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会長と副会長の幼馴染はご令嬢

0.7 腕の中での部活勧誘





「ごめんなさい、日々樹さん」
「嗚呼、一体何を謝る必要があるというのでしょう!そんなこと仰らずに。さぁさ!演劇部の見学でしたらどうぞ奥までご自由に隅々まで」
「私、生徒会のおつかいでこちらにお邪魔していまして」
「お邪魔だなんて、とんでもない!永遠に居てくださって構いませんよ。今夜はここにお布団を並べて一晩中演劇について語り明かしましょうか⭐︎」
「急ぎ戻らないといけませんので」
「どうせここを訪れる前に右手の人に何か釘をさされて来たのでしょう?あの人は貴女の帰りが遅くなろうとも、せいぜい呼吸がままならなくなり窒息寸前まで陥るだけでしょうから放って置いても大丈夫ですよ。成否も生死も知りませんが⭐︎」
「所属する部活動もまだ決めれていないので」
「おやおや〜〜〜?悩んでいるということは演劇部に入る選択肢もまだお持ちのはずでしょう?ちなみにこちらが入部届になります。いつも制服の胸ポケットに忍ばせているのですよ。勿論サインだけでも結構ですからねぇ?部長ですのでなんとでもいたしましょう⭐︎」
「お誘いいただけて、とても光栄なのですが」
「Amazing……!私の方こそ、光栄の極み!学生生活最後に貴女の所属する部の部長を務め、あまつさえ共に同じ演目を演じ、同じ日に卒業できるのですから」
「私は、演劇部に所属はできません」
「……………………はぁ、そうですか」
「はい。ですから、ごめんなさい」
「貴女もとことん釣れませんねぇ…しかし、キッパリとしていながら毎度大変申し訳なさそうにしてくれる所も心から愛していますよ⭐︎」
「ありがとう、ございます?」



生徒会の私用で本当にたまたま部室まで赴いてくれた彼女を、精一杯の横行で引き留めるも惨敗。
押しに押して今日こそ丸め込みたかったのですが、彼女の強い意思を孕んだ美しい声と申し訳なく下げられた柳眉を見てしまえば、こちらも紳士に引かざるを得ません。
柔和な性格に反して、物事の是非を有耶無耶にしない姿勢には純粋に頭が下がります。
本日もまた部活勧誘に失敗。
これで16回目。
それでは17回目に挑むとしましょうか。


【 部活動の所属は絶対 】


このお誂え向きな校則にかこつけて、彼女をどうにかして演劇部に所属させたいのです。
彼女に一目出会えたあの日からずっと、私の頭の中では絶えずありとあらゆる舞台が展開され、演目が繰り広げられない日は無いのですから実現するための苦労は惜しみませんとも。
貴女にふさわしい役柄は、
私自らが筆を取り書き上げてみせましょう。
ああでも、脚本なんて二の次で、
解釈次第のアドリブ劇でも結構ですよ。
私は貴女という人そのものが、欲しくてたまらないのですから。



『 自覚がお有りでないようですが、英智が皇帝であることと同等に…嗚呼、涙が出る程にふさわしく……ただただあなたは女帝なのですよ。
冠を被りどうぞ厳かにこの部に鎮座してくれるのであれば、ただそれだけでいいのです。
貴女が立つに相応しい場所は舞台袖では無く此方側だと、賢い女王陛下なら既に気付いておいででしょう?さぁ、どうか。この道化の手をいっとき握り返しては下さいませんか 』
『買いかぶりすぎですよ』



以上、回想終わり。
勧誘第1回目にして、既に彼女に呆気なく振られた渾身の長台詞です。
練りに練った殺し文句だったんですが、こちらも彼女には全く刺さりませんでした。
なかなかいい出来だと思ったのに。
その場にたまたま居合わせた友也君には盛大にドン引かれてしまいました。
友也くん曰く、"愛が重い"のだそうで。
傷つきますよねぇ?
そもそも私の彼女への愛が軽いはずもないのに。
そういえば、あの時北斗くんにも真顔で何か言われましたっけ。


『その人は部長がそうまでして欲しがる程の人物なのか?関わりの少ない俺には到底理解できそうにないんだが…』


ですって。
理由を詳しく教えろとせがまれましたが、嫌ですね。
彼女の良さは語るに落ちます。
理由も何も私なんてそれこそ一目惚れでしたから?やはり北斗くんには女性を見る目がないのでしょうね。残念なことです。
さてさて、お次はどうしましょうかねぇ。
彼女はお急ぎのようですが、ほんの数分、数秒であろうとこちらはまったく手放したくは無いのです。
本日は趣向を変えて、泣きの演技でも挟んでみましょうか⭐︎



「それでは、私は失礼しますね」
「ああどうか、お待ちください女王陛下」
「はい。どうされました、か……?」
「おっと、すみません。貴女を想うと……感情が溢れて涙が止まらなくなるようです…」
「そんな、泣かないで日々樹さん」



手品とよく似たものでして。
感情を込めずともほんの少しグググと力を込めれば私の頬をぽろぽろ、はらはらと水滴が伝うんです。
お優しい彼女は驚いた様子で私に駆け寄り、ポケットからハンカチを取り出して優しく頬にあてがって下さいました。
至近距離で見つめる懸命でいて慈愛に満ちた表情に、思わず胸が締め付けられます。
私が芸達者なばかりにすみません。

ほろほろ涙を流しながら、彼女の肩に手を置きかるく力を込めるだけで、いとも容易く彼女は壁に背をつくので最後に私の両腕で彼女の退路を塞いでしまえば………はい!謂わゆる壁ドンの完成です⭐︎
まるで純白のベールのように私の髪が彼女の肌に降り注ぎ、私の鼻先が彼女の髪に触れて…
美術品や映画のワンシーン顔負けのこの上なく美しい光景だとは思いませんか?
たった今、貴女も等しくそう感じてくれればいいのにと強く望んでしまう程に。
吐息がかかるくらい近くにいるのに、貴女と私の関係が、未だただのプロデューサーと一介のアイドルだなんて。
そちらの方が余程泣けてきますよねぇ。
それでも貴女の視界一杯に、私の姿だけが映り込んでいるこの瞬間たるや、なんと甘美な時間でしょうか。どうか今は心の中でのみ、Amazingと叫ばせて下さい。ここで大声を出しては全て台無しですからね。



「日々樹、さん?」
「道化の私では、英智や右手の人のように貴女の特別にはなれませんか?遠く及ばないのであればどうぞそう仰って下さい。そうすれば潔く、そして美しく今この身を引くとしましょう」



顔を覗き込むようにして、努めてしおらしく耳元で囁く瞬間、駄目推しで一筋の涙を流すことも忘れてはいけません。
まぁ実際に舞台にあがる権利すらないと彼女に否定されてしまったなら、それは盛大に傷つくでしょうが…それでも蘇りましょう、愛故に。
太陽は日々沈み、そしてまた昇るのですから。
彼女はほんの少し黙りこみ、考えるような仕草をとった後、遠慮のない目で私をまっすぐ見上げてくれました。
この世全ての海と夜空を溶かしたような深い蒼の瞳は、澄んだ大空のような英智の瞳とはまた趣の違った美しい青を称えていました。
どうやら壁ドンには全くときめかれていないご様子ですが、それはそれとしてとてもいい眺めですね。
ああ、このまま唇を寄せたくなる程に。



「いいえ、日々樹さんはとても特別です」
「それは、英智や右手の人と同等に?」
「優劣をつける事が、私にはとても難しいのですが…そうですね。同じようにとても、大切に思っています」
「それでも、このまま側にいて欲しいと願えば貴女は困ってしまいますよね」
「いいえ、お側にいますよ」
「よろしいのですか?生徒会室に戻られなくても。お急ぎだったのでしょう?」
「日々樹さんの涙がこのまま止まらないのであれば、私はどこにも行きません。この場で出来る限りの事をさせていただきます」
「そうですかそうですか…………でしたら、こちらにひとつサインを」
「サイン?ですか?」



すかさず、胸元から入部届けとペンを差し出せば彼女は訳もわからないまま、おずおずと。小さく首をかしげ私を見上げ、ついにはペンをその手に取ってくれたのです。
嗚呼、何ということでしょう。
心臓の高鳴りのやかましいこと!
なんとか平静を装ってはみるものの、本日ばかりは自信もタネも仕掛けも足りません。
このままペンが走りインクが滲み、彼女そのものを表す美しい名前を書き記してくれさえすれば………いけません、彼女が手に入ると思うとつい身震いしてしまいますね。
入部も去ることながら、英智や右手の人と同じ舞台にあると聞けて内心舞い上がっている自分がいます。
あなた方幼馴染みはたいへん仲睦まじいので、妬けに妬けて仕方ありませんでしたから。出会い、過ごした時間は変えられずともこれから育むことは無限にできますからね。
残念なことにクラスも違いますし、レッスン外で側にいるにはどうしてもこの演劇部にお連れするしかありませんから。
どうかこれからは私の側に居てほしいのです。
今この時のように、出来うる限り側に。
ここにですか?と彼女が尋ねられた瞬間。



バタン。



やけに大きな音を立てて、我が物顔な北斗くんが部室に堂々の登場です。まぁ彼部員ですので、なんら構わないのですが。
北斗くんは切れ長の瞳をさらに細め、彼女を不躾な目でジロジロと一瞥したかと思えば、私の髪を引っ張りぐいぐいと、それはもぅ無遠慮に引き剥がしてきました。ああ、私にも痛覚が備わっていることをお忘れなく⭐︎



「挨拶が遅れてすまない。はじめまして、Trickstarの氷鷹北斗だ」
「はい、はじめまして。貫地谷菫です」
「貴女だったのか、三年の転校生は。話には聞いていたが会うのはこれが初めてだな」
「あ、あの日々樹さん、お辛そうですよ?」
「うちの部長が迷惑をかけたようですまない。用事があるなら、どうぞそちらを優先してくれ」
「日々樹さんは、大丈夫なのですか?」
「? ああ、泣かせておいて構わない。泣いているように見えるがこれは自由自在に起こせる発作のようなものだ。後は俺に任せてくれ」
「本当に、本当に大丈夫ですか?」
「本当に、本当に大丈夫だ」
「そうですか…、では私は失礼しますね」
「ああ。さようなら、3年のプロデューサー」



何か言いたげに私と北斗くんを交互に見つめた後、こくりと頷き彼女は一礼してから呆気なく扉をくぐり立ち去ってしまいました。
やはり、相当お急ぎだったのでしょうね。
そんな最中、私を優先して下さったんです。
今日は満足しないといけませんかね。
あの愛おしい人が、つい先程までこの腕の中にいたというのに今、ここにはドヤ顔を決める北斗くんと髪を掴まれたままの私しかいないだなんて。思い出すだけで胸がきゅうきゅうと痛み、馬鹿でかいため息をこぼさずにはいれませんでした。



「北斗くんのせいで、逃げられてしまったじゃあないですか。あと少しで入部届けにサインをいただけたのに………本当に空気の読めないお邪魔虫ですねぇ」
「俺には巨大な暴漢に女性が襲われそうになっていたようにしか見えなかった」
「壁ドンですよ、壁ドン。ご希望でしたら北斗くんにもして見せましょうか?全淑女が羨む、魅惑のシチュエーションですよ⭐︎」
「いや、遠慮する。あの人が魅了されている様には俺には見えなかった。それより、部長に聞きたいんだが」
「はいはい、なんでしょう?」
「あの人は本当にfineと紅月を手掛けるプロデューサーなのか?」
「ええ、紛う事なき我らがメインプロデューサーですよ⭐︎」
「そうか。その、あんなにぽやぽやとしていてプロデューサーとして大丈夫なのか?俺は初対面ではあるが純粋に心配になる。もしあれが婚姻届なら、あの人は完全に人生が終わっていた」
「ほほぉ〜?なるほど、どうして。北斗くんもたまにはいい事言いますねぇ」
「?」


フフフ、ぽやぽやですって。
北斗くんの語彙に危うく吹き出しそうになりましたが、確かにその手がありますねぇ。
あとほーーーんの少しでしたし、既成事実から始まる恋も何番煎じという感じですが、脚本としては悪くはないでしょう。
次があれば、ぜひ挑戦してみましょうか。
17回目の部活勧誘は、無事失敗。
18回目こそ邪魔が入りませんように。










おしまい
*日々樹渉はあきらめない
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