嫌になるまでそばにいて
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朝から旨そうな匂いが漂う。
この寝起きの空気がもったいなく感じられて
まだ目を開けられないでいるイルカはこっそりと布団をかぶった。
ーーーああ そうだ、そうなんだ
何なんだ、この気持ちは。
思い出して、確認して、自覚して。
胸が熱くなって少し痛い。
大きな身体を丸めると衣擦れの音とスズメの香りがイルカの胸をほんのりくすぐる。
いつもの布団がいつもと違う。それが気恥ずかしいのに心地いい。こんな朝が来るなんて思いもしなかった。
「イルカ」
ーーー俺の名前、こんなにいい響きだったっけ
「ねぇ、イルカ?」
ーーーお前に呼ばれると自分が特別な人間みたいな気がするから本当に不思議で
ーーー幸せだ
「ね、起きてるんでしょ。あの、えっとね、朝ごはん作ってみたんだけど 食べない?」
ーーーもう、なんも言えねぇ
「買い物してなかったからお味噌汁と卵焼きだけだけどね、あ、冷蔵庫 空っぽになっちゃったから ごはん食べたら一緒に買い物行かない?」
目の前の丸まった布団からは反応がない。
「イルカ?どうしたの?」
起きてるはずなのに、そう不思議に思ってゆっくり布団をめくると、イルカは顔を歪めて大きな身体を小さく丸めている。
「...おはよう」
固まったままのイルカの鼻筋に触れる。くすぐったそうにしながらも、まだきつく閉じられた瞼をそうっと撫でる。しっとりと指に吸い付いたのは涙?
「ごはん、覚めちゃうよ?」
見慣れない髪型のその人が
乱れた髪のままのその人が
自分の目の前にいる事が急に恥ずかしくて
嬉しくて
愛おしい。
「イルカって、案外たくましいよね」
ふふっ つい笑みが零れて
丸まった肩を指先でつつく。
「なに笑ってるんだ」
やっと目を開いたイルカは恨めしそうな視線を向けたまま、ゆっくりと身体を起こした。
「イルカのそういう所も好きだなって思って」
「は?な、な、何だよ そーゆー所って」
頬を赤くしてドギマギするのも
慌てて顔をゴシゴシとこするのも
可愛くて
「だからーそういう所」
「訳がわからん」
そっぽを向いて怒ってみせる姿だって
今まで何度か叱られちゃった時のそれとは全然違う。スズメはイルカの横顔に尋ねる。
「ねぇ、好きって言ってもいい?」
「はぁ?」
「ねぇ」
「ていうか、それもう言ってるだろ...」
「うん、だって好きだなぁって思って」
「...あーそうですか」
唇を尖らせたまま スズメをチラリと見るとやっと正面を向いたイルカは、今度は口をきつく引き結んで胡座を組んだ。
「俺も言ってもいいか」
そんな急な真剣な眼差し、スズメは黙って頷くしかできない。
「スズメって、結構 大胆だよな」
「えっ えっ!?」
「あと、甘えん坊な」
「そっそうかな」
「それと」
躊躇いながら難しい顔になったイルカをスズメは慌てて覗き込む。
「お前はもっと飯を食え」
「へ?」
「変な声出すな。」
いつの間にか自分の前にちょこんと正座をしているスズメを見たら、照れ臭いのを誤魔化した表情は今にも崩れそうになる。
「だって なんで メシ?」
「...案外 細かったからな」
「!!!ばっばか...」
「バカ言うな。痩せ過ぎだって言ってるんだ」
「....」
「まあ、今のはただの俺の好みだけどな」
「あっ あーそうなの?そうか、わかった、じゃあ ダイエット止めます、善処します」
何となく疲れた顔を掌でさするとすぐにニヤけるこの顔が悔しい。あんまりにも素直で、小さくて、こんなに可愛い女 他にいる訳がない。
「お前は?」
「ん?」
「何かないのか?...その、要望とか。」
ゴホンと咳払いをしたイルカはまた難しい顔をする。
「だから、今のうちに言っておきたい事とか。ほら、この先も一緒に居るんだとしたら 大事だろ、多分... こういうのは最初が肝心だからな」
ーーこの先も一緒にーー
「まだわかんないよ」
目の奥がジンとして頭が回らない。
「ん?そーか?」
イルカの眼差しが優しくて、スズメは泣きそうになる。
「じゃあ いつか聞かせてくれ。ーーそれで」
大きな熱い掌がスズメの頬を撫でる。
「スズメが嫌になるまで俺のそばに居ればいい。」
嫌になるまで
それって
嫌にならなかったらどうするつもり?
「嫌になったら いつでも逃げていいからな」
「今のところ その予定はありません」
それだけ何とか呟くと
満足そうに そうかと声を上げて笑うイルカが眩しくてスズメは思わず下を向く。
「メシ、冷めちまったな」
立ち上がりかけたスズメの肩に手を置くと、イルカはスルリと横を通り抜けていく。
「待ってろ、あとは俺がやるから」
あっという間に開いた距離、そんなもの気にせずにガスに火を付けたイルカの背中がとてつもなく恋しくなる。
「なんだ?」
引き寄せられるって本当にあるんだ。スズメだって、こんな事ができる自分を知らなかった。
「やっぱり甘えん坊だな」
背中に当てたおでこの温もりに目を閉じる。
それだけじゃ足りなくて、スズメはイルカの背中に唇を押し付けると
だいすき
そう呟いた。
終
1/1ページ