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名推理と恋愛成就のルール(ハツザマ 現パロ)

 どんよりと曇った灰色の空の下で、空っ風が吹いていた。
 無数の枯れ葉が、じゃれつくように円を描いて地面を駆け回った後、吹きすさぶ風に乗って道の向こうへと飛んでいき、深い緑を纏わせた街路樹達が、身を縮ませるように左右に揺れている。

 ザマスは地上四階にあるオフィスビルの部屋から、風に翻弄される木々の動きを、窓のそばの壁にもたれ掛かったまま眺めていた。

 ぼんやりと地上を見つめていたのだが、道路を歩く人間の姿が視界に入ると、ザマスは不快そうに顔を顰めて視線を天に移す。両の瞳に写った灰色の雲は、速い速度で空を流れていた。

 年が明けてしばらく経ったこの時期は、一年で最も寒い季節にあたる。

 窓一枚向こうにある世界では、身を切るような風が吹きすさんでいるのだが、エアコンを稼働させているこの部屋には無縁の寒さだ。ウールのセーターだけで十分暖かい。 

 紅茶が入ったマグカップを片手に、冬のビジネス街を見下ろしていたザマスだが、そのカップの中身が半分になった所で窓から離れた。

 窓のすぐそばには、重厚な木製の執務机があるのだが、ここはザマスの席ではない。
 床全面に敷かれた絨毯を踏みしめて、入り口近くにある机へとザマスは戻っていった。 先程の執務机に比べると一回り小さいが、使用されている木材は、先程の執務机と同じくらい品質がいいのが素人目にもわかる。

 カップをテーブルのコースターの上に置いて席に着いたザマスは、溜め息をひとつ。
 ちらりと、今は主が不在の執務机に視線を向けて、

「……遅い」

苛立ち混じりの口調で呟いた。

 既に執務机の主を待ち続けて数時間。待ち時間を勉強や読書に充てて潰していたが、それでも長すぎる。

 今日は事務所に必ず来ると言っていたが……。

 不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら、ザマスが冷めた紅茶を飲み干したその時。

 カララン。

 部屋の扉の向こうから、玄関扉に設置したドアベルが鳴り、少しの間を置いてこの部屋の扉が開いたのだった。

「ただいま、ザマス」

 入ってきたのはひとりの男だった。薄い色つきのサングラスをかけて、豪勢なファーがついたロングコートで身を包んでいる。

「遅いぞ、ハーツ」

 険のある声でザマスは出迎えた。

 ハーツは宥めるようにザマスに詫びると、手に持っていた白い紙箱をザマスの机の上に置いた。

「ケーキだ。仕事が完了したお祝いに買ってきた」
「ほう。最近、姿を見かけないと思ったら、珍しく仕事をしてたのか」
「酷い言い草だな」

 ザマスが棘のある言葉で刺すが、ハーツは余裕のある笑みを浮かべたままどこ吹く風だ。

「これでも、この業界ではそれなりに名が通っているからな。依頼も来るさ。
――それより、この領収書を処理してくれ」

 ハーツはコートのポケットから、ぺらっとした紙を差し出した。

 それを受け取ったザマスは、領収書の内容を確認するが、すぐに怪訝そうに眉を顰める。
 領収書を発行した会社は、両方とも法律事務所だった。それも、離婚を得意とする法律事務所と刑事事件をメインに扱う法律事務所。

 離婚はともかく刑事事件……?

 ザマスは上目遣いでハーツを見上げながら、

「いつに増しても、随分と厄介な仕事を請け負ったものだな」
「心配は無用だ、ザマス」

 ハーツは執務机の方に歩いて行きながら、

「請け負っていた仕事は無事解決。いくらか事後処理があるだろうが、たいした手間じゃない。
 依頼人もその周りの人たちも、これからもっと自由に生きていけるだろう。
……まあもっとも、依頼人の望んだ解決方法ではなかっただろうがな」

 革張りの椅子に座るハーツのその顔には、皮肉げな笑みが浮かんでいた。
 途端に、ザマスは呆れたように、

「お前がどういう仕事をしたのか知らないが、また前みたいに依頼人が怒って依頼料を払わなくなるかもしれないぞ」
「その可能性は考えていなかった。依頼料を払って貰えないのは困るな」

 まったく困っていない口調でハーツは言う。
 道楽でこの仕事をやっているハーツからしたら、依頼料などはした金にすらならないのだろう。

「まあ一応、今月末までに依頼料を貰う約束だから、振り込まれているか確認してくれ」
「振り込まれていなかったら、どうする?」
「どうもしなくていい。督促状を出すのも面倒だろう?」

 ザマスは、ハーツをジト目で睨みながら、

「お前への依頼料がどうなろうと私には関係ないが、私をタダ働きさせることだけ許さんからな」
「大丈夫だ。キミはオレの有能な助手だ。そんな粗末な扱いはしないよ」
「ならば、口先だけではないことを証明して貰おうか」

 ひとまず領収書を机の上に置いたザマスは、立ち上がってハーツのもとまでずかずかと近寄ると、ずいっとハーツに片手を差し出した。

 その手を見て、ハーツはにっこり笑うと、

「どうかしたか?」

 ザマスの額に青筋が浮かぶ。

「どうかしたかじゃない! 今日が何の日かわかっているだろう!? なんで私がわざわざこの時間までお前の帰りを待っていたと思っているんだ!」

 ハーツは口元に笑みを浮かべて、わざとらしく首をかしげながら、

「忘れてしまった。キミの誕生日はまだ先だし、さて今日は何の日だったか。肩でも揉んでくれたら思い出せそうなんだが」
「……よしわかった。骨ごと筋肉をほぐしてやるから覚悟しろ」
「それはさすがに遠慮しておこうか」

 ザマスの目は据わっている。
 彼の本気を感じ取ったハーツは、早々にザマスをからかって遊ぶのを止める。

 ハーツは机の引き出しを開けて、中にあった分厚い封筒をザマスに手渡した。
 ザマスはそれをひったくるように受け取ると、

「毎度毎度くだらない芝居をするな!あと、何度も言うが、何故いまどき給与が手渡しなんだ!振り込みにしろ!」
「そんなことをしたら、キミがオレに構ってくれる時間が減るじゃないか」
「いい年して子供みたいなことを言うな!」

 ぷんすか怒りながらザマスは自分の席に戻ると、早速札束の枚数を数える。

 中には一応、ぺらっとした紙に印刷された給与明細が入っていた。
 記載されている金額と実際に入っている金額を比べると――明らかに多い。

 ぶすっとした顔のまま、ザマスは横目でハーツを睨むと、

「……おい。また金額が多いぞ」
「そうだったか? まあ、そのまま貰ってくれ」

 給与明細の額より、手渡される額が多いのはいつものこと。差額を返すと言ってもハーツは絶対に受け取らない。

 それに、探偵の助手とは言うが、社会人経験が無いザマスができることは、文字通りハーツのお手伝いだ。

 ハーツからしたら、お手伝いを頑張っている子供にお小遣いをやる感覚なのだろうが、ザマスは給与を受け取るたびに、ハーツから施しを受けているようなばつの悪さを感じていた。

 ならば、そのような負い目を振り払えるように、給与に見合うだけの労働力を提供して、堂々と振る舞えばいい。
 ザマスが普段持ち歩いているトートバッグの中には、大学で学んでいる神学の他に、探偵事務所の運営に必要な本が詰まっている。

 探偵になるつもりはないが、いつまでもハーツの庇護に甘んじるつもりはない。
 いずれ、ハーツを見返してやる。

 意気込みも新たにトートバッグに給与袋をしまっていたザマスは、ふと前々から気になっていた疑問をハーツにぶつけた。

「そういえば、お前は私のことを助手だと言っているが、実際にやらせている仕事は経理や事務仕事ばかりではないか。
 調査の手伝いはしなくていいのか? いつも人手が足りないと言っているだろう?  
 お前が頼むなら、手伝ってやっても良いぞ」
「キミが? 調査の仕事を?」

 ハーツは驚いたように目を丸くすると、その後すぐに言葉を濁し、

「……いや、調査の仕事はまだいい。危険を伴う場合もあるから、未成年のキミにはさせられない」
「ならば、私が成人したら手伝わせる気か?」
「……まあ、考えておく。
 それより、一緒にお土産のケーキを食べよう。紅茶を淹れてくれないか?」
「わかった」

 普段は相手に悟られない形で話題をけむに巻くハーツが、珍しくわかりやすい形で話題を変えた。

 話を逸らされたことを察知したザマスだが、それ以上の追求はせず、白いケーキの箱を片手に部屋を出て給湯室へ向かう。

 おおかた、ハーツは素人である自分が調査に手を出すことのリスクを危惧しているのだろう。

 ハーツの仕事の特殊性は理解している。はなからザマスには調査ができないと見くびられているようで不満はあるが、それを飲み込んでザマスは納得した。

 ぱたんと閉まった扉を見つめながら、ハーツはぽつりと、

「……オレの仕事は、人間同士のトラブルが殆どだからな。キミの人間嫌いに拍車がかかってしまったら困る」

 ザマスと肩を並べて仕事をするというのも悪くない。だが、それをするにはザマスとこの仕事の相性が悪すぎた。

 依頼の中には、例えば今日こなした依頼のような、陰惨な感情が渦巻くものもある。
ハーツにとってはそれは人間の深みを知るための興味深い事例だが、ザマスから見たら人間の醜さを凝縮した忌み嫌うべきもの。

 ただでさえ、人間関係において軋轢を産み出しがちなザマスにそんな物を見せたら、さらに人間に対して嫌悪を抱いてしまうだろう。

 ハーツは頬杖つきながら溜め息をひとつつくと、

「こんなことなら、探偵ではなくグリーンインテリアの店でもやっておけばよかったな」





 この事務所の玄関扉には、真鍮のプレートがかかっている。
 そのプレートには、洗練されたフォントで『探偵事務所 コアエリア』と刻まれていたのだった。
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