名推理と恋愛成就のルール(ハツザマ 現パロ)
「……お久しぶりです。その節は、お世話になりました。
もしかして、あの人の件で……そうですか、やはりそうですか。
話を聞かせて欲しい……?
……わかりました。あなたにはよくして貰ったので。それに、あなた相手に嘘をついても見抜かれそうな気がするから。
昨日は用があってあの家に行ったんです。用が済んだらすぐに帰るつもりだったんですけど、たまたま帰る間際にあの家のガレージで、あの人が車の後部座席に座っているのが見えたんです。
最初は無視して帰ろうと思ったんですが、車の中で微動だにしなかったから、なんか変だなって思って……。
外から窓を叩いたんですがまったく反応がなくって……。これはおかしいと思って、急いで救急車を呼んだんです。
……はい、それは警察から聞かれました。
扉が開かなかったから、私はずっと車の前にいました。中に入ってないし、動揺してたのもあって、車の中に何があったかは覚えていないです。
……何度も警察にはそう言ったんですけどね。あまり、信じていないような雰囲気でした」
「お母さん。いいの、その人は。前、お世話になった方だから。
……すみません、母が。私が馬鹿なことをしたせいで、記者に絡まれてしまって、情緒が不安定になっているんです。
私に話ですか?
……どうぞ。散らかってますが、上がってください。
……母さん、落ち着いて。私があの人が妻子持ちだことを知らなかったのを証明してくれたのは、この人なのよ?
……度々、母がすみません。
……はい、昨日は14時頃に近所のスーパーに食材の買い出しに行って、その後はずっと家に居ました。
一応、母と一緒にいたんですが……身内はアリバイの参考人にはならないんですよね?
聴取が終わったら家に帰して貰いましたが、警察はやっぱり私を疑っているような雰囲気でした。
……無理もないとは思いますが」
探偵事務所コアエリアの所長室には、来客と面談するためのソファセットがローテーブルを挟んで向かい合わせに並んでいる。
たまに、ハーツに昼寝用のベッド代わりにされているその黒い革張りのソファのひとつに、今はゴジータがリラックスした様子で腰掛けていた。
ジーンズにミリタリージャケットというカジュアルな服装の彼は、出された熱々の紅茶を啜るように味わっている。
「一昨日の昼の13時頃、男が自宅のガレージに駐めていた車の中で、死んでいるのが見つかった。
見つけたのは、その妻だ。正確には『元』妻だが。
死因は一酸化炭素中毒。車の窓は外側からガムテープで密閉されていて、中には七輪もあった。
車には鍵がかかっていて、救急隊は被害者を助け出すために車をこじ開けたらしい。
今、刑事課の連中が家宅捜索をしてるが、遺書は見つかっていない。
だが、被害者は最近、妻に不倫が見つかって離婚騒動になっているし、勤め先でもゴタゴタを起こしているから、それを踏まえて考えれば、被害者が自殺に踏み切っても不思議じゃない状況だった」
「しかし――」
向かいのソファに座って、自分で淹れた紅茶を飲んでいたザマスが口を開いた。
「警察は他殺を疑っている、と?」
「ああ」
ゴジータは頷きながら、
「機捜が現場になった車の中を隅々まで調べたんだが、七輪に火を付ける道具が見つからなかったんだよ」
「なるほど」
ザマスの瞳に侮蔑の色が差す。殺人などと言う、神の教えに背くことを平気で起こす人間に対する侮蔑。
人が死ぬのも殺されるのもどうでもいいが、神が人間のことを考えて授けてくださった教えを蔑ろにされるのは、我慢がならなかった。
「容疑者はわかっているのか?」
「動機だけで考えれば、怪しいのは妻か不倫相手。
さっきも言ったように、妻は妊娠していた時から不倫されていた。離婚はしたようだが、恨みは残っててもおかしくない。
不倫相手は、被害者に妻子がいるの知らされていなかったらしい。
妊娠して、それを告げたら被害者は自分が妻帯者であることを知らされて、堕ろすことになった。
不倫相手の方は、それを恨んで被害者をバットで殴って一度逮捕されているから、容疑者の中では最も怪しいな」
「ん? その不倫相手は、もう釈放されているのか?」
「ああ。不倫相手の境遇に同情したどこかの探偵さんが、腕の良い弁護士を付けてくれたおかげでな。
自首したことと、起訴前に被害者側と示談をまとめたこともあって、一度拘留されたが、その後の延長請求は認められなかったんだよ」
「だが、その結果がこれか。
もし仮に、犯人が不倫相手だったら、そのどこかの探偵の面目は丸つぶれだな」
どこか面白そうにザマスは言う。
ゴジータはソファの背もたれにもたれ掛かりながら、
「だから、そのどこかの探偵さんに頼んだんだよ。事件の解決を。
心の声が聞こえるならすぐに犯人がわかるし、もし不倫相手が犯人だったら、自分のやらかしの尻拭いにもなるからな」
「それで……」
ザマスはティーカップをローテーブルの上に置くと、鼠をいたぶって遊ぶ猫のような、意地の悪い瞳を自分の背後――執務机で頬杖をついているハーツに向けた。
「どうだったんだ? 容疑者の二人には会えたんだろう?」
ハーツはちらっとザマスの方に視線を向けると、
「キミの期待を裏切って悪いが、不倫相手は犯人じゃない。突然の事件に驚き、かつ自分が疑われている状況に怯えているのが”聴こえた”」
「なら……」
「だが」
ザマスの声を遮って、ハーツは言葉を続けた。
「妻も犯人ではなかった」
その言葉には、ザマスだけではなく、ゴジータも驚愕して紅茶を飲む手を止めた。
思いがけない返答を聞いたゴジータは、確認するような口調で、
「違ったのか?」
「ああ。被害者が死んで清々しているという声は、散々聴こえたがな。
もしかしたら、容疑者達の近親者が犯行に及んだのかと思って、無理を言って会わせて貰ったが、そちらもハズレだった」
「おい、ちょっと待てよ。なら誰が犯人なんだ?」
「それはこっちの台詞だ。
キミが、犯人は妻か不倫相手で間違いないと言うから直接会ってみたのに、結果はこれだ。
改めて聞くが、他殺で間違いないんだな?」
「ライターとか火を付ける道具もなしに、人間が練炭に火をつけるのは無理だろ」
「車のシガーソケットは?」
「なかった。
それに被害者の日記が見つかっている。中には被害者が最近誰かにつけられたり、部屋に忍び込まれたりしていたと記されていたらしいぜ」
ハーツは頬杖を止めて、腕組みをしながら、
「その、部屋に忍び込まれていたと言う件なんだが、妻はまったく気づいていなかったぞ。
話を振ってみたが、そもそも夫が日記を書いていたことも知らなかったらしいし、むろん、妻も忍び込んだことはないらしい」
「刑事課の連中が言うには、日記の日付はせいぜい一週間前。つい最近書き始めたらしい。 だから、離婚して別居した元妻が知らなくても無理はねぇと思うが……」
ザマスが口を挟む。
「離婚して別居しているなら、なぜその妻は被害者の家にいたのだ?」
答えたのはゴジータだった。
「引っ越すときに持って行き忘れた荷物を取りに行ったらしい。
なんでも、衝動的に家を飛び出して実家に帰ったから、荷物の殆どを置いていったと証言しているらしいぜ」
「何を取りに戻ったのかは聞いたのか?」
「確か、アルバムとか思い入れのあるアクセサリーだとか言ってたかな」
「ハーツ、それは間違いないのか?」
ザマスが肩越しにそう問うと、ハーツは頷いた。
「そう“聴こえた“から間違いないだろう。
妻は忍び込んでもいないし、跡をつけたりもしていない。
不倫相手も同じだ。
ここ一週間はずっと家に居たと言っているし、間違いないだろう」
ハーツはゴジータに視線を向けると、
「なあ、他に怪しい人物はいないのか?」
ゴジータは困ったように後ろ頭をかきながら、
「そう言われてもな……。捜査を担当している奴らも、妻と不倫相手を重要参考人として考えているっぽいし……」
ふと疑問が生じたザマスは、ハーツに尋ねた。
「先程、お前達が言っていた、会社でのごたごたとはなんだ?」
ザマスの言葉を聞いたハーツは肩をすくめると、
「離婚で揉めていた頃と同時期に、会社の方でも問題が起こっただけだ。
どうやら、後輩達に慕われていなかっただけではなく、かなり『先輩』という立場を利用してあくどいことをやっていたようで、パワハラ騒ぎにまでなったようだ」
被害者の会社でそのようなことが起きた要因のひとつとして、調査をしていたハーツがそれとなく被害者の上司に、その事を仄めかしたからなのだが、それは今回の件とは関係ないだろうと思い、ハーツは黙っていた。
「ふん。ゲスだな」
話を聞いたザマスは顔を顰めて、不快さを押し流すように紅茶を飲んだ後、
「犯人の有力候補だった二人が違うとなると、現状、可能性が高いのは会社関連の人間だろう。
被害者が勤めていた会社の中で、特に被害者に恨みを持っている人物を調べてくればいい」
その言葉を聞いたハーツは、意外そうに顔を上げてザマスの顔に視線を向ける。
「どうした? いつもなら、一円の得にもならないことをするな、私がしなければならない事務処理が増えるだけだと文句を言うのに」
ザマスは心外だと言わんばかりに口をへの字に曲げていると、
「白々しい。
どうせ私がそう忠告したところで、調査はやめないくせに。
私も鬼ではないから、私の給与が払われる限りは口を出さないことに決めただけだ」
ハーツは驚いて目を丸くするした後、満足そうに、
「オレのことを、よくわかっているじゃないか」
あのザマスが自分のために一歩引くなんて。この調子で、神学の道に進むのも諦めさせたい。
機嫌が良くなったハーツは、ゴジータに顔を向けると、
「というわけで。早速、捜査本部から会社関係の怪しい人物を聞いてきてくれ」
「はあ? オレがするのかよ?」
「キミが持ってきた依頼だ。証拠隠滅を図られたら、犯人がわかっても動けなくなるかもしれないから、早急にな」
「オレは今日休みだぞ!?」
「捜査一課にいるキミの後輩は働いているんだろう? なら問題ない」
涼しい顔をしてハーツがそう言うと、額に青筋を浮かべたゴジータはがしがしと頭をかいて、
「あとで飯を奢れよ!」
「もちろん、わかってるさ」
足音も荒く事務所ゴジータを、ハーツは笑顔で見送ったのだった。
もしかして、あの人の件で……そうですか、やはりそうですか。
話を聞かせて欲しい……?
……わかりました。あなたにはよくして貰ったので。それに、あなた相手に嘘をついても見抜かれそうな気がするから。
昨日は用があってあの家に行ったんです。用が済んだらすぐに帰るつもりだったんですけど、たまたま帰る間際にあの家のガレージで、あの人が車の後部座席に座っているのが見えたんです。
最初は無視して帰ろうと思ったんですが、車の中で微動だにしなかったから、なんか変だなって思って……。
外から窓を叩いたんですがまったく反応がなくって……。これはおかしいと思って、急いで救急車を呼んだんです。
……はい、それは警察から聞かれました。
扉が開かなかったから、私はずっと車の前にいました。中に入ってないし、動揺してたのもあって、車の中に何があったかは覚えていないです。
……何度も警察にはそう言ったんですけどね。あまり、信じていないような雰囲気でした」
「お母さん。いいの、その人は。前、お世話になった方だから。
……すみません、母が。私が馬鹿なことをしたせいで、記者に絡まれてしまって、情緒が不安定になっているんです。
私に話ですか?
……どうぞ。散らかってますが、上がってください。
……母さん、落ち着いて。私があの人が妻子持ちだことを知らなかったのを証明してくれたのは、この人なのよ?
……度々、母がすみません。
……はい、昨日は14時頃に近所のスーパーに食材の買い出しに行って、その後はずっと家に居ました。
一応、母と一緒にいたんですが……身内はアリバイの参考人にはならないんですよね?
聴取が終わったら家に帰して貰いましたが、警察はやっぱり私を疑っているような雰囲気でした。
……無理もないとは思いますが」
探偵事務所コアエリアの所長室には、来客と面談するためのソファセットがローテーブルを挟んで向かい合わせに並んでいる。
たまに、ハーツに昼寝用のベッド代わりにされているその黒い革張りのソファのひとつに、今はゴジータがリラックスした様子で腰掛けていた。
ジーンズにミリタリージャケットというカジュアルな服装の彼は、出された熱々の紅茶を啜るように味わっている。
「一昨日の昼の13時頃、男が自宅のガレージに駐めていた車の中で、死んでいるのが見つかった。
見つけたのは、その妻だ。正確には『元』妻だが。
死因は一酸化炭素中毒。車の窓は外側からガムテープで密閉されていて、中には七輪もあった。
車には鍵がかかっていて、救急隊は被害者を助け出すために車をこじ開けたらしい。
今、刑事課の連中が家宅捜索をしてるが、遺書は見つかっていない。
だが、被害者は最近、妻に不倫が見つかって離婚騒動になっているし、勤め先でもゴタゴタを起こしているから、それを踏まえて考えれば、被害者が自殺に踏み切っても不思議じゃない状況だった」
「しかし――」
向かいのソファに座って、自分で淹れた紅茶を飲んでいたザマスが口を開いた。
「警察は他殺を疑っている、と?」
「ああ」
ゴジータは頷きながら、
「機捜が現場になった車の中を隅々まで調べたんだが、七輪に火を付ける道具が見つからなかったんだよ」
「なるほど」
ザマスの瞳に侮蔑の色が差す。殺人などと言う、神の教えに背くことを平気で起こす人間に対する侮蔑。
人が死ぬのも殺されるのもどうでもいいが、神が人間のことを考えて授けてくださった教えを蔑ろにされるのは、我慢がならなかった。
「容疑者はわかっているのか?」
「動機だけで考えれば、怪しいのは妻か不倫相手。
さっきも言ったように、妻は妊娠していた時から不倫されていた。離婚はしたようだが、恨みは残っててもおかしくない。
不倫相手は、被害者に妻子がいるの知らされていなかったらしい。
妊娠して、それを告げたら被害者は自分が妻帯者であることを知らされて、堕ろすことになった。
不倫相手の方は、それを恨んで被害者をバットで殴って一度逮捕されているから、容疑者の中では最も怪しいな」
「ん? その不倫相手は、もう釈放されているのか?」
「ああ。不倫相手の境遇に同情したどこかの探偵さんが、腕の良い弁護士を付けてくれたおかげでな。
自首したことと、起訴前に被害者側と示談をまとめたこともあって、一度拘留されたが、その後の延長請求は認められなかったんだよ」
「だが、その結果がこれか。
もし仮に、犯人が不倫相手だったら、そのどこかの探偵の面目は丸つぶれだな」
どこか面白そうにザマスは言う。
ゴジータはソファの背もたれにもたれ掛かりながら、
「だから、そのどこかの探偵さんに頼んだんだよ。事件の解決を。
心の声が聞こえるならすぐに犯人がわかるし、もし不倫相手が犯人だったら、自分のやらかしの尻拭いにもなるからな」
「それで……」
ザマスはティーカップをローテーブルの上に置くと、鼠をいたぶって遊ぶ猫のような、意地の悪い瞳を自分の背後――執務机で頬杖をついているハーツに向けた。
「どうだったんだ? 容疑者の二人には会えたんだろう?」
ハーツはちらっとザマスの方に視線を向けると、
「キミの期待を裏切って悪いが、不倫相手は犯人じゃない。突然の事件に驚き、かつ自分が疑われている状況に怯えているのが”聴こえた”」
「なら……」
「だが」
ザマスの声を遮って、ハーツは言葉を続けた。
「妻も犯人ではなかった」
その言葉には、ザマスだけではなく、ゴジータも驚愕して紅茶を飲む手を止めた。
思いがけない返答を聞いたゴジータは、確認するような口調で、
「違ったのか?」
「ああ。被害者が死んで清々しているという声は、散々聴こえたがな。
もしかしたら、容疑者達の近親者が犯行に及んだのかと思って、無理を言って会わせて貰ったが、そちらもハズレだった」
「おい、ちょっと待てよ。なら誰が犯人なんだ?」
「それはこっちの台詞だ。
キミが、犯人は妻か不倫相手で間違いないと言うから直接会ってみたのに、結果はこれだ。
改めて聞くが、他殺で間違いないんだな?」
「ライターとか火を付ける道具もなしに、人間が練炭に火をつけるのは無理だろ」
「車のシガーソケットは?」
「なかった。
それに被害者の日記が見つかっている。中には被害者が最近誰かにつけられたり、部屋に忍び込まれたりしていたと記されていたらしいぜ」
ハーツは頬杖を止めて、腕組みをしながら、
「その、部屋に忍び込まれていたと言う件なんだが、妻はまったく気づいていなかったぞ。
話を振ってみたが、そもそも夫が日記を書いていたことも知らなかったらしいし、むろん、妻も忍び込んだことはないらしい」
「刑事課の連中が言うには、日記の日付はせいぜい一週間前。つい最近書き始めたらしい。 だから、離婚して別居した元妻が知らなくても無理はねぇと思うが……」
ザマスが口を挟む。
「離婚して別居しているなら、なぜその妻は被害者の家にいたのだ?」
答えたのはゴジータだった。
「引っ越すときに持って行き忘れた荷物を取りに行ったらしい。
なんでも、衝動的に家を飛び出して実家に帰ったから、荷物の殆どを置いていったと証言しているらしいぜ」
「何を取りに戻ったのかは聞いたのか?」
「確か、アルバムとか思い入れのあるアクセサリーだとか言ってたかな」
「ハーツ、それは間違いないのか?」
ザマスが肩越しにそう問うと、ハーツは頷いた。
「そう“聴こえた“から間違いないだろう。
妻は忍び込んでもいないし、跡をつけたりもしていない。
不倫相手も同じだ。
ここ一週間はずっと家に居たと言っているし、間違いないだろう」
ハーツはゴジータに視線を向けると、
「なあ、他に怪しい人物はいないのか?」
ゴジータは困ったように後ろ頭をかきながら、
「そう言われてもな……。捜査を担当している奴らも、妻と不倫相手を重要参考人として考えているっぽいし……」
ふと疑問が生じたザマスは、ハーツに尋ねた。
「先程、お前達が言っていた、会社でのごたごたとはなんだ?」
ザマスの言葉を聞いたハーツは肩をすくめると、
「離婚で揉めていた頃と同時期に、会社の方でも問題が起こっただけだ。
どうやら、後輩達に慕われていなかっただけではなく、かなり『先輩』という立場を利用してあくどいことをやっていたようで、パワハラ騒ぎにまでなったようだ」
被害者の会社でそのようなことが起きた要因のひとつとして、調査をしていたハーツがそれとなく被害者の上司に、その事を仄めかしたからなのだが、それは今回の件とは関係ないだろうと思い、ハーツは黙っていた。
「ふん。ゲスだな」
話を聞いたザマスは顔を顰めて、不快さを押し流すように紅茶を飲んだ後、
「犯人の有力候補だった二人が違うとなると、現状、可能性が高いのは会社関連の人間だろう。
被害者が勤めていた会社の中で、特に被害者に恨みを持っている人物を調べてくればいい」
その言葉を聞いたハーツは、意外そうに顔を上げてザマスの顔に視線を向ける。
「どうした? いつもなら、一円の得にもならないことをするな、私がしなければならない事務処理が増えるだけだと文句を言うのに」
ザマスは心外だと言わんばかりに口をへの字に曲げていると、
「白々しい。
どうせ私がそう忠告したところで、調査はやめないくせに。
私も鬼ではないから、私の給与が払われる限りは口を出さないことに決めただけだ」
ハーツは驚いて目を丸くするした後、満足そうに、
「オレのことを、よくわかっているじゃないか」
あのザマスが自分のために一歩引くなんて。この調子で、神学の道に進むのも諦めさせたい。
機嫌が良くなったハーツは、ゴジータに顔を向けると、
「というわけで。早速、捜査本部から会社関係の怪しい人物を聞いてきてくれ」
「はあ? オレがするのかよ?」
「キミが持ってきた依頼だ。証拠隠滅を図られたら、犯人がわかっても動けなくなるかもしれないから、早急にな」
「オレは今日休みだぞ!?」
「捜査一課にいるキミの後輩は働いているんだろう? なら問題ない」
涼しい顔をしてハーツがそう言うと、額に青筋を浮かべたゴジータはがしがしと頭をかいて、
「あとで飯を奢れよ!」
「もちろん、わかってるさ」
足音も荒く事務所ゴジータを、ハーツは笑顔で見送ったのだった。