鳩を、無限増殖させながら
矢継ぎ早に語らい続けている渉の姿は
恋する男のそれだった。
大衆や人間を愛せども、誰か一人に
恋する事は未だかつてなかったのだろうか。
あまりにもわかりやすいその姿に、
僕は知らずと微笑んでいた。
実をいうと菫が転校してきてからというもの、
渉はすっかり彼女に心酔している。
僕を皇帝と呼ぶなら、
彼女は女王陛下なのだそうで。
芝居じみた言い回しで、夢見るような瞳をしながらそう教えてくれた事がある。
道化師が女王を喜ばせる事は、必然で生業で、この上ない名誉なのだとか。
彼女を女王と比喩した点においては、
僕は大きく合意している。
ならばこそ。
女王が誰の隣にいなければならないか。
それくらいは心得ていてほしいものだけど。
僕のつま先はゆっくりと、中庭に向いた。
食後に動き回る趣味はないのだけれど。
でもほら僕は、判断に迷わないから。
___ __ _
僕が中庭に降り立った頃には、
渉の姿はどこにも居なくなっていた。
人気者で健康優良児な彼は、僕と違って休憩時間であっても動く事を厭わないらしい。
けれど彼女はそのままひとり、
散々に散りばめられ山となった花びらを噴水の上に浮かべたり指を水面に浸したりしていて。
ふとその姿が子どもの頃を思い出させる。
君は僕と一緒で一人遊びが得意だったものね。
名前を呼び一言声をかけると、
菫も僕の名を呼び、花のように微笑んだ。
その姿に自然と顔がほころぶ。
隣に座っても?と声を掛けなくたって彼女は居住まいを正し僕の居場所を作ってくれた。
子どもの頃のように肩が触れ合う程の距離で、隣にそっと腰掛ける。
昼休みに同級生とふたり、噴水脇で語らうだなんて。如何にも学生らしい試みに、なんだか胸がじんわりとした。
「ものすごい花の数だね。渉が?」
「はい。先程まで一緒だったんですが、突然嵐のように居なくなってしまって」
「そう、それは残念だ」
「ね、英智さんもご一緒できればよかったのに」
「昼休みはいつも渉と?」
「いいえ、今日偶然お会いしました」
「随分と親しげだったけど、一体何を話していたんだい?」
「お話というよりも手品をたくさん見せて下さって……英智さんも見ていたなら、すぐ来てくれればよかったのに」
「なんだか妬けてしまってね。僕とは10年以上の付き合いだっていうのに、こんな短期間で打ち解けてしまうなんて。勿論、fineのメンバーである彼と仲良くしてくれるのはとても嬉しいよ…君達を引き合わせたのも、この僕だ。それでも僕たちが過ごしてきた時間はこんなにも易々と塗り替えられてしまう物だったのかと思うと、あまりに切なくて…見ていられなくてね…」
「そんなこと…」
我ながら態とらしい。
僕が俯きさめざめ顔を曇らせてみせると、呼応するようにして彼女は眉をひそめながら、僕の手をそっと握ってくれた。
懸命で、献身的で、心優しい菫。
僕ばかり狡く育ってしまって、なんだか申し訳ないよ。でも僕と君の仲なんだから許されるよね。きっとそうさ。
「ひとつだけ、聞かせてくれないかな」
「?」
「渉のこと、菫はどう思っているんだい」
「日々樹さん、ですか?そうですね……」
「ゆっくりで構わないよ。ああ、それじゃあ僕はどうかな?」
「英智さん?」
「そう。僕のことはどう?」
「言わないと伝わりませんか?」
「ちゃんと言葉にして聞かせてほしいんだ」
「一番大切な人だと思ってます」
「ふふ、僕もだよ。それじゃあ渉は?」
なんだ。
誘導した面もあったけど即答だったね。
聞き出したかった一言であわゆくば胸いっぱいになって、もぅこれ以上詰めるのはよそうかとも思ったんだけど。まだやめてあげない。
恥ずかしげもなく、まっすぐな瞳で告白してくれた彼女は、日々樹さん。日々樹さんかぁ。と、眩しそうにしながら上を向いて考え込んでしまう。
僕がそうさせているんだけど僕以外に一生懸命な姿は、なかなかに体に悪い。
努めて笑顔で、僕派次の言葉を待った。
「日々樹さんの事は、英智さんから聞いていた通り、きっともっと楽しくて素敵な方なんだろうなと思っています。
だけど私とは、なかなか目も合わなくて…
手品はたくさん見せて下さるんですけど、お話しはまだあまりした事がなくて。
fineのプロデューサーとして、きちんとお近づきになりたいのですがまだ全然、仲良しにはなれていないんです。
だから、英智さんから見て仲良しに見えていたなら本当によかったなぁと…
英智さん?
どうしたのそんな顔をして」
長い睫毛をふせ真剣な目をしていた彼女は、
途端にキョトンとしてしまい、
まるで子どもにするかのように小首を傾げる。
『どこが可笑しかったのか、ちっともわからなかったからどうか教えてほしいな』といった風な意味合いが込められているのがまた、可笑しくてたまらない。
そうきたか。
さすがは僕自慢の幼馴染。
この堅牢っぷりに賞賛のファンファーレを。
これは是非敬人にも聞かせてあげたかったな。
あーでも敬人だって存外渉と似たようなものだから、傷口をえぐってしまうかもしれない。
うん、絶対教えてあげよう。
「どこか、お加減でも…?」
「いいや、心配ないよ。いまね、君をこの学院に誘って、本当に良かったなって噛み締めていたところなんだ」
「私も、この学院に来れて本当に良かったです。ご気分は晴れましたか?」
「ああ。それはもぅ、ね」
ねぇ、渉。
花に花を送ったって、
心奪われはしないんだよ。
彼女が僕らの学院にただそっと、
存在してくれている。
それだけで僕は、卒業までの残り少ない時間が
永遠にだって思えるんだ。
だから、そうだな。
ずっとこのまま故意に恋して恋焦がれて、
彼女にたくさんの花を見せてあげて。
僕の、大事な人なんだ。
おしまい
✳︎花に嵐吹こうとも
静かだった昼休み。
突如として校舎中にこだました、どこまでも通る大袈裟な笑い声と小気味良い効果音の数々。
読書の手を止め、廊下からちらと中庭を覗き込めば、さすがというか。やはりというか、渉だった。
身振りに手振り、声量がいつにも増してオーバーな彼は、なんだかいやに上機嫌で。
それでいて余裕なんて微塵もない、
必死な姿が僕の好奇心をくすぐった。
窓際に頬杖をついて、ほぅと眺める。
「ああ、どおりで」
よおく見ると渉の奥で、僕と敬人の最高にして最愛の幼馴染みが、噴水の縁に腰掛けている。
彼女が日陰になるよう、渉が午後の日射しの中
太陽を背にして仁王立ちしているせいで表情はここからでは伺えないけれど。
自然なエスコートぶりに僕は内心拍手を送る。
神様にでもなったような気持ちで
俯瞰で眺める中庭の光景は眩しい程に煌めいている。
花々や鳩を、無限増殖させながら
矢継ぎ早に語らい続けている渉の姿は
恋する男のそれだった。
大衆や人間を愛せども、誰か一人に
恋する事は未だかつてなかったのだろうか。
あまりにもわかりやすいその姿に、
僕は知らずと微笑んでいた。
実をいうと菫が転校してきてからというもの、
渉はすっかり彼女に心酔している。
僕を皇帝と呼ぶなら、
彼女は女王陛下なのだそうで。
芝居じみた言い回しで、夢見るような瞳をしながらそう教えてくれた事がある。
道化師が女王を喜ばせる事は、必然で生業で、この上ない名誉なのだとか。
彼女を女王と比喩した点においては、
僕は大きく合意している。
ならばこそ。
女王が誰の隣にいなければならないか。
それくらいは心得ていてほしいものだけど。
僕のつま先はゆっくりと、中庭に向いた。
食後に動き回る趣味はないのだけれど。
でもほら僕は、判断に迷わないから。
___ __ _
僕が中庭に降り立った頃には、
渉の姿はどこにも居なくなっていた。
人気者で健康優良児な彼は、僕と違って休憩時間であっても動く事を厭わないらしい。
けれど彼女はそのままひとり、
散々に散りばめられ山となった花びらを噴水の上に浮かべたり指を水面に浸したりしていて。
ふとその姿が子どもの頃を思い出させる。
君は僕と一緒で一人遊びが得意だったものね。
名前を呼び一言声をかけると、
菫も僕の名を呼び、花のように微笑んだ。
その姿に自然と顔がほころぶ。
隣に座っても?と声を掛けなくたって彼女は居住まいを正し僕の居場所を作ってくれた。
子どもの頃のように肩が触れ合う程の距離で、隣にそっと腰掛ける。
昼休みに同級生とふたり、噴水脇で語らうだなんて。如何にも学生らしい試みに、なんだか胸がじんわりとした。
「ものすごい花の数だね。渉が?」
「はい。先程まで一緒だったんですが、突然嵐のように居なくなってしまって」
「そう、それは残念だ」
「ね、英智さんもご一緒できればよかったのに」
「昼休みはいつも渉と?」
「いいえ、今日偶然お会いしました」
「随分と親しげだったけど、一体何を話していたんだい?」
「お話というよりも手品をたくさん見せて下さって……英智さんも見ていたなら、すぐ来てくれればよかったのに」
「なんだか妬けてしまってね。僕とは10年以上の付き合いだっていうのに、こんな短期間で打ち解けてしまうなんて。勿論、fineのメンバーである彼と仲良くしてくれるのはとても嬉しいよ…君達を引き合わせたのも、この僕だ。それでも僕たちが過ごしてきた時間はこんなにも易々と塗り替えられてしまう物だったのかと思うと、あまりに切なくて…見ていられなくてね…」
「そんなこと…」
我ながら態とらしい。
僕が俯きさめざめ顔を曇らせてみせると、呼応するようにして彼女は眉をひそめながら、僕の手をそっと握ってくれた。
懸命で、献身的で、心優しい菫。
僕ばかり狡く育ってしまって、なんだか申し訳ないよ。でも僕と君の仲なんだから許されるよね。きっとそうさ。
「ひとつだけ、聞かせてくれないかな」
「?」
「渉のこと、菫はどう思っているんだい」
「日々樹さん、ですか?そうですね……」
「ゆっくりで構わないよ。ああ、それじゃあ僕はどうかな?」
「英智さん?」
「そう。僕のことはどう?」
「言わないと伝わりませんか?」
「ちゃんと言葉にして聞かせてほしいんだ」
「一番大切な人だと思ってます」
「ふふ、僕もだよ。それじゃあ渉は?」
なんだ。
誘導した面もあったけど即答だったね。
聞き出したかった一言であわゆくば胸いっぱいになって、もぅこれ以上詰めるのはよそうかとも思ったんだけど。まだやめてあげない。
恥ずかしげもなく、まっすぐな瞳で告白してくれた彼女は、日々樹さん。日々樹さんかぁ。と、眩しそうにしながら上を向いて考え込んでしまう。
僕がそうさせているんだけど僕以外に一生懸命な姿は、なかなかに体に悪い。
努めて笑顔で、僕派次の言葉を待った。
「日々樹さんの事は、英智さんから聞いていた通り、きっともっと楽しくて素敵な方なんだろうなと思っています。
だけど私とは、なかなか目も合わなくて…
手品はたくさん見せて下さるんですけど、お話しはまだあまりした事がなくて。
fineのプロデューサーとして、きちんとお近づきになりたいのですがまだ全然、仲良しにはなれていないんです。
だから、英智さんから見て仲良しに見えていたなら本当によかったなぁと…
英智さん?
どうしたのそんな顔をして」
長い睫毛をふせ真剣な目をしていた彼女は、
途端にキョトンとしてしまい、
まるで子どもにするかのように小首を傾げる。
『どこが可笑しかったのか、ちっともわからなかったからどうか教えてほしいな』といった風な意味合いが込められているのがまた、可笑しくてたまらない。
そうきたか。
さすがは僕自慢の幼馴染。
この堅牢っぷりに賞賛のファンファーレを。
これは是非敬人にも聞かせてあげたかったな。
あーでも敬人だって存外渉と似たようなものだから、傷口をえぐってしまうかもしれない。
うん、絶対教えてあげよう。
「どこか、お加減でも…?」
「いいや、心配ないよ。いまね、君をこの学院に誘って、本当に良かったなって噛み締めていたところなんだ」
「私も、この学院に来れて本当に良かったです。ご気分は晴れましたか?」
「ああ。それはもぅ、ね」
ねぇ、渉。
花に花を送ったって、
心奪われはしないんだよ。
彼女が僕らの学院にただそっと、
存在してくれている。
それだけで僕は、卒業までの残り少ない時間が
永遠にだって思えるんだ。
だから、そうだな。
ずっとこのまま故意に恋して恋焦がれて、
彼女にたくさんの花を見せてあげて。
僕の、大事な人なんだ。
おしまい
✳︎花に嵐吹こうとも