三十にして立つ
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少しの間。
彼はんん?と更に首をひねる。
髪の毛が床に着きそうよ。
「歩いていなかったか?」
「女の人魚は三十を過ぎると二股になるのよ」
ほら、とスカートの裾を少し持ち上げてヒレをみせる。
彼はどんな表情をしているのだろう。
「そう言われてみれば......島を歩いているときにそんな人魚を見かけた気がするな」
こんなときくらいマスク外したらいいのに。
表情が全くわからない。
声色に変わった様子はないわね......。
「お付き合いできない理由は......私が人魚で、貴方が人間だからよ。
私たち人魚や魚人は人間達に昔から差別や迫害を受けているわ。
だから地上に出るときは決して姿を見られないように、ばれないように......」
ばれたら最後。
思い出すのは残酷な人間たち。
ああ、苦しい。
もう大人なのにね。
いつまでも忘れられないのよ。
握ったカップが振るえてコーヒーが細かく波打つ。
「今だって......恐くて、憎くて、震えが止まらない。
人魚だってばれたら......気持ち悪いと石を投げられたり、押さえつけて面白がって鱗を剥がされたり、ヒレを裂かれたり......するのではないかって......」
彼は何も言わない。
身動ぎする音も聞こえない。
「人間と同じように、遊園地で遊んだり、タイヨウにあたったり、したいだけなのに......。
みんな捕まって売られて。
石が当たっても、鱗を剥がれても、ヒレを裂かれても、痛いのよ。
とても、痛いのよ。
でも人間はそんなことも分からない......」
こんなことを彼に言ったところでどうしようもない。
でも止められない。
私のことを好きだと言うなら、人間に対するこの黒い感情も受け入れて欲しい。
「リーベラ」
体が少し跳ねる。
呼ばれたのに顔を上げられない。
苦しい顔を見せたら人間はもっと喜んでしまうから。
もっと酷いことをしてくるから。
「もう、いい。
いいんだ、俺は......」
立ち上がりすぐそばまで彼はやって来た。
もういいと言うことは帰らされるのかしら......。
そういえば船長さんを殴ってしまったし、やり返されたり?
何をされるにしても、こんな部屋の中では抵抗しても無駄ね。
ぎゅっと目と口を閉じ、体を緊張させる。
「リーベラ、聞いて欲しい。
手、触るぞ」
カップを握りしめすぎて白くなっている手を、彼の両手が包む。
紡がれた言葉は凪いだ海のように静かで、心地良い。
手を握られていることに不思議と焦りや嫌悪感はなかった。
「俺は人間で、しかも海賊だ。
人を傷つけたし、傷つけられもした。
リーベラにとって俺は恐ろしい存在だろう。
すぐには信用できないかもしれないが......。
好きなんだ。本当に。
人間とか人魚とか......関係ないんだ。
リーベラが、好きなんだ。
できることなら側にいてほしいと思う」
まあ私は頭よくないから、信じて欲しいと言われたらすぐに頷くわよ。
それに体に触れることを許した時点で、自分の中で答えは出ていたんだと思う。
それでも素直にyesと言えない私はずるいと思う。
でも仕方ないじゃない。
だってまだ......。
「......まだ二、三回しか会ってないのに」
「それを言われると困る。
しかし、恋はいつでもハリケーンと言うらしいからな。
俺を見て逃げずに隣でアイスを食べるお前が良いと思ったんだ。
連絡先を渡さなかったことを後悔した」
逃げたらどこまでも追ってきそうな見た目してるせいよ。
印象には残ったけれど。
「私、さっきも言ったけど30よ?
あなたより年上でしょう?」
「俺は25だ。
だが年齢は問題ないだろう」
5歳差か。
ギリギリセーフかしら。
「側にいて欲しいって言われても、私なんてきっと足手まといだわ」
「俺に膝をつかせたし、キッドには鼻血をふかせた。
充分じゃないか?」
そういえばそうだったわ!
今になって恥ずかしくなってきた。
私ったらなんてはしたないのかしら!
「わ、わがまま言うわよ!?」
「あんまり無茶な要求されても叶えられないが......頑張る」
頑張らなくて良いわよ。
俺もわがまま言う!くらい言いなさいよ。
「でも私異性とお付き合いなんてしたことないのよ。
めんどくさいわよ。
マイナスポイントでしょ?」
「......本当か。
そんなのマイナスどころかプラスだ。
ありがとう。大切にする」
た、大切になんて......。
照れちゃうじゃない。
彼のことを試すような事ばかり考えることが、なんだかバカらしくなってきた。
もうぐだぐだ言うのは次で最後にするわ。
「素顔も見せない人のことなんて信用できないわ」
「それもそうだな」
「え」
マスクを外し長い前髪を散らすと目が合った。
その顔は......やだイケメンだわ。
「そんな......簡単に見せられるものなの?」
「いや、他のやつには易々見せないが......リーベラが1番の秘密を教えてくれたように、俺の1番の秘密を明かすのが筋だと思った。
俺の顔はキッドとリーベラしか知らない」
彼は私の持っていたカップを受け取ってテーブルに置くと片膝を地面につけ、私の右手をとるとその甲に唇を落とした。
「リーベラ、俺と共に生きてくれないか」
「う、あ......は、い......」
予想だにしていなかった彼の行動に、今日一番の発熱。
ああ、煮魚になりそう。