僕は君を待っている
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「わぁー水族館、久しぶり!」
訪れた水族館の入り口が見えてツグミが口走る。
恥ずかしそうに肩をすくめるツグミ。
それを見たヤマトは自然と緩む口元を手で隠した。
自分の少し前を歩いていたのは最近できたばかりの年下の恋人だ。
年下と言っても大して変わらない。
自分の精神年齢が無駄に高いせいで勘違いされるけど、何でもかんでも悟った顔で済ます訳じゃない。
例え子どもっぽい行為だって新鮮で面白くて可愛い.....等と思う事もある。
ツグミにだけは、そんな恋愛感情を含んだ気持ちがあるから僕らは付き合っている訳で.....
って、本当、こんな理屈っぽい自分に、よく恋人ができたと思う。
僕の隊に配属されたツグミは、少し頑張り過ぎる所はあるけど真っ直ぐでひたむきな部下で.....少し世話の焼ける後輩みたいなものだった。
後輩だって部下だって他に何人もいるし、最初から特別だった訳じゃない。
自分と似てるようで違う感覚が面白くて、健気で可愛いと思う事もあった。
心配で目が離せなくて、放っておけないと思う事もあった。
全て保護者みたいな気持ちなんだと疑いもしなかった。
ある時、無茶しかけたツグミを引き止めた。
何でそんなに頑張るんだと尋ねたら、僕の隊に居たいから、必要とされたいからだと言った。
もっと広い視野でとかどんな場所だってとか里のためにとか、そんな当たり前な台詞は無駄だった。
僕自身が自覚してしまったから。
ツグミの言葉を深読みしたんじゃない。
上司として慕われてるんだと頭で解っていても心はそうは行かなかった。
健気な想いが愛しくて、どうしようもなくなった。
僕だって同じだと、その場でそう口にしなかっただけマシだろうか。
もう無理だと思った。だけど、ツグミは違った。
意図的に離れた僕を追って来た。
本当にツグミは凄い。
僕には到底できない事をしてしまうんだから.....
.....そうして僕らの想いは無事に繋がった。
自分がこういうタイプに堕ちるのだとはまるで思っていなかった。
だけど、驚いているのはその部分じゃない。
自分のこんな感情に対してなんだろう。
異性といてこんな気持ちになるなんて不思議だ。
俗に言うドキドキだって感じる。
些細な事で一喜一憂する不慣れな自分にも疲れる。
その癖、どこか癒されてホッとする。
ツグミをもっと知りたいと思う。
僕といる時のツグミは素直だから、僕を見て一喜一憂するのだって丸わかりだ。
だから僕までも自然と笑顔になってしまう。
こういうのって、傍から見たら恋人に振り回されてヘラヘラした奴に見えるんだろうか.....
恥ずかしいのか、自分より少し遅れて後ろをついて来るツグミを可愛いと思いながら、背中に感じる視線。
これもまた嬉しいようで照れ臭い。
さらりと隣に収まる事ができない僕は、仕方なしに何となく速度を緩めて.....ツグミと速度が合うのを待っている。
「敬語は止めて貰えると嬉しいんだけど、できるかな?」
この間の別れ際に、ツグミにそう告げた。
「できるかな?」って何だよ、僕は先生か?
言ったそばから凹んで、埋もれそうだった僕を救ったのはツグミの笑顔。
ツグミの頭の上で行き場を失いかけた掌は、無事にその頭を撫でる事ができて。
ほんのりと頬を染めて僕を見上げるツグミを見て、やっぱりツグミで良かったと思う。
気の利いた事も言えないこんな僕を、笑って許してくれる。
自分の想いをさらけ出したくても上手くできない僕には、感情を揺るがしてくれる君が必要なんだ。
水族館に行きたいと言ったのは君で。
天気に左右されないし静かで落ち着けて、良い所だと。
僕は行ったことがないからあまりピンと来なかったが、君が行きたいなら特に反対する理由もない。
君の落ち着ける場所が僕の落ち着ける場所になればいい。
君の好きな場所が僕の好きな場所になればいい。
「ツグミはよく来るの?」
「ううん、最近は全然...だから今日はすごく嬉しい」
「そっか」
素直に嬉しいと言い返すツグミの笑顔には、自分への好意がちゃんと滲み出ているから、また口元が緩むのだ。
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思ったより大きな声が出て恥ずかしくて.....隣合っていたヤマトと少し間を置いて、後を追って歩き出す。
振り返らないで止まらないで、恥ずかしいのが治まるまでそのままでいてと祈る。
嫌な顔された事も苦言を呈された事もないけれど、ああ.....せめて彼に恥をかかせないような女の子でありたい。
「敬語は止めて貰えると嬉しいんだけど、できるかな?」
そう言われて、頭を軽く撫でられた事。
口調はまるで先生みたい。そう考えると、私達の距離感は遠いのだけど本当は違う。
あの温もりと距離感は、彼からの列記とした愛情表現で、あの時、私達はぐっと近付いた。
そんな感覚が堪らなく嬉しかった。
ぼんやりと自分の前髪とおでこに手を当てると、まだ鮮明に思い出せてドキドキする。
彼の全てに一喜一憂する自分が、本当は嫌いじゃない。
ずっと遠い存在だった。
尊敬と憧れだけだったはずの想いが、一緒のチームで過ごせば、あっという間。
自分でも驚く速さで恋に落ちた。
落ち込んで、誰かに励まされればそれなりに頑張れる。
それがヤマトだと一味もふた味も違うという事。
何をするでも、相手がヤマトだと世界が変わる。
ホッとする。元気がでる。頑張れる。
心細い時に手を握ってくれるのは彼がいい。
慰めてくれるのも褒めてくれるのも彼がいい。
時にはきちんと叱って欲しい。
肩肘張って背伸びするばかりだったら、私達の関係は平行線だったかもしれない。
背中を追い掛けてばかりいたら、振り向いた時に居る彼の笑顔に気付けなかったかもしれない。
できるなら、彼が困った時に支えるのは私がいい。
叱られてもいい。笑われてもいい。
嫌われてもいいとさえ思った。そばに居たかった。
離れて行ったヤマトを、なけなしの勇気で追い掛けた。
いつも振り向いてくれるばかりだった彼に、ちゃんと追い付けたのはたぶん、初めてだった.....
「初めて来たけど...結構広いんだねぇ」
もしかして気を使われてるのかと思った。
でも辺りを見回しながら感心している態度に嘘がないとわかる。
(ヤマトさんの初めて、一つゲット!)
こっそり小さくガッツポーズ。
振り返ると、見ていたのかいないのか、柔らかな笑顔がそこにあって。
ツグミはまたキュンとする。
(今日一日でどれだけ消費するんだろう 私のキュン...)
戒めようにもこの恋は加速する一方といった状況で、自分では止められる気がしない。
「見て見て!ヤマトさん」
呼び掛ければ 「何だい?」「どうしたの?」と向き合って返事をしてくれる。
「かわいい」「おもしろい」
ちょっと呟けば、聞き逃さずに「本当だ」「いいね」と寄り添ってくれる。
時折水槽に見惚れていると、ヤマトは隣じゃなく少し斜め後ろに立った。
隣じゃないそれが逆に心臓に悪い。
きっと気にも留められてないんだろうけれど
実は毎回身体が固まりそうに緊張してる。
さっきなんて。
薄暗く演出をされたクラゲの水槽だったから。
「ん?どこに居るの?」
なんて軽はずみに水槽の縁に手をかけかれて、それは後ろからふんわりとハグされてるようなもので、かなり心臓に悪かった。
見守ってくれて
寄り添ってくれて
些細なことで笑ってくれる。
それでいて、女の人に慣れてる素振りなんてちっともない。
(ヤマトさん...あなたって男性は何故にこれまで独りで居たのですか??)
幸せで嬉しい分、信じられない事が多過ぎて、戸惑わずにはいられない。
だけど、ヤマトの向けてくれる表情にはいつも嘘がない。
ずっと包み込まれているような感覚.....
彼の包容力、寛大さ、それに尽きる気がする.....
もしいつか二人の間に何かあったとして、私に怒りや悲しみが芽生えたとする。
それすら飲み込んでしまうんじゃないだろうか...
でもそれはしたくない。
だって今は.....私が、貴方を包み込んであげられるような人になりたいんだから。
私も貴方にとって、同じような存在でいたい。
「今日は来られて良かった」
珍しく自発的なヤマトの台詞にドキリとした。
「君もずっと楽しそうだったしね」
そう付け加えられて、添えられた笑顔ごとツグミの胸にズキュンと突き刺さる。
不意打ちで立ち止まり何も言えない私を置いて、ヤマトはゆったりと歩みを進める。
(.....貴方が他の人のものじゃなくてよかったです.....)
心底思いながら、噛み締めて後をついて行く。
水族館の中では殆どヤマトが後からついて来てくれて、保護者目線だったのかななんてふと恥ずかしくなる。
でも、あれだけ見守って貰えれば、どれだけ自分が幼稚でもきっと迷子になりようもない。
そんな風にも思って、案外ノロケられそうな今日に胸がいっぱいになる.....
「.....ヤマトさんも楽しめた?」
そう尋ねるとヤマトが立ち止まり振り返る。
「もちろん」
満面の笑みでそう答えると、彼はポケットに入れていた手をこちらに向けて差し出した。
吸い寄せられるように近付いて掌を重ねると、優しくきゅっと包まれて軽く隣まで引かれてく。
見上げれば、いい大人の彼が少年みたいに照れているのがわかって、またキュンとした。
「ヤマトさん.....また一緒に来てくれる?」
「喜んで」
照れ臭そうに前を真っ直ぐ向いたまま言う彼を見上げていたら
「君の行きたい所、どこでも着いてくよ」
急にこちらを向いて、しっかりと目を見て告げる優しい眼差しにズキュンと来た。
真ん丸な黒い瞳が可愛い...なんて言ったら怒るかな?
いつかもっと近くて告げてみよう。
そして、貴方の話もたくさん聞かせて欲しい。
私も貴方の行きたい場所、どこにだって着いて行くから。
終
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