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名推理と恋愛成就のルール(ハツザマ 現パロ)

 それから五日後。

 そろそろ桜の木も色づくようになった頃。暇を持て余したハーツが、所長室の窓から階下の桜の木を眺めていたとき、ゴジータから電話がかかってきた。

 電話に出ると、挨拶もなしにゴジータが本題に入る。

『捜査の結果、被害者が隣県にあるホームセンターで、練炭や七輪を買ったのが確認できた。現場になった車の近くにある茂みから、被害者の指紋がついたライターも見つかったらしい。
 あんたの予想通り、あれは自殺だ』
「やはりな……」

 どうりで犯人が見つからなかったわけだ。

 ハーツは胸の中でこっそり呟いた。

『よくわかったな。見かけは明らかに他殺だったのに』
「地道な調査と優秀な助手のおかげだ」
『でもよ、車は外側からガムテープで目張りされてたんだろう?  
 被害者が犯人として、それはどうやったんだ? 車の中からはもちろん目張りされないし、外から目張りしたら車の中に入れないだろう」
「おそらく、車の扉を開けたままでガムテープを窓硝子の縁に貼って、車の中からその扉を閉めたんだろう。
 そうすれば、見かけ上は外から目張りされているように見える。
 おそらく、ガムテープの粘着は弱かったとは思うが……被害者がそこまで考えていなかったか、もしくは救助で扉を開けた際のどさくさで、わからなくなることを期待したか」

 ハーツはスマートフォンを片手に、執務机に着席した。マウスを動かして、ノートパソコンのデスクトップにあるファイルを開く。

 映し出されたのは被害者……いや、犯人の写真。

『自殺の原因は……考えるまでもねぇか』

 ハーツは無言で同意した。

 おおかた、不倫がバレて離婚騒ぎが起こっているごたごたの最中、後輩達からパワハラで訴えられて会社を辞めざるを得ない、そんな孤立無援の状況に追い込まれたのが原因だろう。

 ハーツが話を聞いた限り、犯人は急速に悪化した対外状況に狼狽を隠せず、なりふり構わず不倫もパワハラも否定していたようだ。

 もっとも、積み重なった証拠を前に、犯人の戯れ言は一蹴されたようだが。

 積み重なった証拠のうち、幾何かを提供したハーツとしては、後味の悪い物を感じないわけではないが――。
 犯人が頭を殴られて入院していた時、ハーツは調査の結果を報告するために、病室で彼と対峙した。

 不倫されたことを知った妻が離婚を望んでいること、犯人が不倫相手に結婚をほのめかしていたのを聞いた人物を見つけたことを告げると、犯人は目に見えて狼狽えた。

 最初は白々しく否定しようとしたが、それが無理だと悟ると、犯人は何度も『妻を愛している! 離婚したくない! あいつには、子供を堕ろさせたことを謝る! だから助けてくれ! どうにかしてくれ!』と叫んでいた。

 自分勝手なことばかり言うな、相手の意思を尊重しろと強い口調でハーツが諭すと、被害者は項垂れて何も言わなくなり、その後はハーツが促すまま、離婚にも示談にも応じた。
 それで、てっきり心から反省したと思っていたのだが――その結果がこれだ。

 おそらくは、犯人は他殺を疑わせる状況の中で自殺をすることで、あわよくば誰か――おおかた、妻か不倫相手を陥れられればいいと考えた、というところか。

 もしかしたら、自分を追い詰めた後輩達への意向返しも含まれていたかもしれない。

 あくまでハーツの推測だ。
 実際の所、犯人がどういう思考の末にこの結論に辿り着いたのか、相手の心を読む能力を持つハーツといえど、写真に写る犯人を前にしても、何もわからなかった。

 だが、これだけは言える。

「自業自得だ」

 人間は自由であるべきだという信条を持つハーツでさえ、愛していると叫びながら、相手を傷つけるような真似をする犯人には、少しも同情もできなかった。

 決定的に利害が対立していて、折り合いを付けることもできず、相手を殺さなければ理想が成就しない――そんな、四方八方が詰んでいる状況でもないくせに。

『日記には、神様助けてくださいって記述があったらしいぜ』
「神が人間を助けるわけがない」
『さすがの神様も、そんな手前勝手な願いを託されたところで、どうにもならなかっただろうしな。
 なにはともあれ、これで事件は解決。周りは後腐れがなくなって、ほっとしただろうよ』
「だろうな」

 伝えたいことだけ伝えると、ゴジータはさっさと電話を切る。

 忙しない男だとハーツは苦笑した。

 スマートフォンを机の上に置いて背伸びをすると、

「これで事件解決だ」
「私の推理通りだったな」

 ハーツの執務机のすぐそばで、二人の会話を聞いていたザマスは、胸を張ってそう言った。

 そして、ハーツが操作しているノートパソコンを覗き込むと、侮蔑の色で満たされた瞳で写真の中の犯人を睥睨する。

「おぞましい人間めが。神が人間に与えてくださるものは、人間が欲しいものではなく、必要なものだ。
 個人の色欲を満たすためだけに神を求めた挙げ句、神の教えに背く自殺をするとは……人と呼ぶにはおこがましい。獣にも劣る男だ」
「犯人が自殺を選んだのは残念だが……まあ、ある意味、人間らしい最後ではあるとオレは思うがな」
「自殺がか?」
「ああ。なぜなら、神は自殺できない。人間だけができる死に方だと言うだろう?」
「馬鹿か。しないことをできないとは言わない。詭弁だ」

 ザマスの眼差しが険しくなる。この状態になったザマスは、神を馬鹿にされたと怒るか、神の偉大さわからせるために語り出すかのどちらかだ。

 どちらも勘弁して欲しいハーツは、少し本音を言い過ぎたかなと後悔したが、予想に反してザマスの方から話題を変えた。

「お前の無神論は追い追い是正していけばいい。

 それより、私の優秀な頭脳により、事件は解決した。

――わかっているな?」

 そして、ハーツに向けてずいっと手を差し出した。

 ハーツは微笑みながらその手を取ると、そのまま手のひらに口付けをした。

「違う! そうじゃない!」

 ザマスはやや顔を赤らめながら、勢いよく振り払う。

「わかっている。給料のことだろ?」

 ザマスがさらに喚く前に、ハーツが言葉を重ねる。

 引き出しを開けて分厚い紙袋を差し出すと、何かを言いつのろうとしたのにそのタイミングを失ってしまったザマスは、不満げに口を閉じつつもその封筒を受け取った。

「ザマス。少し先の話だが、9月頃、一緒に旅行に行かないか?」
「その月は出かける予定がある」

 封筒の中身を確認していたザマスは、ハーツを見やることなく切り捨てるように答えた。

……旅行の目的は、神学の学会に参加。一緒に行く相手は、大学の神学部で助手をしているシンという男か。

 さらっと心を読んで情報を盗み出したハーツは、さてどうしようかと思案する。

 旅行の目的が神学のためというのも気にくわないし、相手が神学部の助手だというのも気にくわない。

 どうにかして旅行そのものを止めさせたいハーツは、頭の中で旅行を中止にさせる策を練り始める。

 だが、ふとその後に”聴こえた”ザマスの心の声に、意識を持って行かれた。

「ザマス、引っ越しをするのか?」
「また勝手に私の心を読んだのか、お前は。
――そうだ。そろそろ貯金も貯まってきたから、ひとり暮らしをしようと思ってな。両親もようやく説得できた」
「どこに引っ越すつもりだ?」
「大学の近くにしようと思っているが……ああ、そうだ」

 ふとザマスは顔を上げると、

「来週の金曜だが、その日は事務所に来られないかもしれない」
「何故だ?」
「別のバイト先に、辞めると伝えてくる」
「へぇ」

 にわかにハーツの声が弾んだが、そのわずかな変化にザマスは気が付かなかった。

「辞めるのか。なんでまた?」
「金を稼ぐために仕方なく始めたバイトだ。ここよりも割りが悪いから、続ける意味が無い」

 来週の金曜のことを思ってか、ザマスは面倒そうな顔をしている。

 ザマスは、身の回りのものに関しては質素な生活を送っている。高価なものは好まず、派手な買い物はしない。

 だが、彼が傾倒している神学に関しては別だ。

 神学の学会には高校の頃から参加しているし、場合によっては国外の学会にも参加している。神学の本は手当たり次第に買っていて、それだけでも学生にとってはかなりの金額になっているはずだ。

 そのザマスが別のバイトを辞めて、助手の仕事だけに絞るというなら――。

「これで、何があってもうちを辞めづらくなったな」

 計画通りの展開になり、ハーツは小さな声で実に満足げに呟いた。

 金勘定に集中していたザマスは、その言葉に気が付かない。

 やがて、いつも通り給与明細よりも多い金額が、封筒に詰め込まれていたことを確認し終えると、

「紅茶を淹れてくる」

 機嫌をよくしたザマスは、所長室を出て給湯室に向かう。



 ザマスは知らない。

 今、ザマスが無意識の内に心の中で呟いた引っ越しの候補先を、ハーツが調べていることを。

 その候補先すべてに、入居希望のメールを送っていることを。

 少し先の話だが、後にザマスは希望していた物件が、すべて先約で埋まった事実を知る。

 その時、ザマスのことを気の毒に思ったハーツから、やけにハーツの家に近い物件を薦められるのだが――



 給湯室で、銀色に光る紅茶缶を手に取りながら、今日はどの茶葉にしようか考えているザマスには、知るよしもなかったのだった。

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