このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

会長と副会長の幼馴染はご令嬢

0.4 私の歳上の後輩




私には、歳上の後輩がいる。
いる、というよりこの秋からできた。
学年はひとつ上の3年生で
プロデュース科としては一応、私が先輩。
出会ってあまりに間もないし、幼馴染みであるらしい天祥院先輩や蓮巳先輩程、その人の事はまだ何も知らないけれど。
語れる事なら私にだってたくさんある。
時間があれば少しだけ聞いてほしい。
私の可愛い、歳上の後輩の話。


___ __ _



「貴女があんずさんでしょうか?
 よかった、はじめまして。
 ご活躍の程はかねがね伺っております。
 今月から転入して参りました、
 貫地谷菫と申します。
 不束な後輩ではありますが、
 どうぞよろしくお願い致します」
「あなたが新しいプロデューサーの…?
 いえ、こちらこそよろしくお願いします」


これが彼女と初めて交わした会話。
大変丁寧な挨拶の折、深々と下げられた頭。
自分よりも身長の高い面々に囲まれ続けるこの学院下で、人の頭頂部なんてなかなか拝めない。淡い紫色の髪はツムジから毛先まで全部きれいで、顔を上げた時に毛束が崩れる様まできれいで。なんだか目が離せなかった。
第一印象は名前の通り "花みたいな人"
華があって涼しげで儚げで、斎宮先輩じゃないけど崇高で精巧な…プロデューサーというよりは私たちが手掛けるべき、アイドルの側の人のように感じる。
しかしまたどうしてこんな人が夢ノ咲に?
三年生の二学期に転校だなんて、余程の理由があるに違いない。ここには居ないはずの天祥院先輩の影が嫌でもチラついて思わず冷や汗をかく。
それでも。
初対面の私に向けてくれた柔らかな微笑みは陽だまりみたいに温かくて心の底から私に会えて嬉しい事が伝わってきてしまったから、不穏な考え……もとい天祥院先輩の影はすぐさま形を潜めてくれた。

『学院二人目のプロデューサー』
『同科ではじめての同性の先輩で、後輩』

そんな存在居ないなら居ないできっと何も欲さず、ひたすらプロデュース業に打ち込んでいたんだろうけど、正直な話私はいま素直にとても嬉しい。
あまり表情筋が動かない方だから、少しでもこの気持ちが表情に現れてくれればいいのに。
仏頂面になってはいないかな、軽く頬をつねりたくなる。そんな私の気持ちも知らず、この人は変わらぬ微笑みを浮かべて続けた。


「初対面でこんな事、困ってしまうかもしれませんが私ずっとあんずさんにお会いしたかったんです」
「私にですか?どうして?」
「ずっと直接お礼を伝えたくて。DDDで英智さんを負かして下さって本当にありがとうございました」
「………えっ…と??宣戦布告か…何かですか…?」
「いいえいいえ、違います!そんなとんでもない。あぁ、なんとお伝えしましょうか…」


ほんのちょっとだけ、驚いた。
ラノベでよくある『初めだけ親切で人当たりがいい御令嬢キャラからの嫌がらせイベント』かと思ったけど、どうやら違ったみたい。
落ち着いて続きを促すと、
先輩は留学中、天祥院先輩と蓮巳先輩から夢ノ咲学院の話を大なり小なり掻い摘んで聞かされていたらしい。都合よく隠匿され多くを語られていなかった部分もあったのだとか。
自分の遠く手の及ばない場所で日々起こる学院の出来事を、手紙や電話で伺う度一番冷静な視点で案じていたのだそう。天祥院先輩が王座を退いた事を知った時、幼馴染みであるこの人はそれを心から嬉しく思ったのだという。


「頑張り屋な英智さんや敬人さんが大好きですが、ご無理をなさる姿は見ていられませんので…正直、ほっとしました」 


初対面の私の前で恥ずかしげもなく大好きと言って除ける点に多少驚いたけど、さすがは天祥院先輩の幼馴染みだなと頷く。
私に誤解を与えてしまったとおろおろ狼狽えていた時に途端に表情が幼くなったのはハプニングに弱い蓮巳先輩に似てるなと今度は心の中でだけ頷いた。
もしかすると外見でなく内面の方がとても可愛らしい人なのかもしれないと、私はすぐにわかってしまう。人を見る目はあるんです。
これでもプロデューサーなので。


「あんずさんが居てくださったから私はアイドルが大好きになって、この学院に来たいと思えたんです。本当に、心からお礼申し上げます」
「そんな大層な…あの、敬語じゃなくていいですよ。私の方が学年も下ですし」
「善処したいのですが…申し訳ありません。英智さんや敬人さんにもこんな調子なのでなかなか崩せないでいるんです」
「なるほど、敬語キャラなんですね」
「えっと…たぶん?そのように捉えて頂けたら助かります」
「わかりました。これからは菫先輩って呼んでもいいですか?」
「はい、光栄です。私もあんず先輩とお呼びしても?」
「どっちが先輩だかわからなくなるんでそれはやめましょう。さっきみたいに呼んでもらえた方が私も助かります」
「ふふ。ではあんずさん。と呼ばせて頂きますね。改めてよろしくお願い致します」



___ __ _



その後先輩は、

「季節外れの転校生」
「三年生で転校生のねーちゃん」
「生徒会長のご贔屓とコネクションあっての裏口入学者」
「能力無しのお飾りプロデューサー」

などなど。
嫌われとはよく言ったもので。
なかなかに不名誉なレッテルを貼られては、実力でなんなく乗り越え実績を積んでを繰り返し…不慣れなプロデューサー業を丁寧にこなしていくその姿は少し孤独で、孤高だった。
天祥院先輩はこの件に関して特に不干渉で、どちらかというと蓮巳先輩の方が有らぬ噂に憤っていたのは意外だった。
圧倒的にfineと紅月絡みのプロデュースが多い事も要因のひとつなのでは?とも思ったけどこうなる事はなんとなく読めていたので特に突っ込もうとは思わない。だって、その間も菫先輩はずーっと笑顔だったから。
一度、聞いてみたことがある。


「むかついたりしないんですか?」
「むかついたり、しませんね。学院でなくともこのような事はよくありますし、社交界に出てからの方が見るに耐えない諍いが後を絶えませんから」
「はぁ…そういうものですか」
「ふふ、そういうものですよ。でも正直に申し上げますと、あまり興味がないからだと思います。英智さんと敬人さん以外には特に」
「はぁ、なるほど」
「……あの、ごめんなさい、プロデューサーとして失格ですよね。普段こう言った事は口に出さないようにしていたんですが…あんずさんだからでしょうか。本当に正直にお話ししてしまいました」
「大丈夫ですよ。なんとなくわかりますし、それにちょっと嬉しいです。菫先輩のそういう所も知れて」
「あんずさんは、やはりお優しいのですね」


いやいや、そんな恐縮です。
この先輩に言われては立つ背がない。
とはいえ才色兼備を絵に描いたような先輩であっても、誰かのサポートや経験から基づく知識が必要なのは明らかだった。今も昔も、私がそうであるように。

それから私は最低でも週に一度、意見交換やスケジュールの進捗確認を行うべく先輩と連絡を取り合う約束を漕ぎ着けた。
勿論先輩は、二つ返事に満面の笑顔で了承してくれる。電話でもメールでも、放課後でもプライベートでもいい。何もないなら無いでいいし、とにかく私は菫先輩ともっとお話しがしたかった。
はじめの内は会話のほとんどをfineと紅月、天祥院先輩と蓮巳先輩が占めていたけれど最近は日々樹先輩の名前もよく出てくるようになった。日々3年生の間で繰り広げられるトンチキ騒ぎは想像を絶していてそんな最中、先輩は随分と手厚く各方面から愛されてしまったものだなと正直聞いている分には面白すぎる。
先輩も私が話すトリスタや2年生の話がとても楽しいみたいで、話せば話すほど小さな女の子のようにくすくす笑ってくれていつも思わず調子にのってしまう。
結構笑い上戸な先輩はそこもかわいい。
おしゃべりは勿論たのしいけれど、何より私はプロデュース面でわからない所はわからないと、素直に聞いてきてくれ頼りにしてもらえる事がなんだか一番嬉しかった。



___ __ _


少し肌寒くなった頃にはしようのない噂や陰口はすっかり息を潜めていた。
最近の私はというと、幼馴染みのお二人でも知らないであろう先輩の一面を探す事が密かなブームだったりする。
今日はそこにまたひとつ、『髪はいつも適当に三つ編みにしていること』が加わった。
髪が柔らかすぎて纏まらないらしく、いつも先端だけは解けないようになんとかゴムでくくりつけているらしい。
だからいつも解けかけてゆるゆるなのか。
お嬢様なのにお手伝いさんにしてもらったりはしないんだな…またひとつ先輩への先入観がなくなる。
ふと以前、日々樹先輩が菫先輩の髪をどうにかしてセットしたい触りたいのだとため息を吐きながら項垂れ、廊下に転がっていたのを思い出す。
あの時の友也くんはめちゃくちゃ引いていた。
そんな光景を脳内再生しつつ「よかったら、髪さわってもいいですか?」と私は誰かさんを出し抜く気満々でにこやかに先輩へ提案する。
返ってくるのはいつもの笑顔と二つ返事。
放課後のガーデンテラスの端の方で、自前のコームとゴムとヘアピンをテーブルに揃えると
「ヘアメイクさんみたいですね」と先輩はまた嬉しそうに私を見上げ笑った。
ジリ貧のプロデュース業の最中、ヘアメイク紛いの事なら確かにいつもしているけど、女の子の髪を触るのは前の高校以来だ。
確かに髪通りが良すぎて、少し難しい。
もう、ポニーテールにしてしまおう。
理由は、純粋に私が見てみたいから。
余談になるけれど資金不足とは無縁のグループであるfineは専属のヘアメイクを毎度用意できるにも関わらず度々菫先輩に髪を整えてもらっているらしい。
天祥院先輩や桃李くんならわかるけど、伏見くんまでとは結構驚いた。
でもfineのステージは襟元や髪のひと束に至るまでいつも完璧に綺麗だと記憶している。
そうか、先輩は他人には器用で自分には不器用な人なんだなぁとまたひとり勝手に納得する。


髪を触る最中も、英智さん敬人さんって。
菫先輩は頭を動かさないようにお行儀よく座りながら、楽しそうにお話ししてくれた。
やはり幼馴染は強いなと痛感する。
以前3人揃ってお話している所を見かけた時はあまりの空気感に圧倒されて声がかけられなかった。あんな風に笑ったり、ふざけたりもできるのかと興味深く観察してしまった程。
羽風先輩とはまったく違って、天祥院先輩と蓮巳先輩がどこかファンの女の子たちに興味なさそうに見える理由もなんとなくわかる。
でも10年以上一緒に、大好きと惜しげなく伝えてくれるこのかわいい人と過ごしてきたならいくらでも告白なんてできただろうに。
前言撤回、幼馴染みは複雑そう。
菫先輩の幼馴染みトークがなかなか終わらないので、私はつい当たり前のことを当たり前に呟いてしまう。


「大好きなんですね、天祥院先輩と蓮巳先輩のこと」
「大好きです、きっとこの身よりも。お二人が私の全てなので」


表情は伺えないけど、とても優しい声。
きっと瞳を閉じ、柔らかい表情でいるんだろうな。
だけど私はそんな事は決して無いと、つい差し出がましく言いたくなった。
とても大切に思っているのはわかる。
でも先輩は先輩です。
先輩をこの学院まで導いたのは確かに天祥院先輩や蓮巳先輩かもしれないけど、他でも無いあなたが選んだ場所なんだから。
まるで二人がいなければ、自身には何の価値も意味もないような言い方。やめてほしいな。
卒業してしまうまでにやめさせられるだろうかと、またも差し出がましく考えてしまう。


「私も先輩のこと、好きですよ」
「まぁ、うれしい。私もあんずさんの事、とてもお慕いしていますよ」
「本当に、好きなんです」
「私もです、心から」


これは………伝わっているの、かな。
他人に嘘をつくような人では決してないから、
私のことはきっと、確実に好きでいてくれてる。絶対そうだと内心ガッツポーズを決めた。
好きと微笑む先輩を見ているだけで、初めて出会った時のように胸がじんわりあたたかくなる。「面と向かってお伝えするのは、なかなか恥ずかしいですね」と先輩ははにかんだ。
いつも先輩方には平気で言っているのに?
こんなに可愛らしい顔をしてくれてもさっきの大好きと、この好きの差は絶大なんですよね?
あの二人と同じ熱量で告白されても動揺するけれど、羨ましいものは羨ましい。心のなかでモヤモヤとした気持ちが膨らんだ気がした。
ちなみに、なかなか人には分かってもらえないけど私と先輩の関係性はライバルなんかじゃ決してない。戦友とか師弟でもないし、同業者っていうと薄っぺらすぎる。
ちょっといい呼び方が浮かばないけど、今ここにドレッサーがあれば、先輩の顔を見ながらセットできたのにとかそんな事を考えてしまうような。そんな、関係性。
小さな手鏡に越しに写る、普段と違って高い位置で髪をゆわえた先輩だけは、今は。私しか知らない。私が手がけた先輩をあのお二方は知らないのだと噛み締めながら私は両手で優しく菫先輩の肩を叩いた。


「はい。先輩、できましたよ」
「わぁ…あんずさん、すごいです」
「ちょっと、自信作です。気に入ってくれましたか?」
「はい、毎日でもして頂きたいくらいです」
「よかったらしましょうか?」
「そんな、あんずさんのお手を煩わす訳にはいきません」
「朝10分だけでも貰えたら、私しますよ。好きなので」
「素敵なお誘いですね…お願いしようか悩んでしまいます」
「気が向いたらいつでも言ってくださいね。よし、じゃあ行きましょうか」
「? どちらにでしょうか?」
「演劇部です。たぶん今部活中なので」


踊るように急かすようにして、私は先輩の両手をとってスタスタと歩き出す。
ふわふわとした髪が大きく左右に揺れて、誰がどう見たってかわいい。私が育てました、と背後にテロップを出したくなる。
校内アルバイトまで、あと30分か。
なんとか間に合いそうでよかった。
忙しかろうが、この時間は大事にしたいから。
移動途中、意地が悪いだろうか?とも思ったけど、私だって見せびらかしたい。
日々樹先輩の悔しがる顔が目に浮かんで、私は今日一番の笑顔で、先輩に微笑んだ。







*おしまい
あんずさんとすみれさんは仲良し!!!!!
5/17ページ
スキ