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名推理と恋愛成就のルール(ハツザマ 現パロ)

 冬の夕暮れは早い。
 茜色に染まった空はすぐに昏くなり、世界は夜の闇に覆われる。
 跳ね馬のエンブレムを掲げた赤い車の中で、近くのコンビニで買ったチルドのホットコーヒーを片手に、ハーツはそんな空をぼんやり眺めていた。

 冷めたコーヒーが残り三分の一ほどになった頃、助手席側の窓が外からこんこんっと叩かれる。

 ハーツは窓の外からこちらを覗き込んでいる男性の顔を確認すると、助手席側の扉のロックを解除した。

「うー、寒い」

 マウンテンパーカーに顔を埋めながら、車に入ってきたのは逆立った髪が印象的な男だった。
 ハーツは車のエンジンをかけながら、

「お疲れ。随分と仕事が忙しかったようだな」
「お前のせいだぞ」

 助手席でシートベルトを締めながら、ゴジータはじろっとハーツを睨んだ。

「お前がいきなり女が自首してくるから対応してくれって連絡よこすから、こんな時間まで仕事する羽目になったんだよ。
 お前の電話がなければ、今日は早く帰れたんだがな」
「事件解決は警察の役目だろう?」
「オレの所属は交通捜査課だって言ってるだろうが。傷害事件なら刑事係に言えよ」
「警官の知り合いはキミしかいないから、キミを頼るしか方法がないんだ。
 まあ、そう怒るな。お詫びに夕食を奢るって言ってるんだから」

 ハーツは飄々と言う。

「何が食べたい?」
「肉。あと、堅苦しくない店に連れて行けよ」
「了解」

 赤い車がするりと動き出すと、駐車場を出て道路に合流する。帰宅時間であることも相まって、道路はかなり混んでおり、道を行く車のヘッドライトが、まるで光の川のように重なり連なっていた。

 ゴジータはふと思い出したかのように、隣でハンドルを操るハーツに問いかける。

「そういえば、あんたの助手は? 今日は一緒じゃねぇのか」
「誘ったんだが、断られてしまった」

 給与を渡し、一緒にケーキを楽しんだ後、ザマスはいくつかの雑務を終えて自宅に帰って行った。なんでも、期末考査がもうすぐだからだそうだ。
 ザマスの後ろ姿を見送りながら、ハーツは内心、学生は大変だなとおじさん臭いことを呟いた。それが数時間前。

「期末考査ねぇ……。定期テストがある学生は大変だな」

 ハーツと同世代のゴジータも同じような感想を呟きつつ、背もたれにもたれ掛かる。

 道なりにしばらく進んだ後、ハーツ達は全国に展開している焼き肉屋のチェーン店に辿り着いた。手頃な値段でそれなりの肉が味わえるので、中々の人気だ。

 幸いなことに、平日の水曜日だからか、駐車に苦労しない程度の空きがあった。
 車から降りた二人は、連れだって店内に入る。のれんをかき上げながら、レジに立っていた店員に人数を伝えるとすぐに席に案内された。

 案内された場所は壁側の小上がりの席で、周りの席とは木製の衝立で区切られている。

 店内は、小声などかき消されるほど、がやがやと賑わっているので、これからする二人の話が周りに漏れる心配はないだろう。

 注文を取りに来た店員に、飲み物と肉を適当に頼む。

 笑顔で注文を受け取った店員は、すぐにジョッキになみなみと注がれたビールをふたつ持ってきた。軽く乾杯すると、ハーツはすぐにジョッキの三分の一ほど飲んだが、ゴジータはひとくちだけ飲んだ後、体に疲労が溜まっているのか、うーんと背伸びをしていた。

「随分と疲れているな。犯人が自首すると、そんなに大変なことになるのか?」

 体力が無尽蔵にあるのかと思うほどのゴジータでさえ、ここまで疲れるとは。
 ハーツはビールを飲みながら、不思議そうに尋ねた。ちなみに、帰りは運転代行を頼むつもりなので、お酒を自重する気は無い。

「自首をする女性の名前も、証拠のありかも何もかも伝えてやったのに」

 ゴジータは苦虫を噛み潰したような顔をして頬杖をつくと、

「何もかも伝えられたせいで、逆に刑事課の人間から、なんでそんなに知ってるんだって質問され続けたんだよ。
 誤魔化すのがどれだけ大変だったか、わかってんのか?」
「警察の労力を減らしてやろうと思っただけなんだが、上手くいかないもんだな」

 ハーツは肩をすくめた。

「犯人の女性は、どんな様子だった?」
「大人しくしてたぞ。取り調べにも素直に応じていたみたいだ」
「彼女はこれからどうなる?」
「さあな。今はまだなんとも言えねえ。
 金属バットで背後から殴ったから、傷害罪は間違いない。
 まあ、自首してきたし、被害者の玄関先にあった金属バットを使ったのなら、衝動的な犯行であって、計画的な犯行という点は否定されるとは思うが……」
「起訴は免れないか」
「どうだろうな。被害者と示談が済んでいるなら、初犯だし可能性はなくはない。示談ができていないなら、まず無理だろうな。被害者は示談するつもりなのか?」
「それは大丈夫だ。オレが『説得』したら、示談に前向きになってくれた」
「……」

 ゴジータはジト目になると、

「あんた、何を言ったんだ?」

 ハーツは実に胡散臭い笑顔を浮かべて、

「誠心誠意を込めて『説得』しただけだ」
「……」

 嘘くさい。

 ゴジータは一応、警官としてハーツが碌でもないことをしていないか確認してみるのだが、のらりくらりとかわされて肝心なことは何も聞けない。

 その二人の傍らに注文された肉やご飯が運ばれてくる。真っ白な皿の上に飾られた新鮮で血色の良い肉が、トングを持ったハーツの手で、熱せられた金網の上でじゅうじゅうと音を立てて焼かれていく。表面にじんわりと滲んだ肉汁が滴り落ちると、ひときわ強い炎が金網の上で踊った。

「お! うまそう」
「まだ早い。もう少し待った方が良い」

 ゴジータの視線は肉に釘付けになり、餌を前にした犬のようにそわそわし始める。なけなしの警官としての使命感も、意識の彼方に消え去った。

――まあ、ハーツといえどさすがに殺してはないだろう。確証は無いが。

 ハーツがトングで焼いた肉をゴジータの取り皿に移してやると、ゴジータは待っていましたと言わんばかりに肉を頬張り、熱々のご飯をかき込んでいく。

 ハーツも肉を焼きながら、ビールの肴に肉を食べた。

 体格のいい二人が食べるため、皿の上の肉はどんどんなくなる。何度か店員にお代わりを注文して食べた後、人心地ついたゴジータがふと口を開いた。

「そういえば、署に来た犯人の女、最初に対応したのはオレなんだけどよ」
「ん?」

 肉を焼いていたハーツの手が止まる。

「あんたの事、随分不思議がってた。まるで心を読んでいるかのように、こちらの気持ちを言い当てたって言ってたぞ」
「心が読める……ね」

 ハーツはふっと笑う。

 ゴジータは、甘辛いタレが絡んだカルビを頬張りながら、

「言わなかったのか? オレは本当に心が読めるんだ・・・・・・・・・・・・・って」

 ハーツは肩をすくめると、

「言っても混乱させるだけだ。キミだって、信じてくれるまで時間がかかっただろう?」

 ハーツには朧気ながら前世の記憶がある。子細はわからないが、自分が前世で何を考え、何をしたのかは覚えていた。

 かくいう、目の前にいるゴジータも、助手であるザマスも前世で会っているのだが、彼らはまったくその記憶がない様子。

 何度か前世の話をしてみたのだが、皆一様に反応は半信半疑。心が読めるハーツがそう言うなら、もしかしたらそうなのかも、と言った程度だ。

 ザマスに至ってはまったく信じていない。

 まあ、前世の記憶など今を生きる上では必要ないし、何よりザマスとは前世の記憶がない方が円滑な関係を築けると思われるので、ハーツも信じて貰えないことに関しては、特に気にしていなかった。

 ゴジータはメニューを眺めながら、どこか面倒くさそうに、

「次、何かあったらオレじゃなくて、刑事課の人間を頼れよ。知り合いがいないなら紹介してやるから。面倒ごとは持ってくるな」
「仮にも、市民の安全を守る使命を負った警官だろう。もう少し熱心に仕事したらどうだ?」
「オレは交通捜査課だって言っているだろうが。あんたの駐車違反の切符なら、喜んで切るぞ」

 そう言いながら、ぺらっとメニューを捲ったゴジータの瞳が輝く。

「なあ、この厚切り上ロースステーキ頼んで良いか?」
「好きなだけ頼むといい」
「おー! さすが社長さん。気前が良いねぇ」
「キミも調子がいいな」

 ハーツは苦笑した。ゴジータは店員に注文をし終えると、

「やっぱあれか? こういう夕飯の代金も経費で落とすのか?」
「まさか。接待費のことを言っているなら、これは対象外だ。何でもかんでも経費で落とせるわけじゃないぞ」

 ゴジータはどこか感心したように、

「さすがに事業主だけあって、経理の知識はあるんだな。でも、なんのかんのと経費で落とせる領収書も計上してないんだろ? それはもったいなくねぇか?」

 ぴたっとハーツの動きが止まった。

「なんでそれを知っているんだ?」

 収益度外視の道楽で経営しているハーツは、節税に積極的ではない。
 事務所の経理を手伝っているザマスから、もったいないといつも叫ばれているのは事実だが、そのことをゴジータに喋ったことはなかったはずだ。

 それとも、酔っ払った時にうっかり零したのだろうか。

 ゴジータはきゅうりのキムチをポリポリ食べながら、

「いや、あんたの助手の……ザマスって言ったよな? そいつとこの間一緒に飯を食いに行ったときに聞いた」
「ザマスと、一緒にご飯に行った!? キミと!?」

 ハーツが驚きの声を上げた。

 ザマスとゴジータに面識があるのは知っている。しかし、彼らが出会ったのは二ヶ月前のことだし、それもハーツを通して知り合ったのだ。その程度の薄い繋がりしかない二人が、一緒に食事をするほどの仲になったいるとは。

 いや、そもそも人間に転生しても人間嫌いが治っていないザマスが、自分以外の男と食事に行くなど、ハーツはにわかに信じられなかった。
 
 唖然とした顔でハーツが問うと、ゴジータは事もなにげに頷いた。

「この間、飯に誘ったらついてきた」
「……い、いつの間に。というか、いつそんなに仲良くなったんだ?」
「この間、轢き逃げの捜査をしているときに、たまたま出会って、その時に色々あったんだよ」
「その色々あった部分を聞かせてくれ」
「めんどくせぇ。てか、言わなくてもわかるだろう」

 もりもり肉を食べるゴジータをじっと見つめていたハーツは、やがてはあ……と溜め息をついた。

「ザマスがキミに食ってかかったのか」
「ああ。質問しただけなのに『貴様に答える暇など持ち合わせていない』とか、『私に触れるな』とか言うから、ちょっと強めに言ったらあっさり逆上しやがってよ。その場で喧嘩したんだよ」

 ここでいう喧嘩とは、文字通り拳を交える喧嘩である。決して口喧嘩など生やさしい物ではない。

「制服の警官相手に殴りかかるとはな」
「良い蹴りしてたぜ。あ、警察署にはチクるなよ。上がごちゃごちゃうるさいから」
「……個人的には、『公務執行妨害を見逃してやるから、電話番号教えろ。また戦いたくなったら連絡する』って言って、民間人の電話番号を徴収する警官を、告発したい気分なんだがな。
 それより……信じられない。あのザマスがオレ以外の人間と食事に行くなんて。ザマスに友達は出来ないと思ってたんだが」
「そんなにあいつ性格悪いのか?」
「一緒に食事をしたならわかるだろう? ザマスの扱いの難しさが」
「まあ、結構きつい性格をしているとは思ったけどよ」

 ザマスがこの場にいないことをいいことに、二人はぼろくそに言う。

「ザマスは、キミと何を話したんだ?」
「忘れた。たいした話はしてねぇ」
「思い出してくれ。あのザマスがオレ以外の男とプライベートで話すなんて、前代未聞なんだ。気になる。
 それに、ザマスのことで知らないことがあるなんて、我慢できない」
「……前々から思ってたけど、あんたの言動、ストーカーじみてるよな」

 ゴジータ少し引いた顔をした。

「失敬だな。彼の雇い主として、従業員が粗相をしていないか確認しているだけだ」
「仕事じゃねえぞ。オレとの食事は」
「些細なことは気にしなくていい。それより、ザマスとどんな会話したんだ?」
「だから、たいしたことじゃねぇって……」

 ゴジータは記憶を漁って、ザマスと食事したときの会話を思い出す。

 本当にたいした話はしていないので、その時の会話の内容など忘れかけているのだが、何かひとつでも思い出さないと、目の前の男が納得しないのが目に見えていた。

 ゴジータは頭を捻りながら、朧気な記憶を蘇らせる。

「そういえば、もうすぐ確定申告の時期なのに、あんたが領収書を出さないから、脱税で逮捕しろって喚いてたぞ」
「真面目なザマスらしい主張だな。他には?」
「他にって……まだ聞くのかよ。
 えーっと……ああ、そうだ。なんか、9月頃に旅行に行くって言ってたな。大学で知り合った奴と」
「!?」

 驚愕のあまり言葉を失うハーツとを見て、ゴジータは口に出す話題を間違えたことを悟った。
 胸の内でハーツがうるさくなるなと懸念した直後、予想通りハーツは詰め寄ってきた。

「いつ? 誰と? どこに?」
「そこまで聞いてねぇよ、興味ないから」
「……ちっ。役に立たないな」
「相手にされないからって、オレに八つ当たりするのやめろ」
「失礼な。ザマスとはちゃんと上手くやれている。給料だっていつも多めに渡しているし、事務所内で勉強をするのも許可している」
「……給料はともかく、暇なときに勉強するぐらいいいだろう」
「ザマスが学んでいるのは神学だぞ?」
「神学って宗教を学ぶ奴だよな? それの何が問題なんだよ」
「オレは神が嫌いだ」
「……。
……まあ、あんたが何を嫌おうが勝手だけどよ、それを相手に押し付けるなよ」
「これでも押し付けにならないように気を使っているんだぞ?  
 神学の道に進むのを諦めるにしても、手に職がないとを諦めづらいだろうから、事務所の経理を任せるという名目で簿記を受けさせたり、総務を教えたりもしているし」
「そういうのは気を使ってるって言わねぇ。
……まあ、とにかく。くれぐれも邪魔すんなよ。嫌われたくなければ……」
「わかっている。
……ところで、ひとつ相談があるんだが」
「ん?」
「ザマスが神学の道に進むのを諦めさせる、いい考えはないか?」
「邪魔すんなって」

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