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名推理と恋愛成就のルール(ハツザマ 現パロ)

 夜のとばりが降りた外を眺めながら、フューは左右を壁と窓で挟まれた長い廊下をのんびりとした歩調で進んでいた。

 手術が長引いたので遅くなったが、幸いなことに担当患者全員の容態は落ち着いている。 これで家に帰れそうだ。

 夕飯をどうしようか考えながら医局に向かっていたフューだが、ふと時間外出入り口に差し掛かったところで足を止めた。

 通常、利用者は病院正面の玄関から出入りするのだが、夜になると正面玄関は施錠され、警備員の詰め所横にある時間外出入り口を利用して貰うことになる。

 面会時間も過ぎているので、その出入り口を通る人の数は少ない。

 ゆえに、その入り口で立ち話をしている三人は、嫌でも目についた。

「何やってんの? 父さん、母さん。それにフィンまで」

 フューに呼び掛けられた三人が同時に振り返る。
 そこにいたのは、フューの家族だった。

 フューの顔を見た途端、父親のミラの足にしがみついていた幼い子供が顔を輝かせてフューに走り寄る。抱きついてきた弟の頭を撫でなでた。

 フューの母親であるトワは、意外そうに目を丸くしながら、

「あら、まだ働いていたの?」
「手術が長引いてね」
「そう。ところで、口元どうしたの? 跡がついてるわよ」

 トワに指摘されて、思わずフューは口元を手で押さえた。

「ちょっと結核病棟に行ってたんだよ。僕の担当患者がいるから」

 片手に持っていたN95マスクを見て、トワは得心を得たようだった。

「それより、母さん達はここで何してんの。転職しに来たの?」

 トワもミラも医療従事者だが、フューとは違う病院で働いている。まして子連れで何をしに来たのだろうか。

 一瞬、フィンが怪我か病気でもしたのかと思ったが、自分の腰に抱きついて飛び跳ねている弟は、至って元気そうだ。

「違うわよ。脳外科の合同カンファレンスが今日この病院であったから、それに参加してただけよ」

 その言葉が終わる頃、フューも顔を知っているこの病院の脳外科医が、トワに挨拶をしながら通り過ぎる。よそ行きの笑みを浮かべて、トワは同業のその医師に挨拶を返した。

「脳外科部長さんは大変だね。で、母さんがいる理由はわかったけど、父さんはなんで?」
「トワを迎えに来ただけだ」
「この後の予定は?」
「何もない」
「そっかー」

 フューは少しの間、考え込むように黙ると、

「ねえ、せっかく家族が揃ったんだからさ。この後、一緒にご飯でも食べない?」

 フューの言葉を聞いて、トワとミラは顔を見合わせる。二人の間で、フィンはきょとんとしていた。

 トワは疑わしそうな表情をフューに向けると、

「あなた、何を企んでいるの?」
「ひど。息子が食事に誘ったくらいで、そんなに疑う?」
「いつも私達が食事に誘っても断るじゃない」
「今日はそんな気分なんだよ。いいじゃん、たまには。フィンもレストランで食事したいよねー?」

 トワは腑に落ちないという顔をしていたが、外食できることを察したフィンが大喜びで跳び跳ね始めたのに押される形で、そのまま近くのレストランに行くことが決まった。

 トワ達は先にレストランに向かい、フューは大急ぎで医局に向かうと、着替えて自分の車で後を追う。

 木造の小洒落たレストランにつくと、トワ達は既に門前でフューの到着を待っていた。全員が揃ったところで店内に入ると、ウェイトレスに案内されて、木目の床と壁が優しい印象を与える個室に案内される。

 白いテーブルクロスがかかった丸いテーブルに着席すると、興奮したフィンがきゃっきゃっと手足をばたつかせ、それをトワが窘めた。

 滅多に来ない場所に来たせいか、なかなか落ち着かないフィンだったが、お子様ランチが運ばれてくると目を輝かせてそちらに夢中になる。

 スプーンを握ってオムライスを元気よく食べ始めたフィンを切っ掛けに、大人組もナイフとフォークを握って運ばれてきた料理を食べ始めたのだった。

 季節のキッシュやカルパッチョなどのオードブルが盛り合わせられた前菜。温かいキノコと、カリカリに焼けたベーコンがトッピングされたほうれん草のサラダ。
 野菜のピュレとローストされた海老とよく合う。

 しばらくフュー達は料理を味わいつつ、近況や雑談に興じた。

 そして、トワがワインのお代わりをし、ほどよくほろ酔いになっているのを確認したフューは、自然体を装ってトワに話しかけた。

「そういえばさー。この間、浮気相手に金属バットで殴られた男の人、母さんが勤めてる病院に運ばれたよね」
「そうだけど……それがどうかした?」
「ちょっと詳しく教えてよ。話を聞いて、興味が湧いたんだ」

 トワは、じとっとフューを睨むと、

「珍しく家族一緒に食事をしないかって誘ってきたと思ったら、それが魂胆だったのね」
「いいじゃんいいじゃん」

 悪びれもせずに強請る息子を見て、トワは溜め息をつく。

 隣でもくもくと食事を取っていたミラは、フォークを止めると訝しそうに、

「そんな奴が入院してたのか?」
「してたのよ。もっとも、入院期間は短かったし、リハビリは必要なかったから、あなたが知らなくてもしょうがないわ」

 トワとミラは同じ病院に勤務しており、トワは脳外科医として、ミラは理学療法士として働いている。

 フューはぐいっと身を乗り出すと、

「それでそれで? その人、どんな状態だったか知ってるの?」
「知ってるわよ。その人が救急外来に運ばれたとき、私が初療対応してそのまま主治医になったんだから」
 フューの目が輝く。

「どんな感じだったの? オペした?」
「まさか。そこまで深刻な外傷ではなかったから、CT撮って三日ほど経過観察のために入院して貰ったあと退院よ。特に後遺症も残らなかったわよ」
「ふーん。じゃあ、怪我自体はたいしたことなかったんだ」
「そう。結果として、脳しんとうを起こして倒れた時にできたすり傷と、金属バットで殴られた時の皮下血腫だけ。

 意識も救急車で運ばれている途中で戻ったし、その後も、ずっと問題なくコミュニケーションも取れたわ。ただ、時間をおいて脳出血が出現する場合もあるから、入院して貰ったけどね」

 専門とする分野が違うとは言え、フューも母のトワと同じく医師なので、頭部外傷についてはある程度わかっている。
 言葉の後半は理学療法士であるミラに、説明目的で向けられていた。

 フューは興味津々といった様子で続きを促す。

「その人の家族は?」
「会ったのはキーパーソンの妻だけよ。暗い感じの人だったわね。
まあ、夫が浮気相手に殴られたなんて聞かされたら、落ち込んでしまうのも無理はないけど」

 父さんが浮気していると知ったら、母さんは浮気相手共々、父さんを殴り倒しそうだなと、心の中でこっそり呟くフュー。こう見えて、トワはそこそこ腕が立つのだ。

「その奥さんについて、他に何か知らないの?」
「これ以上は知らないわよ。好奇心で突っ込むような事ではないし。
 というか、なんで今更その患者の事を気にするの? 事件になったのは一ヶ月以上も前の事よ?」
「あ、母さんもしかして、その人が死んだこと知らなかったりする?」
「え?」

 トワは本当に知らなかったようで、驚きのあまり目を見開いて食事の手を止めた。

「死んだ? なぜ? もしかして、慢硬でも起こしたの?」
「いや、一酸化炭素中毒だって。自分の車の中で、七輪を焚いて死んだらしいよ」
「ということは、自殺なの?」

 フューはかぶりをふると、

「警察は他殺の可能性も考えてるんだって。怪しい点があったらしいから」

 それまで言葉少なに話を聞いていたミラが、興味を引かれたのか話に入ってきた。

「怪しい点というのは、なんだ?」
「さあ? 僕もそこまで教えて貰ってないから、さっぱり」

 トワはその言葉で、息子がなぜその事件に興味を持ったのか察したらしい。呆れた口調で、

「……あなた、またあの探偵の友達に情報提供を頼まれたの? 誰と付き合うのはあなたの勝手だけど、仕事で手に入れた情報を流すなら、ちゃんとバレないようにしなさいよ。あなた、夢中になると脇が甘くなるところがあるんだし」
「わかってる。大丈夫だって、ちゃんと上手くやるよ」

 母親の小言がうるさくなりそうな気配を察したフューは、早々に会話を打ち切って海老のローストを口に放り込む。

 ミラはそんな二人の様子を眺めながら、個人情報を漏洩させること自体は咎めないんだな、と心の中で独り言ちたのだった。


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