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会長と副会長の幼馴染はご令嬢

0.2 快晴




  
夏休みが終わる、少し前。
突然、fineのメンバー全員に英智様から召集がかかった。レッスンは順調にこなしていたし、
衣装合わせはこの間済ませたし。
正直、何のご用かまったく見当がつかないまま、ボクらは生徒会室で英智様を待ってる。
チラッとロン毛を盗み見るけど、この暑い中涼しい顔して何かやってるけど全然わかんない。
弓弦はパタパタ無駄に扇いでくるけど、団扇なんかじゃちっとも涼しくならないし。
ボク、顔に汗かくの嫌いなのに。
もっと冷房効かせたらいいだけなんだけど、もうすぐ英智様が来られるから。
温度の下げ過ぎはお体に良くないもんね。
ボクはあ〜〜〜と唸って溶けるように机にうなだれてみたけど、ひんやりしたのは一瞬で、おまけに弓弦にお行儀が悪いって注意までされた。
はぁ〜あ、むかつく!
英智様、早く来ないかなぁ……


そうすると、コツコツ。
学院で一番高貴で綺麗な足音が扉の向こうから聞こえてきて、ボクはパパパッと急いで姿勢を正した。
まるでスローモーションみたいにゆっくり扉が開けば、夏服姿の英智様の、夏の空みたいに青い瞳がとっても綺麗に細められていて。
僕はなんだか嬉しすぎてつい大きな声でお出迎えしてしまう。びっくりさせちゃったならごめんなさい、英智様。


「英智様!」
「お疲れ様です、会長」
「待たせてすまないね、みんな」
「おやおやぁ…どうしたんですか英智?いつにも増してそんなにもキラキラと輝いて。何かいい事でもありました?」
「わかるかい?そうなんだ、僕は今とびきり欲しかった物を手に入れたばかりでね」


『君たちに一番に見せたくて』と、
子どもみたいに無邪気に微笑みながら、英智様は扉の向こうの誰かに聞こえる聞こえないかくらいの小さな声で話しかける。
一体、誰なんだろう?
それとも英智様の言葉通り、物なのかな?
ボクは好奇心に導かれるままそっと、背伸びして覗き見ようとしたけれど
『まだだめだよ』と英智様の華麗なウインク付きで優しくいさめられてしまった。
悪戯する直前のような、生き生きとした英智様の笑顔はとっても珍しくって。
嗜められたばかりなのにボクも釣られて笑顔になる。自然と胸がワクワクしてきた。
やっぱり英智様ってすごい。
さっきまでの気分が嘘みたい。
英智様は瞳を伏せて一息つくと、嬉しそうに僕たちを見渡しながら話し始める。


「改めてみんな、集まってくれてありがとう。もう見知った間柄ではあるんだけど、新学期が始まる前にどうか正式に紹介させてほしい。二学期から転入してくる、当学院二人目のプロデュース科の生徒でね。彼女には主に、fineのプロデュースをお願いしようと思っているんだ」
「ほほぅ?この時期に転入生とは………また珍しい引き合わせですねぇ⭐︎」
「……あの、英智様」
「なんだい、可愛い桃李」
「その人とボクって会った事があるの?」
「あるよ。ちなみに弓弦も知っている」
「おおよその検討はついていますが…本当にあの方がこの学院に?」
「ええ!?弓弦はわかるの?」
「はい。信じ難い事ではありますが…」
「ならご名答かな。でもまだ内緒にして。渉は初対面だから」
「おやおやぁ。みなさん既に見知った間柄のようですねぇ。なんだかひとり除け者にされたようでひどく寂しいですが…あと数秒でお知り合いになれますし、ここは英智に免じて焦らされてあげましょう⭐︎」
「ありがとう渉。大丈夫、きっと君も好きになるよ」
「英智以上に好ましい人なんて、果たしてこの世に存在するんでしょうかねぇ?」
「安心して、彼女は僕のとびきりだから」



英智様はそう言った後、扉を少しだけ開けて、
奥に居る"その人"に何かを囁いた。
その声のやさしさだけで、ボクは誰がそこにいるのかわかってしまった。
でも、そんなことってあるの?
だってさ。だってそんなの。
控えめに開けられたドアから、
見知った髪色がおずおずと現れる。
やっぱり間違いない、お姉様だ。
わぁ、どうしよう。そんな。
これって夢じゃなくて?



「はじめまして、そしてお久しぶりですfineの皆さん。二学期から転入してまいります、貫地谷菫です。本日からどうぞ、よろしくお願い致します」



お姉様はそう言って深々とお辞儀をした。
束ねられた長い髪が、
遠慮なくさらさらと流れる。
見知ったふわふわのワンピース姿じゃないお姉様は学院の夏服が全然似合ってなくて、それが余計に現実なんだって突きつけてくる。
驚きすぎて、なかなか声が出せないでいるとゆっくり顔をあげたお姉様とふと目があった。
びっくりしたまま黙っていたら、昔と変わらない優しい、穏やかな笑顔でボクに微笑みかけてくれて。
途端に、いろんな気持ちとか思い出が後から後から溢れてきてボクはやっとの思いで声が出せた。



「………お姉さま!菫お姉様だ!なんで?どうして夢ノ咲学院にいるのー???」
「聞いていらっしゃらなかったのですか、坊っちゃま。先程、会長様が仰られたとおり当学院のプロデュース科に転入して来られたんですよ」
「それは聞いてたってば!」
「お久しぶりですね。桃李さん、弓弦さん」
「本当に!すっごく久しぶりだね〜!」
「お久しぶりでございます菫様。貴女様と、学院でお会いする事になるとは思ってもみませんでした」
「私もです。最後にお会いした時はまだ桃李さんが小学生でしたものね」
「菫お姉様、昔はたくさん遊んでくれたのに女学院に行っちゃってから全然会えないんだもん。僕、ずっと寂しかったんだよ」
「ごめんなさい、桃李さん。私も、ずっとお会いしたかったんですよ」
「これからは…本当に一緒にいれるの?」


ぎゅっと抱きついた菫お姉様からは、新品の制服らしい無機質な匂いと一緒にほんの少しだけ花の香水の香りがした。柔らかくて、やさしい貫地谷のお姉さまの匂い。
これが嘘だと思いたくなくて、抱きついたままおずおず周りを見渡せば英智様も弓弦もお姉様も、おんなじ顔して僕を見つめてくれていて。
ああ、嘘じゃ無いんだ。
やっと安心できたからか、僕は肩の力がみるみる抜けていくのがわかった。それでもお姉様はずっと僕を優しく抱き止めてくれている。


「菫様。坊ちゃま共々、どうかよろしくご指導ご鞭撻くださいませ」
「そんな、こちらこそよろしくお願いします。弓弦さん背が伸びましたね」
「ええ、おかげさまで。ちょこまかと逃げ回る主人を見つけるに事欠かない程度には成長致しました」
「お、お姉さま!ボクはまだまだ成長期だからぁ、これからどんどん大きくなるよ?だから、ちゃんと見ててよね」
「もちろんです。楽しみにしていますね」
「これからは、もぅどこにも行かない?」
「はい、卒業してもずっと側にいますよ」
「坊っちゃま、私もお側にいますからね」
「もー!弓弦には聞いてないだろ!」


隣から割り込んできた弓弦をぽかぽか殴ろうと思ったけど、菫お姉様の前だからグッと我慢してやめておいた。
………弓弦のやつ、自分からぐいぐい絡んできてめずらしい。たぶん僕と同じで、ちょっとテンション上がってるんだ、こいつも。
だって、だってさ。
子どもの頃お姉様と一緒にテニスをしたり、ご本を読んだりお散歩したりお昼寝したり。
目を閉じなくてもすぐに思い出せるくらい、
本当にすっごく、楽しかったもんね。
お姉様が中学に上がった頃から、
あんまり遊んだりできなくなったんだけど。
まさかおんなじ学院に通えるなんて!
夢みたいに嬉しくってたまらなくて、お姉様の白い手をぎゅーーっと握りしめてぶんぶん振った。
お行儀が悪いって、また弓弦の小言があるかと思ったけど、今度は何も言われなかった。
お姉様はボクの手をやさしい力加減で、
きゅっと握り返してくれる。
久しぶりに会うお姉様は、なんだか前よりずっと可愛くて綺麗で。胸がいっぱいになって、またすぐにでも抱きつきたかったんだけど、英智様やロン毛の前だから、ここはぐっと我慢。さっきのはほら、びっくりしちゃっただけだから。ボクってえらい!
それにこれからは毎日、大好きな英智様とお姉様と一緒に過ごせるんだから、いくらでも抱きついたっていいんだよね?


「桃李がこんなに喜んでくれるなんて、僕も嬉しい限りだよ」
「英智様!ボクもっともっと頑張るね」
「ふふ 僕も負けていられないな。ほら、菫。大丈夫だったろう?みんな君を歓迎するに決まっているんだから」
「そうですね。でもお会いするまではとっても緊張してしまいました」
「可愛いね菫は。あれ?そういえば渉は?」


ふと顔を上げて振り向くと、
ロン毛の様子が変だ。
いつもおかしいんだけど、今日はとびきり様子がおかしいっていうか。お姉様を囲むボクたちfineの輪に一切入ってこないし、今だって数歩遠くからポカンとしたアホヅラでボク達を遠巻きに見てる。普段人一倍やかましい奴がこんなだと、さすがに気になるんだけど…
そうしたら、ボクと握手をしていたお姉様が
『桃李さん、ごめんなさいね』とそっと手を離して、ロン毛の方に歩み寄っていってしまった。そんな奴放っておいたって別にいいのに。



「あの、日々樹さん、ですよね。はじめまして。英智さんからお話しはとても良くお伺いしています。不束者ではありますがどうかよろしくお願いいたします」
「………おおっと、ふふふ。すみません。私とした事がご挨拶もせず」
「大丈夫ですか?どこか、お加減でも?」
「ええ、ええ。大丈夫ですよ。あなたという名の美しい雷に撃たれて少しばかり放心していただけですから⭐︎」
「???」
「恋に落ちる……とは言い得て妙ですよねぇ。まさかこの様な気持ちを味わうことになるなんて、思っても見ませんでした。流石は英智、サプライズも愛に満ち溢れていますね…」
「日々樹さん?」
「ええそうです!あなたの日々樹渉ですよ⭐︎」



うげ、なんだこいつ。
ついにおかしくなったんじゃないの?
急に元気になったロン毛がお姉様にどんどん詰め寄っていって、鼻と鼻がくっつきそうなくらい密着していく。
ボクはたまらなくなって、ロン毛の横っ腹に突撃して割って入ったんだけどお姉様もロン毛も、キョトンとした顔でボクを見下ろしてくるだけだった。
え、なんでそんな反応なの???
弓弦も見てないで止めてよ!
こら、見てみぬふりを止めろ!


「だめだめだめー!お姉様から離れてよ、日々樹センパイ。距離感おかしすぎ、馴れ馴れしすぎー!」
「おおおっと、…ふふふ。これは失礼しました。そうですよね、彼女は"fineみんなの"プロデューサーですもんね?姫君」
「くぅ…子ども扱いするなー!」
「ときに姫君や執事さんは、この方と初めてお会いした時に荒ぶる感情を覚えはしなかったのですか?」
「お姉様と初めて会った時?お庭で隠れんぼしたり〜すっごく楽しかったよ!」
「少なくとも初対面でそのような奇行に走った覚えはございませんね」
「なんと!お二人とも正気ですか?私の胸はたった今高鳴りに鳴りすぎてこんなにも張り裂けそうだと言うのに?」
「あぁ、それはおめでとうございます日々樹様。精々想いが伝わりますよう、頑張ってくださいまし」
「こらこらみんな。新人プロデューサーを置いてけぼりにしないであげて。まだ緊張してるんだから」
「嗚呼…重ね重ね失礼しました⭐︎ときに、女王陛下は演劇などにご興味は?」
「私、女王陛下なのですか?」
「ええ、ええ勿論。皇帝の隣に鎮座するのはいつの世も女王陛下と決まっていますので⭐︎」
「なるほど?」
「日々樹様。菫様がおおらかな方で本当によかったですね」
「演劇を鑑賞するのは大好きですが、私自身が舞台にあがった経験はありませんよ」
「なるほどなるほど⭐︎でしたら、これから女王陛下が舞台に上がられた場合、どのような演目であってもそれが処女作になるということですね!?Amazing…!なんと甘美な初体験でしょうか⭐︎」
「渉、菫に処女とか初体験とか言うのは禁止だよ」
「えぇ?だって英智、興奮しませんか?」
「そうだね。だから、駄目」
「それはそれは。失礼しました」
「お二人とも、差し出がましいようですが立派なセクハラでございますよ」
「心外だなぁ弓弦。僕はセクハラを未遂に終わらせたかっただけなのに。ね、菫?」
「英智さんすみません、あまりよく聞いていませんでした」
「なんと!!!聞きましたか英智!?彼女はもしかしなくとも才色兼備と天然に加えて、難聴の特性までお持ちなのですか???」
「僕と出会った時からこんな感じだから、そうなるね。のんびり屋さんなんだ。そこも可愛いだろう?」
「なんということでしょう…これは役柄がまとまりそうにありませんね…いっそ彼女の為だけに脚本を一から仕立て上げる方が早いでしょうか?腕がなりますねぇ〜フフフ、今年の文化祭は楽しくなりそうです⭐︎」
「ね、渉は面白いだろう?」
「はい、とても愉快な方ですね」
「菫様、適当な事は仰らなくてよろしいのですよ」
「いいえ、わかりますよ弓弦さん。fineはとても賑やかなグループなんですね」
「前向きに受け取っていただけて、何よりです」
「なに??なんて言ってるのさ???」



話の途中から、弓弦に両耳を塞がれてしまって何がなんだかわからない。四人ともなんだか楽しそうにおしゃべりしてるけど………なんでボクだけ駄目なの!?
涙目になってもがいていたら、
ようやく弓弦が解放してくれた。
主人になんてことするんだ!と
怒ってやろうとしたら
「無事ワイダンは終わりましたよ」
だって。なぁにそれ???
ボクがムカムカしてると、
お姉様がまたボクの手を握ってくれた。
嬉しくなって、顔をあげるとすぐ側に大好きな優しい笑顔。お姉様は小さな声で、ボクの耳にそっと囁いた。


「桃李さん。私実はまだ緊張しているんですが一生懸命プロデュース、頑張りますからね」
「ボクもうーんと頑張るよ!だからずっと見ててよね」
「はい、お約束します」
「この約束は、ナイショだよ?」
「内緒ですね、わかりました」


くすくすと顔を寄せ合って笑い合う。
これはボクだけのお姉様だ。
英智様とお姉様二人一緒に過ごせるなんて、こんなチャンス滅多にない。
この時間を絶対に、無駄にしたくない。
ボクは気がつくと、たくさん汗をかいてたけど、そんなの全然気にならなくて。
ただこの夏が永遠に終わらなければいいなと思った。










おしまい
✳︎fineとプロデューサーの出会い
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