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会長と副会長の幼馴染はご令嬢






三限目。
身にならない割に語りの多い授業こそ昼寝と決め込んで、人通りのない廊下をひとり歩いていたら見知った人影が視界に入る。
無視する程不仲でもないし、
単純に物珍しくて俺は声をかけることにした。


「おいーっす」
「凛月さん、こんにちは」
「あんたもなかなか言わないねぇ」
「?」


えっちゃんがやけに大事にしているこの人は、心底嬉しそうな顔してこんにちはとお行儀良くご挨拶。ご機嫌ようじゃない所がポイント。
でも『おいーっす』はまだ一度も言ったことがない。いつか言う方に賭けてるんだけど、まだまだ浸透してないみたい。刷り込みが足りないのかな。まぁ、唯一の繋がりと言える紅茶部でも月に一度会うか会わないかの関係だから仕方がないか。今度まーくんに生徒会の方でもアピールして貰うよう言っておかないと。明日の朝お願いしよう。まぁ、覚えてたらだけど。

数歩近づいてよく見たら、
今日はやけに顔が青白い気がする。
この人からはいつも規則正しく生活してそうないい匂いがするのに、今日はちょっと不健康そう。普段からぼんやりしてるな〜とは思ってたけど、今日はぼんやりに磨きがかかってる。


 
「あんた、なんか眠そうだねぇ」
「はい。実は昨夜あまり眠れなくて」
「ふぅん」
「保健室に行こうとしていたのですが…」



"一体ここはどこなんでしょう?"なんて。
今まさに授業をさぼろうとしている俺に言われたって困る。
それにしてもなんて間抜けで、眠そうな顔。
普通の人でも夜眠れないことってあるんだね。
俺でいう昼間に元気いっぱいな感じ?
いろいろ抱え込んじゃってる風なこの人にとやかく言う気はないけど、プロデューサーがみんな"こんな"になっちゃうならさっさと働き方改革しなきゃだよえっちゃん。
くしくし目を擦るこの人を見ていると、太陽の差し込む真昼間、寝たくてもなかなか寝付けなくてどうしようもなく気怠い日を思い出した。
うんうん。眠いのに寝れないなんて、最悪だよね。誰よりわかるよ、その気持ち。



「俺も今から寝にいく所なんだけど、気持ちいいところ教えてあげようか」
「気持ちのいいところですか?保健室ではなくて?」
「着いてきてもいいよ〜」



返事も聞かずに適当に歩きはじめてから振り返ると、なんと大人しく着いてきてる。
親猫になったみたいで気分がいい。
黙って歩いている間もこの人は授業には出ないのかとか、どこに行くのかとか、本当に何も聞いてこない。
こういう所、実は割と気に入ってる。
歩くのが遅くて面倒くさいから手を繋ぐと、結構冷たくて驚いた。
あーあ、これじゃあ安眠できないわけだ。
昼寝のプロが言うんだから間違いない。
早く歩きすぎないように気をつけながら、
目的地に着くまでにこの人の手を少しでも温めてあげたくて、バレない程度に強く握りしめたけど、やっぱり何も言われなかった。


___ __ _
 



【昼寝にうってつけスポット俺調べ】は学院内にたくさんあるんだけど、今日はその中でもとっておきにご招待した。
校舎とガーデンテラスの間の雑木林の茂み辺り。ここはいいよぉ〜
歩いてる人からは見えないし
邪魔されずに何授業でも寝てられる。
昼休憩になるとガーデンテラスが
騒つき出して自然と起きれるから、
お昼ご飯には困らないし。
今の時間は木漏れ日が少なくて鳥の声くらいしかしないから、静かでちょっと涼しいし。
あー、すぐにでも寝れそう。
うーんと伸びをして
俺が先に地面に寝転ぶと、
この人も続いて俺の隣に腰掛けた。
ゆっくりと辺りを見渡してる間も
目が眠そうに細められてる。
もぅさっさと寝ちゃいなよ、無理しないでさ。


「ここが凛月さんの?」
「そ。気持ちいいでしょ?」
「そうですね。ここならゆっくり眠れそう」
「まぁ、俺はここじゃなくても寝れるんだけどねぇ」
「教えてくれてありがとう、凛月さん」
「どういたしました〜」
「それでは、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」


どこまでも律儀に挨拶した後、この人は無遠慮に芝生に横になって本当にすぐ瞳を閉じた。
制服が土で汚れるとか、ゆるゆるの三つ編みに枝や葉っぱが絡むとかはどうでもいいみたい。
お嬢様なのに、こういう所がギャップ萌えだよねぇ。
両手を胸の上に組んで、
規則正しく眠る姿はそれでも
やっぱりお嬢様らしいけど。
俺は横向きに寝転がって気まぐれに
この人の横顔を眺めることにした。
寝るまでの暇つぶしにはなるかと思って。
俺とは全然違う、
淡い色の髪や睫毛が風で揺れる。
顔が青白いのも相まって、
今にも死んでしまいそうに見えた。
このまま棺の中に納まるこの人を想像して、
綺麗だろうなとは思ったけど、やめた。
どこぞの吸血鬼でもあるまいし。
ちょっと洒落にならない。

俺の瞼が限界を向かえるまでぼんやり観察してたらふと彼女の睫毛が震えて、ゆっくりと目が開いた。
子猫みたいになかなか開ききらない感じが
いつもより幼く見える。
俺があんまり見つめるから起こしちゃったかな。でもそんなことある?


「眠れないの?俺はもう寝るけど」
「りつさん」
「あー寒いんだ。いいよ、おいで」


横になった状態で、腕を広げて待ち構えたら、
寝返りをうつみたいにしてコロンと俺のすぐ側まで近づいてきてくれた。
賢い賢い。
物分かりがよくて本当にたすかる。
淡い色の頭が俺の右腕に乗り、
体は腕の中にすっぽり納まった。
その上に俺の左腕を重くならない程度に乗せ
てあげれば、これでもう寒くはないでしょう。
俺の腕枕の居心地がよくて落ち着いたのか、この人はもう夢の中にいるみたい。顔を覗き込んで眉間に皺がよってないのを確認したら、俺までなんだかほっとしてきた。
冷えた体もこれなら流石に温まるでしょ。
距離がうんと近くなったせいで
さっきより美味しそうな匂いが強くする。
それでも今は食欲より睡眠欲。
少しづつあたたかくなる、この人の熱を感じながら俺は欲望に任せてうとうとと目を閉じた。


___ __ _




瞼の裏が血を透かしたように赤い。
憎たらしい眩しさのせいでふと目が覚めてしまった。
今ってだいたい何時くらいなんだろう。
日差しもきついし辺りがざわついて煩いから、多分もう昼休みかな〜
まだまだ全然気怠いけど、寝溜めできたから
午後はちょっとは頑張って出ようかな。
うーんと伸びをしたかったのに、どうにも体が動きにくくて視線を下に移すとえっちゃんのお姫様はまだ俺の腕の中ですやすや眠っていた。
俺よりねぼすけなんて、よっぽどだね。
腕おも……体いた……
昼寝はやっぱり膝枕してもらうか、一人でのんびりするに限るかな。
でもまぁいいか。
近いなーとは思ったけどあったかさが心地良くて実はこっちも離れがたい。
もう一眠りできそうなくらい。
あやうく目を閉じかけたら、
下の方からおはようございますって
かすれた声でまた丁寧に挨拶されてしまう。
やっと起きたの?知らないとは思うけどもうとっくにねぼすけ認定されてるよ。
普段とすこし違う、緩みきった笑顔が
歳上の割にちょっと幼い。
あ、そうかこの人俺と同い年だっけ。
俺もおはようと返事してからもそもそと腕を引いて、のんびりと起き上がる。
ぬくもりがほんの少し、名残惜しかった。
あくびをして長めの伸びをしていたら、ふと気になる。


たぶん、いや絶対。
過保護なえっちゃんは昼休みになっても教室に戻らないこの人を保健室まで迎えに行く。
そこでいないと知れたらどうするか……
俺は嫌な予感がしてちょっと早めに立ち上がった。
つられてこの人も立ち上がり、俺の服についた土だか葉っぱだかをぽんぽんと払ってくれた。
自分のことはどうでもいいみたいな所、
プロデューサーはみんなそうなの?


「そんなのいいのに。よく眠れた?」
「はい、とっても。本当にありがとうございます凛月さん」
「いえいえ。そういえば、えっちゃんには言ってからきたの?」
「はい、保健室で少し寝てきますと伝えてから教室を出ました」
「ふぅん。でもそれって三限の話だよね」
「あれ?そういえば今は何時なのでしょう」
「もう昼休みだよ。お腹すいた〜」
「まぁ。私そんなに寝ていましたか」
「そこらへんヘリコプターでも飛び回ってないといいけど」
「ふふふ。英智さんはそこまで心配性じゃないですよ」
「それ本気でいってるの?」
「でもほんとにヘリコプターが飛んできたら、とっても面白いですね」
「あんたも他人事だねぇ」


何がそんなに面白かったのか
口元に手を当てて、くすくす笑うこの人は
寝る前より随分顔色がよくなっていた。
絶対保健室よりよく寝れたよね。
俺にもっと感謝してほしい、もぅされてるけど。
髪に葉っぱが付いてたから、
いくつか取ってあげたらまた感謝された。
全部俺のおかげってわかってるんだ。
えらいえらい。
あんたなら、またここ使ってもいいよって
去り際に言おうと思ったけど、やめた。
そもそも寝不足にならない方がいいに決まってるし。
それでも眠い日は勝手にきたらいいんじゃない?
俺は当分はここで昼寝することに決めたから。
たまたま会えたら、またいっしょに昼寝しよう。今度は膝枕する側に回ってほしいけど。



俺だけ先に茂みから出てバイバイしたら
遠くからヘリコプターの音がしたような気がしたけど、それも全部気のせいにしよ。
めんどくさいなぁ、他所様の幼馴染みは。
俺とまーくんを見習ってほしい。
いまいち寝足りなかったのか、
その日一番大きなあくびが出た。








おしまい
*居心地の良い友だちの友だち
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