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憎しみも過ぎれば愛に見える(ハツザマ)

 肌寒さを感じて、合体ザマスは目を覚ました。薄ら目を開けると、ぼやけていた彼の視界は段々と明瞭となり、やがて無機質な天井が目に入る。
 まだ覚醒が浅い合体ザマスの思考は、ここはどこだ、と自問自答した。
 そして、ようやく彼は思い出す。ここは、監獄惑星のコアエリアであると。

「……っ!」

 合体ザマスは咄嗟に飛び起きて、警戒するように辺りを見回す。体に被されていたシーツがずれ、一糸纏わぬ裸体が露わになるが、彼はそれに構わなかった。

 彼のいる部屋は、便宜的に治療室と呼ばれていた。白い壁に囲まれたその部屋には窓がなく、部屋の中央にある処置台を取り囲むように機械がある。そう広くもないこの部屋には、隠れられるような場所もない。

 あのフューとか言ういけ好かない奴がいないのを確認すると、合体ザマスは少しだけ警戒を解いた。そして、治療を受けた右腕の状態を確かめる。顔の前で手を握ったり開いたりすると、わずかに筋肉が痛んだ。思わず舌打ちをした。

「まだ、治らないのか……!」

 呟かれた言葉には、隠しきれない腹立たしさと焦りが滲み出ていた。

 かつての合体ザマスの右半身は、肥大して紫色にただれていたが、今では元の大きさに戻り、肌色も戻ってきている。
 あのフューが行った治療の効果だ。フューに捕らえられたと分かったとき、合体ザマスは腸が煮えくり返りそうになるほどに激高したが、彼の確かな治療の腕を見てからは、大人しく捕まることを選んだ。

 合体ザマスはフューの目的が何なのかは分かっていない。だが、自分に向けられた彼の目が、実験動物に向けるものと同じであることには気がついている。どうやら完治した合体ザマスを利用して何かをしようと企んでいるようだが、むざむざ利用されるつもりはない。
 力が戻った暁には、有無を言わさず殺してやる。だから今は雌伏して機会が訪れるのを待つ時だ、と時々高ぶりそうな怒りを、彼は無理やり理性で押さえつけながら、フューの治療を受け続けていた。

「目が覚めたか」

 声がした方に顔を向けると、いつの間にか部屋の入り口に一人の男が立っていた。髪をオールバックにした、はだけた胸についた大きな傷が目立つ男だ。

「ハーツ……」

 合体ザマスの瞳に再び警戒の光が宿る。このコアエリアで出会った、ハーツという名の男。利害が一致しているので今は協力関係にあるのだが、だからといって信用はしていない。

「治療が終わったと聞いたので、迎えに来た」

 合体ザマスが用心深く睨み付けているにも関わらず、ハーツは旧知の友にあったかの如く、親しげな笑みを浮かべながら合体ザマスの元へと歩み寄る。

「ようやく肌も綺麗になったな」

 処置台のそばまで歩いてきたハーツはその場に立ち止まると、合体ザマスの露わになった上半身を上から下までしげしげと見下ろした。

「だが、まだ皮膚が薄いか?」

 ハーツは指で、合体ザマスの右肩をつっと撫でた。

「触るな!」
「おや、失礼」

 払いのけられるより早く、さっと手を引っ込めるハーツ。合体ザマスは腰の辺りにとどまっていたシーツを引き上げて、ハーツの視線から肌を隠そうとしたが、ハーツはそれを制して持ってきた服を差し出した。

「裸のままでは寒いだろう。着替えを持ってきた」

 差し出されたのは、眼帯と肩当てと白い衣服。合体ザマスは、じろっとハーツを睨むと、

「我の服はどうした?」
「君の部屋に置いてある。だが、あの服はボロボロだぞ? 君に似合いそうな服が手に入ったんだ。代わりにこの服を着るといい」
「いらん。どうせ人間が作った服だろう。そんな物を身に纏うくらいなら、裸でいた方がましだ」
「それは残念」

 合体ザマスは眼帯と肩当てだけ、ハーツの手からひったくると、手早くそれらを付けた。以前よりも回復しているとはいえ、完治はしていない。 右目は強い光を嫌い、肩はややもすると体幹から千切れてしまうことがある。

 不死身という、他の神も会得していない神秘の特性を持っているはずなのに、未だ不完全なままのこの体が苛立たしい。
 そして、自分をこのようなみじめな状態に追い込んだ人間と全王が、忌ま忌ましくて仕方なかった。

 眼帯と肩当てを付けた合体ザマスは、肩までシーツにくるまると、足を床に下ろす。そして、処置台から立ち上がろうとしたところで、ハーツがすっと手を差し出した。

「掴まるといい。まだ、完治していないんだろう?」

 眉間に皺を寄せた合体ザマスは握り返さない。ハーツは苦笑を浮かべながら、

「警戒しなくていい、何もしない。だがまぁ、まだまともに戦闘ができない体で、誰かがそばにいるのは落ち着かないだろう。勿論、君が嫌ならば無理強いはしないが……」
「……誰が!」

 まるで、自分がハーツを怖がっていると言われているようで気に入らない。容易に怒りが高ぶった合体ザマスは、吐き捨てながらハーツの手を力強く掴んだ。お前に対して恐怖していないという意思表示のつもりだったが、ハーツはむしろ面白そうに笑うだけである。この妙に余裕のあるハーツの態度が、合体ザマスをいつも不愉快にさせていた。

 手すりの無い処置台から、ハーツの手を借りて立ち上がると、合体ザマスは乱暴にその手を払った。やれやれと肩をすくめるハーツを無視して、合体ザマスは扉へ向かう。だが、右足を引きずった歩行は不安定で、簡単に倒れてしまいそうだった。

「肩を貸そうか?」
「いらん!」

 合体ザマスは無理やり足を進めたが、

「あ!」

 扉に辿り着く前にどさっと冷たい床の上に倒れてしまった。引きずっていた右足がもつれたせいだ。

「くっ!」

 無様な姿を晒してしまった屈辱。直ぐに両手を床について起き上がろうとしたが、右腕に力が入らず、がくっと崩れた体は再び床に倒れ伏すことになった。

「くそっ!」

 合体ザマスは怒り任せに拳で床を殴りつけた。

 忌ま忌ましい、忌ま忌ましい、忌ま忌ましい!

 心から憎しみが溢れんばかりに生まれ出てくる。

「大丈夫か?やはり、まだ一人で歩くのは難しいようだな」

 ハーツはそう言うなり、手に持っていた衣服を処置台の上に置くと、合体ザマスの返事も待たずに、彼を横抱きに抱き上げた。

「な! 貴様……!」
「暴れるな。部屋に運んでやる」

 ハーツはそう言うと、暴れる合体ザマスをしっかりとしっかりと抱き込み、そのまましっかりとした足取りで歩き出した。

「君がするべきことは、一刻も早く体を完治させることだ。感情のままに行動して、体を痛めつけるのは愚か者のすること。それは、君も理解しているだろう?  
 ――それとも、先程のような無様な姿を、オレ以外の奴にも披露するか?」

「……っ!」

 怒り任せに怒鳴りつけようとした合体ザマスだったが、ハーツの言葉を聞いて口を噤んだ。

 コアエリアには、合体ザマスとハーツ以外にもフューに捕らえられた者達がいる。だが、同じ囚人という境遇だからといって、合体ザマスには仲間意識はない。むしろ、敵対的と言ってもいい間柄だった。

 そのような連中相手に、地べたを這いつくばった姿を見せるのは我慢がならない。ハーツに言いくるめられた形になるのは不快だったが、合体ザマスは渋々運ばれることにした。

 合体ザマスの心の中では、消化しきれない苛々が燻っていたが、むしろハーツに自分を運ばせてやっているのだと思うことで自分の心を納得させる。
 ハーツはふっと笑うと、

「それでいい。どのような手段を取ってでも、怒りを抑えて冷静になるべきだ。怒りは原動力になるが、それだけで全王は倒せない。君の怒りを静める為だったら、オレは幾らでも従者になるさ」
「……」

 合体ザマスは眉間の皺を深くする。今のこの発言のように、ハーツは時折合体ザマスの考えを見透かしたような物言いをすることがある。一段高い高みから見下ろされているようで癪に障った。

「着いたぞ」

 合体ザマスに用意された部屋は、ベッドとクローゼットがあるだけの狭い部屋だ。石造りの薄暗い部屋の利点を無理やり上げるとしたら、窓から空を眺められるくらいか。ハーツはそっと合体ザマスをベッドの上に下ろして、ベッドの端に腰掛けさせる。

「っ!」

 ベッドに腰掛けた瞬間、右の足に痛みが走り、合体ザマスは苦痛に顔を歪む。思わず右の太股を手で押さえた。

「くそ……!」

 痛みが契機となって、心の中に押さえ込んでいた憎悪が再び溢れだす。その憎悪は、未来の世界で自分に刃向かった人間に強く向けられた。

 ――絶対に殺してやる。贖罪の機会すら与えない。神に刃向かった挙げ句、自分にこのような屈辱を与えた人間には、億千の苦痛を味あわせてやる。

 特に、人間の分際でありながら、神器ポタラを使って生まれた、あの蒼い髪の――。

 今まで一日たりとも忘れたことがない人間の影が、脳内でちらついた。

「もういい! 下がれ!」

 合体ザマスはハーツに怒り混じりの態度でそう命じるが、彼はその場から動こうとしない。
 苛立った合体ザマスは顔を上げる。その目に映ったのは、いつの間にか笑みを消し、無表情のまま合体ザマスを見下ろすハーツの姿だった。

「――君の心には、いつもその男がいるな」

 その呟きは、合体ザマスの耳には届かなかった。ハーツはその場で跪くと、合体ザマスの右手を両手でそっと握る。

「!? 何を……!」

 驚いた合体ザマスはその手を振り払おうとしたが、ハーツの手を握る力はそれを許さぬほどに強く、そしてその眼差しは合体ザマスの動きを止めるほどに真剣なものだった。

「ザマス。全王を倒す為に、君とオレは手を組んだ。その目的以外で、オレが関わるのを君は快く思わないだろうが、だからといって、君の心が憎悪に囚われているのを、そのままにしておくつもりはない。
 君が人間から受けた屈辱は計り知れない。君の心を自由にする為に、人間への復讐が必要と言うのならば、オレは手を貸そう。
 そうすれば――」

 合体ザマスの手を握る力が、更に強まった。

「そうすれば――君の心に居座る人間を消すことができる。そうだろう?」
「……」

 虚を突かれた合体ザマスは、返事をするのも忘れてハーツの顔を見返していた。

 確かに、人間に復讐ができれば、さぞかし気が晴れるだろう。心に燻っている憎しみも霧散するに違いない。

 ……だが、ハーツがそれを望む理由は何だ?

 合体ザマスとハーツには、全王の打倒という共通の目的はあるが、人間に対しての扱いは完全に異なる。合体ザマスにとって、人間というのは抹殺すべき対象だが、ハーツは違う。全王を打倒する為に人間に危害を加える必要があるならば、容赦なく刃を振るう奴だが、不必要な犠牲は好んでいない。

 むしろ、全王を倒す理由を『全人類の自由の為』と語っていたので、どちらかと言えば人間寄りの考えを持っていると思っていたのだが……。

 合体ザマスは、ハーツの言葉の奥にある真意を分かっていない。向けられた好意を微塵も理解できていない彼の頭には、疑問符だけが浮かんでいる。そんな彼を見つめていたハーツは、やがて溜め息をつくと、手を離してゆっくりと立ち上がった。

「まぁ、今はまだいい。時間はたっぷりあるんだ。ゆっくりと理解していけばいい」
「……? 何をだ?」

 不思議そうに小首をかしげる合体ザマスを見て、ハーツは苦笑したのだった。
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