『僕のそばに、いておくれ』
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「で?ツグミと付き合った?」
「……ませんよ」
「何で?何なの、お前」
「何なのって……」
そう言われると困る。
「もしかして先輩は知らないんですか?そう言う事は、好きな者同士がする事ですよ」
いい歳して先輩こそ何なんですか、と言えば。
「怪我までしといてよく言う……」
「何の事ですか」
「俺に隠し事とか無理だからネ」
「カマかけても無駄ですよ」
その辺の抜かりはない。鼻にもかけない僕に先輩は目を丸くしてから、笑った。
「いや、だから。そこまですんのが惚れてるからだろって言ってんの」
「何でも都合よく解釈しないで下さいよ、面倒臭いなもう……」
「その傷、褒められただろ?」
変にツグミの性格を熟知している先輩が憎い。
「褒められて、ちょびっと位は嬉しかっただろ?」
「自分の為に怪我したなんて聞いたらさ、感激されるか憤激されるかのどっちかだよね」
「ツグミは……どっちだろーね?」
後者に決まってるでしょ。なんて、乗せられて言ったりはしない僕を、笑う先輩が憎い。
「後者、と見せかけて最終的には前者だと思うよ。その程度じゃツグミはお前の事見捨てたりしないよ」
「み、見捨てるって」
「…… ツグミのメンタルはさ、どのみちもうお前しか受け止めてやれないんだからさ」
それは、否定し辛いものがあるけど。
「甘やかすだけ甘やかしといて、お前の覚悟がないんじゃどーしよーもないけどね」
「そ、」
「そ?」
そう言う訳じゃ、
そう言う訳じゃ、ない?
いや、やっぱりそう言う訳じゃ
「お前が羨ましいよ。好きだ、守ってやるって大っぴらに言えるんだからさ」
それは狡いです……と言うのは言葉にならず。ぐっと堪えた僕の非難の目も容易く交わした先輩の攻めは止まらない。
「て言うかさ、お前ももっと傷付けよ」
「え、もう傷、付いてますけど」
そう言って口元に手をやる僕を見て、盛大に溜息を吐いた先輩は、「こっちの話」と拳で僕の胸を突いた。
「お前がメンタルずたぼろなの見てみたい」
「はぁ!?」
「もーかったるいから、とりあえず一回当たって砕けて来い」
「えぇ!?」
「骨は気が向いたら拾ってやるし」
「えー……」
「だいたいさー、土臭いお前ばっか色々あって狡いんだよ。こっちは一日中一緒だってのに毎日毎日ひたすらクソ真面目に書類と睨めっこ、手ぇ出す所かちょっかいかける暇もないっての」
結局それか!
もう……
て言うか、先輩に妬まれる程の事なんて僕には何も起きちゃいないし。さらに。土臭い、本当にその通りで言い返す言葉すらなくて。
確かに僕は、狡いのかもしれない。
そう考えるともう、そうとしか思えなくなってくる。
ツグミが子どもみたいに泣いて、弱音を吐いたりするから、柄にもなく揺らいだ。
けどさ、だからって何て言った?
飛んでもなく恥ずかしい事言わなかったか?
思い出すと顔から火が出そうだ。幾ら何でもあれは、大の大人が言う事じゃなかった。
あれもこれも自分のした事じゃないみたいで、まるで自分の事じゃないようなのに。今でも確かに、自分の中で生まれて発した事なんだと実感できる。
ツグミのせいにしてみても、
どう足掻いても、
これってやっぱり違うんだろう。
君が弱っていたのは僕のせいで、だけど、だから何とかしなくちゃと思った訳じゃない。単純にツグミが心配で、後先を考えず会いに行った。会わずにいる間、気が気じゃなかった。
一見、責任感。
だけどそうじゃない。
ツグミにしたら責任とれよって話だったんだろうけど、僕にしたらこれは。つまり責任とかじゃなくて。
損得じゃなく計算でもなく、大した事ができる訳でもないのに。僕でないと駄目だと言うのなら僕が、あの時確かにそう思った。
いつの間にか近くに感じてた。本当は真面目で優しくて面白い所を大切にしたいと思うようになった。突き放そうと酷い事を言った。その癖その後は、さらに荒れてどうしようもなかった。
無駄なく計画的にやれれば良かったのに。我慢の効かない自分なんて葬った筈なのに。ツグミは気付いていないだろうけど、僕はもう前の僕じゃない。
ツグミに必要とされて嬉しかった。
ツグミも同じように思ってくれるだろうか。
どうやら僕に足りなかったのは
責任感じゃなくて、覚悟だったらしい。
「……そうですね」
「え、今何てった?」
「いえ、何でもありません」
◇
◇
◇
「わ、珍しい」
「そうだね」
あれから一日置いて、まさか一緒に待機とはな。
こう言った形で二人きりと言うのはあまりなくて。いつも何やかんや共通の話題ってものがあったから、勢いも働いて会話もしてたけど、今はこれと言って特に話す事も……
「ヤマト」
「ん?」
「ヤマトって恋人居るの?」
「……は?」
「だから、彼女居るのかって聞いてる」
「いや、聞こえてるけど。またいきなりだね」
「だって」
「だって?」
「おとといのこと」
「一昨日の……」
一旦蓋をして保っていた筈の平常心がいとも容易く揺らぐ。
「あれって、気持ちはひじょーにありがたいけど、もし恋人が居るならひじょーにマズいと思うんだよね」
「あ、ああ」
「好きな子がいる場合もね、良くないじゃん、だから確認しとこーと思って」
「……それは、ご心配なく」
「やっぱり?」
「解ってて聞いた?」
「ううん、だといいなと思って聞いた」
だといいなって何だと不覚にもさらに揺らぐ。
「いちいち気を遣うとかやだし、そーゆーのがあったら困るなって思って」
「うん……」
「昨日は言えなかったんだけど」
「ありがと」
人一人分の間隔で隣り合って座る左側から告げられた言葉が鮮明で。思わずそちらを見れば、ツグミも僕を見てた。
僕は、いつから見られてた?
「う、うん」
気付かなかった。動揺し過ぎか。
「それ、痛い?」
言葉を返す間もなく忍びらしく音も立てずに距離を詰めて、またツグミが尋ねた。
「まあ、少し」
「口の中、切れちゃった?」
「うん、まあ」
「医療忍術使えばすぐ治るのに」
「いや、これはこのままでいいんだ。当然の報いだし任務とは関係ないから」
「どれくらいで治る?」
「さあ、一週間もすれば口ん中は落ち着くんじゃないかな」
「へぇ」
「何?」
「危険な香りのする男前はいつ見納めなのかなと思って」
え、もしかしてそれでさっきから凝視してる?まさか、そんな理由で?それ、本気で言ってんのか?
「え、ちょっ、ツグミ何……」
さらに詰め寄られて観察される。これは、これは、何?まるで獲物を見詰めるみたいな鋭い目が、ちょっと怖……
「なに目瞑ってんの」
「ん?んっ」
何かされると反射的に目を瞑れば、口元をそっと撫でられて息を呑む。
「痛くない?」
「ん、うん」
「ここ?」
「いつっ」
「あ、ごめん」
これは、これは、これは何?僕は何をされてる?
見下ろせば、近距離であの眼でもって僕を見定めるツグミが居て、触れてる指はなかなか離れていかないしで。どうしていいか解らずに固まったまま、視線は宙を彷徨うのみ。
「額当て、じゃま」
「は?」
僅かにツグミが笑った気がして慌てて見下ろせば、僕を覗くように見上げたツグミが顔をくしゃっとさせて笑った。
「っツグミ、ねぇ」
「なあに」
「……いや、何でも」
「変なヤマト」
いや、変なのは明らかに君だから……
何なんだもう、何なのもう
この間の今日だし、抵抗し辛くて耐えたけどさ、結局おちょくってんのか?
もう、何で急にそうなんだよ。さっきから全部、無意識か?ああ、こんな事でいちいち狼狽える自分を張り倒したい……
「ねぇ、任務で一緒だとつまんないね」
「え、」
「もうずっと一緒に任務してなかったじゃん。だから逆に違和感」
「ああ……そうだね、僕も思った。おかしいよな、同僚なのに」
「もう、あんま一緒に任務したくない」
「何で?」
「ドジ踏みまくりそーだから」
「あはは」
「笑いごとじゃないよ」
ほんの少し余裕を取り戻して思わず声を上げて笑うと、ツグミは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
て、まさか、拗ねたの?
「なに?」
「いや、妙に素直だなぁと思って」
「……」
「ん?」
「これでも反省してんの」
「……」
「……見過ぎ」
拗ねたまま頬まで染めてみせるような、そんなツグミを誰が想像しただろうか。ヘッドギアを押されて顔を向こうへやられてなかったら、
きっと、見惚れてたのがバレてた。
こんな調子じゃ、きっとすぐに見透かされる。それどころか、すでに何もかもお見通しだったりするんじゃなかろうか。
道徳的に駄目ではない。
倫理的にマズくもない。
ただ、精神的にはかなりヤバい。
何だよ、もう先輩の術中にはまってるじゃないか。
「額当て、替えてみようかな」
「え!なんで?」
「ダサいって言われるし、邪魔とも言われるし、褒めてくれる人も居ないからね」
「褒められたくてしてんの?」
「嫌われたくてしてる訳じゃないのは確か」
「二代目のは格好良いって言ったじゃん」
「それは、僕のじゃ駄目って事?」
「えっ」
「ぽっと出って言われて喜ぶ奴が居ると思う?」
「……そんなの嘘に決まってるじゃん」
そんな事は解ってる。ツグミの軽口にいつからか親しみが含まれてた事くらい解ってる。何だかこれじゃ、僕まで拗ねてるみたいだ。
「もーそれがヤマトって感じじゃん。だから、今さら替わるとかあり得ない」
「そうかな」
「いつもはそれでいーんじゃない、てか変わっちゃったら」
「変わっちゃったら?」
「つまんない」
「弄り甲斐がないって事か」
「味気ない」
「味気って……」
「だから……淋しいかも、たぶん」
何だよそれ。
落として上げるなんて。今まではひたすら落として来た癖に。この僕にそんな事言ってどうするつもりだ。
どうしよう、飛んでもなくふわふわする……
「いつもじゃない時はどうするの?」
「外せばいいじゃん」
「それ、逆でしょ。これは仕事だから付けてるんであって普段は付けてないよ?僕だって」
「……」
「ん?どうした?」
「普段のヤマトとか知らないし」
「……まあ、そうだろうけど」
「私、ヤマトのこと、なんも知らないや」
「そ、んな事はないと思うけど」
「……別にいーけど」
「……」
「……」
「僕だって知らないし、ツグミの事」
「ふーん、ま、そーだよね」
きっと、まだ知らないツグミがいる。
知っているようで知らない。そんな風にすぐに拗ねてしまうツグミが本当は何を思ってるのか。僕にはもう、推し量るなんて到底無理で。
知りたい。
僕には、ちゃんと伝えて欲しい。
「僕は知りたいよ。もっと知りたい、ツグミの事」
「嘘ばっか」
そう言って背を向けると、ツグミは椅子の上なのに両膝抱えてまあるく蹲ってしまった。
何でまたそうなるかな。こんなにそばに居るのに。これ以上僕にどうしろって言うんだろう。
「迷惑、かな」
「なんでそんなこと言うの」
「え?そんなことって……どれの事?」
「知ったって得にもなんないよ。むしろ知らないでいー……」
「それは、何の事を言ってるの?
好きな食べ物とか、休みの日は何してるとか、……僕が知りたいのは凄く在り来りな事ばっかりで大した面白味もないと思うけどさ……
もし気が向いたら、今度聞かせて」
「そんなこと知ってどーすんの?」
「それだけでも解れば、飯くらい誘える」
「迷惑なら諦めるけど」
「はや」
「はは、潔いって言ってよ」
「……好き嫌いはない、お酒は弱いけど」
「特に好きなのは甘い物。一人でスイーツの食べ放題も行くし。後は、自分でも作る、休みの日は」
「へぇ」
「男…の人は苦手じゃん、そーゆーの。だから無理して一緒に食べに行くとかはやだから」
「うん」
「私が作ったの、食べてくれる方が嬉しかったりする」
「……え、え?作ってくれるの!?あ、いや、作ったらくれるって事か、うん、うん……」
「ぷっ、食べてくれるんなら甘さ控えめにしとく」
「食べる、食べるよ……何でも」
「食いしん坊じゃん」
「えっ」
「あはは、食べ物につられるタイプだったのかヤマトって」
「違っ、断じて違うっ」
「ジョーダンだってば」
「う、え、あ」
知らなかったツグミの一面に、照れながら言葉を選んで話すツグミに、目が回りそうになりながら目が離せなかった。
いつの間にかツグミの声が柔らかに変わってて、丸まった背中から時々こちらを見る綻んだ顔。
凄くホッとする。
ジンと満たされた気がする。
こういうのを
愛しい
って言って良いのかな。
「はあー、もう……なんかもどかしい、こーゆーの」
「僕は、嬉しいけど」
「は?なに言ってんの」
「これでも反省してんだよ、僕だって」
「……そーゆーのがくすぐったいって言ってんの」
やっぱり違う。
君とは何か違う。
解らなくとも推し量れなくとも
もどかしくとも擽ったくとも
何か焦れったいこの感じでさえも
君となら悪くない。
「……だからいいんだよ」
面倒臭そうに振り向いて照れ臭そうに不満を漏らしたツグミに、そう告げた時だった。
バタンと勢いよく待機所に飛び込んで来たのは緊急辞令を伝えに来た中忍で、新たな任務を言い渡された僕はすぐにその場を立ち去る事になった。
ほんの数秒目が合ったのに僕は何を言えば解らなくて、ただいつもみたいに「じゃあね」と言って席を立ってしまった。
部屋を出るギリギリで「行ってらっしゃい」なんてツグミが言うから、僕は返事もままならなくて。そしたら間髪入れずに「行ってきます、って言えバカ」って叱られて。
あ、そうかって酷く納得して、ツグミに「行ってきます」とすぐに返して。……バカって何だよなんて思いもしなかった。
もちろん次の約束なんて何もないままだったけど、あの時ツグミは凄く嬉しそうに笑ってた。
あんな顔されたら、もしかしたらツグミもそうなのかななんて思ってしまう。
些細な事も君だから、良い。
どうして僕は、そんな簡単な事にもっと早く気付かなかったんだろう。