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小話(いろいろ)

■そそっかしい(ザマス+ブラック+孫悟空)

 ザマスは湖にある桟橋の上に立っていた。朝も早いこの時間、湖には霞がかかっている
 辺りは静かだ。風が吹かなければ、木が揺れる音もなく無音に近い。

 静寂で満たされた湖。美しく清浄なこの瞬間を、ザマスは噛み締めていた。

「おっす! ザマス! ひっさしぶりー!」

 瞬間移動で現れた孫悟空にばしっと思いっきり背を叩かれて、吹き飛んだザマスが湖に落ちる。静寂を破って盛大な水飛沫が上がったのだった。



「どうして貴様は毎度トラブルを起こすのだ!? この聖域では大人しくしていろと、何度も口を酸っぱくして言ってるだろうが!」
「悪かった! 悪かったってばー! いででででででででで!」

 怒ったゴクウブラックは、孫悟空の背後から彼の両腕を引っ張りつつ、同時に背中を踏みつけている。両腕をもがれそうな痛みに涙しながら、孫悟空は必死に謝罪の言葉を述べていた。

「ったく」

 散々折檻して気が済んだのか、ブラックはようやく孫悟空を解放してやった。背中にブラックの靴あとが残っている孫悟空は、その場にかがみ込むと自分の両肩を撫でて痛みを緩和している。

 ここはソファと本棚が並んだ、ブラックの部屋にあるリビング。ブラックは溜め息をつきながら、近くにあった布張りのソファに座ったのだった。

「怒らせたザマスの厄介さは、お前もう重々承知しているだろう。なんでわざわざ怒らせるんだ?」
「別に怒らせたくて怒らせてる訳じゃ、ないんだけどよ……ところでザマスは?」
「部屋に閉じこもっている。お前の顔は見たく無いと言っていたぞ」
「謝りに行きてぇんだけど」
「今はやめておけ。機嫌が最悪だ。お前が行っても扉を開けないだろう」

 ブラックの話を聞いた孫悟空は暫く悩んでいたが、やがてある決意をしてすくっと立ち上がる。

「やっぱり、今から謝ってくる。流石に、話くらいは聞いてくれると思うんだ」



 聞いてくれなかった。



「そら見ろ。だから言っただろうが」

 自室のソファで足を組んで座っているブラックは、ソーサーを片手にティーカップを傾けながら呆れたように言ったのだった。

「どうしてあんなに怒ってんだよ。わざとじゃ無いってのに……」

 ローテーブルを挟んだ向かいのソファには、頭を抱えて困り果てている孫悟空が座っている。

「そう言って、何回ザマスに迷惑をかけたと思っている」
「う」

 痛いところを突かれて呻く孫悟空。

「で、でも一度言われたことは、出来るだけ気をつけるようにしてるし……」
「一度言われたことは、な」
「……」
「一晩経てば、あいつの怒りもマシになっているはずだ。それまで待っていろ」
「……謝るのが遅くなった方が怒ったりしないか? やっぱこうなったら、瞬間移動を使って……」
「阿呆。そのような無断で部屋に入るような真似をしたら、ザマスは手がつけられないくらいに怒り狂うぞ」

 ブラックはソーサーと空になったティーカップをテーブルの上に置くと、ゆったりと足を組み替えながら、

「とにかく、今は大人しくしてろ。あいつのことは、私が一番わかっているんだ」

 ザマスのことを熟知していると豪語するブラックの姿は、どこか得意げだった。



 朝から部屋に籠もったままのザマスは、自室のソファに寝転んだまま瞳を閉じていた。
 寝ている訳ではない。今朝のことで感情が波打っているので、それを抑えようと心を静めているのだ。ちなみに、服は神の力を使って乾かした。

 こんこん。

 不意に、部屋の扉がノックされた。
「ザマス、私だ。勤めの事で話があるから、開けてくれ」

 聞こえてきたのは、ブラックの声だった。
 何かあったのかと思い、ザマスは急いで身を起こして扉に駆け寄ると、迷わず扉を開けた。

 引いて開けた扉の向こうにいたのは――気まずそうな顔をした孫悟空だけだった。

「いやちょっと待ってオラの話を聞いてくれ!」

 咄嗟に、閉まる寸前の扉の隙間に手を差し入れてこじ開けようとする孫悟空。

「声真似をして部屋の扉を開けさせようとする奴の話など聞かん!」
「だってこうでもしないと扉を開けてくれないだろ!?」

 体が同じだからこそできる荒技である。

 扉を閉めようと全体重をかけながら全力で扉を押すザマスに、なんとか扉を開けようと蒼神に超化して押し返す孫悟空。両者の力比べは対抗したが、やがて勝敗が決する。
 勝ったのは――孫悟空だった。

「うわっ!?」

 扉に跳ね返されて、後方に蹈鞴を踏む。なんとか尻餅をつくのだけは避けられたが、気がつけば部屋の中に孫悟空が入ってきていた。

 ザマスは怒りに満ちた瞳で孫悟空を睨み付けると、地を這うような低い声で、

「何のようだ?」
「いや、それがよ……」

 無理やり部屋に押し入った気まずさから、孫悟空は視線を逸らしつつ、

「オラ、今から家に帰ることになった」

 ザマスは、今まで怒っていたことも忘れて驚いた。

 これまでの滞在日数はまちまちだったが、流石に当日に帰ることはなかったからだ。しかも、孫悟空の口調からして帰る理由は、彼の意思という訳ではないようだ。

「何故だ?」
「いや、実はチチが……あ、チチってのはオラの嫁さんなんだけど、さっきチチが風邪を引いて熱を出してるって、ウイスさんから連絡があってさ。早く帰って側に居てやろうと思ったんだけど、一旦帰ると次はいつここに来られるかわからないから、だから帰る前に謝っておこうと思って……」

 歯切れの悪い口調で孫悟空は事情を述べていく。ザマスはそれを黙って聞いていた。
 孫悟空は顔を上げて、真っ正面からザマスの目を見ると、

「今朝のことは悪かった。今日お前に言われたこと、もう絶対しないから、許してくれよ」
「……・」

 暫く、感情の読めない瞳で孫悟空を見つめていたザマスだったが、やがて大きく肩で溜め息をついた。

 呆れているのだ。奥方が急病だから早く帰りたいだろうに、律儀に謝りにくる孫悟空の愚直さと、いつまでも小さなことに怒っている自分に。

――不思議な奴だ。

 自身の犯した罪を考えれば、ザマスは孫悟空の前で下げた頭を上げることができない。
 だが、孫悟空はそんな風にザマスが気負うことは望んでいない。未来での一件が終決してから、初めて第十宇宙へとやってきた孫悟空は、頭を下げて出迎えるザマス達に対して、困ったように『そんなことしないで欲しい』と言った。

「……もういい。お前がわざとやった訳ではないのは理解した」
「ザマス……」
「もう、二度とするなよ」
「ああ! わかった!」

 謝罪が受け入れられたとわかった孫悟空は、ぱああっと顔を輝かせた。
 ザマスは表情を柔らかくして笑うと、

「早く帰ってやれ。奥方が心配なんだろう?」
「すまねぇ! 実はビルス様とウイスさんを待たせてるんだ! ありがとうな! またな!」

 孫悟空はそれだけ言うと、瞬間移動でその場から消える。ザマスは、それを静かに見送ったのだった。



 それから数日経って。

「全くあいつは!」

 怒り心頭に発した状態のザマスは、体が反発して跳ねるくらい勢いよく自室のソファに座ったのだった。

 怒りの原因はブラックだ。よりにもよって、ザマスが大切に飲んでいた紅茶の茶葉を、床にぶちまけたのだ。
 わざとやった訳ではないと理解しているとはいえ、大事なものを不注意で台無しにされたら心が荒れる。しかも、これが初めてではないなら猶更だ。

 ぷりぷり怒っていたザマスだったが、部屋の扉をノックする音が聞こえたので、そちらに顔を向けた。

「よお、ザマス。オラだ、一緒に修行しねぇか?」

 孫悟空だった。そう言えば、今日この第十宇宙に来るとゴワス様が言っていたのを思い出す。

「ちょっと待っていろ。今すぐ開ける」

 ザマスは立ち上がって扉に近づくと、開錠して扉を開けた。
 そこにいたのは――ブラックだった。

「またかああああぁぁぁぁ!」
「またってどういう事だ!?」

 叫びながら扉を閉めようとするザマスと、必死に扉を開けようとするブラック。

 いつかどこかで見た光景だった。そして、ザマスが力負けして扉が押し開けられる光景もまた。
 蹈鞴踏んで転けそうになったザマスだったが、なんとかその場に踏みとどまる。

 ザマスは舌打ちをすると、部屋に押し入ってきたブラックを睨み付けた。

「ザマス……」
「お前も本当にその粗雑な性格は治らないな。いっそ、孫悟空の方がまだ学習能力があるのかもしれないな」

 ブラックが何かを言いかけたが、ザマスはそれを嫌味が籠もった言葉で遮った。ザマスは、ブラックが何か言い返してくることを予想していたが、その予想に反してブラックはいきなりザマスを抱きしめた。

「!?」
「すまない! わざとではないんだ! 許してくれ」
「ちょ! 耳元で喋るな!」

 突然、抱きしめられ、耳元で喋られたザマスの頬は一瞬で赤く上気する。咄嗟に身を離そうと抵抗するが、ブラックの力が凄まじくて引き剥がせない。

「二度とこういうことはしない! だから……!」
「取り敢えず離せ! 誰かに見られたら……!」
「おーい、ザマス。いるかー?」

 最悪のタイミングで孫悟空が現れた。

「ん? お前ら、何してんだ?」
「悪かった! ザマス!」
「わかった! 許す! 許すから離れろ! 離れてくれ!」

 顔を真っ赤にしたザマスは、懇願するように叫んだのだった。



 謝罪の仕方は人それぞれ。
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