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名推理と恋愛成就のルール(ハツザマ 現パロ)

 まだ、桜が芽吹くまでには日にちがあるものの、日中の気温は徐々に徐々に上がり続けていた。春の訪れが実感できる季節だが、やはり日が落ちれば日中の陽気も消え失せて、冬の寒さが戻ってくる。

 月の姿が消えた闇夜の中、道路には車のヘッドランプが織りなす光の川が生まれていた。

 一般道路を流れていく光の流れに乗って、跳ね馬のエンブレムを掲げた赤い車が走っている。

 その車を運転しているのはハーツ――ではなく、ザマスだった。

 ハーツは助手席の座席を倒して、上機嫌にザマスに話しかけている。

 クラフトビールが飲める料理店に食事に行ったのだが、どうやらハーツはそこのビールを気に入ったらしい。いつも以上にお酒を飲んだ挙げ句に、店内で販売していたクラフトビールをかなり買い込んでいた。

「あの店のビールは、一度は味わっておかないと損だ。肴もビールに合うようによく考えて作られている。
 あのビールに合わせるなら、個人的には揚げ物がオススメだな。いや、肉もいいやつを仕入れていたから、シンプルに焼いた肉も捨てがたい。ザマスがお酒を飲める年になったら、またあそこに行こう。
――そうだ。もうそろそろキミの誕生日だな。プレゼントとして贈る酒を用意しなければ」

 外見は素面に見えるが、いつも以上にペラペラ喋っているのを見ると、どうやら酔っ払っているらしい。

 気楽な男だと、ハーツの戯れ言を聞き流しながら、ザマスは心の中で呟いた。

 今日のハーツは、事務所の開店時間ぎりぎりに来たかと思えば、午後は事務所のソファで昼寝をし、起きたら事務所内で勉強していたザマスを誘って、県外の料理店で夕食に舌鼓を打つ。

 仕事もなく、来客もない。

 個人事業主にとっては死活問題だが、道楽でやっているハーツは事務所の経営状況など、気にもとめていなかった。

 ザマスも詳しくは知らないのだが、どうやらハーツにはかなりの財産があるらしい。それが親から受け継いだものなのか、それとも自力で成し遂げたものかは知らないが、こうやって仕事もせずに遊び歩いても、将来の心配を気にする必要がないほど金があるのは確かなようだ。

 ザマスは助手業務の一環で経理も手伝っているので、探偵事務所の経営状況は把握している。
 もうそろそろ年度末なのだが、今年は赤字で終わりそうだった。

 そんな危機的経営状況など意にも介さず、ハーツはザマスの誕生日にはワインを送ろう、白いや赤も捨てがたいなど、半年以上先の話を楽しそうに語っている。

 ザマスは呆れた面持ちで、

「私に献上する酒を選ぶのはいいが、送るならちゃんと私が飲める物にしておけ。
 酒とつく物ならなんでも好むお前が選ぶと、度が強い物を送られそうだ」
「心配はいらない。キミの好きなフルーティな甘みのあるワインを送るよ」
「私の好きな?」

 律儀に法律を守ってアルコールを口にしていないザマスに、好きなワインの味などない。

 訝しげな声色で呟いた後、ザマスは合点した様子で、

「……前世の話か」

 その瞬間、ハーツはしまったと顔色を変えた。

「前世の私とやらは、甘口のワインが好きだったんだな」
「……何か思い出したか?」

 車が減速する。
 赤信号のため、先程まで高速で走っていた車が次々とその場に停車した。

 車が止まったタイミングで、ザマスは前を見たまま、

「いいや」
「……そうか」

 ハーツの声に、わずかに安堵の色が混じっていた。

「私は前世など信じていない。私の信じる神のみもとに、輪廻転生はありえない」

 強めの口調でザマスは言い放った。

 ザマスは前世を信じていない。それどころか、以前ハーツが前世の話をした時、少なからず不機嫌になった。

 それは、ザマスが信じる宗教では輪廻転生はありえないからだ。
 三位一体の一神教の教えでは、死者は生まれ変わることなく、生前の行いによって天国・地獄・煉獄・辺獄のいずれかに向かう。

 前世を認めることは、教義を否定することに繋がった。

 車のハンドルを握りながら、ザマスは言葉を続ける。

「そもそも、お前が言う前世の話とやらには、矛盾点が多すぎる。
 私の前世が不死身の神なら、なぜ私は死んで転生したのだ。
 不死身でもなんでもないではないか」
「そこをつっ込まれるとキツイな。
 だが、実際に死んでしまったのをオレは見ている。人間と神と融合した体だったから、不完全な不死身だったんだろうな」

 ハーツのその言葉を聞いたザマスは、にわかに興味をそそられた顔をした。

「前世の私の死に様を見たのか。
 家につくまでの暇つぶしに聞いてやる。不死身の神であった私は、なぜ死んだ?」

 ハーツはすぐには答えず、逡巡した後に口を開いた。

「……聞きたいのか?」

 口調は普段通りだが、まるでザマスの変化を見逃さないように、彼の双眸はザマスの横顔をしっかり見据えていた。

「珍しいな、前世を気にするなんて。
 いつだったか、こっちが話題に出した時は、『くだらん』と言って切り捨てて、碌に聞かなかったのに」
「ただの気まぐれだ」
「……」

 ハーツは少しの間沈黙する。

 そして、運転するザマスの横顔を眺めながら、ゆっくりと語った。

「オレが殺した」

 ザマスの眉が、ぴくっとはねる。
 
 だが何も答えなかった。

 ハーツは淡々とした口調で言葉を続けた。

「オレ達は共通の目的があって手を組んでいた。だが、お互いの望みはまさに正反対だったんだ。
 オレは神に抑圧された人間を救うため、キミは人間すべてを滅ぼすため。結局、最後までわかり合うことができなかったから、殺した。
 そうしないと、キミは後々、厄介な敵になることは目に見えていたからな。
 それに何より……いや、なんでもない」

 それに何より、神が憎くてたまらなかったからだ、という言葉は飲み込んだ。

 人間に生まれ変わってもなお、神がザマスのアイデンティティを形成する、重要な要素であることは変わりない。

 その言葉を言ってしまえば、口論が勃発するのは目に見えている。

 体の半分が人間になっても、死んで人間に生まれ変わっても、神の存在に縛られているザマスを、ハーツは密かに哀れんでいた。もちろん、口には出さないが。

 ザマスは、途中で言葉を切ったハーツを訝しがる。

 ハーツはそれに気づかないふりをして、言葉を続けた。

「さて、自分の前世を聞いた感想は?」
「出来損ないの作り話だな」

 ザマスは身も蓋もなく切り捨てた。だが、ハーツは苦笑したあと、小さく呟いた。

「……それでいい。今のキミに前世は必要ない。キミは人間なんだ」

 ハーツの言葉は、隣を走る大型トラックの走行音にかき消された。

 そこで二人の会話は途切れる。

 沈黙が車を満たすなか、ザマスはハンドルを切って、大通りから閑静な住宅街へ車を走らせる。

 車は大きな車道から外れて少し進むと、この辺りのランドマークになっているタワーマンションの前に辿り着いた。ここがハーツが住んでいる家だ。

 マンションの入り口から入って、綺麗に整えられた芝生が広がる前庭の中にある車道を進むと、機械式駐車場の入り口に辿り着いた。

「ハーツ、降りろ」

 機械式駐車場の入り口は扉は閉まっている。入居者のみに知らされている暗証番号を、機械式駐車場の入り口横に設置された操作盤に入力すれば扉が開くので、車を降りて扉を開いてこいとハーツに言っているのに、何故か彼は車から降りなかった。

「おい、ついたぞ」

 酔っ払って寝たのかと思い、ザマスはハーツの肩を揺するが、どうやらハーツは起きたままのようだ。

 ハーツの手がゆっくりと伸ばされ、ザマスの右頬を撫でる。眉間に皺を寄せてじろっとハーツを睨むが、薄暗い車内ではハーツの表情はよく見えなかった。

「降りろ、酔っ払い」

 鬱陶しそうに振り払うが、再び頬を触られる。肌の感触を確かめるように、ゆっくりと撫でられた。酔っ払っているせいか、ハーツの手がやけに温かい。

 気が済んだら車から降りるだろうと、まれに見せる寛大さを見せながら、ザマスが根気よく待っていると、ザマスの肌の感触を確かめるように動いていた大きな手が、後頭部にまわされる。

 そして、ハーツが小さく呟いた。

「……今でも、目の前の現実が信じられない時がある。キミは、本当に人間なんだな」
「当たり前だ。とうとう、夢と現実を混同するほどに、酒に脳をやられたか」

 ザマスは辛辣な言葉を返すが、ハーツは機嫌を悪くするどころか、どこかせつなそうに、

「……『当たり前だ』。前のキミもそう言ってくれれば、違った結末もあっただろうにな……」

突然、ザマスはぐいっと力強い腕で引き寄せられ、ハーツに抱きしめられた。

「!? おい!」

 さすがに慌てたザマスは、抗議の声を上げて抵抗するが、抱きしめられる力は強まるばかり。それどころか、首筋にぐいぐいと顔を埋められた。

「くすぐったいぞ。離れろ」

 ハーツの広い背中をべしべし叩いて訴えるが、拘束はまったく弱まらない。

 何度か抵抗したものの、まったく拘束が解けないことがわかったザマスは、呆れ混じりの溜め息をついた。

……これは、かなり酔っ払っているな。

 思えば、今日のハーツは今までで一番酒量が多かった。

 ハーツの顔色がまったく変わらなかったせいで気が付かなかったが、どうやらかなり深酒をしていたらしい。

「お前のその、酔うと前世を語り出す悪癖、どうにかならないのか」

 そういえば、初めてハーツから前世の話を聞いたときも、彼は酔っ払っていた。

 酔っ払うと笑い出すのを笑い上戸というなら、酔っ払うとありもしない前世を語り出す癖はなんと呼べば良いのか。

 無害なら放っておけばいいのだが、自分で作り上げた空想の物語に引っ張られて感極まられるのは鬱陶しい。

 駐車場の入り口の真ん前という、迷惑な位置で停車しているのだが、幸いなことにまだ他の車の姿はない。

 あと十秒待って、それでも離れなかったら殴ってでも引き離そうとザマスが決心した途端。

 ピロロロロロ。

 無機質な着信音が車内に鳴り響いた。ザマスのスマートフォンではない。

「ハーツ。お前の電話がなっている。うるさいから、どうにかしろ」

 ハーツの背をべしべし叩いて促すと、彼は片腕でザマスを抱きしめたまま、懐からスマートフォンを取り出した。

 バックライトで照らされたハーツの眉が、怪訝そうに顰められる。

 電話をかけてきたのはゴジータだった。彼から連絡が入るのも、この時間にかけてくるのも珍しい。

「もしもし?」
『電話に出るのがおせぇ』
「悪い。ちょっと手が離せなかったんだ。
……それで? 何かあったのか」
『あんたに聞きたいことがある。この間、浮気相手にバッドで頭を殴られた男のこと、覚えているか?』
「ああ」

 一ヶ月前に請け負った仕事の依頼人だ。一応、あの依頼は終了しているのだが、それがどうしたのだろうか。

 嫌な予感を抱いたハーツの目が鋭くなった。

『その依頼人が今日、死体で見つかった。しかも、状況からして他殺が疑われている』
「!?」
『だからちょっと捜査を手伝え。名探偵におあつらえ向きの事件だ』

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