短編
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夢を見る。
日だまりのような淡い空間に、私ともう一人......知らない男の人。
柔らかく笑う人。
ある時は肩を並べて歩き、またある時は抱き合っておしゃべりする。
夢の中の私は普通の人間。
泣きたいぐらい穏やかで幸せな時間。
******
暗い牢屋の中で目が覚める。
冷たい土の床。
自分の腕に触れると、つるつるとした細かい鱗が生えている。
これが私がここにいる理由。
異形の者として恐れられ、迫害され、ここに閉じ込められた。
肌を見せないように渡された服を着て、一日中じっとして過ごす。
お腹が空いたら、扉の小窓から投げ込まれた野菜くずや、よく分からない物を食べる。
たまに人がきて、意味もわからず打擲される。
普通の人間だったら、今ごろは外の人たちと同じように生きていたんだろうか。
目を閉じる。
夢の続きを見ないと。
******
村は今、稀にみる水害にあっていた。
雨が降り続け川は氾濫し、海は荒れて漁にも出られない。
水を司る龍神が怒っているからだと人々は噂する。
村人は神の怒りを鎮めるため、生け贄を捧げることにした。
その生け贄が私。
私が死んでも誰も困らないし、悲しまない。
雨の降っていないときを見計らって儀式が行われる。
白く薄い衣で身を包み、その上から豪華な金細工や立派な宝石で全身を飾られている。
力のないこの体には重りにしかならない。
動けない私は駕籠に乗せられ運ばれていく。
石造りの祭壇。
到着と同時に痛覚を麻痺させる薬を飲まされる。
生きたまま心臓を抜き、それを祭壇に供えるのだという。
一体どの段階で死ぬのだろうか。
内臓をいじくられるのは気持ち悪そうだな。
どうせなら睡眠薬も飲ませてくれたらいいのに。
神官が短剣を浄めている間に寝台に寝かされ、両手足を拘束される。
台の下では巫女が鈴をシャラシャラと鳴らしながら舞っている。
空気が澄んでいくのを感じた。
────リンッ!
切れの良い鈴の音を最後に、静寂が訪れる。
......いよいよだ。
神官が浄めた短剣を手に、傍らへ立つ。
死に直面してなお心が安らかなのは、それこそ待ち望んでいたものだからだ。
やっと自由になれる。
────死んだら......今度また生を受けることがあるならば。
────あの夢のように、穏やかな毎日が過ごせる世界を望む。
死を受け入れた瞬間、爆発音と共に地面が大きく揺れた。
それが合図だったかのように、見なれない人間が次々と祭壇を囲っていく。
爆発音がした方に目を向けると、村の一角から火があがっているのが見えた。
一体何が起きたのだろう。
薬のせいか、頭がぼーっとする。
私と神官の間に一人の長身の男が割り込んできた。
不測の事態に村人たちがざわつく。
「な、なんだ貴様は!?」
「────彼女は“死“に相応しくない」
低く唸るように発せられた声に、神官は思わず後ずさった。
男が指さす先には、私をよく殴りに来た男たち。
「相応しいのはそこの男どもだ。
殺して豚にでも食わせるがいい」
機嫌が悪いのか、地を這うような恐ろしい声色で告げる。
その間にフードを被った人に手足の拘束を解かれ、なんとか起き上がる。
無表情な男は私の飾りをぽいぽい取って、側にいる仲間に投げ渡していく。
仲間の方は落とさないように必死だが、男は無表情のままだ。
ひとまず身軽になると、縦に抱き上げられる。
この人は誰?
なぜこんなことをするの?
「この者は俺たちが貰う。
貴様らが死のうが村が滅びようが、俺たちには関係ない」
言うや否や、踵を返し仲間と共に去る。
慌てた神官と村人が群がり、抱き上げられたままの私を引きずり落とそうとする。
「その女の心臓を捧げねば、龍神さまの怒りが治まりません!」
「たまたま立ち寄っただけの余所者に、この村の風習を邪魔されては困ります!」
「生け贄を返せ!」
「返せ!」
「返せ!!」
「汚い......。
その気色悪い手で彼女に触れるな!!」
男の怒鳴り声が鼓膜を揺らす。
大きな声だなぁ。
私の方が気色悪いんだけどなぁと、少し申し訳なくなった。
「次触れてみろ......。
皆殺しにしてやる」
こちらからは男の顔は見えないが、よほど怖い顔をしていたのだろう。
人の顔がこんなに青くなるなんて知らなかった。
中には震えている人もいた。
恐怖で固まった村人たちはそれ以上追いかけては来なかった。
村を出てしばらく行くと坂があり、それを下ると海が見えた。
船に乗せられる頃には、村の火はずいぶん大きくなっていた。
長雨のせいで至るところが湿気っていたのに、よく燃え広がっている。
嬉しくも、悲しくもなかった。
私がこの村で過ごした日々が物理的に消えていく。
それが何故か虚しかった。
「お帰りなさい船長!」
「ああ。全員乗り込み次第すぐ出航する。
風呂は?」
「準備できてます!」
「そうか」
私を運んだ男は船長だったようだ。
この船で、一番偉い人。
何故そんな人が私を拐ったんだろうか。
一度も降ろされることなく、船内にある風呂場にやって来た。
「風呂に入ってよく体を洗え」
それだけ言って男は私を脱衣場に放り込むと、どこかへ行ってしまった。
儀式用の衣を脱ぐと嫌でも目に入る自分の体。
明るいところで見たのは久しぶりだ。
腕と腰、足に規則正しく並ぶ鱗。
それと同じ鱗が生える尻尾。
普通の人間は鱗も尻尾もないらしい。
痩せて骨の浮き出た体。
みすぼらしい鱗の生えた体。
気味悪く動く尻尾。
数え切れない打擲の痕。
夢の中の私とは大違い。
浴室の戸を開けて、中を観察する。
人が入れるくらい大きな桶に、ちょうど水が貯まっている。
それを小さな桶で掬って手をつけると、熱くて吃驚した。
なんでこんなところにお湯が?
火傷する温度でなくて良かった。
桶をくるくる回して冷ましている時にふと、綺麗な固形物を見つける。
「きれい......なんだろ......」
触っても良いだろうか。
何個かあるうち、一番小さいものを手に取る。
もてあそぶと泡がたった。
泡が弾けてとても良い香りがする。
綺麗で、良い匂いがして、私なんかが触れていいものではなかったかもしれない。
悪い気がしてもとの場所へ戻す。
それからまたくるくる桶を回して、ようやく冷たくなった水で体を流す。
洗い終わって戸を開けると男がいた。
私の頭にタオルを被せると、ごしごしと拭きだした。
優しく拭かれるのが気持ちよくて身を任せていたが、すぐに手が止まった。
「おい......」
「はい......?」
「お前、風呂の入り方も忘れたのか」
なんのことか分からずに手を引かれるまま、浴室に戻らされた。
椅子に座らされ、あの熱い湯をかけられる。
(熱い熱い熱いー!)
静かに悶絶していると、男は小さな桶の中であの綺麗なものを擦って泡立てている。
泡立った物を私にのせていく。
瞬く間に全身モコモコになった。
体表を滑るように撫でられて不思議な気持ちになる。
頭から尻尾の先まで綺麗に洗ってくれた。
この人は私の体を見ても怖くないのだろうか。
気持ち悪くないのだろうか。
何ともないような顔で私の体を洗っていく。
「あの......」
「なんだ」
「私のこと......気味悪くないんですか?」
「なぜ」
「村の人たちは私のこと、化け物だって......。
その通りだと思ってて......」
「べつに、普通だろう。
むしろ......美しいと思うが」
(え、えぇぇ~......??)
「今は栄養不足でみすぼらしい姿だが。
栄養が行き届き、良い環境で過ごせばこの鱗は見事なものになるだろう。
楽しみだ」
変な人だと思った。
とても信じられる話じゃなかった。
だって、私は私が気持ち悪いのに。
改めて風呂の入りかたを教えてもらった。
なんとあの熱い湯に浸かって体を温めるらしい。
考えられない。
抵抗できず風呂に沈められる。
熱い!湯で上がってしまう!
「今までどうしてたんだ」
「濡らしたタオルで拭いたり、運が良ければ川で洗ったり......」
男の表情が初めて変わった。
口をへの字にしているが、そんなに変な話だっただろうか。
泡立ったものは石鹸で、体を清潔にするためのもの。
これからは好きなものを使って良いそうだ。
「風呂を出たら皆に紹介する」
「はひ......」
生まれて初めてのぼせるということを体験した。
用意されていた服に袖を通す。
男......船長も着替えていた。
「......名は」
「へぇ?」
「名はなんだ」
「名前?は......ありません......」
「そうか。
ではリオと名乗れ」
「リオ......」
リオ、リオ......と何度も復唱する。
ちょっとくすぐったい。
***
船長の背に隠れて広間へ入る。
船長は私のことが平気でも、他の人は違うかもしれない。
一人のクルーが私に気づき、船長の隣に座るように誘導される。
私の縄を切った人だ。
良い匂いのするご飯が沢山乗ったプレートを、船長の分と一緒に持ってきてくれた。
部屋に集まっていたクルーの人たちは、顔は怖いけど皆笑っていて楽しそうだった。
大勢で食べる温かな食事。
なんだか少し恥ずかしくて、もそもそと口に運ぶ。
(お、美味しい......!)
一口食むごとにお腹も胸もぽかぽかになって、心臓がぎゅっと締め付けられるような感じがする。
(美味しい......これも、美味しい......)
食べれば食べるほど心が苦しくなって、涙がこぼれた。
「お、お嬢ちゃんどうした!?
不味かったか!?」
「お前の顔が怖かったんだろ!!」
「そんなことねぇよぉ......え?怖かったか!?」
ブンブンと頭を横に振るが涙は止まらない。
この人たちは私が気持ち悪くないんだ。
こんな私を怖がらずに話しかけてくれて、気にかけてくれて............今までの人生はなんだったんだ。
何年も、何年も......あんなところに大人しく閉じ込められていたのが馬鹿みたいじゃないか。
あんまりじゃないか!
俯いてフォークを握りしめていると、そっと手を包まれた。
船長が少し苦しそうな顔をしてこちらを見ている。
「今まで......辛かったな。
よく生きていてくれた。
......もう大丈夫だ......リオ」
「ぅ......ふぇ............っうわぁぁあああああん!!
ふぐっ!んぎゅぅ......!ヒック......っ!」
「......泣くか食べるかどっちかにしたらどうだ」
「た、たべましゅっ!
ック......だって、おいしっから、んぐ!
こんな、おいしいの......食べたことない、です......ふぇええん......っ!
おいし、よぉ!!」
「お嬢ちゃん......苦労したんだなぁ......。
よし、これも食え!」
「こっちのもうまいぞ!!」
「好きなもん食っていいからな!」
「はぁああ......!
ふぁいっ!あぃがほぉおやいまぅうう!」
お腹が満たされるのはこんなにも幸せなことなんだ。
ふわふわまるで夢のよう。
......本当に夢だったら怖いから考えないようにしよう。
案内された部屋には大きなふかふかのベッド。
ここまでくると本当に怖い。
今見てるのが夢で、目が覚めたらまたいつもの土の床なんじゃないか。
船長は私がベッドに横になるのを静かにみている。
初めてづくしでいよいよ動悸が激しくなってくる。
「あの......なぜ、こんなにも親切に......?」
船長は何度か口を開いては閉じてを繰り返した。
「いずれ分かる。
今は自分のことだけを考えて、よく休め」
「そう、ですか......分かりました。
あの......その......ありがとうございます」
「礼には及ばない。
ではまた明日の朝」
明かりを消して、部屋をあとにした。
当たり前に訪れる静寂に恐怖を感じ、深く布団に潜る。
一番大きな枕を抱き締めた。
温かくて柔らかくて落ち着く匂いがして、また泣いた。
******
夢をみる。
いつもぼやけていた彼の輪郭がはっきり見える。
どこかで見たこと、あるような......。
彼は安心したように微笑んで額にキスをする。
──もうここで会う必要はないな。
そう言って頬を一撫でしてから、消えた。
ずっと見守ってくれていたのかな。
だとしたら、ありがとう。
あなたのおかげで生きてこれた。
誰にも侵されることのない私の夢の住人。
またね。