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骨折:術前(ベジザマ)

 合体ザマスは、第十宇宙の界王神界に佇む神殿の廊下を歩いていた。

 陽の当たる場所は暖かいが、界王神界の空に浮かぶ恒星の数が減ったせいで、最近は肌寒さを覚えることが多くなっていた。

 合体ザマスの腕には、籠が下げられていた。中をよく見れば、赤い林檎が二つと、皮を剥くための包丁と白い取り皿が見えるだろう。
 
 合体ザマスは背筋を伸ばしたまま、静かに廊下を歩いて行く。ふと、その歩みが止まった。

 目の前には、蒼く輝く髪を持った、見覚えのある人間が一人。

 彼は柳眉を顰めると、無言のまま籠の中から包丁を取りだし、思い切り振りかぶってそれを投擲する。包丁は、ふよふよと浮かびながら廊下を移動していたベジットの後頭部めがけて一直線に風を裂いて飛んでいった。

「……あっぶねぇえええなああああ!」

 その包丁がベジットの後頭部に刺さる寸前、彼は振り向きざまに飛来した包丁を指で挟んで受け止めたのだった。

 常人であれば、包丁が刺さって死んでもおかしくない状況だったのだが、そんな殺人的速度で包丁を投擲した当の合体ザマスは、澄ました顔でベジットの元へと歩み寄る。

「なぜ、出歩いている? 転位がひどくなるから、部屋の中で大人しくしておけと言ったはずだ」
「んなこと言ったってよ、暇で暇でしょうがねえんだよ」
 
 ベジットは包丁を投げ返しながら、口を尖らせて不満を垂れる。包丁を受け止めた合体ザマスは溜め息をついた。

「骨が折れたときくらい、大人しくできないのか」



 ゴワスが神殿の中庭に設置したガーデンテーブルでお茶を飲んでいると、ベジットと合体ザマスが組み手を終えて戻ってきた。ゴワスは修行を終えた二人を迎え、手ずから紅茶を用意していたのだが、その途中、ベジットが浮かない顔をしているのに気づく。

 どうしたのか尋ねてみると、彼は左足の太股をさすりながら、なんだか歩く度に左足が痛くてそれがずっと取れないと言う。
 ベジットは、よく合体ザマスと殺し合い寸前の修行をしているので、彼が怪我のひとつやふたつをしているのは珍しくないが、こうやって戦いの後も痛みを訴えているのは珍しい。

 意外に思いながらも、ゴワスはベジットをガーデンチェアに座らせると、彼の足を診察した。太股を撫でたり、足を持ち上げて内旋させたり曲げさせたり。その度に、ベジットは「いてて」と痛みに顔をしかめる。
 合体ザマスはその様子を興味深げに眺めていたが、一方でゴワスの顔は驚愕に包まれ始めていた。

 そして、しつこいくらいにあれこれ様子を見ていたゴワスは、ようやくかぶりを振りながら言った。
「信じられないが、骨が折れているようだ。早急に治療をした方が良い」

 ベジットが骨折した。

 驚天動地、震天動地。青天の霹靂とも言うべきその事実は勿論、その場にいる者達の耳目を驚かせた。

「はあ!? 骨折!?」

 最も驚いたのはベジット本人だ。診察結果を聞いた彼は、目を見開いて唖然としている。その隣では、合体ザマスも口元に手を当てて驚愕していた。

「まさか……! 我の攻撃で!? 我の一撃で人間の骨が折れたのか!? 我の! 痛恨の! 一撃で!?」
「喜んでんじゃねぇよ!」

 手で口元を隠しているが、ベジット相手に有効打を与えられた喜びが隠しきれていない。額に青筋浮かべてベジットは突っ込み、ゴワスも「これ」と合体ザマスを咎めたのだった。

「骨折って……。え、じゃあ修行は?」
「当分の間は無理だ」
「当分って、具体的にはどれくらいなんだよ」

 ゴワスは顎に手を当てて考える。

「んー、サイヤ人の治療をするのは初めてだから、はっきりしたことは言えないが、少なくとも一ヶ月以上はかかると思っていいだろうな」
「えー!」
「なんと、かわいそうに……ぷぷ」
「だから笑ってんじゃねぇ!」

 そして詳しく診察した結果、不幸中の幸いで、折れてはいるが、骨のずれ――すなわち、転位はそれほどしていないことがわかった。
 転位が酷ければ酷いほど周囲の組織を傷つけ、何より骨の治りが遅くなる。今は骨のズレがましな状態でも、何も治療しないまま動き回ればいずれズレが大きくなる。

 よって、ベジットはゴワスから絶対安静を命じられた。
 それが、今朝の出来事である。



 合体ザマスは、ベジットの首根っこを引っ掴んで引きずっていく。後ろの方でベジットが何やら抗議しているが、取り合うつもりのない合体ザマスは、一切を無視してベジットが寝ていた部屋を目指していた。

 ――安静にしていろと命じられたのに、ちょっと目を離すとこれだ。

 目的の部屋に辿り着いた合体ザマスは、一直線に寝室のベッドに向かう。引きずっていたベジットを片手で持ち上げて、ベッドの端に無理やり座らせると、

「大人しくしていろ。いいな?」

 一般人だったら震え上がるほどの恐ろしい声音で命令した。

 だが、ベジットがそんな事で怯えるわけがない。ふてくされた子供のような顔をして、

「ベッドの上でじっとしとくなんて、性に合わねぇ」
「愚か者。性に合おうがなんだろうが、折れた足をぷらぷら動かしていたら、それだけで骨のずれが酷くなる。痛い目を見たくなかったら、さっさとベッドに戻れ。孫悟空が仙豆を持ってくるまでの辛抱だろうが」

 結局あの後、仙豆を食べれば丸く収まることに気が付いたので、早速、地球にいる孫悟空に連絡して持って来させているところである。
 孫悟空の都合上、届くのは明日になるので、それまでは不自由な生活を強いられるのだが、通常の治療だと完治まで数ヶ月かかることを思えば、全然ましな状況ある。

 一日だけ大人しくしていれば元通りに戻るというのに、それすら我慢できないベジットを合体ザマスは呆れ果てた面持ちで見下ろしていた。

「も・ど・れ」

 合体ザマスが威圧的にそう言うと、ベジットは渋々ブーツを脱ぎ始めた。白のブーツを脱着捨てると、両足をベッドの上に上げる。
 だが、その瞬間ベジットは顔をしかめた。

「いてて」

 左足に荷重をかけないように浮かんでいた時はなんともなかったが、骨が折れた方の足を上げると大腿部分に鋭い痛みが走った。

「ゴワス様から頂いた鎮痛薬は?」
「飲んでねぇ。さっきまで痛くなかったから」

 合体ザマスがベッドサイドテーブルに視線を移すと、そこには手をつけられた様子がない薬包と水の入ったコップがあった。
 合体ザマスは視線を再びベジットに向けると、一言。

「飲め」
「苦いんだよ、あの粉薬」
「子供みたいなわがままを言うな。飲まないなら、我が無理やり飲ますぞ」
「お、口移しで?」
「………………」
「冗談! 冗談!」

 無言で包丁を握った合体ザマスを、やや必死に宥めるベジット。殺気だった目で包丁を握る姿が、やたら似合っていて怖い。

 合体ザマスの機嫌を取るため、ベジットはいそいそとベッドサイドに置きっぱなしだった粉薬とコップに手を伸ばす。ちらっと横目で確認すると、合体ザマスは相変わらず包丁を握ったまま、座った目でベジットを睨み据えていた。

 飲んだふりして捨てようかと思ったが、側でしっかり見張っている合体ザマスの目を欺くのは難しいだろう。観念したベジットは仕方なく薬包を空けると、大きく口を開けて天井を見上げ、そして粉薬を口腔内に滑り落とした。途端に口の中に広がる苦み。すぐにぬるくなった水を飲む。
 口の中の苦みを消したくて、ベジットはコップの水を全て飲み干した。

「うえ、苦い……」

 水を飲み干しても、歯の隙間に薬が残っているのか、何とも言い難い苦みが後味のように口の中に残っている。

「薬を飲んだ褒美に、林檎を剥いてやる」

 合体ザマスはベッドの側にあった椅子を引き寄せてそれに腰掛けると、籠を膝の上に置いて林檎の皮を剥き始めた。包丁を片手に、するすると林檎の皮を剥く彼からは殺気を感じない。ベジットが合体ザマスの言うことを聞いて薬を飲んだので、気が済んだのだろう。
 ベジットはベッドサイドテーブルに空のコップを置きながら、

「ゴワス様が作った薬は良く効くけど、このもの凄い苦みはどうにかなんねぇのか?」
「ならば、次から使用する鎮痛剤は、注射薬にしてやろうか? 味を感じなくて済むぞ」
「……お前、本当性格悪いな」

 粉薬は嫌だが、注射はもっと嫌だ。孫悟空の注射嫌いを受け継いでいるベジットは、腕に針を刺される所を想像をして、おっかないと言わんばかりに背筋を震わせた。

「ほら、剥いてやったぞ。食べろ」

 きっちり八等分した林檎を並べた取り皿にフォークを添えて、ベジットに渡す。
 ベジットは待っていましたと言わんばかりに、フォークを片手に蜜がたっぷり入った林檎にかじりついた。林檎の甘酸っぱさと、しゃくっと小気味の良い食感がたまらない。林檎を食べているうちに口の中に残って苦みも綺麗さっぱり消えていった。

「もう一個も食べるか?」

 ベジットがこくっと頷くと、合体ザマスは再び残りの林檎の皮を剥き始める。ベジットはごくんと咀嚼した林檎を飲み込むと、

「……なんか今日は妙に優しいな」

 つい先程、刃物片手に殺気を向けられたりもしたが、それを除けば合体ザマスは薬や食事を運んだり林檎を剥いてやったりと、それなりにベジットの世話を焼いている。

……オレの骨を折ったことを、気に病んでいるのか?

 ベジットは疑問と期待を抱くが、彼の呟きを耳にした合体ザマスは、林檎の皮を剥く手を止めると、得意げな表情で胸を張って言う。

「何せこの『我』の一撃で、怪我をさせてしまったからな。本来なら、真剣勝負においての怪我など、戦士の烙印としてその身に謹んで受けなければならないが、偉大な神の一撃をその身に受けた愚かで怠惰で脆弱な人間相手に、それは哀れが過ぎるというもの。考え直した我は、神として人間に慈悲をくれてやることにしたのだ。感謝しろ」

 普段、ベジットとの勝負で敗北を喫しているからか、そのベジットに強烈な一撃を与えられたのが相当嬉しかったようで、わざわざ『我』の部分を強調して蕩々と語る。
 弱いだの何だの言われたベジットは勿論、額に青筋を浮かべた。

「ほおおぉぉぉ、それはそれは有り難いな。いや、実は気にしてたんだよ。なんせ、結局その組み手で勝利したのは、『オレ』だからなああぁぁ」
 合体ザマスの頬がぴくっと引きつるが、ベジットは尚も言葉を続ける。

「良かった良かった。もしかしたら、骨折っていう圧倒的有利な状況だったにも関わらず『負けてしまったかみさま』が、心の中では泣いてるかと思って心配してたんだ。何せいつもは負けた後、ぶつぶつ恨みがましく一人で呟いているし、何なら時々、泣いてるしよ」

 目には目を。歯には歯を。煽りには煽りを。

「泣いてなどいない!」

 途端に合体ザマスが叫び、そして二人は睨み合う。

「足を折られた腹いせに神を侮辱するか、人間」
「負けた腹いせに嫌味かよ、かみさま」
「……どうやら、もう片方の足も折られたいようだな」
「ついさっき骨折してるオレに負けた癖に、勝てるつもりか?」

 鋭くなる視線。急速に膨らむ怒気。空気が弾けそうなほどの緊迫感に包まれる。
 無言のまま睨み合いが続いた。

『……』

 一触即発の険悪さだったが、先に矛を収めたのは――合体ザマスだった。
 彼はふっと怒気を消すと、皮を剥いている途中の林檎をベジットが持つ取り皿に放り投げ、そして空になった籠に包丁と林檎の皮を手早く仕舞い、立ち上がった。

「我は貴様と戦うつもりはない」

 このまま戦いに入る気満々だったベジットは、虚を突かれた。

「やんないのか?」
「不本意だが、ゴワス様から貴様の世話を任せられている。だから、戦うわけにはいかん」
「……お前から煽ってきた癖に」

 あわよくば、退屈なベッドの上から抜け出して、合体ザマスと闘えることを期待していたベジットは口を尖らせる。もう少し煽ってやろうかとも思ったが、さっさと踵を返して部屋を後にしようとしている合体ザマスを見て諦めた。
 合体ザマスは扉を通り抜ける寸前、足を止めて振り返ると、

「夕食の時間になったら食事を持ってきてやるから、それまでベッドで大人しくしていろ」
「ちぇっ。結局それかよ」



 合体ザマスは、やや傾いた日差しが差し込む廊下を歩いていた。
 子供のようにじっとしておけない人間には困ったものだと、先に自分からけしかけた事は棚に上げて、合体ザマスはやれやれと嘆息した。だが、釘を刺しておいたので流石に明日までは大人しくしているだろう。
 それに、ベジットが不自由しているのは、少なからず合体ザマスが要因であることは間違いないので、怪我が治るまでは世話をしてやるのもやぶさかではない。

 さしあたって、今日のベジットの夕食は何にするべきか。
 合体ザマスは、基本的に食事は紅茶で済ます。飲めば空腹を癒やし、肉体を活発にさせる神の紅茶。だが、ベジットは紅茶だけで腹を満杯にさせるのは好まない。
 ベジットが地球から色々と食材を持ち込んでいるので、その中から食材を作ってやれば良いか。

 炊事場にある食材を思い浮かべつつ、何が作れるかを思案しながら歩いている最中、ふとベジットが使用したコップを、持って帰って来ていないことに気がついた。
 夕食を持っていったときに回収しても良いが――

 思い出してしまった以上、片付けておかないと落ち着かない。結局、合体ザマスは踵を返してベジットの部屋に戻ることにした。ついでに、ベジットが林檎を食べ終えていたら皿も下げようと考えながら、廊下を曲がると、彼の足がぴたっと止まる。
 合体ザマスの目に映ったのは――


 性懲りも無く部屋から抜け出して、ふよふよ浮いてどこかに出かけるベジットの後ろ姿。

 合体ザマスの手が、再び籠の中の包丁を握ったのだった。
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