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第十一話 犯人を捜して(8月18日 火曜日)

 大学院の正面玄関をくぐった時から、周りの人間の視線が自分に向けられているのがわかった。

 ザマスは、好奇と嫌悪が入り交じった視線を無視して、穏やかなクラッシックが流れる玄関ホールを横切ると、事務室の扉を開けた。

 先日、復学の手続きを行ったのだが、追加で記入、提出しなければならない書類があったらしく、ザマスは事務員に電話で呼び出されて、大学院まで来たのである。

 扉を開けた瞬間、仕事用のデスクが並ぶその部屋にいた全員の視線がザマスに向けられる。

 不快そうにザマスが眉間に皺を寄せる中、初老の男が応対した。事務室の片隅にある机で対面越しに書類の内容の説明を受ける。ザマスが書類に必要事項を記入している最中、男性事務員は、ちらちらと怯えと戸惑いが混じった視線を向けてきた。

 ザマスは鬱陶しさを押し殺しながらそれを無視すると、差し出された書類をひったくるようにして受け取り、無言のまま事務室を出る。

 足早に玄関ホールを横切って、大学図書館へ向かう。遠目からでもすぐにわかるほど、ザマスは苛立っていた。

――殺された……。
――院長が……。
――教授もあいつが……。

 図書室でも同じだった。
 パソコンに向かい、電子ジャーナルで文献を検索していた最中、耳についたひそひそ話。

 図書室の片隅に集まって小声で話していた院生の集団を、殺意を込めた目でぎろっと睨むと、その集団はそそくさと解散した。

「ちっ!」

 ザマスは不愉快を隠さず、舌打ちをする。
 必要な検索を終えたザマスは、苛立たしげに隣の椅子に置いていたトートバッグを手に取ると、乱暴に図書室の扉を開けて出ていった。

 振り向かずとも、自分の背中に人間達の下賤な視線が突き刺さるのがわかった。
 腹立たしさのあまり、どすどすと足音を鳴らして廊下を足早に通り過ぎていったザマスだが、正面玄関ホールに戻るとその足は止まる。

 目の前に、ひとりの私服の男がザマスの前に立ち塞がっていた。その男が誰かわかった瞬間、ザマスのまなじりがきつく吊り上がる。

 顔に覚えがある。

 ザマスが入院中に、轢き逃げ事件の聴取に来た警察官で、名前は確かゴジータとか言っていた。警察とは思えぬぞんざいな態度が、悪い意味で印象に残っている。

「何の用だ? 私に聴取にでも来たのか? その格好で?」

 ゴジータが身に纏っているのは、警官の制服ではなく、白いTシャツにデニムのパンツというカジュアルな服だ。

 ザマスは嘲るように問いかけたが、ゴジータは表情を変えぬまま、

「今日は非番だ。だが、あんたに話があるから来た」
「私を轢き殺そうとした人間がわかったという話なら聞いてやる。それ以外なら、お前に話すことなど何ひとつ無い」

 ザマスは冷徹に切って捨てると、足早にゴジータの横を通り過ぎようとした。

 だが、ゴジータはすれ違う寸前、その腕を掴んで引き留める。
 腕を掴まれたザマスは、怒りの形相でゴジータを睨み付けると、

「放せ」

 怒りを押し殺した低い声は、気の弱い者だったら竦みあがるほどの威圧感があった。
 だが、ゴジータは臆した様子もなく、

「あんた、昨日はどこで何をしていた?」

 ザマスの腕を掴む力が強くなる。それは、答えるまで離さないという無言の圧力だった。

「お前に答える筋合いはない」
「答えろ」

 ザマスの腕を掴む手にさらに力が込められる。痛みに顔を顰めたザマスだったが、ザマスは怯むどころか、一気に怒りを爆発させた。

「放せ!」

 激昂したザマスは自由な方の手で、拳を作ってゴジータに殴りかかる。腕の力だけで繰り出された拳にも関わらず、威力も速度もある一撃。
 至近距離から放たれた加減を知らない一撃を、ゴジータは前腕を掲げてやすやすと防いだ。

 その隙にザマスはゴジータの手を振り払い、さらに追撃で蹴りを放つ。顎を狙った、槍のように鋭い蹴り。だが、完全に治りきっていない足で繰り出した蹴りは、ザマス自身にもずきっと鋭い痛みを負わせた。

 ゴジータはその一撃を腕で捌きながら、

「へえ! 結構、良い蹴りするじゃねぇか!」

 ゴジータの口元に野性的な笑みが浮かぶ。眼前に迫っていたザマスの拳を、その手首を掴むと、そのままザマスの背にくっつけるようにねじり上げながら、ザマスの体を近くの壁に叩き付けた。

「ぐ!?」

 鈍い衝撃がザマスを襲う。彼の口から、くぐもった呻きが漏れた。

 突然、始まった乱闘を聞きつけて、周りに野次馬が集まり始める。

「くそ! 放せ!」

 ザマスは身を捩って離れようとしたが、ゴジータは自分の体を押しつけて押さえ込む。頬に冷たい壁があたる。

「残念だったな。怪我が治っていれば、もっと良い戦いが出来たんだろうによ」

 ゴジータがザマスの耳元で呟く。
 完全に動きを封じられたザマスは、悔しさのあまり歯噛みをする。視線で射殺さんばかりに背後のゴジータを睨み付けるが、ゴジータはそれを意に介さず、

「ほら、答えろよ。昨日は、どこで何をしていた?
 答えたら、暴行未遂は見逃してやるからよ」
「ふざけるな! 誰が貴様と言葉など交わすか!」
「強情だな」
「っ!」

 ゴジータはそのまま手首をさらに捻り上げる。現職警官とは思えぬ乱暴な対応。

 声も出せずに、ザマスは苦痛に顔を歪めた。

「さっさと答えろ。折角、退院したのに、また病院の世話になりたくねぇだろ?」

 本当に肩が脱臼するかもしれないほどに、ゴジータは容赦なく力を込めていく。ザマスの額に、びっしり脂汗が浮かび上がったその時、

「止めるんだ! 二人とも!」

 ゴワスの一括が、玄関ホールに響き渡った。
 ゴジータは、警備員を伴って現れたゴワスにちらりと視線を向けた後、さらに周りに集まった野次馬達に眼を向けた。

「よお、ゴワス教授」
「一体、何事だ? 警察官である君が、なぜ争いごとを起こす?」
「ちょっと、暴れん坊とじゃれていただけだ。すぐに終わる」
「何が起こったのか、話を詳しく聞かせてもらう。だが、その前にザマスから離れて貰おうか」
「おいおい。怖い顔をするなよ。先に手を出したのはこいつの方だぜ?」
「……」

 ゴワスは厳めしい表情のまま、無言で天井を指さした。

 その行動の意味が分からず、ゴジータは眉をひそめながら、ゴワスが指をさした方に視線を向ける。

 そして、ゴワスの真意を悟ったゴジータは、しまったと自分の迂闊さに舌打ちをしたのだった。

「この大学院の玄関ホールには、監視カメラが存在している。もちろん、君とザマスのやり取りも記録されているだろう。
 改めて確認したいのだが、先に手を出したのはザマスの方で間違いないのだな?」

 ゴジータは黙ったまま思案する。
 先に手を出したのはザマスで間違いない。

 だが、その直前、腕を掴んで無理やり彼を引き留めていたのはゴジータだ。その場面が監視カメラに記録されているとなると、いささかゴジータの分が悪くなる。

――下手に警察署にチクられると、あとがうるさいな。

 そう判断したゴジータは、無言のままザマスを解放した。

 戒めが解かれた瞬間、ザマスは体を捩りながらゴジータを振り払うと急いで距離を取る。捻り上げられて痛みを訴えている右肩を反対の手で押さえながら、ザマスはゴジータを睨み付けた。

「また来る」

 ゴジータは短くそう告げると、あっさりとその場から立ち去ったのだった。

 ゴワスと一緒に来ていた警備員は、どうしていいかわからずに戸惑った顔で立ち尽くす中、ゴワスはザマスの方へと近づいた。

「ザマス。この騒ぎは何事だ」

 ザマスは鬱陶しそうにそちらに視線を向けると、

「……なんでもない。貴方には関係の無いことだ」

 それだけ言うと、ザマスはそのままゴワスに背を向けてその場から離れて行く。ゴワスは警備員に解散するように告げると、その後をついて行った。

「ザマス」
「何か?」

 苛立った口調でザマスは返事をするが、歩みは止めない。

 二人は正面玄関を出て建物の外に出る。降り注ぐ陽の光が二人を焼いた。

 ゴワスは厳しい目でザマスを見ながら、

「昨日、お前の指導教員だった教授が、車に轢かれて重傷を負った」
「……それが?」
「同じく昨日、院長が頭から血を流して、院長室で倒れているのが見つかった」

 ゴワスは、その先を続けて言うべきか、自問自答する。だが、やがて意を決したように再びザマスに語りかけた。

「昨日、お前は大学院に来ていたな? そして、院長と会っていたはずだ。
……警察の調べでは、院長が倒れたのは、お前と会ったそのすぐ後だ」

 ザマスの足が、ぴたっと止まった。

 ザマスが振り返る。ゴワスを睨む瞳には、雷雨のような怒りが満ちていた。

「何が言いたい?」

 同じく足を止めたゴワスは、そのザマスの瞳を真正面から受け止める。
 ゴワスの、厳しいながらも相手を憂う目が、無性にザマスの癪に障った。

「ザマス。お前はもしかして、院長を……」
「黙れ!」

 ザマスの激昂が、ゴワスの言葉を遮った。

「貴方には、本当に失望した!」





 ザマスの体は、心の内からあふれ出る怒りで爆発しそうだった。

 ともすれば、辺りのものを衝動のままに破壊しそうな自分をなんとか抑えながら、ザマスは帰路に就いた。

 なおも追いすがるゴワスを無視して家に帰ってきたのだが、未だ憤怒は冷めやらない。トートバッグの中から家の鍵を取り出すと、乱暴な動作で開錠して玄関扉を開けた。

 足音をならさんばかりに大股で玄関に足を踏み入れたザマスだが、その動きがぴたっと止まる。

 玄関には、見覚えのあるデッキシューズが置かれていた。ハーツの靴だ。

 ザマスは、怪訝な顔をして眉をひそめた。

 この部屋の本来の所有者はハーツなので、彼はこの部屋の合い鍵を持っている。だが、ザマスがこの部屋に住んでしばらく経つが、ハーツはザマスがいない時に、勝手に部屋に上がりこむような真似はしなかった。

 いつもと違う様子に、ザマスはどことなく不穏な気配を感じつつ、靴を脱いで上がる。

 リビングの扉を開けると、ハーツがソファにもたれかかって座っていた。

 ソファの前には大型のテレビが設置されているが、電源は消されたまま。音楽も何もついていないリビングで、ハーツはひとりザマスを待っていたようだった。

 ハーツの顔が、リビングの入り口で佇むザマスに向けられる。
 いつも、余裕を窺わせる笑みを浮かべていることが多い彼だったが、今、ザマスに向けた顔は厳めしい。

 何を言われるか察したザマスもまた、瞳をすっと細めて唇を引き結ぶ。

 ハーツは静かに口を開いた。

「昨日、君を轢き殺そうとしたのではないかと疑われていた、容疑者全員の身辺に異変が起こった」
「それが?」

 ザマスは固い声で答えながら、リビングに入る。肩にかけていたトートバッグを近くの棚に投げ捨てるように置くと、その足でキッチンへと向かった。

 その背に、変わらぬ口調でハーツは言葉を続ける。

「その三人とも、異変が起こる前に、君と会っている」
「だから?」

 ザマスは素っ気なく答えながら、冷蔵庫の中から麦茶入りの冷水筒を取り出すと、グラスに注いで一気に呷る。

「昨日、君はオレと大学院の正面玄関で待ち合わせたあと、カフェに向かった。
 オレは、君が待ち合わせの時間まで何をしていたのか知らないし、君は聞いても答えてくれなかった」
「言う必要などない」

 麦茶を飲み干したザマスは、鋭い声でハーツを突き放す。

「ザマス、端的に言おう。
 オレとの待ち合わせの前に、君は院長室で院長と会ったな? その時、君と院長がどんなやり取りをしたのかは知らないが、院長はそれから一時間もしないうちに、頭から血を流して倒れているところを発見された。
 状況から見て、警察は……いや、誰もが君が殺そうとしたのではないかと疑うだろう」

 その言葉を聞いた瞬間、ザマスの心から急激に怒りが吹き出た。

 きっと瞳をきつくしてハーツは睨むと、ザマスは叫ぶ。

「私は殺していない!」





 いつか殺してやると考えていたが、それは体が完全に癒えてからのつもりだった。

 だから、院長、教授、社長。この殺してやりたいと願っていた三人全員が倒れたと聞かされた時、ザマスは心の底から驚いた。

 言われた言葉の意味が理解できず、しばらく呆然と立ち尽くしたあと、浮かんできた感情は歓喜である。

 やはり、神はいる。

 悪を許さぬ強い神がいるのだと、実感したザマスは飛び上がって喜んだ。

 だが、その喜びも長く続かなかった。目を輝かせながら、なぜその三人がそのような目にあったのか、電話で連絡してきたハーツに説明をねだって聞いた瞬間、ザマスは驚きに目を見開いた。

 ハーツの話を聞く限り、三人が三人とも他殺の可能性があるというのだ。

 厳密に言うと、今のところ死んだのは院長のみで、他二人は今もなお意識不明の重体らしいが、捜査の名目が殺人事件に変わるのはそう遠くないだろう。

 教授はザマスと同じように轢き逃げに遭い、社長はパーティー会場でいきなり苦しみながら倒れた。

 そして何よりも、不可解なのは院長が倒れた時の状況である。

 ハーツの話を聞く限り、院長はザマスと院長室で会話した後、一時間も経たずに後頭部から血を流して倒れているところを発見された。

 この話を最初に聞いた時、ザマスは自分のように院長達に恨みを持つ者が他にもいるのかと考えたが、すぐにこの考えを持つ者は自分だけだと悟った。

 自分以外の人間――例えば、この事件を捜査する警察から見れば、死亡した院長と直前に出会っていたのがザマスであり、しかもザマスは院長に対して強い怒りと恨みを抱いていた。

 ならば、警察はザマスが院長を殺したのではないかと疑うだろう。しかも、同日にザマスとトラブルを起こしていた人物が二名も事件に巻き込まれたのなら、その事件との関連性も疑うはずだ。

 ようは、ザマスは、望まないうちに、この一連の事件の中でもっとも疑わしい人物の座に、座らされたのである。

 それを示すかのように、ザマスは警察から警察署に今から出頭するよう求められていた。

 大学院から帰宅する途中、スマートフォンに電話をしてきた警察は、強制ではなく任意だと言っていたが、出頭を断れば逮捕状も出かねないと暗に匂わせていた。

「あの三人をこの手で殺してやりたいと思っていたのは事実だ! だが、まだ手を出していない!」
「『まだ』、か」

 ハーツは思わず苦笑した。
 その笑いが癇に障ったザマスは、ハーツをきつく睨むと、

「お前は、私の言葉が信じられないのか?」

 ハーツはすぐには答えなかった。
 ソファからすっと立ち上がると、真っ直ぐザマスの元へと歩み寄った。ザマスは思わず身構えるが、ハーツはそばまで来て立ち止まると、

「もちろん、君を信じるさ、ザマス」

 その言葉を聞いた瞬間、ザマスは拍子抜けしたように体の力を抜いた。

 てっきり、お前の言葉は信じられないと、言われると思っていたザマスは、内心、安堵した。

「なら、いい。それで十分だ、ハーツ」
「これからどうするつもりだ? おそらく、警察は君を疑うはずだ」

 ハーツにそう問われたザマスは、躊躇うことなく、

「私は殺していない。
 だが、それを愚鈍な警察が鵜呑みにするとは思えない。だから、自分なりに事件を調査して、犯人を捜すつもりだ。それが一番手っ取り早い」

 それに、犯人が院長を殺したタイミングからして、ザマスに疑いの矛先を向けるために画策した可能性もあるのだ。

 仮に、この仮説が正しかった場合、いくらザマスが殺したかった院長を殺した者とはいえど、自分を生贄にしようとした悪行を許しはしない。

「そうか。ならオレも手伝おう」

 ハーツがさらりとそう告げると、ザマスは目を丸くして驚き、

「いや、お前の手伝いはいらない。自分でなんとかする」
「なぜだ?」

 ザマスが申し出を断ると、今度はハーツが驚いた顔をする。

「オレなら君の役に立てる」
「お前が役に立たないから、断っているわけではない」
「なら、なおのこと……」
「何よりこれは」

 ハーツの言葉を遮って、

「これは私の問題だ。お前は関わるな」

と、ザマスはきっぱりと断言した。
 
 衣食住を提供してくれるハーツに恩があるのは確かだが、だからといって自分の領域全てを解放する気にはなれない。

 元々、他人の手を借りるのが嫌いなザマスは、ハーツの申し出を拒否した。

 ザマスはそのまま話を切り上げて、ハーツの横を通り過ぎようとしたが、通り過ぎる寸前、ハーツはザマスの腕を掴んで引き留める。

「考え直せ、ザマス。君だけでは危険だ」
「いらない世話だ。手を離せ」

 ザマスは腕を振り払おうとしたが、ハーツは逆に掴む手に力を込める。

 掴まれているのは、まだ完全に癒えていない右腕。力を込められただけで、ずきっと痛みが走り、ザマスは苦しげに呻いた。

「見ろ、少し力を込めて腕を握っただけでこのざまだ」

 その言葉を聞いた瞬間、昼間の出来事が脳裏を横切った。

 本来の力を出し切れずに、衆目を集めた中、惨めにねじ伏せられた屈辱。昼間を彷彿させるハーツの行動は、容易にザマスの頭に血を上らせた。

「うるさい! 放せ!」

 怒りの衝動のままに、ザマスはハーツの腕を力任せに腕を振りほどくと、彼を突き飛ばす。

 だが、ザマスの両手は軽くハーツの体を揺らしただけで終わる。それどころか逆に、ザマスは片腕で胸ぐらを掴まれて持ち上げられた途端、足払いをかけられてキッチンの床に押し倒された。

「ぐっ!」

 ハーツがザマスの後頭部に手をまわしていたので、頭を強打することはなかったが、それでもキッチンの床に倒れ込んだ衝撃は、ザマスの息を詰まらせた。

 しかも、すかさずハーツが馬乗りになった。
 ザマスも体を鍛えているとはいえ、自分よりも体重も上背もあるハーツにのしかかられたザマスは思わず呻いた。

 両手首はそれぞれ掴まれ、床に押しつけられ、抵抗は完全に封じられる。

「冷静になれ、ザマス。現実を見ろ。
 そんな体で事件の捜査などできるか。もしかしたら、犯人に反撃されるかもしれないんだぞ」
「見くびるな! 並の人間相手に、私が負けるか!」
「既にオレに負けているのにか?」
「っ! これは、油断していただけで……!」
「その油断が命取りだと言っているんだ」

強情なザマスに焦れたのか、ハーツの語気が鋭くなる。

「君は簡単に怒りで我を忘れて隙を見せる。誰かが側についていないと危険だ」
「余計なお世話だ!」

 ザマスは手首の戒めを振りほどこうと力を込めるが、体重を乗せて押さえ付けられているため、全くと言っていいほど抵抗にならなかった。

「ザマス。落ち着け、オレを見ろ」

 ハーツは暴れるザマスと視線を合わせると、宥めるようにゆっくりと語りかける。

「オレは警察から呼び出しを受けている」
「……!」
「社長が倒れた時、側に居たからだ。
 任意の呼び出しだが、社長が倒れた時の状況から、警察は事件も視野にいれて捜査している。
 ザマス、君も警察から出頭するよう要請されているな?」
「!」

 ザマスは驚愕に目を見開いた。その事はまだハーツに伝えていない。

「なぜ、それを……!」
「そんなこと、”聴かなくても”わかる。事件を捜査する上で、君から話を聞かないわけがない」
「……」
「ザマス。オレと君は同じ立場だ。オレも事件に関わりがあって、無関係じゃない。
 それに、考えてみろ。
 仮にこの一連の事件が、事故ではなく、悪意を持った人間の手によるものだった場合、院長の死と社長が倒れた件は繋がっているかもしれない。
 君は事件を調べるというが、だったらどの道、オレの協力は必要になる。なにせ、オレは社長が倒れたまさにその時、側に居たんだ。
 オレに話を聞かずに、どうやって調査を進めるつもりだ?」
「……っ」

  言い返す言葉が見つからず、ザマスは歯噛みをした。

「ザマス。オレ達は手を取り合う必要はあれど、いがみ合う必要なんて全くない。オレなら君の役に立てる。
 少しで良いから、オレを信じろ。いいな?」

 ハーツがザマスの目を真っ正面から見ながらそう告げると、ザマスは少し戸惑った様子を見せた後、小さくこくっと頷いたのだった。


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