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骨折:術後(ハツザマ)

「参ったな」

 自室のベッドの上に寝転んでいたハーツは、大きな溜め息をついた。
 コアエリアの一角にあるハーツの寝室は、窓のある壁に接したベッドと、幾つかの家具があるだけの簡素な部屋だった。

 いつものコートとボトムスではなく、薄くて白い浴衣型の術着を来たハーツは、腫れ上がった左大腿部を手で押さえている。左大腿部から発生する鈍痛が、鼓動に合わせて身体の奥底からハーツを苛んだ。眉間には深い皺が刻まれ、額にはじっとりと汗が浮かんでいる。

 今日、暴走したカンバーの相手をしていたのだが、うっかり足に攻撃を喰らって骨折してしまったのだ。大怪我を負ったままカンバーを圧倒して勝利を収めた辺り、ハーツの実力の高さが窺えるのだが、当の本人は勝利したことより戦闘で大怪我してしまったことを自嘲した。

 フューの治療を受けて取り敢えず回復の目処は立ったのだが、如何せん治療した太股が腫れに腫れて痛みが酷い。フューが、大腿部の骨折に対して外科的な治療を行った場合、太股に筋肉がある人の方が痛みや腫れが酷くなると言っていた。彼の説明通り、鋼の筋肉で覆われたハーツの太股は、一回りも二回りも腫れ上がったのだった。

「ハーツ様、鎮痛剤を持ってきた」

 控えめなノックの音とともに、ラグスが水の入ったコップと二つの錠剤を乗せたお盆を持って部屋に入ってきた。

「ありがとう」

 ハーツは太股の痛みに耐えながらベッドから身を起こすと、ラグスからコップと薬を受け取る。だが、それを服薬する前に、ラグスが心配そうな顔でハーツに声をかけた。

「その鎮痛剤は、フューが調合した薬、よね?」

 ラグスの目はハーツの身を心配する純粋な色で満たされていた。

 フュー。この監獄惑星の主で、ハーツ達をコアエリアに封印している張本人でもあり、今回ハーツの足を治療した医者代わりでもある。博識で高い技術を持った青年で治療の腕前は確かなのだが、如何せん彼の思想の危うさはコアエリアにいる全員が熟知している。

 治療した対価として、ハーツを新薬の実験台にしようと考えてもおかしくない人物である。そんな人物が作った薬を、ハーツは飲むというのだ。ラグスは心配でたまらないのだろう。

「まず、私が毒味を……」

 ハーツはラグスを安心させるように穏やかな微笑みながら、彼女の申し出を丁重に断った。

「心配しなくていい。オレの治療をしている時やこの薬を渡す時にフューの心を読んだが、邪なことは考えていなかった。だから大丈夫だろう」

 代わりに、ハーツを治療するフューの頭の中は、『面倒くさーい』という愚痴で埋め尽くされていたが。
 ハーツの言葉に少しだけ安心した様子を見せるラグス。ラグスに見守られながら、ハーツは薬を口に含むとコップを呷った。

 二口ほど水を飲んだところで口内の薬は水と一緒に胃の中へと消えたのだが、喉が渇いていたのでそのまま全てのコップの水を飲み干して、ハーツはふうっと息をついた。よく冷えた水が体内に染み渡る。

 色々と怪しげな実験をしているフューだが、やはり腕は確かなようで、薬を飲んで暫くしたら痛みは嘘のように引いてしまった。しかし、動くと鈍い痛みが太股に走るので無理は禁物である。

「ハーツ様、何か欲しいものは?」

 空になったコップを片付けたり、汗拭き用のお絞りを用意したりと、甲斐甲斐しくハーツの世話をしていたラグスが問いかける。

「そうだな……」

 汗ばんだ体をお絞りで拭きながら、ハーツは考え込む。痛みが酷いときは何も考えられなかったが、疼痛が引いた途端、体が欲を訴え始める。
 先程まで、汗をかいていたのでまだ飲み物が欲しいし、ずっとベッドの上で安静にしていなければならないので暇つぶしが欲しい。
 喉の渇きが癒やせ、なおかつ時間潰しにもなるもの。

「そうだ。酒を貰えるか?」

 フューが怪我が治るまでは禁酒と言っていたような気がしたが、ハーツは無視することにした。

「そこの棚の中に飲みかけのブランデーが……」

「駄目」

 きっぱりと拒否するラグス。

「怪我をしている最中に、お酒を飲むのは体に良くない」
「そう言うな。オレは酒を飲んだくらいではどうにもならない。
――そうだ、ラグスも一緒に飲まないか? 中々、口当たりの良い酒で……」
「駄・目」

 両手を腰に当てたラグスは再びきっぱり拒否する。その取り付く島もないすっぱりした物言いは、さしものハーツをも閉口させた。

「そ、それなら何か冷たいものでも貰おうか。まだ、体が熱くて仕方が無いんだ」
「なら、冷たいお水を用意する」

 ラグスは頬を緩めて少し嬉しそうにそう言うと、ハーツから使用済みのお絞りを受け取り扉へと踵を返す。ハーツの私室にはキッチンも備え付けられているが、寝室とは別になっているので扉の向こうにある。
 足音も軽やかに部屋を後にしようとしたラグスだったが、ドアノブに手をかけるより早く、ぎぃっと音を立てて扉が開いたので、思わず彼女は足を止めた。

 寝室に入ってきたのは、合体ザマスだった。

「やあ、ザマス」

 突然、ノックもなしに寝室に入ってきたからか。それともハーツが合体ザマスの姿を見て嬉しそうな声を上げたからか。
 ラグスは何をしに来た? と言わんばかりに合体ザマスを睨み付ける。ラグスの心は合体ザマスへの敵対心――というか、恋敵への反発心で一杯になっている。一方的に敵意を向けられている合体ザマスだが、彼はその理由を理解していない。

「ラグス。すまないが、ザマスと二人っきりにしてくれ」

 驚いた表情でハーツを見返すラグスだが、結局渋々といった感じで、

「……わかった」

と呟くと、最後にぎろっと合体ザマスを睨んで扉の向こうへと去って行ったのだった。
 睨まれた合体ザマスは、生意気な人間だと不満げに鼻を鳴らす。一連の流れを心の声を聴きながら観察していたハーツは、内心こっそり苦笑した。

「わざわざ見舞いに来てくれたのか?」
「ああ。お前の情けない姿を拝みに来てやった。感謝するがいい」
「それはそれは」

 ベッドのそばに歩み寄った合体ザマスは、手近にあった丸椅子を引き寄せると、ハーツに断りもなくそこに座る。合体ザマスは術着を来たハーツを一瞥すると眉間に皺を寄せた。

「情けない姿だ」
「失望したか?」
「当たり前だ。あの野蛮な人間相手にむざむざ後れを取るとは」
「手厳しいな」
「それで、その怪我はいつ治るんだ?」
「すぐに元の状態に回復するだろうとフューは言っていたな」
「そうか」
「安心したか?」
「ああ。もし、もう二度と闘えない体になっていたら、すぐにでも私が引導を渡してやろうと思っていたところだ」
「慈愛溢れる考えだな」

 合体ザマスから物騒なお見舞いの言葉を受け取ったハーツは、おどけた様子で感想を述べた。
 ふと、合体ザマスと会話をしていたハーツはふと喉の渇きを覚える。同時に、ラグスがいない今なら酒が飲めると余計なことを考えつく。

「ところでザマス、一緒に一杯どうだ?」

 ハーツがすっと寝室の壁際にある棚を指さすと、音もなく棚の扉が開いた。ハーツの持つ、重力を操る能力の応用である。

 両開きの棚の中には半分ほど残ったブランデーのボトルと、お酒をストレートに飲むのに適した、小さいガラスのストレートグラスが丁度二つ。最近、寝酒をするのが日課になっているので、その為に寝室にグラスを置いていたのだが、まさかこういう場面で役に立つとは。

 ハーツは指でくいっとこちらに来るように指示すると、酒瓶とグラスがふわっと浮いた。 
 そのまま宙に浮いた酒瓶達は滑るようにハーツの元へと飛んでくる。二つのグラスは、ベッドのそばにある木製のサイドテーブルの上に音もなく着地し、酒瓶はハーツの手に収まるはずだったが、ハーツが手にする寸前で合体ザマスがその酒瓶を横から奪い取ったのだった。

 ハーツは驚いた表情で合体ザマスの方に顔を向ける。酒瓶を手にした合体ザマスは、冷ややかな目でハーツを見据えていた。

「怪我が治るまで禁酒だと、主治医から言われたのを忘れたのか?」

 ハーツは思わず苦虫を噛みつぶした顔になった。

「フューから聞いたのか?」

 ハーツの問いに頷く合体ザマス。ハーツは内心舌打ちをする。
 まさか、フューが合体ザマスにまで手を回していたとは。

「固いことを言うな。飲んだって問題ない」

 そう言いながらハーツは酒に手を伸ばしたが、合体ザマスは椅子から立ち上がるとひらりとその手から逃げてしまった。

「駄目だ。怪我が治るまで、これは預かっておく」
「ザマス……」

 恨みがましくハーツが呟くと、合体ザマスは、ふふんと笑って、

「恨むなら、うっかり骨を折ってしまった自分の愚かさを恨むんだな」

 その笑顔は、今日初めてハーツに見せた笑顔。実に楽しそうであるのが、また小憎たらしい。合体ザマスは酒瓶を持ったまま寝室の扉を開け放つと、

「ラグス! ハーツが隠れて酒を飲もうとしていたぞ! この部屋にある酒を全て隠しておけ!」

 ばたばたと走り来るラグスの足音が聞こえる。
 姿を現したラグスは、合体ザマスから渡された酒瓶を見ると、非難めいた視線をハーツに向けた。ラグスは頬を膨らませながら、隠された酒を探すべく大捜索を始める。きっと優秀なラグスは、ハーツの私室に仕舞われた全てのお酒を探し出して封印してしまうだろう。
 ハーツが絶望的な気分でその様子を眺めていると、おもむろに合体ザマスが振り返った。

「仲間思いの同士に囲まれて、お前は本当に幸せ者だな」
「……ああ、幸せすぎて泣きそうだよ」

 合体ザマスから皮肉たっぷりの言葉手向けられたハーツは、引きつった笑みを浮かべながらやけくそ気味にそう言ったのだった。
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