会長と副会長の幼馴染はご令嬢
お昼ご飯何食べましょうか?
何食べましょうね?なんて。
菫先輩と二人、楽しくお話しながらガーデンテラスへ向かっていたら、重箱入りのお弁当と眠たそうな桃李くんを抱えた伏見くんと出会った。
聞けば、いつもの如くお弁当が嫌で桃李くん逃走。
伏見くんが探し回っている間に、桃李くんは1年生のみんなと学食を食べてしまいお腹いっぱいとの事だったので………なんの因果か恩恵か。
私と菫先輩とで、伏見くんお手製のお弁当をいただく事になった。
語彙力がなくて申し訳ないけど
これ本当に美味しい、すごく美味しい!
栄養バランスや彩りまでもが完璧に考えられた、愛情しかないこのお弁当が無駄にならなくて本当によかったとしみじみ噛みしめる。
愛情を注がれる桃李くんはお昼の日差しが気持ちよかったのか、伏見君のお説教にうんざりしたのか。いつの間にか、私の膝の上でゴロゴロと丸まってお昼寝してしまった。
ソファー席、気持ち良いもんね。
お行儀が悪いですよと、たしなめる伏見君の声ももう聴こえていないみたい。
向かいの席の菫先輩はきんぴらごぼうが甘くて
美味しいと、もぐもぐ微笑んでいる。
その隣の伏見くんもお料理を褒められたからか、いつもより笑顔がうんと優しい。
fineの皆さんの中でもこの二人だけが並んでいる所はとても珍しいのだけど、実はずっと思っていた事がある。面と向かって会話にするのは今回がはじめてかもしれない。
「初めて会った時から思ってたんですけど、やっぱり似てますね、菫先輩」
「どなたにですか?」
「伏見くんです」
「わたくし、でございますか?」
伏見くんのきょとん顔は珍しい。
ほうじ茶を淹れてくれていた伏見くんの手が止まり、二人はゆっくりと顔を見合わせ、そして微笑み合う。
その姿がもう既に似ているんだけどな。
二人が無言で微笑みあっただけで穏やかな空気がガーデンテラスに流れるのを感じた。
「そんな事はじめて言われましたね、弓弦さん」
「はい、わたくしも初めての事です」
ねーと顔を見合わせ小首を傾げ合う姿が正直なんといったらいいか……なんだ…それ。
そんなことをしてしまうのか、あなた方は。
破茶滅茶に可愛くてうっかり癒されてしまう。
マイペースというか、ロイヤルというか。
淑やかというか、華やかというか。
fineの皆さんの独特のノリは、
伏見くんも例外ではないのだなと思い知る。
菫先輩は多分この学院に来なくても元からこういう人なんだろうけど、流石fineのメインプロデューサーだなと変に納得してしまった。
「恐悦至極ではございますが、わたくし菫様のような人たらしではございませんし、方向感覚の狂いも全くないと思われますが?」
「えっ…めちゃくちゃ言われてますよ、菫先輩。いいんですか?」
「ご心配なく。菫様はたいへん寛容で慈悲深いお方なので、この程度でお怒りにはなりませんよ」
「いや、これは怒った方がいいですよ」
「? 何にですか?」
「いいです。私が怒っておきます」
「程々でお願い致します」
伏見くんはふふふと笑いながら、
"こちらも召し上がりますか?"と自分のお弁当箱にあったきんぴらごぼうを菫先輩に分けてあげている。
さりげない暴言にもまったく気付かず
"よろしいのですか?"と、嬉しそうに微笑む先輩は純粋無垢そのもので見ていて少し心配になった。
"また今度作って参りますね"だって。
失言とは裏腹に意外と仲良いの…かな?
気のおけない相手だから出るものだとしても、伏見くんのナチュラル毒舌がまさか先輩にまで及んでいるとは思わなかった。正直、口の悪さだけでいうと二人は全然似ていない。
いやでも、
菫先輩も幼馴染みのお二方相手にならこういう軽口を叩いたりもするんだろうか?
菫先輩に罵倒されたら、
天祥院先輩は心底愉快そうに微笑むだろうし、
蓮巳先輩はショックで何も言い返せ無さそうだ。日々樹先輩なんかは、きっと余計先輩に恋してしまいそう。
三年の先輩方はなかなかに特殊だから。
私は空になったお弁当箱を包み直しながら、
二人をよくよく観察し直した。
物腰の柔らかさや、所作の美しさ。
いつも静かに浮かべている微笑み。
涼しげな雰囲気、まなざしの優しさ。
でもそんな物はあくまで、
一端に過ぎないような気がする。
なんだろう、自分から言っておいて
いまいち明確に似ている点を伝えられない。
むむむ…と考え込んでいたら、
菫先輩がふーふーと湯呑みを持ち上げながら、
優しい笑顔で尋ねてくれた。
「あんずさんは、どのあたりが似ていると思われたのですか?」
「雰囲気…とか?ちょっと言葉にするのが難しいんですよね」
「私、弓弦さんのようにいつも凛とできているでしょうか」
「失礼ながらわたくし、普段このようにぽやぽやとしていた覚えが一切ございませんので、一体何時頃そう思われてしまったのか不思議でなりません」
「伏見くん、本当に失礼」
「ちなみにプロデュース中は、普段と違っていつも凛としていらっしゃいますよ」
「ふふ ぽやぽやって、可愛らしいオノマトペですね」
「はい。北斗様が以前、菫様を引き合いに出して仰っていたのをそのまま拝借させていただきました」
「ほ、北斗くんまで……すみません菫先輩。私の監督不行届です…」
「まぁ、どうされたのですかあんずさん。お顔をあげてくださいね」
「ああ…わたくしとした事があんずさんに頭を下げさせてしまいました。たいへん申し訳ございません」
「いや、謝るのそこじゃないでしょう…」
確かに北斗くんは普段から敬語がなかなかに使えていない。あの天祥院先輩にすらうまく使えないのに、菫先輩に使えるわけが無い。
日々樹先輩が菫先輩に愛だなんだと騒いでる時ですら、部長は一体この人の何をそんなに買っているんだ?とでも言いたげな顔をしているし、実際言ってしまったりする。
私の可愛い歳上の後輩が、2年に舐められ切っているのがなんとも言えずやりきれない。
ああ、どうかこの人の凄さが同級生達にはやく伝わってくれと心の中で祈りながら、私は二人に質問することにした。
「逆に、お二人自身は似ているなと思うところはないんですか?」
「うーん、ありますか弓弦さん」
「少し考えてみましょうか」
私のなんてことのない問いかけに対して
うーんと声を漏らし腕を組み、真面目な顔で考えてくれるあたりが二人ともやはり既に似ている。根が真面目なんだろうなぁ。
菫先輩と伏見くんは顔を見合わせながら、
口々に思い当たる限りの共通点を上げ始めた。
早押しのクイズ大会のようでもあるし、
子猫の命名式のようにひらめきに任せて
口々に話していくのが見ていて面白い。
私は膝の上ですよすよ眠る桃李くんの頭を撫でながら、それを傍観する側に徹させてもらった。
「弓弦さんもひとりっ子でしたね」
「菫様も右利きでございますね」
「敬語が抜けないところとか?」
「セーターの色がお揃いでございます」
「熱いのは、苦手でしたか?」
「恥ずかしながらわたくしも猫舌でして」
「肌が全然焼けないんです」
「赤くはなるんですけれどね」
「お掃除は私も好きですよ」
「どうかわたくしの仕事を取らないで下さいましね」
「私なんかでは弓弦さんには遠く及びませんよ」
「それからその………犬はお好きでしたでしょうか?」
「動物は大好きです」
「…左様でございますか。では会長様から人妻呼ばわりを受けたことは?」
「ひとづま?弓弦さん、英智さんに人妻と呼ばれているのですか?」
「ああ、この話は無かったことに。どうか忘れてくださいまし」
「なんか………結構、色々出ましたね」
「正直驚きました。些末な事ばかりではありますが、探してみれば以外な共通点があるものですね」
「とても興味深いゲームでした。今度は違う方ともぜひやってみたいです」
教えて下さってありがとう、あんずさん。と
満足そうに微笑む菫先輩は、心理ゲームか何かと勘違いしているようだった。
伏見くんは共通点があった事が不服だったのか、菫先輩のことを無表情で眺めてはいまだに小首を傾げている。そんなに嫌なの…?
そうするうちに、ふわ〜〜と。
可愛らしい声が真下からすると思えば桃李くんお目覚めのご様子。寝起きのふにゃふにゃとしたあどけなさのせいか、天使具合が30%程増していて本当に可愛らしい。
向かいに座るお二方の視線も、自然と桃李くんに集まる。その表情はとても柔らかで、どこまでも優しい。
「桃李くん、おはよう」
「んに〜、おはよぅ……あれ、ボク寝ちゃったんだっけ?」
「とてもよくお眠りでしたよ」
「時にぼっちゃま。お目覚めになられて直ぐで申し訳ないのですが、ひとつお伺いしたいことが…」
「えぇ?なぁにー?」
「坊っちゃまは、今までにわたくしと菫様が似ていると思われたことはございますか?」
「弓弦と菫お姉さまが〜?そんなのぜんっぜん!一回もないよ!だってちっとも似てないじゃん」
「左様でございますよね、ああ、よかった。流石は坊っちゃまでございます」
「なんなの〜?へんな弓弦。あ、でも一個くらいならあるかもね?」
「……誠でございますか?差し支えなければぜひご教授いただきたいのですが」
「しょうがないなぁ。教えてあげる!弓弦も菫お姉さまも、ボクのことがだいだいだーいすきなところ!だって、いつもボクの事ばっかり観てるでしょ?」
知ってるんだから!と。
この上なく可愛いドヤ顔で告げられてしまえば、異議など出る訳もなく。
菫先輩と伏見くんは目を見開いて、顔を見合わせる。このきょとん顔は、何度も言うけどやはりとてもレアで、珍しい。
「どうして出てこなかったんでしょう」
「まったくです。これもわたくしの不徳の致すところ…」
「一番の共通点でしたのに」
「ええ、仰る通りでございますね」
二人はまたもねーと小首を傾げて微笑みあう。
桃李くんは目元を擦りながら、何のお話してたのー?と私に聞いてくれたけど、桃李くんが可愛いという話をしていたと言う他、特に思いつかなかったのでぽんぽんと頭を撫でて適当にごまかした。
でもそうか。
なんとなくだけど、わかった。
菫先輩と伏見くんの一番似ているところは
この身に変えてでも守りたい、
大切な人が確かにいるところかもしれない。
それが強さで魅力で、二人の揺るぎない空気感を生み出している秘訣に思えてならない。
伏見くんにとっての大切な人は勿論、桃李くんだと言葉にしなくてもわかる。
それはもぅ、呼吸をするより当たり前なこと。
でも菫先輩にとっては、どうなんだろう。
それがfineやアイドルの皆さんを指すのか
はたまた、やっぱり、言わずもがな。
天祥院先輩と蓮巳先輩を指すのだろうか。
大切な人が一人でないといけないなんて決まりはどこにもないけど、菫先輩の一番大切な人が誰なのかは私だってとても知りたい。
いつかわかる日がくるんだろうか。
このまま側で観察していれば、いつか。
「むー…弓弦と菫お姉さま、なんだか距離近すぎない?ボクのことが一番大好きなんじゃないの?」
「はい、勿論。桃李さんが大好きですよ」
「えへへ、ボクも菫お姉さまのこと大好き!あ、下僕も大好きだから安心してよね?」
「あ、ありがとう…?」
「ちなみにわたくしは菫様の様に優柔不断で軟派な精神は持ち合わせておりませんので、今後もすべからく、坊ちゃまだけを愛しみお守りしていく所存ですよ」
「いや、先輩と張り合わなくていいから」
「えと…なんぱ…ってなぁに?」
「私、なんだか怒られてしまいました?」
「怒られているという自覚がお有りなら、上場でございますよ」
「ふふ、恐れ入ります」
「先輩はいいんですか?それで」
気がつけば昼休みもあと10分しかない。
菫先輩と桃李くんと別れて、2年の教室に戻る道中。やっぱりどうしても気になったので私は伏見くんに尋ねてみることにした。
「伏見くんは、なんでそんなに菫先輩に対してだけ当たりが強いの?」
「一体何のことでしょうか」
「うそ。ほんとに無自覚?」
「恥ずかしながらご指摘いただけるまで、まったく気にした事がありませんでした」
「まじか…」
「坊っちゃまも含め、fineのメンバーは全員といって良い程菫様に対して特別な感情を抱いていますからね。無意識のうちに、わたくしくらいは公平であろうとした意気込みが、言動に現れていたのやもしれません」
「伏見くんにとっては、特別じゃないの?」
「もちろん特別でございますよ。何者にも変えがたい大切なプロデューサー様です。もちろん、あんずさんも」
「そう思ってるのが微塵も伝わってこないんだけど」
「善処致しますね」
伏見くんは続けた。
『ですが、おかしいですね。これでも、菫様の事は心より尊敬して日々樹様のお言葉を借りるなら、それこそ"愛して"おりますのに。これでは執事失格でございます』
だって。
いつだったか聞いた事がある。
菫先輩はfineのプロデュース中誰よりも桃李くんを観る事に集中してレッスンを行なっているらしい。
桃李くんの声域、歩幅、スキルすべてを最大限生かそうと試行錯誤している姿をいつも側で見ていれば、伏見くんも自然と尊敬するようになったんだと思う。
そんな、大好きと大好きを詰め合わせたような
表情で言われてしまうとさっきまでの暴言の数々が霞んで霞んで仕方ない。
「先程の共通点を見つける遊びも、不思議と愉しく思えて仕方ありませんでした。わたくし個人としてはあの方と似ていると思う点は一切ございませんのに」
「あれ、楽しかったんだ…?」
「ええ、それはもぅ。発見が多すぎてわたくし少し動揺してしまいました」
「似てると思うけどなぁ、私は」
「もし会長と日々樹さまにあそこまで愛されてしまうのであれば、早急に辞退して逃げ出してしまいたいところですけれどね」
「伏見くんってさぁ」
「はい。なんでしょう?」
「もしかして、好きな子にはいじわるするタイプ?」
「………………好きな子というのが、生憎と坊ちゃま以外に直ぐ様思い浮かびませんが……貴女がそう仰るのなら、そうなのかもしれませんね」
伏見くんは依然小首を傾げていたけど、教室の前までくれば何事もなかったようないつもの笑顔で恭しく去っていった。
私は自然と馬鹿でかいため息をつく。
やはり菫先輩は人たらしみたい。
*おしまい
辛口執事と甘口プロデューサー
執事とお嬢様には不思議とならない関係