弱虫ペダル
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ショコラティエな彼女の続編です
ミルクチョコレート、無塩バター、卵、砂糖、薄力粉。ココアパウダーに生クリーム。スーパーで買った材料を一つずつ並べていく。
「それと、粉砂糖とミント。うん、買い忘れなし」
汚れても良いよう身に着けた、茶色いエプロンの紐を背で結ぶ。私は、二度目のフォンダン・ショコラを作る為キッチンに立っていた。勿論、今日は鏑木も一緒に。
『うわあ、すげえ。こんなに材料いるんすね』
「基本の簡単な物だから、これでも少ない方なの。凝 ろうと思えばもっと材料は増やせるよ」
『まじすか。お菓子作りって大変だなあ』
驚き、目を丸くする鏑木に 思わず笑みがこぼれる。先日、路上で男性にしつこくされていた所を偶然にも鏑木が助けてくれたのだ。大袈裟かもしれないが、運命だと思ってしまった。
桜が咲きだした四月 私が二年にあがった春の事。マネージャーを務める自転車競技部に彼、「鏑木一差」が入部し、早速行われた一年生レースで見せた力強い姿に 熱く胸が高鳴った。レース中の 自信家で闘争心剥き出しの走り、崩れたとしても、煽られる事で一瞬で取り戻す強い精神力。時に目まぐるしい程、自由気ままに ころころ変わる表情。その全てに目が離す事が出来ず、気付けば彼に恋をしてしまっていた。
「ふふ、買い物も付き合ってくれてありがとね」
『全然っす。また名前さんが変な男に絡まれても俺が居れば安心なんで』
拳で胸を叩くその姿は、本当に頼もしい。あの日 助けてくれた事を思い出すだけで、無意識に頬が染まってしまう。色眼鏡だと言われてしまえば そこまでだが、あの日の彼は 私にとって本当の「王子様」に見えたのだ。そうしてダメ元で彼を家に呼んだあと、まさかまた 二人きりになれる機会に恵まれるなんて…思ってもみなかった。
『…名前さん、顔赤くないっすか』
「そ、んな事ないよ…」
すると 彼の日に焼けた腕が真っ直ぐ伸びて来て、そっと頬に触れられる。途端に体温が上昇した。
『…熱は。ないみたいっすね』
「そ…外、暑かったからかな。ちょっと火照ったのかも。平気だから、早速作ろっか」
『うす』
赤面してしまった顔を背け、作業に取り掛かる。予め 湯を淹れて温めておいた鍋に、ボウルへ入れたミルクチョコレートと無塩バターを浮かべる。別のボウルには卵と砂糖を入れ、泡だて器で良く混ぜる。
『わ、もう この時点でうまそう』
「まだ食べれないよ」
目をきらきらさせて私の手元を覗いてくる彼が面白くて 吹き出してしまう。
『そうだ、名前さん。俺も何か手伝いますよ』
「大丈夫よ。買い物でも沢山荷物持たせちゃったし」
『あんなの 楽勝っす。鳥の羽くらい軽かったんで、人差し指一本で持てました』
「ええ? じゃあ両手使ってたように見えたのは 私の幻って事?」
慌てた様子で 口笛を吹き始めた彼。楽しくて飽きない。
「なら、私が混ぜてるボウルに、ココアパウダーと薄力粉入れてくれる?」
『おっ、任せてくださいっす。ほるああああ!』
がさつに見えるが意外に繊細で。きちんとメモリを使って計ったあと、彼は私の混ぜるボウルに材料を投入する。これらを混ぜ合わせ、オーブンで焼けば完璧だ。
初回に作った際、鏑木が“緊張して味が分からなかった”と言った事を思い出す。実はあの日、私自身も 緊張で自分がどういった手順で作ったのか、思い出せないでいる。好きな人が自分の部屋で待っていて、自分の手料理を食べてくれる。そんなイベントは、今までの人生にはなく、ただ動揺と緊張で一杯だった。しかし、今日は手順通りに出来ているはず。美味しいフォンダン・ショコラを食べて貰えるまであともう少しだ。
「じゃあ、これを 二百度に余熱してたオーブンに入れるね」
手順は完璧のはずだった。しかし、次の瞬間。オーブンを開けると同時に誤って熱い天板に指が触れてしまった。
「熱っ…!…」
『名前さん…!』
咄嗟に指を引っ込める。熱さと痛みで反射的に シンクへ向かい、思い切り蛇口を捻ろうとすると。
『…っ…馬鹿野郎! そのまま水に当てんな!』
勢い良く彼の 力強い腕が伸びて来て、水にさらそうとした私の腕を引っ張った。そうして近くにあった薄い布巾を見つけ、それを火傷で赤くなった指へ被せたあと ゆっくり蛇口から出る水に触れさせる。
「か…ぶらぎくん…」
『直接 水にさらそうとすんじゃねえ、危ねえだろ! 皮剥がれたらどうすんだよ』
急な出来事で 彼も少し動揺している。慌てたせいか、敬語はなくなり、逆に叱られる形になっていた。腕を支えられまま、水にさらさる指は じんじんと鈍い痛みが出て来ているが、彼に触れられ、握られた手首もまた、熱を帯びていく。ふと、鏑木がハッと我に返ったように。
『わ…すいません、俺。めっちゃ生意気言って…ええと…』
「ううん。私の方こそ…」
静かなキッチン。蛇口から流れる流水音だけが響いている。私は触れられた手首を見つめながら呟いた。
「“また”だね」
『え?』
大袈裟かもしれない。けど、彼は本当に私の「王子様」だ。
「また、助けて貰っちゃった」
その言葉に、彼は曇った表情を見せる。そうしてそっと、蛇口から腕を引き、濡れた布巾を剥がして 私のその赤く腫れた指を見つめた。
『全然、助けても、守ってもないですよ。怪我させちまった…』
「これは、完全に私の不注意だから。……素肌のまま水に当ててたら大変だったし、本当にありがとう。どうせ指だし。目立たないから跡が残っても平気だよ」
『……』
そう言うと、彼は いつになく真剣な表情を見せる。そして私の手を取り、静かに自分の唇へと当てた。
「か…鏑木くんっ…」
じんじんとした指の痛みを 一瞬で忘れてしまうような驚きに、私は思わず赤面し、全身が熱く火照りだす。
『もし、痕が残るんなら、俺。責任取ります』
混乱した頭で反芻 するも、うまく言葉が出てこない。乾いた喉をごくりと鳴らし、ようやく口を開いた。
「…ねえ…それ。意味分かって、言ってる…?」
『分かってます。名前さんこそ分かってます? 二回も家に上げて貰ってんすよ。俺だって意識しない程、馬鹿じゃないっす』
手に触れられた唇がゆっくり離れる。
『今度はちゃんと、手じゃなくて唇 にしたいんすけど』
背を屈 み 顔を覗かれると、その大きな瞳には私が映っていて。赤面した自分と目が合ってしまい途端に 目を反らした。そうして私は彼にだけ聞こえるような小さい声で 控えめに呟く。
「私…私ね。キスというか…。鏑木くんが、全部。…初めてになっちゃうんだけど…」
引かれてしまわないか不安で仕方がなく、おずおずと彼を見上げる。大きな瞳を見つめると同時に 彼の唇が私のそれに軽く触れた。
『なら、尚更。責任取ります』
触れた唇が離れては触れ、私は彼の背中に腕を回す。髪を撫でられ、ゴツゴツした手が後頭部を支えた。全ての“初めて”が王子様なんて、夢じゃないかと思ってしまう。しかし、それは指の痛みが嘘ではないと教えてくれた。
ミルクチョコレート、無塩バター、卵、砂糖、薄力粉。ココアパウダーに生クリーム。スーパーで買った材料を一つずつ並べていく。
「それと、粉砂糖とミント。うん、買い忘れなし」
汚れても良いよう身に着けた、茶色いエプロンの紐を背で結ぶ。私は、二度目のフォンダン・ショコラを作る為キッチンに立っていた。勿論、今日は鏑木も一緒に。
『うわあ、すげえ。こんなに材料いるんすね』
「基本の簡単な物だから、これでも少ない方なの。
『まじすか。お菓子作りって大変だなあ』
驚き、目を丸くする鏑木に 思わず笑みがこぼれる。先日、路上で男性にしつこくされていた所を偶然にも鏑木が助けてくれたのだ。大袈裟かもしれないが、運命だと思ってしまった。
桜が咲きだした四月 私が二年にあがった春の事。マネージャーを務める自転車競技部に彼、「鏑木一差」が入部し、早速行われた一年生レースで見せた力強い姿に 熱く胸が高鳴った。レース中の 自信家で闘争心剥き出しの走り、崩れたとしても、煽られる事で一瞬で取り戻す強い精神力。時に目まぐるしい程、自由気ままに ころころ変わる表情。その全てに目が離す事が出来ず、気付けば彼に恋をしてしまっていた。
「ふふ、買い物も付き合ってくれてありがとね」
『全然っす。また名前さんが変な男に絡まれても俺が居れば安心なんで』
拳で胸を叩くその姿は、本当に頼もしい。あの日 助けてくれた事を思い出すだけで、無意識に頬が染まってしまう。色眼鏡だと言われてしまえば そこまでだが、あの日の彼は 私にとって本当の「王子様」に見えたのだ。そうしてダメ元で彼を家に呼んだあと、まさかまた 二人きりになれる機会に恵まれるなんて…思ってもみなかった。
『…名前さん、顔赤くないっすか』
「そ、んな事ないよ…」
すると 彼の日に焼けた腕が真っ直ぐ伸びて来て、そっと頬に触れられる。途端に体温が上昇した。
『…熱は。ないみたいっすね』
「そ…外、暑かったからかな。ちょっと火照ったのかも。平気だから、早速作ろっか」
『うす』
赤面してしまった顔を背け、作業に取り掛かる。予め 湯を淹れて温めておいた鍋に、ボウルへ入れたミルクチョコレートと無塩バターを浮かべる。別のボウルには卵と砂糖を入れ、泡だて器で良く混ぜる。
『わ、もう この時点でうまそう』
「まだ食べれないよ」
目をきらきらさせて私の手元を覗いてくる彼が面白くて 吹き出してしまう。
『そうだ、名前さん。俺も何か手伝いますよ』
「大丈夫よ。買い物でも沢山荷物持たせちゃったし」
『あんなの 楽勝っす。鳥の羽くらい軽かったんで、人差し指一本で持てました』
「ええ? じゃあ両手使ってたように見えたのは 私の幻って事?」
慌てた様子で 口笛を吹き始めた彼。楽しくて飽きない。
「なら、私が混ぜてるボウルに、ココアパウダーと薄力粉入れてくれる?」
『おっ、任せてくださいっす。ほるああああ!』
がさつに見えるが意外に繊細で。きちんとメモリを使って計ったあと、彼は私の混ぜるボウルに材料を投入する。これらを混ぜ合わせ、オーブンで焼けば完璧だ。
初回に作った際、鏑木が“緊張して味が分からなかった”と言った事を思い出す。実はあの日、私自身も 緊張で自分がどういった手順で作ったのか、思い出せないでいる。好きな人が自分の部屋で待っていて、自分の手料理を食べてくれる。そんなイベントは、今までの人生にはなく、ただ動揺と緊張で一杯だった。しかし、今日は手順通りに出来ているはず。美味しいフォンダン・ショコラを食べて貰えるまであともう少しだ。
「じゃあ、これを 二百度に余熱してたオーブンに入れるね」
手順は完璧のはずだった。しかし、次の瞬間。オーブンを開けると同時に誤って熱い天板に指が触れてしまった。
「熱っ…!…」
『名前さん…!』
咄嗟に指を引っ込める。熱さと痛みで反射的に シンクへ向かい、思い切り蛇口を捻ろうとすると。
『…っ…馬鹿野郎! そのまま水に当てんな!』
勢い良く彼の 力強い腕が伸びて来て、水にさらそうとした私の腕を引っ張った。そうして近くにあった薄い布巾を見つけ、それを火傷で赤くなった指へ被せたあと ゆっくり蛇口から出る水に触れさせる。
「か…ぶらぎくん…」
『直接 水にさらそうとすんじゃねえ、危ねえだろ! 皮剥がれたらどうすんだよ』
急な出来事で 彼も少し動揺している。慌てたせいか、敬語はなくなり、逆に叱られる形になっていた。腕を支えられまま、水にさらさる指は じんじんと鈍い痛みが出て来ているが、彼に触れられ、握られた手首もまた、熱を帯びていく。ふと、鏑木がハッと我に返ったように。
『わ…すいません、俺。めっちゃ生意気言って…ええと…』
「ううん。私の方こそ…」
静かなキッチン。蛇口から流れる流水音だけが響いている。私は触れられた手首を見つめながら呟いた。
「“また”だね」
『え?』
大袈裟かもしれない。けど、彼は本当に私の「王子様」だ。
「また、助けて貰っちゃった」
その言葉に、彼は曇った表情を見せる。そうしてそっと、蛇口から腕を引き、濡れた布巾を剥がして 私のその赤く腫れた指を見つめた。
『全然、助けても、守ってもないですよ。怪我させちまった…』
「これは、完全に私の不注意だから。……素肌のまま水に当ててたら大変だったし、本当にありがとう。どうせ指だし。目立たないから跡が残っても平気だよ」
『……』
そう言うと、彼は いつになく真剣な表情を見せる。そして私の手を取り、静かに自分の唇へと当てた。
「か…鏑木くんっ…」
じんじんとした指の痛みを 一瞬で忘れてしまうような驚きに、私は思わず赤面し、全身が熱く火照りだす。
『もし、痕が残るんなら、俺。責任取ります』
混乱した頭で
「…ねえ…それ。意味分かって、言ってる…?」
『分かってます。名前さんこそ分かってます? 二回も家に上げて貰ってんすよ。俺だって意識しない程、馬鹿じゃないっす』
手に触れられた唇がゆっくり離れる。
『今度はちゃんと、手じゃなくて
背を
「私…私ね。キスというか…。鏑木くんが、全部。…初めてになっちゃうんだけど…」
引かれてしまわないか不安で仕方がなく、おずおずと彼を見上げる。大きな瞳を見つめると同時に 彼の唇が私のそれに軽く触れた。
『なら、尚更。責任取ります』
触れた唇が離れては触れ、私は彼の背中に腕を回す。髪を撫でられ、ゴツゴツした手が後頭部を支えた。全ての“初めて”が王子様なんて、夢じゃないかと思ってしまう。しかし、それは指の痛みが嘘ではないと教えてくれた。