大人ぶる貴方がズルいのです
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ーーーーー掌を開いて恐る恐る指折り数える。
告白して
受け入れて貰って
初めてのデートをして
二度目のデート開始早々 急な呼び出しで別れて
.......そのまま1週間経過.......
(いかん、私達の思い出は片手で足りる!)
ツグミは立ち止まると、指折り数えた掌を力なく開いてがっくり肩を落とす。
(もしかして、もしかしたら、あのまま長期任務に行ってたりして...それでもう当分会えなかったりして...ね...?)
「はぁ.......」
(そんなことになったら絶対忘れられる!いや無かったことになる...きっと全部.....そんなの嫌だ.....)
ここ数日ずっと頭を悩ませているできたばかりの恋人のことを考えながら、ツグミはとぼとぼと帰り道を歩いていた。
「ツグミ」
背後から急に名前を呼ばれてツグミは固まる。気配はもう、すぐ後ろ。
「ツグミ...あれ?君、ツグミだよね?」
「は、い...」
「はいって...何でこっち見ないの?」
ヤマトがひょいと顔を覗くとツグミは涙を必死に堪えていた。
「えっ 何で泣いてるの!?どうした?」
「大丈夫です、泣いてません!」
確かに涙は零れてない。が、ヤマトは参ったなと頭をかいた。原因が自分の気がしてならないが、女性に泣かれたらどうすればいいのか解らない。
「あの...夕飯まだなら一緒に食べないか?」
気の利いた台詞なんか持ち合わせていない。ヤマトの口からは用意していた台詞しか出て来なかった。黙って首を縦に振るツグミに掌を差し出すと、ツグミは掌ではなく袖口を掴んだ。
「.....」
これはこれで妙に恥ずかしいと一瞬躊躇ったが、泣かれてはどうしようもない。そのままゆっくり歩き出すと、ヤマトは商店街を抜ける手前にぽつんとある屋台までツグミを連れて来た。
「ごめん、オシャレな店とか流行りとか全然知らないから僕の行きつけなんだけど、いいかな」
ヤマトが後ろに立つツグミを見下ろすと、ツグミはヤマトを見上げて照れ臭そうに頷いた。
**********
ツグミに嫌いなものがないか確認すると、ヤマトは慣れた様子で注文を済ませる。泣いた事を謝ろうかツグミが迷っているうちに、皿に盛られたおでんが目の前に置かれた。
「美味いから食べてみな」
普段より少しぶっきらぼうに促されて、ツグミは胸が高鳴る。メソメソ情けない自分が格好悪くて恥ずかしくて言われるがままおでんにかぶりついた。
「うわぁ、おいひい!」
思わず感嘆の声を漏らすと、隣のヤマトは楽しそうに笑う。ツグミの涙はもうとっくに引っ込んでいた。
「実は昨日も来たんだけどね」
「え...」
「旨いもの食べたら嫌な事も一旦忘れられるでしょ」
おでんは美味しいし、ヤマトの機嫌がどことなく良さそうで、ツグミの胸に渦巻いていたモヤモヤも消えて行く。約束もなく会いに来てくれたことが嬉しかった。会いたかったのが私だけじゃなければもっといいのにとツグミは隣を見るが、ヤマトは解っているのかいないのか呑気な顔で大根にかぶりついている。
そんなヤマトは自分が今まで見た中で一番リラックスしてるように見えた。喉を鳴らして水を飲み干す姿も 好きなおでんの具について語る姿も飾り気がなくて男らしくて、ツグミはチラチラと盗み見をする。対等に付き合えてると錯覚しそうになる。
「本当は、最近できたって店に連れて行こうかと思ってたんだけど。元気ない時はちゃんと旨いもの食べた方がいいと思ってさ」
「.....ありがとうございます」
(う~また涙が出そう!嬉しいやら情けないやら...いや完全に嬉しいのがずば抜けて上だ...泣いた原因はこの人なのに、バカだな私...)
素直...というよりしおらしく礼を言うツグミは、やっぱり普段のように会話が続かない。自分が謝るのを待っているのかと思うが、実際問題、自分のどの点がツグミを悩ませているのかが解らなかった。恐く二度目のあの時に何かあったのだろうが、あの日は何か起きるような間もなかった筈で、本当に何も思い当たらなかった。それでもやはり自分が悲しませたとしか思えなくて、重い口を開いた。
「この間はごめんね」
「いっいえ...」
「心配させたのかな」
違うと言ってもバレバレだろうけれど、それでもツグミは首を横に振った。ただ、ヤマトの口にした「心配」がどういう意味だったかが引っかかる。身体のこと?連絡が途絶えたこと?会わなくなること?そんな事を考えていた。
黙り込んでしまったツグミを見て、ヤマトは理由も解らずに謝った事を後悔していた。申し訳なさから来る焦りで沈黙に耐えられなくなる。何か気の利いた言葉を、何か笑って貰えるような言葉を、考えれば考える程、こんな時の経験値の低さが呪わしくなる。
「.....今からウチにくる?」
「.....へ!?」
ぼちゃん!食べようとしていた大根がツグミの箸から滑り落ちる。
「いっ...いや、冗談です冗談」
「なっなっなっ...そですよネ...」
(何それ何それ何それ!冗談て何!私、からかわれてる!?)
「うん...本当に冗談で...だいぶ慣れないこと言った。ごめん忘れて...」
そう言ってヤマトは気を取り直すように玉子を頬張るが、内心はこれ以上ない程に気が動転していた。そんな甲斐性もない自分が口にしたって面白い冗談になる訳がない。やっぱり自分には女性を楽しませるなんて、ましてや付き合うだなんて到底無理なんだとひたすらに後悔と懺悔が押し寄せる。
(僕はいい歳して一体何をやってんだ...)
しばらく思考が停止していたツグミは、台詞の内容より、台詞を口にしたヤマト自身に心を奪われていた。
(これは...照れてる?何かちょっと困ってる?どうしよう、ちょっと可愛い...)
「.....あんまり煽らないでください」
そう呟くと、
ぶホッ!!
冷静を装っていたヤマトがむせる。
「だっ大丈夫ですか!?」
慌てて水を飲ませて一息つくと、涙目のヤマトは背中をさする手を退けて改めてツグミをじっと見つめる。怒られるのかとツグミは思わず身構えた。
「...女の子がそういうこと言うもんじゃないでしょ」
予想外に優しく真面目に諭されて、ツグミは自分の言った台詞が無性に恥ずかしくなる。でも、恋人らしく過ごしたくなったって当たり前だとも言いたくなった。さっきの台詞を棚に上げて、ヤマトばかり大人ぶるのは本当にズルい。
「ヤマトさん、もしかして忘れてる?」
「...ん?」
「私はヤマトさんが好ーーーんぐっ!」
ツグミの二度目の告白は叶わず、口に玉子を押し付けられて阻止されてしまった。
「そういう話はまた今度」
そっぽを向いていたヤマトの横顔がすましているのに柔らかく見える。「また今度」その言葉が耳の奥まで擽るように纏わりついてこだまする。ただ突き放されたりかわされたのとは違う距離が近い感覚に胸がきゅっとなる。ツグミがぼんやりと見惚れたままでいると、ヤマトの耳が赤くなっている事に気が付く。
「.....あれ...?」
「君は、ちょっとこっち見過ぎ」
そういうと、ヤマトはツグミの頭を捕まえてぐいと正面を向かせた。ついさっき付き合うだなんて無理とか後悔とか考えてた自分が「また今度」等と言ってしまった事に動揺して、自分を凝視するツグミに咄嗟に触れていた。
(うっ...うわわわわ、今触られた!頭!頭をこうっ掌が指が!触られた…うわわわわ…)
いきなりの接触にアタフタするツグミを目にすると、肩の力がフッと抜ける。すっかり余裕を取り戻したヤマトはツグミを横目で見ながら緩む口元を抑える。
「!わ、笑わないでくださいっ」
「ん?笑ってない笑ってない」
「...もう!」
「ほらほら、そんなのいいから早く食べちゃいなよ」
「......はい.....」
落ち着きを払った余裕のあるヤマトはやっぱりカッコ良くて、かと思えばたまーに覗く不器用な所も可愛くて、大好きだとツグミは改めて思う。そして、今みたいに笑われたりするのなんかも、可愛がられてる気がしてちょっと悪くない気がする。
それは、二人だけのお約束みたいな特別感。あっさり機嫌が治る自分は案外可愛いななんて思ったりもする。
(...惚れた弱味だ、持ってけドロボー...)
こんな野望にも気付かずに隣で呑気におでんを追加注文するヤマトに、ツグミは今日もこっそり祈り見つめ続けるのだった。
終
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