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お酒と(ハツザマ)

 運良くいい酒が手に入った。

 ハーツは濃緑色の不透明な酒瓶を自分の目線の高さまで持ち上げると、中の液体を興味深げに覗き込む。片手で瓶を動かすと中の液体も、動きに合わせて水面が揺れた。
 瓶越しに見える酒は黒色だが、実際は薄く黄味を帯びているのをハーツは知っている。部屋に備え付けられている戸棚からワイングラスを取り出すと、ハーツはその場で酒瓶のコルクを外して中の液体を注いだ。

 フューから与えられたこの部屋は、暮らすのに困らない程度の家具が設置されているが、最低限の家具とコンクリートを思わせる打ちっぱなしの石材が、監獄のような無機質さを醸し出していた。

 グラスの三分の一ほど酒を注ぐと、ハーツは一口、酒を口に含んだ。舌の上で転がしながら、ゆっくり飲み込んでいく。

「美味いな……」

 思わず感嘆の言葉が漏れる。
 果樹の実を発酵させ、そして熟成させたその酒は、きりっとした辛口で、口に含むと果実の甘い香りが鼻腔を満たすが、それでいて後味はすっきりしている。好みの味だ。

 ハーツは現在、この監獄惑星に囚われているので外界に出ることができない。必要最低限の物資は手に入るのだが、逆を言えば必要最低限しか手に入らない。
 嗜好品である酒はコアエリアでは特に貴重だった。
 この監獄惑星の主であり、気まぐれなフューから差し入れられない限り、酒を口にすることができない。
 久しぶりに味わえたこの酒は、それまでの渇望も相まって、至上の一品も同然の味だった。酒の香りに誘われるように、グラスの中の酒を一気に飲み干した。
 だが、まだ足りない。

 幸いなことに今、急ぎの用事は無い。加えて夜は始まったばかりだ。この酒をじっくり味わう時間はたっぷりある。ハーツは早速、自室のソファに足を向けたのだが、近くのローテーブルの上に酒瓶とグラスを置くと、ふと思い立って廊下へと出た。

 美味い酒に出会えて上機嫌になったハーツは、折角だから同じようにコアエリアに捕らわれている者達と一緒に飲もうと考えたのだった。

 仲間、というよりは理念を共有して、行動を共にしているだけに過ぎない間柄だが、その中には好感度を上げておくと、後々役に立ちそうなメンバーもいるのだ。
 たまにはいいだろう。浮ついた気持ちとは裏腹に、現実的な思考をしながら、ハーツはコアエリアのメンバーの元へと歩いていったのだった。

 しかし、現実はハーツの希望通りには行かなかった。
 無差別に破壊したがるカンバーは厳重に収容されているので誘えない。
 ラグス、オレン、カミンも誘ってみたのだが、見た目が子供の三人はどうやら味覚も子供のようで、『美味い酒をご馳走する』と伝えても喜ばなかった。
 ラグスは困ったような顔をした後、やんわりとハーツの誘いを断り、双子はジュースがないならいかないと、露骨にがっかりした表情を浮かべながら拒否。
 フューに至っては、『今、実験が良いところだから嫌』と無碍に断ってきたのだった。

 そんなハーツの誘いを唯一受けたのが、合体ザマスだった。

「意外だな、俺の誘いに乗ってくれるとは。フラれ続けたオレを哀れに思ったか、若しくはオレに興味が出てきたか?」
「人間のお前に興味は無い。その酒に興味が湧いただけだ」

 ワイングラスを傾ける合体ザマスは素っ気ない。ハーツは気にした様子もなく、面白そうに笑いながら肩をすくめた。

 人間には興味は無くても、人間が作った酒には興味があるのかと、意地悪な言葉が思い浮かんだが、ハーツは酒と一緒にその言葉を飲み込む。
 合体ザマスの機嫌は悪くない。わざわざその空気を壊す必要もないだろう。

 ハーツ達が居る場所には、あちらこちらに人間の身丈以上もある巨大な水晶が生えているので、座る場所には事欠かない。合体ザマスは数多ある水晶の中でも特に気に入っている玉座の如き形をした水晶に座し、ハーツはその直ぐそばに生えている水晶に腰を下ろしていた。

 合体ザマスのグラスが空になったので、ハーツが酒瓶を差し出すと、彼は当たり前のようにハーツの酌を受け取る。人間である自分が手を伸ばせば触れられるほど近くにいても、合体ザマスは気にした様子はない。

 視界に入っただけで敵意を向けてきた以前とは大違いだ。合体ザマスの心を読みながら、あれこれと心を解きほぐしていった甲斐があったものだ。ハーツは、こっそりと心の中で自分自身の労をねぎらった。

 酒の力も手伝ってか、会話もほどよく繫がる。和やかとは言い難い雰囲気だが険悪でもない。人間嫌いの神様相手なら上等だ。

「ん……」

 合体ザマスが小さく声を出す。グラスを傾けた瞬間、唇の端から雫が一滴零れてしまった。

「零れたぞ。拭い取ってやろうか?」

 含み笑いを交えながら喋るハーツをぎろっとひと睨みした後、合体ザマスは無言でちろっと舌を出して雫を舐め取る。その様子をハーツは興味深げに見つめた。

「色っぽい仕草だ。そそられるな」

 合体ザマスは更に顔を顰めると、

「つまらん冗談として受け取ってやる。人間の分際で二度と下衆な言葉を神に投げかけるな」
「おっと。これは失礼」

 流石に軽口がすぎたか。ハーツは両手を挙げて降参の意を示すと、お詫びとばかりに、酒瓶に残っていた酒を合体ザマスのグラスに全て注いでやった。
 ハーツは空になった瓶を振りながら、

「酒が無くなったな。新しいのを持ってくる」

 手に入れた酒はこれで終わりではない。この手の辛口の酒は冷やした方が美味しいので、残りはハーツの部屋で冷蔵保存してあった。合体ザマスが特に口を挟むことなく、酒を飲んでいるところを見ると、このままハーツと飲み続けることに異論は無いのだろう。

 少々、踏み込みすぎて反発を貰ったが、まだ許容範囲内のようである。
 酒ひとつで人間嫌いの神様を懐柔できるとは思えないが、こうやってグラスを交わせば決して悪い結果にはならないだろう。

 一旦、合体ザマスをその場に残して自分の部屋に戻ったハーツは、数分後に酒瓶を片手に戻ってきた。合体ザマスは、変わらず玉座に座っている。
 だが――

「ザマス?」

 雰囲気が妙だ。合体ザマスは、背もたれにもたれ掛かったまま、俯いて微動だにしない。
 何か考え事をしているのだろうか。だが、心を読んでも何も考えが読み取れない。
 ハーツは訝しげに眉を顰めながら玉座に近づくと、腰を折って合体ザマスの顔を覗き込んだ。

「これはこれは……」

 驚いたハーツは目を丸くする。合体ザマスは、すうすうと小さく寝息を立てていた。
 この場を離れるとき、特段変わった様子はなかったが、もしかして顔に出ないだけで酔っていたのだろうか。
 久しぶりに酒を飲んだせいで、自分の酒量を見誤ったか。それとも、酔って寝てしまうくらいに自分は心を許されたのだろうか。

「……いや、それは楽観的すぎるか」

 思い浮かんだ考えがあまりに自分に都合が良い物だったので、ハーツは思わず自嘲した。
 玉座のひじ置きには、空になったグラスが置かれている。そのグラスに眠っている合体ザマスの手が添えられているので、少々危なっかしかった。
 ハーツは空のグラスを手に取ると、近くの平面になった水晶の上に持ってきた酒瓶と一緒に置いて退避させておく。
 グラスと酒瓶を置くときに、ガラスとクリスタルが触れあう冷たい音が小さく鳴ったのだが、それでも合体ザマスは起きる様子はない。

「ふむ……」

 そっと片手で合体ザマスの頬に触れてみた。きめの細かい肌の質感が、グローブ越しにハーツの手に伝わる。
 さらに合体ザマスの顎に手を添えて、起こさないように注意しながら、正面から向き合うようにそっと持ち上げた。
 伏せられた瞳。さらりと揺れる髪。きめの細かな肌。
 ――綺麗だった。
 普段は無理強いするような真似は避けているのだが……今まで合体ザマスに対して心を砕いて来たのだ。少しくらい、美味しい思いをさせて貰っても良いだろう。

「酒もご馳走したし、この後、寝床に運んでやる。だから、いいだろう?」

 返事が来ないとわかりきっているにも関わらず、あえて眠っている合体ザマスに囁くように問いかけた。
 身をかがめて、ハーツは合体ザマスの唇に口付け――

「ねー! ちょっとー! 暇なら手伝ってー!」

しようとしたところで、突如、響き渡るフューの大声。

 流石に目を覚ます合体ザマス。
 ハーツは素早く両手を離すと一歩その場から離れて距離を取った。大声で起こされた合体ザマスは、驚いた様子を見せているものの、視線はハーツではなく声がした方に向けられている。
 どうやら、ハーツが口付けしようとしていたことには気がついていないようで、合体ザマスの心はこちらに向かって小走りで近づいてきている眼鏡の青年ーーフューに対する悪態で瞬く間に埋め尽くされていた。

「何か用か、人間?」

 合体ザマスは立ち上がると敵意も露わに側に来たフューを睨むが、フューはどこ吹く風で気にしていない。

 ハーツは澄ました顔でフューを出迎えたが、良いところを邪魔してくれた彼には舌打ちの一つでも送ってやりたい気分だった。

「君たち暇なんでしょ? 手伝って。捕まえてきた実験体が邪魔になったから排除したいんだけど、あっちこっち逃げ回って面倒なんだよ。僕の代わりに始末してきて」
「誰が貴様の手伝いなど」
「意地悪。別にいいよ、ハーツに頼むから」

 合体ザマスが悪態をつくと、フューは口を尖らせてハーツの方に向き直る。

「と、いうわけだからよろしく。君の実力なら問題ないよ」
「それはどうも」

 フューから賛辞を受け取ったハーツだが、全く有り難くなさそうだった。

「やる気出してくれないかな。終わったらちゃんと褒美をあげるからさ」
「褒美、か。なら、これが終わったらゆっくり酒を味わう時間が欲しいな。こうやっていきなり乱入者が現れることがない時間が」
「ゆっくりお酒を味わう『だけ』の時間なら、あげられるんだけどね」
「……どういう意味だ?」
「ここは僕の監獄だから、ここのルールは僕が決めるって言ってるんだよ」

 ーーお子様も居るんだし、監獄だからって風紀紊乱になるのは嫌なんだよね。

 ハーツが心を読んでいるのを見越して、フューは口に出さずに彼に釘を刺す。

 ハーツは思わず口をへの字に曲げた。
 寝ている合体ザマスに口付けをしようとしたことは事実だが、一線を越えるような愚かな真似は元よりするつもりがなかった。しっかり分をわきまえて行動しているつもりなのに、見境なしに手をだす色魔に思われるのは、ハーツにとって不本意だ。

 ハーツは一瞬口を開いたが、結局そのまま言葉を発することなく言いたいことを飲み込む。誤解しているフューに言い訳しようと思ったハーツだが、その釈明を合体ザマスの前でしては都合が悪い。
 ハーツは決まりの悪さを表すように、首の後ろを掻きながら、

「何か誤解があるようだが、それについては後で話そう。取り敢えず、君から承った仕事を片付けてくる」
「よろしく」

 フューから実験体が逃げ出した場所を聞くと、ハーツは手の平から輝くキューブを生み出した。輝くキューブはそのままハーツを飲み込むほど大きくなると、やがてキューブに包まれたハーツは姿が薄れていき、やがてキューブごと消え去った。
 ハーツの持つ能力の一つだ。これでハーツは目的の場所に移動している。

 合体ザマスはハーツが消えると同時に、ここに居る必要がないと言わんばかりに踵を返してその場を離れようとしたが、その背にフューが声をかけた。

「あ、君は僕に着いてきて。ついでにその体の検診やっとくから」
「……ちっ」

 合体ザマスは不愉快そうに舌打ちをした。フューは不機嫌そうに目を細めると、

「反抗的な態度だね。全王に消されかけたところを救って、ドロドロだった体を治してやったのは僕なのに」
「誰が貴様に助けを求めた。貴様が勝手にやったことだ」

 今度はフューが舌打ちをする番だった。フューは大股で距離を詰めると、合体ザマスの肩に手を置いて無理矢理自分の方に向き直らせた。許可無く触れられたことで、合体ザマスの瞳が更に鋭くなるが、フューは怯むどころか不機嫌全開で詰め寄った。

「本当、可愛くない態度。あのさあ、少しは僕に感謝しなよ。今日も狼の魔の手から救ってあげたんだからさ」
「狼? 何を訳の分からんことを……」

 言葉の意味が分からなかった合体ザマスは、肩の手を払いのけながら眉を顰めた。

 フューは苛立ち混じりの溜め息をつくと、

「分かっていないようだから言っておくけれど、ここでは無防備な姿は晒さない方が良いよ。寝込みを襲おうとしている悪い奴がいるからさ」

 合体ザマスはフューの忠告を鼻で笑うと、

「くだらん。不死身の私を殺せる者など、ここにはいない」
「そうじゃなくって……」

 フューは呆れたように肩を落とすと、

「君って結構、鈍感だし無防備だね。不死身だからって、身の危険は感じた方が良いよ」
「どういう意味だ?」

 自分に色欲が向けられたことに気がつかなかった合体ザマスは、フューの言っていることが分からない。だが、馬鹿にされたことを察した合体ザマスは、むっとした表情を浮かべる。フューはずれた眼鏡の位置を元に戻しながら、

「あとは自分で考えて。もし、どうしても分からなかったら可愛くおねだりしてみてよ。気が向いたら教えてあげるからさ」

 そう言うなり、フューは合体ザマスの言葉を待たずにくるりと踵を返して歩き出した。そして、数歩歩いたあと足を止めて肩越しに振り返る。

「ほら、早く着いてきて。検診するって言っただろ?」

 憎い人間から命令を下された合体ザマスの瞳に濃い殺意が漲ったが、両の拳を皮膚に爪が食い込むほど握って堪えると、やがて渋々とフューの元へと歩を進める。

 憎まれ口を叩く自尊心の高い神様だが、どうやら自分の立ち位置は認識しているようだ。自分の後ろを着いてくる合体ザマスの姿を確認したフューは、満足そうに笑みを浮かべたのだった。
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