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会長と副会長の幼馴染はご令嬢

0.8 大和撫子談義





「大和撫子とは、貴殿のような方を言うのであるな」



放課後の貸し切られたレッスン室。
紅月の打ち合わせ最中に突然、神崎はうんうんと頷きながら感慨深い表情で独り呟いた。
次回のライブ演出や手配について話し合っていた最中だった事もあり、一体何を言い出すのかと俺は手を止め書面から顔をあげる。ほぼ同じタイミングで鬼龍も衣装を繕う手を止め顔をあげた。
『大和撫子』と突如謳われた当の本人も訳がわからなかったのか目を丸めてきょろきょろと大和撫子を探していた。
おぃ、探すな。貴様の事だろう。


「わたし、ですか?」
「うむ。その通りである!お噂は以前から伺っていたが、こうしてぷろでゅうすして頂く度、我は常々そう思っていた。転入まもなくfineと紅月双方を担当されながら、舞台配備から衣装に至るまで自ら手掛けられるとは。誠に恐れ入る」
「そんな、恐縮です。私はプロデューサーですので」
「その謙虚なお姿こそ、やはり大和撫子そのものであるな!我も貴殿に報いるため、更に精進してまいる」
「颯馬さんの方がずっと頑張っていますよ」
「ならばこそ、一層精進を続けるまで」
「程々で、お願いしますね」


鼻息荒く熱弁する神崎とは裏腹に、菫は微笑みながら、それでも居心地悪そうにアイコンタクトだけで俺に助け舟を求めてきた。
てっきり普段から褒められ慣れているとばかり思っていたので少々驚く。普段の英智や日々樹の方が、愛だなんだと余程喧しいだろうに。
いや、これは単に神崎の扱いがわからんだけか。
正直、俺を頼る姿は悪いものではないので、もう少し神崎を好きにさせておこうとも思ったが、「母親以外で大和撫子たりえる女性に初めて遭いまみえた」のだと、神崎は未だ興奮気味に菫に詰め寄っている。
他意がない事はよくよくわかっているが……
近いぞ神崎、もうすこし離れろ。


「神崎、雑談はその辺にして集中しろ」
「蓮巳殿や鬼龍殿もそう思うであろう?」
「くどいぞ」
「大和撫子のなんたるかは俺なんかにはわからねぇが、いつも頑張ってくれてるよ。大したもんだ」


そこで乗ってくれるな、鬼龍。
目を細め、さらりと。
精悍な表情で女性を真っ直ぐに褒める姿は、鬼龍がアイドル科に来た事が間違いではなかったと物語る。
屈託のない鬼龍の言葉に、菫もつられて「ありがとうございます」と素直に微笑んだ。
それを見て神崎も嬉しそうに頷く。
鬼龍と彼女は、クラスこそ違えど馬が合うようでレッスン外でもよく話している所を見かけてはいたが側から見ていて俺の胃が痛むことがまずない。これは単に日頃の信頼からくるものだろう。鬼龍の器の大きさと人徳に人知れず感服する。


すると途端に。
鬼龍の長い腕がすっと伸ばされ、まるで妹相手にするようにして菫の頭に優しく触れた。
広い手のひらが往復し、無骨な指が菫色の髪を梳く。
あまりに自然な動きに、菫もひたと停止して甘んじて受け入れているように見える。
人懐こい猫のように瞳を細めて、心地良さそうにしている様を素直に可愛いとは、今は。
不思議と思えそうにない。
人知れず、俺の眉間に皺がよった。
何を察したのか鬼龍は「あ」と俺を一瞥すると、漫画の登場人物のような古典的な動きでそろそろと手を引っ込める。
なんだ、その「あ」は。
俺はまだ一言も発していないだろう。


「悪い、蓮巳の旦那。弾みでついな。
 いつもよく頑張ってくれてるからよ」
「なぜそこで俺に謝る?」
「自分の顔見てから言えよ。そんなに駄目か?」
「安心しろ、これは生まれつきだ」
「そうかよ。あんまり妬いてると疲れるぜ」


誰が妬くか。
誰に妬く必要がある。
鬼龍が「同級生にする事じゃなかったな」と謝罪すると菫はふるふると首を横に振ってまた微笑んだ。
ほんの少しでいいから貴様も気にしてくれ。
鬼龍と菫が居住まいを正すと、何事もなかったように打ち合わせは再開されたが、その最中俺はひとり冒頭の会話を反芻していた。
 

一般に大和撫子とは
"容姿端麗・淑やかでいて温厚。才色兼備な日本女性"を現す訳だが………
ふむ、なるほど。
流石に褒めすぎかとも思ったが、わからんでもない。
確かに贔屓目抜きにしても、菫はプロデューサーとしてよくやってくれている。
英智の手で半ば強引に転入させられてきたようなものだが、彼女本来の資質がなければこの夢ノ咲学院でやっていけるはずもない。
幼い頃から側に居すぎたせいか、外見の良し悪しに関しては今更どうこう思う事もないが…
性格は慎ましやかで温和。
教養や感性においても申し分ない。
まじめに抜けた事を言うし、
八方美人すぎるのもたまに傷だが……
如何せん、それを口にした事が未だなかっただけで神崎の意見には俺も概ね同意だ。
10年来の幼馴染を後輩に褒められて嬉しく無いはずもない。だというのに、俺の眉間の皺は薄まる気配はなく。俺は再び打ち合わせを中断させるべく隣に座る彼女に声を掛けた。


「おい、菫」
「? はい」
「……まぁ、なんだ。
神崎のように、大和撫子という言葉を用いるつもりは毛頭ないが、貴様の頑張りは紅月全員が認めている。謙遜は美徳だが、もう少し堂々としていてもいいんじゃないか。自己評価が低いのは昔からお前の短所だろう。これを機にぜひ克服しろ」
「はぁ…」
「だとよ。よかったな」
「やはり蓮巳殿もそう思っておられたか!」
「……おいなんだ、その顔は。今までの流れで俺が一度でも否定したか?まぁ、肯定もしてはいないが。貴様も。もう少し素直に喜べ」
「はい、ありがとうございます敬人さん」
「まぁいい。脱線させすぎた。この話は俺が終わらせる。続けてくれ」
「なんだ。頭は撫でてやらないのか?」
「くどいぞ鬼龍」
「お前ら幼馴染みなんだろ。喜ぶだろうさ」
「人前でしないよう心がけているだけだ」
「ああ、そうかい」



花が咲くように笑うのだと。
英智は好んで彼女をそう形容するが、実際は俺の精一杯の褒め言葉にも所在なさげに目をふせてやさしく微笑むだけだった。
随分ひっそりと喜ぶものだから思わず呆気に取られる。
鬼龍や神崎のようにはいかないが、俺はもう少し人を褒める方法を学んだ方がいいらしい。
このくらいの事で笑うなら。










おしまい
✳︎ プロデューサーを褒める会
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