夜 【全年齢】
その夜は外出していた。
目的があった。───そういうことにして置く。
物資は本国から無事に届けられるようになった。当然のことだ。そのために尽力したまでのこと。
今すぐにでも縋りつきたい贅沢も、私に相応しい特権も、この場の誰も理解し得ない。時折咆哮する魔物だけがこの静寂を守ろうとしない。私が声をあげる迄もない。
「王子、よろしいのですか? 今宵の風はさわります」
「こんなもの。本国ほどでもあるまいに」
「しかし…屋内のほうが。随分と暖かいものです」
「勝手にすればいい、私は好かん」
「…ご用命でしたら、直ぐにお申し付けください。しばし控えさせていただきます」
優秀な騎士ほど、どうも口が上手くない。
それほど私は人との輪を嫌うように見えるらしい。すき好まねば酒の一杯も嗜めない王族だと。
いちいち砂に肌を障られにいく、物好きな男なのだと。
この砂地でまともな進軍が出来たのは奇跡だ。───一応補足すると。 我々がまともだったのではない。わざわざ射貫かれに来る哀れな鳥がいただけのこと。
あとは…帝都を攻略した一軍が異様なまでの速さで本隊に追いついたことだろうか。全く忌々しい。いちいち計算が狂う。「アレ」の統率力がどうなどと今に始まった話ではない、それを許す環境的要因ですら忌々しいのだ。私がいつも損をさせられる。そうすべき時に限って、すべての予防策が機能しない。
敵方から落としたこの砂の城は、内情の割に堅牢なつくりをしている。
隠された真実に魅入られ、愚者の羨望のままに支配され、そうして腐っていった。
それは世の常ともいえよう。人を支配するには、外壁を厚く、高く、堅くすればよい。それだけに多量の資金と資源を投入し、そうして人を使えばさらに効率が良い。そうして人の世は国を作った。支配せねば人類は魔物の攻撃を受けたからだ。
─────目を閉じる。
視界が遮られようとも、私には安息は訪れないだろう。
暗闇に慣れるたびに、大地の感触が気になって仕方がなくなるように。
感じる範囲が狭くなると、より研ぎ澄まされるように…
「何やってんだ? こんなところで」
「………貴様にはわかるまい」
───嫌なことばかり思い出す。
「悪だくみでも働いているほうがお前らしいが」
「…くだらない」
「お前が矢をつがえていない時なんて、ろくなことはしないんだ」
「ふん、貴様こそ遊び相手でも間違えたのだろう、この私を盾にしようなどと思わないことだな」
「……冷たいな」
男は何食わぬ顔で隣をふさぐ。
まさか、そんな。
「……まさか本当に」
「なわけないだろう…」
「……」
「お前こそどうなんだ」
「俗人なんぞ興味はない」
「…だよな。ヒーニアスは昔からそういうやつだ。心配はしていない」
「………………」
「どうも俺は苦手らしいんだ。寒さが」
「で? とうとう気でも狂ったか?」
「そうかもな。お前は相変わらずだし」
「何が言いたい…」
「泣いてるんじゃないかと思ったのにな。…俺に会えなくて」
「そんなはずあるか!」
「冗談だ」
「……………くそっ」
「……わ……ははっ……ははは」
「気色悪い、なんなのだ一体!!」
「…………変わらないな、ヒーニアス」
砂は、進むべき方向の選択を狭める。
どこへ向かいどこへ帰るものか、足跡をたどるのは容易なもの。
青く、白く。太陽に照らされた黄金色と共に、それは体温すらも置いていった。
目的があった。───そういうことにして置く。
物資は本国から無事に届けられるようになった。当然のことだ。そのために尽力したまでのこと。
今すぐにでも縋りつきたい贅沢も、私に相応しい特権も、この場の誰も理解し得ない。時折咆哮する魔物だけがこの静寂を守ろうとしない。私が声をあげる迄もない。
「王子、よろしいのですか? 今宵の風はさわります」
「こんなもの。本国ほどでもあるまいに」
「しかし…屋内のほうが。随分と暖かいものです」
「勝手にすればいい、私は好かん」
「…ご用命でしたら、直ぐにお申し付けください。しばし控えさせていただきます」
優秀な騎士ほど、どうも口が上手くない。
それほど私は人との輪を嫌うように見えるらしい。すき好まねば酒の一杯も嗜めない王族だと。
いちいち砂に肌を障られにいく、物好きな男なのだと。
この砂地でまともな進軍が出来たのは奇跡だ。───一応補足すると。 我々がまともだったのではない。わざわざ射貫かれに来る哀れな鳥がいただけのこと。
あとは…帝都を攻略した一軍が異様なまでの速さで本隊に追いついたことだろうか。全く忌々しい。いちいち計算が狂う。「アレ」の統率力がどうなどと今に始まった話ではない、それを許す環境的要因ですら忌々しいのだ。私がいつも損をさせられる。そうすべき時に限って、すべての予防策が機能しない。
敵方から落としたこの砂の城は、内情の割に堅牢なつくりをしている。
隠された真実に魅入られ、愚者の羨望のままに支配され、そうして腐っていった。
それは世の常ともいえよう。人を支配するには、外壁を厚く、高く、堅くすればよい。それだけに多量の資金と資源を投入し、そうして人を使えばさらに効率が良い。そうして人の世は国を作った。支配せねば人類は魔物の攻撃を受けたからだ。
─────目を閉じる。
視界が遮られようとも、私には安息は訪れないだろう。
暗闇に慣れるたびに、大地の感触が気になって仕方がなくなるように。
感じる範囲が狭くなると、より研ぎ澄まされるように…
「何やってんだ? こんなところで」
「………貴様にはわかるまい」
───嫌なことばかり思い出す。
「悪だくみでも働いているほうがお前らしいが」
「…くだらない」
「お前が矢をつがえていない時なんて、ろくなことはしないんだ」
「ふん、貴様こそ遊び相手でも間違えたのだろう、この私を盾にしようなどと思わないことだな」
「……冷たいな」
男は何食わぬ顔で隣をふさぐ。
まさか、そんな。
「……まさか本当に」
「なわけないだろう…」
「……」
「お前こそどうなんだ」
「俗人なんぞ興味はない」
「…だよな。ヒーニアスは昔からそういうやつだ。心配はしていない」
「………………」
「どうも俺は苦手らしいんだ。寒さが」
「で? とうとう気でも狂ったか?」
「そうかもな。お前は相変わらずだし」
「何が言いたい…」
「泣いてるんじゃないかと思ったのにな。…俺に会えなくて」
「そんなはずあるか!」
「冗談だ」
「……………くそっ」
「……わ……ははっ……ははは」
「気色悪い、なんなのだ一体!!」
「…………変わらないな、ヒーニアス」
砂は、進むべき方向の選択を狭める。
どこへ向かいどこへ帰るものか、足跡をたどるのは容易なもの。
青く、白く。太陽に照らされた黄金色と共に、それは体温すらも置いていった。
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