「.......辞めるって言ったら、お願い聞いてくれる？」

「.......は？お願い？」

「妹からの最後のお願い」

「.....そりゃあまあ.....最後って言ってもよく考えたらそんな事言われたの初めてだしな」

「ほんと？」

「けど、無理難題突き付けるなよ？あくまでも俺のできる範囲でなら叶えてやらない事も無い。.....で、何だよ？」




「私を木ノ葉丸ちゃんの彼女にしてくれる？」


「.....なに？」


「.....ダメ？」

「.....無理難題」

「なんで？そんな事ないでしょ」

「いや、何言ってる？俺は他所へ行けって言ったんだぞ？」

「そっちの方が無理難題なの！」

「いやいやなんでそうなるんだよ、今更俺と付き合ったって面白くもなんともないぞ、好みだって全然合わないの良く解ってるだろ」

「解ってるよ、だけどダメなの.....どうしたってやっぱり、木ノ葉丸ちゃんがいいの」

あんなに遠ざけようとしてたのに。なんで。なんで、こんな事になってるんだ？


「遠ざけようとされる度に好きって思わされちゃうの。ずっと妹のままでいいって決めてたのに.....なんで辞めろなんて言うの？」

「.....ナズナ」

「責任感じてるんならちゃんと責任とって」

「いや、えっと.....」

「嫌ならそう言って」

「あの、ちょっと待て」

「私のこと、そんなに嫌い？」

「だから待てってナズナ、一旦落ち着け.....」

俺は今にも泣きそうなナズナを両掌で制すると、思わず後退りして息を飲む。俺は.....どうしたいんだ？

俺がナズナのこと妹だなんて思ってたのは本当に小さい時だけだった。気楽で楽しかったけど違うって解ってた。子どもの頃みたいに兄ちゃんやって堂々と守れてた時は良かった。だけどいつまでもそんな事やってられないんだ。

ナズナには平和に過ごしていて貰いたい、それが叶うなら隣に居るのは俺じゃなくたっていいんだ。むしろ俺じゃない方が.....



「.......ちゃんと言ってくれないと解らないよ」

「俺は.....俺は。ナズナが平和に呑気にやっててくれるんなら、どこで誰といたって、それだけでいいんだよ」

「平和も呑気も、私は木ノ葉丸ちゃんと一緒がいいの」

「今の俺はさ、危険な任務も任されるし.....こういう性格だから自分から首突っ込む事だってある。こう見えて割と仕事人間だし気が利くタイプでもない.....女は多分そういうのダメだろ」

「そんな事ない」

「そんな事あるよ」

「仕事人間だって気が利かなくたっていいの、そんな事で我儘言ったり困らせたりしない」

「違うよ、これは俺の我儘なんだ」

その癖、他の男と居る所なんて見たくないんだよ。だから、できるだけ遠くに、俺の知らない所に行けって言ったんだ。



「木ノ葉丸ちゃんが私じゃない誰かを選ぶんだったら諦める.....でもそうじゃないなら私もどこにも行けない」

もう、ずっと前から諦めようとしてるのに無理なんだ。離れても遠ざけても、自分でも嫌んなるくらい強情なんだよ。

「私は木ノ葉丸ちゃんが帰って来る場所になりたいの」



「..........お前、いつの間にそんなに頑固で強情になったんだ？」

「本当にね.....もっと素直で聞き分けがいいと思ってた？」

「.....そうだな」

兄妹揃って頑固で強情なんて、全然笑えないじゃんか。



「正直に話すけど........あの時、俺が欲しかったのは妹だったんだよ」

「.....え？」

「俺が妹が欲しいって言ったらさ、自分と結婚すればナズナが俺の妹になるってモエギが教えてくれた。それに兄妹になれば、ずっと一緒に居られるって思ってた。だからモエギにあんなこと言ったんだけど、あっさり振られて.....めちゃくちゃ落ち込んでた俺に『モエギと結婚できなくても妹になってくれる』ってお前が言ったんだ」

「.......なに、それ.......」

「格好悪いからナズナには言ってなかったんだけど。ナズナが...妹って言うもんがさ、小さくて可愛くて守ってやりたいと思うと頑張れるって言うか勇気が出たんだよな、あの頃の俺は。それで.....まあ、七歳にして逆プロポーズされたみたいなもんかなコレ」

「えっプププロポッ...って、そうじゃないでしょう、もうっ」

「あはは.....まあ、もう昔の話だけどな」

「......じゃあ、今は？」

「ん...？」

「.....昔と比べて、どう？」

「.....どうって.....大きくなったよな。俺より先に背が伸び始めた時は抜かされるんじゃないかと気が気じゃなかったけど.....」

「.....そうじゃなくて。キレイになったなとか大人っぽくなったなとか、そういうのはないのかなって.....」

「.....そういうのは今更わかんないだろ、近くに居すぎたからな」

「.....そう、なの？」

気付いたらこういう嘘だけは上手くなってたのに。

「だってさ、ずっと前から可愛くて仕方ないって思ってるのに、今更どうしろって言うんだコレ？」

「.......木ノ葉丸ちゃん、本気で言ってる？」

「俺が嘘つくの下手だって知ってるだろ」

「私が騙されやすいのだって知ってるくせに」

「これ以上誤解招いて何の得があるんだよ」

まだ少し拗ねたように唇を尖らすナズナの機嫌をとるように俺は慣れない言葉を紡ぐ。



「.......だから、もう行かなくていいぞコレ」

「.......」

「て言うか、どこにも行かせない。......勿体なくて、もうどこにも誰にもやる気なんかない」

「木ノ葉丸ちゃん.......」

つい誤魔化したくなるガキの自分。それを全部頭の奥に追いやる。目の前のナズナだけ。尖らせた唇が解けて白い頬が赤く染まる。もう胸がいっぱいだ。



「ナズナの事が好きだ。.....ずっと昔からナズナだけは特別だった。これからもずっと俺と一緒に居て欲しい。だから.....俺と結婚してくれないか？」


「.....」


「.....」


「.....？」

「...........けっけっこ...！？」

「え？.....え？何その反応...俺、なんか間違えたか？」

「だだだだだって、私達まだ付き合ってもないのに！いいいいきなり結婚なんて言うからっ」

「そんなの.....何年拗らせたと思ってんだコレ、今更ハンパなこと言ってらんな.....」

「半端とかじゃないから！順序ってものがあるでしょ！あっあああと、こここ心の準備とか...」

成長し切れていない上に昂っていた俺の頭には、まるでワンパターンなそれしか思い浮かばなかったのだ。やっぱり経験値が低過ぎた.....



「......俺の帰って来る場所になるって言ったのはお前だぞコレ」

「そう、だけど、でもアレはそこまでの意味じゃなくて.....」

「.....何だよ、嫌なのか」

「.....嫌じゃないよ？でも、お家の事情だってあるだろうし.....それにだよ、それに私、まだちゃんと木ノ葉丸ちゃんに末永く可愛がって貰える自信なんてない...」

「ぅぐっ！！」

「お料理だって全然だし他にも色々.....もっと木ノ葉丸ちゃんに相応しい女の子になってからがいいかなって.....」

「ばっかやろ」

急にそんな可愛い台詞を連発されたらこの歳まで免疫ゼロの俺はもうノックアウト寸前だ。



「ナズナは今のまんまでいいんだよ。さっきは俺も気持ち的には大きく言ったけどさ、別に焦ってる訳じゃないんだぞコレ」

「.....うん」

「.....けどそうだよな、どうせここまで長引かせんだし、俺達は俺達らしく遅くてもゆっくりでもいいんだもんな.....」

「.....そうだよね」

「.....じゃあ、とりあえず。俺が、彼氏？ナズナが、かのっかの...彼女...？.....改めて口にするとアレだな凄い小っ恥ずかし.....」

ナズナと自分とを指差しながら、慣れない肩書きを慣れない調子で口にしてみると溢れ出る羞恥心に負けそうになる。いくらゆっくりでと言ったって、本当に俺達はこんな具合で大丈夫なんだろうか.....やっぱりいっそのこと型にハマった方が楽なんじゃ.....



「木ノ葉丸ちゃん？」

「あっはい、すみません」

「大好き」

「いっ！！？？」

「え...何その反応...全然嬉しくなさそうだね...」

「いやいやいや、普通に驚いただけだから！不意打ち過ぎて心臓に悪いんだよ、そういうの」

「.....本当？」

「ホント信用ないな.....俺、ついさっきアナタにプロポーズしたんですけど？それじゃ足らないのかよ...俺の彼女さんは」

「うん、足りない.....何年分だと思ってるの」

「そ、それを言うのかよ」

「もう可愛いだけの妹のお強請りじゃないんだからね」

「......いや？今も単に可愛いだけだぞコレ」

「～～～！！！」

「 好きだよ、俺も。たぶんナズナよりもずっとな」

赤くなって拗ねるナズナの頭を撫でる。今までだって五万としてきたが、兄貴ヅラしてやって来たのとはまるで違う、感覚で感触。

気持ちが通じると、こうも甘っちょろく腑抜けて、そのくせ何でもできる気になるらしい。俺が今日からその仲間入りなんて、それこそ信じがたい.....

.

.

.

.

「あの、噂流してくれた後輩くんにちょっとは感謝しないとだね」

「.....まあそうなるかな、若干癪に触るけどな」

「そう言えば、昨日は何話してたの？」

「あーーーーーそれは、まあナズナの話とか？」

「ああ、噂の元？......でも何か叱ってる風じゃなかった？じゃれ合ってたと取れなくもないけど」

「アイツがあんまりナズナを見るからだ、天誅だ天誅」

「え？」

「アイツが変な眼でナズナのこと見てたからだよ、可愛いとか可憐とか勝手なこと抜かすし」

「.....ええと...昨日はまだ妹だったはずなんですけど」

「あーいう時は関係ないんだよ、普通に身内の危機だぞ」

「危機って」

「俺以外の男がナズナを可愛いと思うなんて、ましてや口にするなんて百万年早いだろ」

「あの.....さっきまでと言ってる事が全然違うし.....ちなみに木ノ葉丸ちゃん、それ、お姉ちゃんでも同じことする？」

「.......する、いやしない、する？いや絶対しないな、バカだな俺」

「.......」

「お喋りアホ後輩には俺からちょびっとだけ詫びときます」

「.....はい、ぜひそうしてあげて下さい」


二人で肩をすくめて笑い合う。


猿飛木ノ葉丸。
俺に妹はいない。
だけど今日、世界一可愛い彼女ができました。





終