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第四話 事件のまとめ(6月27日 土曜日)

「オレが聞いた話をまとめると……」

 陽も暮れて、夜の街が酒の匂いと酔っ払いの喧噪に包まれる時刻。
 土曜日の夜ということもあって、新鮮な魚介が売りの居酒屋は大勢の客で満杯である。

 そんな賑やかな酔客達に紛れ込むように、ハーツとフューは掘りごたつのある個室で向かい合って飲んでいた。

「轢き逃げ事件に使われた盗難車は、大学院の駐車場に駐められていた。
 その日は、あの大学と大学院の合同オープンキャンパスが開催されていて、学部の案内と合わせて部活やサークル活動の紹介もあったらしい。
 盗難車の持ち主はサッカー部のOBということで、サッカー部の勧誘の手伝いに来ていた」

 ハーツは麦焼酎のロックを飲みながら話を続け、フューはごま鯖の刺身を食べながら、興味深げに話を聞いていた。

「朝、8時30頃に大学院の駐車場に車を置いて、盗まれたと気が付いたのが13時頃。
 オープンキャンパスも終わって、さあ帰ろうとしたところで、まず車がないことに気が付いた。散々、騒いだ後、サッカー部の顧問である教授に相談して、警察に連絡。
 それが13時30分頃。そして、鞄から車のキーも盗まれていることに気が付いたのは、警察に連絡してからだ」
「盗難車のキーって確か……」
「乗り捨てられた車の中で見つかっている」
「ということは、犯人はまずその会社員の鞄から車のキーを盗んで、駐車場に駐めてあった車に乗り込み、そしてあの被害者を轢いたってこと?」
「ああ。ただ、被害者を轢き殺すために車を盗んだのか、それとも車を盗んだら、たまたま轢いてしまったのか、警察も断定しかねているようだな。
 捜査していた警官の動きを見る限り、怨恨の線が有力と思っているようだが」
「でも、それってさ……」

 フューは、刺身の後味をビールで流し込みながら、

「会社員の鞄の中に車のキーがあることを知ってて、なおかつ、駐車場に駐められている車のうち、どれが会社員の車かを知ってなきゃ、車を盗むのは無理だよね?」
「不可能、とまでは言わないが、かなり難しいだろうな。
 あの日は、大学や院に関係する人たちの車だけでなく、オープンキャンパスに来た人間の車も多く駐車されていたそうだ。
 一個一個、鍵があうかどうか試せば、その内、当たるだろうが現実的じゃない。
 それに、その会社員が車を駐車場に駐めたのは8時30分でも、車の鍵が入ったバックを運動場の片隅に置いたのは10時頃で、それまでは肌身離さずバッグを持っていたと証言している」
「なら、犯人はその日、オープンキャンパスにいた人物で、会社員の車のことを知ってて、なおかつ轢き逃げ事件があった時間にアリバイのない人物でしょ?
 それだけ情報があって容疑者は絞れないの?」
「絞れたさ。それが昨日、オレが会ってきた三人だ」
「院長と教授と社長」
「そうだ」
「ゴワス教授のアリバイは?」
「調べたぞ。轢き逃げがあった時間は、自分の門下生とともに、食堂で昼食を取っていたようだ」

 ハーツの言葉が終わった瞬間、個室の襖の向こうから店員が声をかけてきた。二人は一旦、会話を打ち切り、中に入るように促すと、天ぷらの盛り合わせとホタルイカの沖漬けを盆に乗せた店員が入ってくる。
 フューが天ぷらを見て目を輝かせた。

 料理をテーブルの上に載せ終えた店員が、一礼して去って行ったのを見計らって、ハーツは再び口を開く。

「盗難車は会社員が大学生時代から乗っている車で、その車を使って部活の遠征にも出かけていたそうだ。
 その際、教授を乗せたこともあるから、当然、教授は知っている。社長も知っているだろう。
 その会社は社内の駐車場を利用する社員に、車種とナンバーを会社に伝えるようにしているから」
「院長は?」
「事件当日の朝、会社員が車を降りたところで、院長と会ったそうだ。その時、少しの間だが会話をしたらしい」
「なら、容疑者のひとりだね」

 フューはそう言うと、イカの天ぷらにかぶりついた。天つゆに浸したイカ天を美味しそうに食べていたフューは、ふと思いついたように、

「あれ? でも、君の話を聞いた限り、社長はその日、会社に行った後、ずっと家にいたんでしょう?
 だったら、大学院に行ってない社長はシロなんじゃないの?」
「よく気が付いたな」

 ハーツは麦焼酎を飲み干しながら、感心したように言った。

 ホタルイカの沖漬けを肴に、三杯目の麦焼酎の水割りを作製し始めたハーツだが、微塵も酔った様子は見られない。

 このペースで行けば、最初に頼んだ焼酎二合は早々になくなるだろう。

「昨日、その社長を呼び出して、一緒に飲んだと話しただろう?
 その時に分かったんだが、社長はその日、会社に行った後、大学院に行っている。そのまま家に帰ったなんて嘘だ」
「え!」

 フューは目を大きく開いて驚いた。

「それって、その社長、警察相手に嘘をついたってこと!?」
「そういうことだ」

 フューは興奮した様子で、身を乗り出しながら、

「それ、どうしてわかったの!? 口先で丸め込んで自白させた!?」
「いや、社長は口を割らなかった。オレがいくら聞いても、あの日は会社を出た後、家に帰ったの一点張りだった」
「じゃあ、なんで嘘だってわかったんだよ」
「社長の心を読んだからだ」
「え?」

 あまりにも。

 あまりにも、ハーツが当たり前のように言うものだから、フューはぽかんと口を開ける。
 まるで、近所のコンビニに行ってきたと言わんばかりの気楽さで、ハーツは言葉を続ける。

「社長は、口ではずっと家にいたと言っていた。だが、心の中では、実は大学院に向かったと言っていたのが”聴こえた”んだ」
「え? 聞こえたって……え?」
「……」

 しばらく、唖然としているフューの顔を眺めていたハーツは、やがていつものように笑うと、

「冗談だ。ただ、君をからかっただけだ」

 途端に、フューは安堵したようにほっと肩で息をついた。

「もー。驚かせないでよ」
「面白くなかったか? 笑ってくれると思ったんだが」
「面白くないし、笑えるわけないでしょ」

 フューは気を落ち着けるためにビールをひとくち飲んだ後、

「何度も言うけど、君が言うと、リアリティがあるんだよ。
 君、本当に相手の心を読んでるんじゃないのかって思うくらい、勘が鋭い時があるから」
「……そうか」
「で? 話が逸れたけど、どうして社長が嘘を吐いているってわかったの? 教えて」
「それは……内緒だ」
「なんでー!」
「君に教えると、君が嘘を吐いた時、見破ることができなくなる」
「うげー。何その理由」

 フューは不満そうに口を尖らせた。

「拗ねるな。変わりにもっと面白い情報を教えてやるから」
「何?」
「嘘をついているのは、社長だけじゃない。院長と教授もだ」
「!」
「院長は、事件当日の朝、被害者と会っていないと言っていたが、それは嘘だ。
 昼の11時30分頃に、被害者と駐車場で口論しているのを、そばを通りかかった学生が見かけている。
 教授も、車を盗まれた会社員が相談してきた時、警察に連絡するよう指示したと、まるで直接、会社員と顔を合わせて指示を出したかのように言っているが、実際は電話で伝えただけだ。
 教授は朝から姿を消していて、サッカー部の学生達が、実際に教授の姿を見たのは、14時頃だ」
「事件があったのは、確か12時30分頃……」

 フューが記憶の引き出しから情報を取り出すように呟いた。
 ハーツは頷くと、

「そうだ。しかも、大学院から轢き逃げ事件があった場所へは、車を使えば10分もあればいける。
 轢き逃げ事件があった現場から盗難車が乗り捨てられた場所へは、車で20分程度。そして、その乗り捨てられた現場から大学院へは徒歩で30分。
 乗り捨てられた現場から社長の会社までも同様で、歩いて30分程度。走ればもっと早いだろう。
 位置関係を考えると、全員犯行は可能だ。
 これは心を読んだわけじゃなく、ちゃんと地道に聞き込みをして調べたんだからな」
「よくやるよ」

 フューは呆れ混じりに感嘆した。
 ハーツはこの情報を手に入れるために、ここ数日、容疑者達の他にも大学院関係者や、どうやって連絡先を手に入れたのか知らないが、この間、顔を合わせたゴジータとかいう警官が連れていた後輩警官からも話を聞き出していたのだ。

「ハーツのその行動力の凄まじさは素直に感心する」
「お褒めにあずかり光栄だ」
「その三人の中で一番怪しいのは、論文を盗用した教授かな。
 ハーツの話を聞く限り、全くの誤解だったって訳ではなさそうだし。
 あ、海老天食べる?」
「食べて良いぞ」
「やったー!」

 子供のように喜びながら、フューはいそいそと海老天を自分の取り皿に移す。
 二人とも各々のペースで食事を摂取しているが、料理を消費するペースはフューの方が速く、お酒を消費するペースはハーツの方が速かった。

「盗用に関してはオレもそう思っている。
 少なくとも、周りの話を聞いた限りでは、教授や院長が言うように、穏やかに解決したわけではなさそうだ。
 最初に盗用だと騒ぎ始めたのは被害者だが、ゴワス教授はその行動を諫めたりはしなかったそうだ。
 何日か大学院の上層部との話し合いが続き、そして数日経ったところで急にあれは誤解だったと言い始めた。
 ただ、そうすると、なぜゴワス教授が黙っているのか気になるところだが」
「というか、動機だけで考えたら、一番疑わしいのは教授だよね」
「まあな。大学院の縮小を反対されたくらいで、危害を加えようとしたとは俄に信じ難いし、社長に至っては動機は不明だ。
 他の二人に比べれば、まだ教授は怪しい。
 だが、正直それでも犯罪を行う理由としては、弱いと思っている」
「ああ、さっき、ハーツが言っていた『急いで殺さないといけない理由』か。
 確かに、論文の盗用が原因だとしても、そもそも盗まれたはずのゴワス教授は否定しているし、だいいち、その盗作騒動が起こってから、時間が経ってるしね。
 今更、殺すにしても、もっと犯行がばれないようにするだろうな。僕なら」
「三人とも事件の直前、被害者と話しをしている。
 院長は被害者と口論しているが、内容はわからない。考えられるのは大学院縮小の件。
 教授は盗用のことで口論したと認めている。
 社長は支援を求められて断っただけで、口論していないと言っているが、これも本当のことはわからない」
「うーん、全員怪しいには怪しいけど、どれも決め手に欠ける感じ」

 フューは海老天を咀嚼しながら唸る。ハーツもそれに同意した。

「どれもこれも、事件の動機としてはしっくりこない。
 ただ、まだ何か、隠された事実があるとしても、これ以上、探るのは難しいな」
「そう言って、本当は犯人がわかってんじゃないの? お得意の鋭い勘でさ」
「まさか。好きな時に好きなだけ相手の心が読めるなら、これだけ苦労して犯人を捜したりはしないさ」

 ハーツは苦笑する。フューはふと、箸を止めると、

「そういえばさ。ハーツは、犯人を見つけてどうするの?
 随分、積極的に探してるようだけど、見つけたら説教でもして改心させるつもり?」
「今は、犯人に対して何もする気は無いな。
 オレ自身は何も損害を被っていないし、そういう犯罪者を改心させるのは、別の人間の仕事だ。
 それに何より、仮にこの轢き逃げ事件が、被害者を狙った事件だったとしたら、犯人をどうするかは、被害者の意思を尊重したいと思っている」
「確かに、それが妥当だよね。僕達は、事件にたまたま関わった部外者でしかないし。
 まあ、そう言う割に、君は随分、首を突っ込んでいるけど」
「こんなに好奇心が刺激されるのは久しぶりでね。
 ただ、さっきも言ったが、これ以上、どうやって情報を探るべきか、ちょっと考えあぐねている」
「次は僕が聞き込みをしようか?
 なんか、ハーツの話を聞いてたら、僕も探偵ごっこしたくなってきた」
「探偵ごっことは心外だな。
 まあ、手伝ってくれるなら有り難いが、誰に聞き込み調査をするつもりだ?」
「ザマス」

 フューはさらりと被害者の名を口にした。予想外の回答を聞いて驚いたハーツは、麦焼酎を飲む手を止めて顔を上げる。

 フューは飄々と、

「週明け、人工呼吸器を離脱して被害者の口から管を抜く。
 そうなれば鎮静剤も必要なくなるから、彼も完全に目を覚ますはず」
「もう、そこまで回復していたのか。流石だな」
「脳にどれくらい障害が残っているのか、まだわからないから、もしかしたら、後遺症の程度によっては、目覚めても会話できないかもね。
 でも、今でもこちらの質問に対して、頷いたり首を振ったりして返事が出来ているから、コミュニケーションが取れる可能性は高い」
「ん? 薬で寝かせているのに、コミュニケーションが取れるのか?」
「薬で寝かせるって言っても、何をしても起きないくらい深くは眠らせないんだよ。
 鎮静は、声かけや肩を叩くみたいな刺激で目を覚まして、何もしなかったらそのまま眠っちゃう程度が理想なの」
「それは知らなかった」

 医学は奥が深い。それは、フューと話すたびに感じていた。

「だが、あんまり患者に変なことを聞くと、君が上級医から怒られるかもしれないぞ?」

 フューはウィンクをしながら、

「ご心配なく、上手くやるよ。あと、ハーツはさっき、できることが無くなったって言っていたけど、まだ君にもできることはあるよ」
「例えば?」
「ハーツ、自分が犯人になったつもりで考えてみて。
 もし仮に、殺そうと思っていた相手が、命を取り留めて会話できるまで復活したら、どういう気持ちになる?」

 ハーツは途端に顔を顰めた。

「もしかして、オレに被害者が回復したことを、容疑者達に伝えてこいって言ってるのか?」

 フューはにんまり笑いながら、

「その時の三人の反応を、見たいと思わない?」

 ハーツは呆れ混じりの溜め息をつきながら、

「君の旺盛な好奇心には恐れ入るよ」





「そうか、彼の容態は快方へ向かっているのか。それは良かった」

 そういう院長の顔は、苦虫を噛み潰したかのようだった。その隣にいる教授も同様だ。
 会議が終わり、他の出席者は席を立ち、それぞれで立ち話をしている中、ザマスの容態を告げたゴワスは硬い表情でその二人の様子を見つめていた。





「え? あの被害者が目を覚ます? あ……いや、それは良かった」

 社長は笑って誤魔化しながら、内心の動揺を押し流すように酒を呷った。
 その隣のカウンターで酒を飲んでいたハーツは、

「医者をやっている友人から聞いた。
 おそらくは、会話も可能だろうと。これで、被害者が事件のことで知っていることを喋ってくれれば、事件は解決に向かうかもしれない」
「……それは良かった」

 社長は取り繕った表情を浮かべながら酒を飲む。
 表面上、にこやかな笑顔を浮かべたハーツは、内心、冷めた目でそれを見つめていたのだった。





 そして、強い陽射しと共に気温が一気に上がり、本格的な夏を迎えたその日。

 ザマスは目を覚ました。



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