弱虫ペダル
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夏の終わりの晴れた屋上は、既に秋の匂いがしていて。見降ろした先のテニスコートや、サッカーグラウンド。窓の開いた体育館から聞こえる部活動に励む生き生きした声。来年の暑い夏に掛けた想いが、もう始まっているのだと感じさせる。
『二年たち、張り切ってるな』
風に靡 いた髪を耳に掛けたと同時に、屋上の入口から聞き慣れた声がして。振り返ると。
「隼人。お昼は?」
『学食で済ませて来た。名前は?』
「私は今 お弁当食べ終わった所」
済ませて来たと言う割に、未だに口をもぐもぐ動かしているのは きっとここに来る直前、お決まりのパワーバーを頬張っていたに違いない。ごくり、喉を動かし飲み込むと 新開はドアのすぐ近くに腰を下ろした。
『チャリ部は泉田がいるから安心だ。アイツは強いよ』
遠くを見つめるその瞳は、今年 惜しくも届かなかったその想い出を振り返っているように思えた。
「そうだね。来年は宇都宮だっけ」
『ああ、泉田にコースマップ見せて貰ったが、ありゃ酷い。心底、今年じゃなくて良かったと思ったぜ。あんなん走ったら死んじまう』
聞けば、来年のレースは栃木。宇都宮からスタートし、二日目には群馬、三日目のゴールは長野と群馬の県境にある渋峠となるらしい。ゴールの渋峠までの標高は千キロを超え、三日間で実に二三六キロをも走るという過去に類を見ぬ 過酷なレースになりそうだった。
「隼人は最後のインターハイ。ホームグラウンドで良かったね」
『本当だな。負けちまったけど、寿一たちと。ここ で最高の想い出を作れた。満足してるよ、俺は』
新開は『それに』と続けて。
『名前と会えたしな。俺の高校生活は十分、想い出でいっぱいだ』
「隼人…そうだね。私も」
視線が重なる。熱く、ただ真っ直ぐに送られるその瞳は、優しさで溢れていた。しかし、想い出を作る事が最後ではないと 彼もまた承知のはず。次に待ち受けるのは。
「それはそうと。あとは受験勉強、だね」
そう少し意地の悪い目で、笑って見せる。すると新開は手にしていた本の表紙を見せて来た。良く見えず、ドア横に腰を下ろしている彼の元へ近づく。すると本の表紙は、意外にも数学の教科書で 私は思わず目を丸くした。
「へえ。偉い。ちゃんと昼休みも勉強してるだなんて」
『勿論。寿一と同じ大学に行きたいし、休日は自車校にも通ってるから。こうやって空いた時間に勉強しておかないとな』
驚いた。確かに、数学のテストでは間違いだらけの答案用紙を返されていた記憶しかない。しかし、昼休みまで返上して勉強とは。ここまで来ると、新開と福富がいつまで一緒に走り続けるのだろうと想像してしまう。
「ふふ…。おじいちゃんになるまで一緒だったりして」
『何の話?』
「こっちの話」
ふと、晴れた空を 爽やかな風が通り過ぎて行く。制服のスカートが捲 れてしまわぬよう両手で抑えた。
『残念。あと少しだったのに』
「……えっちなんだから」
苦笑して、彼の隣に腰を降ろす。そうすれば 風が吹いたとしても、捲れる事はないだろう。そうして地面にお尻を着けたと同時に ふわり、彼の頭が私の膝へと乗った。仰向けに寝転がり、教科書を開く彼の瞳は真剣で。人知れず努力する彼の姿が なんだか愛しくなり、青いメッシュが入ったふわふわの髪を指先で掬 った。
「頑張ってね」
『ん』
こうやって一緒に居れる日も、考えてみれば 残りの時間は限られていて。私たちは互いに別々の大学へと進学する。恋人と毎日会えなくなるのは 今はとてもじゃないが想像がつかなくて。それでも、残された限りある高校生活は なるべく二人で居ようと彼が伝えてくれた時は心の底から嬉しかった。こうして屋上へ私を見つけに来てくれたのも、彼の気持ちの表われと思うと 途端に胸が温かくなる。しばらくすると、新開が大口を開けてあくびをしだした。きっと、食後に文字ばかりを目で追って、眠気が起きたのだろう。
「隼人、集中力切れてきちゃった?」
『飯食ったあとだから、眠くなっちまった…。でもまだ頑張れるぜ』
そう目を擦りながらも、教科書を捲る彼。そんな彼に、一つ良い考えを思い付いた。私も一緒に勉強すればいい、一人でやろうとすると どうも眠くなってしまう気持ちはよく分かる。その点、二人でやれば教え合う事も出来、眠さも解消するかもしれない、一石二鳥だと思った。
「じゃあ私も一緒に問題出してあげる。二人ですれば、頑張れるんじゃない? 方程式出すけど、ペン持ってたよね」
『おお』
空返事なのが少し気になったが、昼休み前 四限目の数学で出された問題を思い出し、彼に問いかけた。
「なら、X-2=5の方程式、解いてみて。移項と 両辺の掛け算すれば解けるはず」
『そうだな。どちらかと言えば』
数学に“どちらかと言えば”は無い。そうして少し悩んだあと、彼からの回答はこうだ。
『青いドアだな』
「…え…? ねえ隼人。問題聞いてた?」
『いや…そこはやっぱり。緑かも…ダメだ。赤かもしれねえ…!』
てんで話が嚙み合わない。私は不審に思い 彼の開いている教科書によく目を配る。すると 薄い表紙のカバーがずれていた。
「……ちょっと、それ数学の教科書じゃないんじゃない…!」
通りで話しが嚙み合わない訳だ。ずれたカバーから見るに、数学の教科書なんかではない。驚きで声を大にすると、彼は垂れた大きな瞳で わざとらしくウインクをした。
『やべ。バレちまった』
「もう…。頑張ってて偉いなと思ったのにい」
呆れて 深い溜息を付くと、彼は弁解するように答えた。
『でも、本当にいつもは 昼休み返上で勉強してるぜ。気分が乗らねえ日もあるだろ、たまには休みも必要だ』
「どうだか」
軽い口調だが、彼の言葉に嘘はない。きっと見えない所で努力しているに違いないのだ。それでも、わざわざ数学のカバーを外して 別の本に付けるなんて。騙された私も私だが、そんな小細工がおかしくなり、呆れた溜息の次は我慢出来ず とうとう吹き出してしまった。
「それで? 何の本なの、本当は。推理小説?」
『心理テスト』
「心理テスト…!」
さらに驚きで 彼の言葉をつい復唱してしまった。
「だから、ドアが何色か、なんて言ってたのね」
合致がいき、笑い出したら目尻から涙が出て来た。本当に面白いったら。すると、彼は次のページを捲 り お、と何か意味あり気な表情を見せる。
『名前、この心理テスト、出していいか』
「いいよ」
もう何でも良くなってしまい、二つ返事で答えると 彼からの心理テストとやらはこうだ。
『“目の前に すげえ長いスパゲティがあります。一本食べきるのに、どのくらいの時間がかかりますか”』
「ええ…そうだな」
何かを目論むような瞳に、若干 不安になるも、私はその問いへの答えを出した。
「四分かな」
『どうして?』
「“すげえ長い”んでしょ。多分それくらいかかると思う。あとは、隼人の背番号からのインスピレーション」
すると、今まで膝に頭を乗せていた彼が むくりと起き上がる。
「隼人…?」
そうして、逞しい腕が伸びて来たと思ったら その手は繊細に私の髪を掬 き、後頭部へと回された。瞳が重なると また、熱い視線が注がれる。
『心理テストの答え』
「……」
『どのくらいの長さのキスで満足出来るか…だってさ』
「っ……」
私は咄嗟に 自分の回答を頭に浮かべる。みるみるうちに 顔が熱を持ち、赤面していくのを感じた。
「あ…隼人、これは…その…」
『高校生活のさ、想い出。十分満足してるって言ったけど。嘘ついちまった、実は全然』
顔が近づき、互いの息遣いを感じる距離。
『名前ともっと、触れておかねえと。悔い、残っちいそうでさ。おめさんは?』
なんて優しい目をするんだろう。胸が熱くなって仕方がない。私も彼の問いに小さく、細い声で呟いた。
「……私も。隼人と…。もっと…。ずっと触れていたい」
『じゃあ、まずは』
そうして 厚い唇が、私のそれにゆっくりと落ちてくる。
『四分間のキスを 俺から』
『二年たち、張り切ってるな』
風に
「隼人。お昼は?」
『学食で済ませて来た。名前は?』
「私は今 お弁当食べ終わった所」
済ませて来たと言う割に、未だに口をもぐもぐ動かしているのは きっとここに来る直前、お決まりのパワーバーを頬張っていたに違いない。ごくり、喉を動かし飲み込むと 新開はドアのすぐ近くに腰を下ろした。
『チャリ部は泉田がいるから安心だ。アイツは強いよ』
遠くを見つめるその瞳は、今年 惜しくも届かなかったその想い出を振り返っているように思えた。
「そうだね。来年は宇都宮だっけ」
『ああ、泉田にコースマップ見せて貰ったが、ありゃ酷い。心底、今年じゃなくて良かったと思ったぜ。あんなん走ったら死んじまう』
聞けば、来年のレースは栃木。宇都宮からスタートし、二日目には群馬、三日目のゴールは長野と群馬の県境にある渋峠となるらしい。ゴールの渋峠までの標高は千キロを超え、三日間で実に二三六キロをも走るという過去に類を見ぬ 過酷なレースになりそうだった。
「隼人は最後のインターハイ。ホームグラウンドで良かったね」
『本当だな。負けちまったけど、寿一たちと。
新開は『それに』と続けて。
『名前と会えたしな。俺の高校生活は十分、想い出でいっぱいだ』
「隼人…そうだね。私も」
視線が重なる。熱く、ただ真っ直ぐに送られるその瞳は、優しさで溢れていた。しかし、想い出を作る事が最後ではないと 彼もまた承知のはず。次に待ち受けるのは。
「それはそうと。あとは受験勉強、だね」
そう少し意地の悪い目で、笑って見せる。すると新開は手にしていた本の表紙を見せて来た。良く見えず、ドア横に腰を下ろしている彼の元へ近づく。すると本の表紙は、意外にも数学の教科書で 私は思わず目を丸くした。
「へえ。偉い。ちゃんと昼休みも勉強してるだなんて」
『勿論。寿一と同じ大学に行きたいし、休日は自車校にも通ってるから。こうやって空いた時間に勉強しておかないとな』
驚いた。確かに、数学のテストでは間違いだらけの答案用紙を返されていた記憶しかない。しかし、昼休みまで返上して勉強とは。ここまで来ると、新開と福富がいつまで一緒に走り続けるのだろうと想像してしまう。
「ふふ…。おじいちゃんになるまで一緒だったりして」
『何の話?』
「こっちの話」
ふと、晴れた空を 爽やかな風が通り過ぎて行く。制服のスカートが
『残念。あと少しだったのに』
「……えっちなんだから」
苦笑して、彼の隣に腰を降ろす。そうすれば 風が吹いたとしても、捲れる事はないだろう。そうして地面にお尻を着けたと同時に ふわり、彼の頭が私の膝へと乗った。仰向けに寝転がり、教科書を開く彼の瞳は真剣で。人知れず努力する彼の姿が なんだか愛しくなり、青いメッシュが入ったふわふわの髪を指先で
「頑張ってね」
『ん』
こうやって一緒に居れる日も、考えてみれば 残りの時間は限られていて。私たちは互いに別々の大学へと進学する。恋人と毎日会えなくなるのは 今はとてもじゃないが想像がつかなくて。それでも、残された限りある高校生活は なるべく二人で居ようと彼が伝えてくれた時は心の底から嬉しかった。こうして屋上へ私を見つけに来てくれたのも、彼の気持ちの表われと思うと 途端に胸が温かくなる。しばらくすると、新開が大口を開けてあくびをしだした。きっと、食後に文字ばかりを目で追って、眠気が起きたのだろう。
「隼人、集中力切れてきちゃった?」
『飯食ったあとだから、眠くなっちまった…。でもまだ頑張れるぜ』
そう目を擦りながらも、教科書を捲る彼。そんな彼に、一つ良い考えを思い付いた。私も一緒に勉強すればいい、一人でやろうとすると どうも眠くなってしまう気持ちはよく分かる。その点、二人でやれば教え合う事も出来、眠さも解消するかもしれない、一石二鳥だと思った。
「じゃあ私も一緒に問題出してあげる。二人ですれば、頑張れるんじゃない? 方程式出すけど、ペン持ってたよね」
『おお』
空返事なのが少し気になったが、昼休み前 四限目の数学で出された問題を思い出し、彼に問いかけた。
「なら、X-2=5の方程式、解いてみて。移項と 両辺の掛け算すれば解けるはず」
『そうだな。どちらかと言えば』
数学に“どちらかと言えば”は無い。そうして少し悩んだあと、彼からの回答はこうだ。
『青いドアだな』
「…え…? ねえ隼人。問題聞いてた?」
『いや…そこはやっぱり。緑かも…ダメだ。赤かもしれねえ…!』
てんで話が嚙み合わない。私は不審に思い 彼の開いている教科書によく目を配る。すると 薄い表紙のカバーがずれていた。
「……ちょっと、それ数学の教科書じゃないんじゃない…!」
通りで話しが嚙み合わない訳だ。ずれたカバーから見るに、数学の教科書なんかではない。驚きで声を大にすると、彼は垂れた大きな瞳で わざとらしくウインクをした。
『やべ。バレちまった』
「もう…。頑張ってて偉いなと思ったのにい」
呆れて 深い溜息を付くと、彼は弁解するように答えた。
『でも、本当にいつもは 昼休み返上で勉強してるぜ。気分が乗らねえ日もあるだろ、たまには休みも必要だ』
「どうだか」
軽い口調だが、彼の言葉に嘘はない。きっと見えない所で努力しているに違いないのだ。それでも、わざわざ数学のカバーを外して 別の本に付けるなんて。騙された私も私だが、そんな小細工がおかしくなり、呆れた溜息の次は我慢出来ず とうとう吹き出してしまった。
「それで? 何の本なの、本当は。推理小説?」
『心理テスト』
「心理テスト…!」
さらに驚きで 彼の言葉をつい復唱してしまった。
「だから、ドアが何色か、なんて言ってたのね」
合致がいき、笑い出したら目尻から涙が出て来た。本当に面白いったら。すると、彼は次のページを
『名前、この心理テスト、出していいか』
「いいよ」
もう何でも良くなってしまい、二つ返事で答えると 彼からの心理テストとやらはこうだ。
『“目の前に すげえ長いスパゲティがあります。一本食べきるのに、どのくらいの時間がかかりますか”』
「ええ…そうだな」
何かを目論むような瞳に、若干 不安になるも、私はその問いへの答えを出した。
「四分かな」
『どうして?』
「“すげえ長い”んでしょ。多分それくらいかかると思う。あとは、隼人の背番号からのインスピレーション」
すると、今まで膝に頭を乗せていた彼が むくりと起き上がる。
「隼人…?」
そうして、逞しい腕が伸びて来たと思ったら その手は繊細に私の髪を
『心理テストの答え』
「……」
『どのくらいの長さのキスで満足出来るか…だってさ』
「っ……」
私は咄嗟に 自分の回答を頭に浮かべる。みるみるうちに 顔が熱を持ち、赤面していくのを感じた。
「あ…隼人、これは…その…」
『高校生活のさ、想い出。十分満足してるって言ったけど。嘘ついちまった、実は全然』
顔が近づき、互いの息遣いを感じる距離。
『名前ともっと、触れておかねえと。悔い、残っちいそうでさ。おめさんは?』
なんて優しい目をするんだろう。胸が熱くなって仕方がない。私も彼の問いに小さく、細い声で呟いた。
「……私も。隼人と…。もっと…。ずっと触れていたい」
『じゃあ、まずは』
そうして 厚い唇が、私のそれにゆっくりと落ちてくる。
『四分間のキスを 俺から』